226_湯煙と少女の桃源郷
ただひたすらに見晴らしの良い山裾に、白い湯気をもくもくと溢れさせる一画があった。
仰ぎ見る程に巨大な三脚のちょうど真下……回転する巨大な槍が捩じ込まれていた穴からは温かな湯が滾々と湧き出し、暗い地底より明るい地表へと導かれた湯は周囲に掘られた溝に沿って湯気を昇らせながら流れていく。
少しずつ少しずつ熱を放散しながら流れる先。地面を走るうちに適温となった湯は……やがて木製の枠組と分厚い幌布で四方を囲まれた、地面に掘られた大穴へと流れ込む。
屋根が無い横幕とはいえ、視線を遮るには充分であろう。その横幕の内側には平らに整地した地面を単純に掘っただけの――しかしながら充分な広さと深さ・湯量を備えた――快適な湯浴みを可能たらしめる立派な露天風呂が設えられていた。
「「「おぉ――――――」」」
きっちりと張られた天幕をくぐり、種族も背丈もまちまちな少女達が感嘆の声を漏らす。
人族種の容姿を取る白と黒の少女に始まり、空色の髪と瞳を持つ長耳族の少女とその伴侶、異形とも言える四本腕と黒一色の瞳の幼女と、二人の小柄な半人半蟲……総勢七つの姦しい姿は一様に歓喜に染まり、あるいは白い湯気を上げる水面を興味深げに眺めている。
地面を掘っただけの簡易露天風呂……充分な湯量が見込めたが故に築かれたこの厚生施設は、男性用と女性用にそれぞれ設えられている。
少し離れたところに張られている若干やっつけ仕事気味の横幕……男性用露天風呂は、掘削作業の成功を祝した拠点の面々が既に堪能していたらしい。
しかし一方のこちらは女性専用露天風呂……女の子が利用するとあって横幕はキッチリと隙間無く張り巡らされ、枠組みもガッシリとがたつき無く固定され、湯船となる大穴周りと湯船の中にはきめ細かな砂がビッシリと敷き詰められ……限られた時間と資材を遣り繰りした、大変良いものに仕上がっていた。
この迅速かつ丁寧な仕事の裏には、女っ気の少ない拠点内において最近その勢力を拡大しつつある『ニドちゃんファンクラブ』なる一団――人手不足気味の拠点内雑務を精力的に手伝う、見目麗しいたわわな黒髪の少女に心奪われた者たち――彼らの暗躍があったとも無かったとも言われているが……事実としてニドを始めとする少女達には大変好評であり、彼女達の心がより開放的となることの一因となっていた。
「ニドやっぱでっけぇな。それでいて少しも垂れて無ぇし……何よりもこのサイズでこんなに綺麗なちく」
「幼子の前だ、褒められて悪い気はせぬが言葉に気を付けよ。耳に入る言葉は容易く覚えてしまうでな」
「あぁ――――…………肝に銘じるわ」
「? ?? んえ、ねりー? どうしたの?」
かわいらしく小首をかしげる真っ白な幼女に『なんでもないよ』と応えてみせるも……以前の苦い経験――天使のような少女に男性器の呼称を刷り込んでしまった一件――を思い出し、ネリーは一瞬渋面を形作る。
引きつったような笑みを浮かべるも頭を振って気持ちを切り替え、自らの装備を外し身体を大気に晒しながら……ニドの豊満な胸部と一枚一枚着衣を解かれる肢体とを堪能し始めた。
「全く……おんしは色々と台無しだの、おんしの身体も充分魅力的で在ろうに。言動に気を配り所作でも学べば男共が黙って居るまい」
「私は別に男に好かれても嬉しく無ぇしなぁ……可愛い女の子に好かれるなら考えるけどよ」
「……非常に説得力の在る表情だの。仕様が無い奴め……ほれ」
「ちょっ! ニド……おっぱ! 腕おっぱ先っちょ当たっ……おっぱ! 当たっ!! おっぱ!!」
「当てて居るのだ。……此度の働き、坊から聞いておるよ。耐熱魔法な、大活躍であったそうだの。……後で吾直々に労って遣ろ。今晩は楽しみにして居れ」
「…………めっちゃ身体綺麗にするわ」
感度の良い耳元に可愛らしい唇を寄せられ、非常に蠱惑的かつ魅惑的な言葉が囁かれる。
ヒトを堕落へと誘う神蛇の化身は悪戯っぽく微笑み、からからと愉快そうな笑い声を上げた。
「うむ。だが先ずは子供達の身体を洗って遣らねばな。……子蜘蛛共には少と熱いやも知れぬ、様子を見て遣って呉れ」
「オッケー任せとけ、『水』ならお手のものだ。シアもこっちおいで、ぬるめが良いだろ。アーシェもぬるめから試すか。ほら服脱いでグヘヘこっちおいで」
「御前はこっちな、熱いのが好きであろ。ああ……深みが在るやもしれぬ、気を付けよ。すぐ吾に掴まれるようにな」
今夜の秘め事に想いを馳せる少女組保護者二人は、お楽しみを気兼ねなく堪能するためにも……さしあたって目の前のひと仕事、趣味と実益を兼ねた『子どもたちの入浴監督』に真面目に取り組み始めた。
……性的趣向は置いておくとして。
やるべきことはきちんとこなす保護者なのであった。
………………………………
女子用露天風呂の天幕内にて、女の子たちがそれぞれ湯を満喫し、あるいは身体を洗い洗われ愛撫し合っている……まさにそのとき。
そこから少し離れた某所では……見るからに怪しげな複数の人影が、人目を憚るように物陰で蠢いていた。
「斥候から通達。『標的の目標地点到達を確認、手筈通りに』とのこと」
「見張りより。『対象の武装解除・警戒解除を確認、健闘を祈る』と。……あの野郎、他人事かよ」
「目が良い奴の役得ってか。しゃぁねぇよ、俺らは俺らで出来るコトをするっきゃ無ぇ」
「ああ。……千載一遇の好機、何としても遣り遂げるぞ」
指揮役と思しき髭面の大男の言葉に、その場に集う男達は顔を引き締め頷く。各々手に握る武器を構え直し、じりじりと少しずつ鍛え抜かれた身体を進めていく。
目標地点まではあともう少し。状況は今のところ順調、見張りからは非常事態を告げる報告も届いていない。
このままなら……行ける。目標地点に到達さえすれば、彼らの望みは遠からず果たされるだろう。
男達は固唾を呑み、慎重に慎重に行動を進めていく。
彼らの現在位置は、荒野の開発拠点から掘削現場を挟んで、更に遠方。掘削現場とその周辺を俯瞰できる、小高い丘の向こう側である。
高度を稼いだ丘の上であれば、ヒトの背丈以上の横幕といえど視線を遮る遮蔽物にはならない。手に手に武器を握りしめた彼ら――本日の掘削担当およびその護衛を任ぜられていた筈の男達――はどうやら休憩中に遠見筒にて周辺警戒を行おうとしていたらしく……要するに、早い話が変態だった。
残念というべきか健全というべきか、作業員も狩人たちも全員が全員ニド達の裸身に興味津々であるらしく……彼女達が入浴に訪れるであろう時期を狙ってひっそりと持ち場の掘削現場を離れ、こっそりと覗……周辺警戒行動を開始したのだった。
「やっぱニドちゃんだろ。あの背丈であの乳はヤベェわ」
「わかる。上目遣いで見上げながら悪戯っぽく微笑んで乳寄せるの反則だって。オーバーキルだって」
「ニドちゃんの谷間の汗拭く手拭いになりたい」
「ニドちゃんは当然として……蜘蛛っこ二人もエロいよなぁ」
「うっわ……お前そういう趣味かよ。ノートちゃんとかメアちゃんとかイケるクチか? 幼女趣味かよ」
「だってお前、組手中に服……っていうか布の隙間からチラチラ見えるんだぜ? 上半身ぐわんぐわん振り回すんだもんよ、そりゃ見えるって。めっちゃ綺麗な形してたぞ」
「いやだからってお前……確かにあの子達は可愛いけどよ、そういうんじゃ無ぇだろ。さすがにあの幼さだぜ? 無いわー、ヒトとしてどうよ」
「おっま……うるせぇよお前の推しだって似たような体型だろ!」
「あ゛!? ネリーちゃんは長耳族だぞ!? 大丈夫に決まってんだろ!!」
「子蜘蛛ちゃんだって……魔族? だろ! じゃあ大丈夫じゃねえか!!」
「いや明らかに幼いだろ!! 魔族だろうと幼過ぎはダメだろ!!」
「うるせぇぞお前ら!! ニドちゃんに比べりゃどっちも未熟だろ!!」
「「ニドちゃんだってオッパイ以外未熟だろ!!!」」
「あ゛あ゛!? テメェ節穴か!? 立派な尻だろうがよ!!?」
やれ乳だ、やれ尻だ、大丈夫だ未発達だ……婦女子には到底聞かせるに堪えない男達の趣向のぶつかり合い、その熱量は留まるところを知らず。
その場の誰もが我を忘れ盛り上がり議論を白熱させるがあまり……彼らは終ぞ、風向きの変化に気付くことは無かった。
元より血の気の多い男連中、知力を犠牲に筋力に割り振ったかのような者たちである。一度頭に血が上れば冷静に物事を鑑みれる筈もなく、喧々囂々の議論の声は次第に声量を増していく。
息を潜めての遣り取りであったならばまだしも……怒鳴り声ともなれば丘を隔てても声は響き、穏やかな風は罵詈雑言を風下へと容赦無く運ぶ。
ただの人族の身であれば聞き取れなかったであろうその声は……残念なことにまずは聴力に秀でたネリーの耳に届き、呆れ顔の彼女の表情に何かを察したニドが次いで気付き、からからと嘲笑う彼女の様子に興味を持ったノートが気付き……最終的には只の人族よりも感覚が鋭い七名全員が察知するに至った。
………………………………
「さて、どうする? 吾が全員蹴り倒して来ようか?」
「ニドあんたその格好で表出る気か? 正気か?」
「呵々々! 身体を褒められて悪い気はせんでな。少っと位拝ませて遣るも吝かでは無いが」
「ちょっと羨ましすぎるから止めてくれ。……私が何とかするわ。だから揉ませて」
「ほお? 良いぞ」
「ヨッシャァァァ!!!! 従順なる大地よ、我が意に従え! 狙え、狙え、形を成せ! 『大地の腕』よ! 在れ!」
「あー…………省略無しか。また容赦無く捲し立てたの。魔力量も遠慮が無い……そんなに吾の乳房がお気に召したか?」
筋金入りのネリーに若干呆れた表情のニドが乾いた笑いを零す中……やや遠方に位置する小高い丘の頂上が大地より生えた巨大な腕で殴り潰されると共に、聞くに堪えない男共の悲鳴が風に乗って届けられる。
少々やり過ぎた感も否めないが……自分達の身体ならまだしも、天使のようなノートをはじめ愛らしい子どもたちの裸身を衆目から守るためならば仕方あるまい。
とりあえずの示威行為は成された。今後は軽率な行動をする輩は下火になるであろうし、あのような行為には危険が伴うことも身をもって実感できただろう。
「……さて。グヘヘそれじゃあ続きといこうか。ほらシェイニこっちおいで。ウルンもほら、身体拭いてあげるからねウェヘヘ。怖くないよ大丈夫だから」
「…………まァ折角の湯浴みだ、あの程度ならば良しとしよう。……直ちに実害は在るまい」
丘方面からの出歯亀をあっさりと排除したネリーは、ぬるめの湯に浸した手拭いでウルンとシェイニの身体を拭い始める。
己の好奇心の赴くまま、しかしあくまでの彼女たち二人に気持ちよくなってほしいとの思いの下、人外の身体の隅々まで――幼女そのものの上半身の胸部や腹部や臍や脇は勿論、異形の下半身の肢や節や腹や大顎や八つ目の際まで――優しく丁寧に、よだれを垂らしながら撫で上げていった。
言動こそ危なげながらもその手腕は誠実そのもの(に見えた)なので、ニドは余計な水を差さずにネリーに任せるがまま、自身は主と崇めるノートと手をつなぎ快適な湯を満喫していた。
一方その頃拠点集落の真っ只中では、トーゴの巻き起こした突風魔法によって見張り台の屋根が吹き飛ばされ……遠見筒を握りしめた男が宙を舞っていた。
「ウルンとシェイニは喉渇いてないか? お水飲むか?」
「きー!」「ききー!」
「よーしよしよし良い子だ良い子。グヘヘ、上の口は喋れなくとも下の口は正直じゃねぇか」
「…………ノリノリだの」
「いやらしく(私の手を)咥え込んでやがるぜ……グヘヘそんなに飲ませてほしいのか? いやしんぼめア゛ッ! ごめん! 噛まないで! いたい!」
「きー!」「ききー!」
「…………程々にの」




