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225_少女と勇者と異郷の同志




 がたごと、がたごとと荷台は揺れる。

 非常識な速度でカッ飛ばしたばかりに悲惨な事故へと繋がった往路の反省を踏まえ……非常にゆっくり、ゆったりとした速度で見晴らしだけは良い荒野を進んでいく。




 「お嬢大丈夫か? けろけろしない?」


 「んい、だいじょ。よゆう」


 「良い感じだぞアーシェ、そのままそのまま」


 「ん。おまカせ、く()さい」



 幼げな顔を無表情ながらも得意げに綻ばせ、アーシェは生み出した疑似従者デミ・フォロアを操り馬車を引かせる。

 道中思わぬところで道案内が得られたことで調査活動が想定よりも()()で進んだこともあり、水や食糧もそのおよそ半数を消費せず持ち帰ることが出来た。


 揺れの軽減のために吊床(ハンモック)を増設し、往路よりも幾らか乗り心地が良くなった荷馬車に揺られ……物資の残りと人員全員を積み込み、馬車は意気揚々と出立する。




 「…………何故当号まで」


 「旅は道連れって言うだろ。逃げ遅れた自分を恨むんだな」


 「ぐ……生意気なエルフ風情が」


 「シア蹴れ」「ぴゅっぴ」


 「め……めろ! 訂正する。(武器)を収めろ」


 「理解(わか)りゃ良いんだよ坊主ボウズ



 復路ではほかでもない『不死鳥』フェネクス本人であった魔術師エネクこそ同乗していないが……その代わりに生意気盛りな人族ヒト合成魔族(キマイラ)トーゴが同乗す(拉致され)ることとなったため、人数自体は往路と変わっていない。

 美少女であることが明らかになったエネクと同席出来ないことを残念がる声も大きかったが……ノートの世話を任せられる人物が同行すること自体は、諸手を挙げて歓迎される事態となった。


 ……尤も、世話役たるトーゴ本人は不本意極まりない表情であったが。

 面倒なひと仕事を終えて帰ろうとしたら拉致され、ひときわ面倒な幼子の子守りを押し付けられたのだ。……無理もない。



 「とーご、よし、よし。げんきだす、して」


 「…………そもそも…………いや、何でもない」



 面倒な事態の元凶となる少女直々に慰められ、釈然としない面持ちながらも……即座に『抵抗は無意味である』と判断した賢い弟は反論を収め、状況に身を任せることに決めた。




 ………………………………




 荷物と人員メンバーとを積み込みパトローネ山を発ったのが、日の出から少しの時間を経た頃。行きとは打って変わっての安全運転のため、荒野の開発拠点へと到着できたのは昼を幾らか回った頃であった。


 見張りの人員によって接近が周知されたのだろう、拠点内がにわかに騒がしくなる。

 掘削作業員とその護衛達は出払っているのだろうが、それを差し引いても拠点には多くの人族ヒトが詰めている。炊事や洗濯などの後方支援を主に行う裏方要員、その支援に当たっているニド達留守番組は『帰還』の報を受け……拠点入り口で今や遅しと『勇者』達を待ち構えていた。




 「()()()()、坊。……その顔なら収穫は有ったようだの」


 「あ、あぁ……そうだな。収穫があったというか何というか」


 「坊……()()()()


 「………………ただいま」


 「良し。……さて、荷降ろしならば子蜘蛛達が役に立とう。()()()()も多少は仕込んであるでな、役に立つ筈だ」




 得意気に胸を張るニドは遠巻きに様子を窺っているウルンとシェイニを呼び寄せ、手慣れた様子で作業の指示を下す。パトローネ山の地下に潜っているほんの数日の間とはいえ、ニドの指導を受けた子蜘蛛アルケニーは『良い子』に仕上がっていた。


 二人に一般的な知識を刷り込み、メアや炊事担当のお手伝いを教え込み、非番のヨーゼフ達狩人を取っ捕まえて戦闘技術を仕込む。

 この子達の素体ベースとなった者の長所を引き継いだとでもいうのだろうか。当然まだまだ荒削りな部分はあるが……勉強期間が()()()()()とは思えぬ程、健やかに成長していた。




 「……あの鷲鼻の系譜が降って湧いたは予想外だが……どうやら上手くったようだな。矢張やはりあの小娘だったか」


 「気付いてたのか?」


 「確証は無かったがな。あれ程の遣い手が無名だなど有り得ぬ。ああも虚ろな小娘であれば、良くも悪くも名は知れていよう。ヨーゼフ達の誰もが知らぬのは可怪おかしかろ」


 「言われてみれば……確かに。人族ヒト種の魔術師って相当希少(レア)だもんな……ディエゴ先生(しか)り」


 「何を企んでいるのかは結局知らなんだが、奴の気を損ねるのは悪手だからの。何かしらの目的有りきで接触して来たのならば応対する他有るまい。……あ奴めとり合うはもう懲り懲りよ」


 「……お互いに怪我を再生し続けんのか。……不毛だな」



 遠い遠い昔を思い出したのか、ニドはげっそりとした表情で乾いた笑みを浮かべる。先日彼女と別行動を取る際に『ワレでは役に立てぬ』と言っていたが、どうやら過去の経験も判断材料であったらしい。


 二人の子蜘蛛アルケニーにネリーとノート、そして逃げ遅れたトーゴが荷降ろしに追われる中……ヴァルターは別行動中に生じた事態ことの顛末をニドと共有していた。

 さすがのニドも『地中深くに巨大な時限爆弾が仕掛けられていた』などとは予想だにしていなかったらしく、不承不承ながらもその情報を持参した青年に感謝していたようだった。



 「……成程。生真面目で気難しいお年頃……か。ぃっとばかし()()()遣ろうかの?」


 「おい糞爺クソジジイ……変な事考えんなよ」


 「変な事とは心外だな。ワレとて()()()は坊と決めてる、無駄遣いはせぬよ」


 「そうか。………………は??」




 ヴァルターとて今回の騒動において、トーゴの果たした役割が非常に重要であったことは理解している。

 恐らくだがことあるごとにノートに振り回され、今現在も(不本意であろうが)ノートの手綱を握ってくれている彼には……ヴァルター自身極めて強い親近感を抱くと共に、少なくない恩義を感じるまでになっていた。


 だからこそ……性的にエグいニドの労い(悪戯)はトーゴにとって大きな負担になると考え、先んじて釘を刺そうとしたのだが……そんなことよりも今何か聞こえた気がする。



 「お……おい糞爺クソジジイ、今」


 「其れよか……のうネリーよ! 喜べ! ()()()()()()()!」


 「ちょっと「マジかァ――――――!!!」


 「ニドおま「おふろ!? ねりー、おふろ!?」


 「おい今「ニド風呂どこだ!? 今すぐ入れんのか!? 一緒に入ろうぜ!!? ウルンとシェイニもお風呂入ろうぜ!!!」


 「あの「呵々々々(かかかか)。焦るな焦るな、総責任者より使用許可はもろて在る。荷を降ろしたら直ぐにでも行けるぞ」


 「ちょ「「おおおおおおー!!!」」




 なんでも作業員たちの厚意と気まぐれ(と若干の下心)で急遽敷設された仮設浴場は、この開発拠点集落内ではなく外部……掘削作業現場のすぐそばに築かれているらしい。

 なるほどオーテル方面や開発拠点に温泉を引くための工事……長々と配管を繋ぎ湯を引く工事はなかなかに時間を要するだろうが、掘り当てたすぐ隣に穴を掘り湯を貯める程度ならば比較的容易に整えられるのだろう。

 待ちに待った温泉に理性のタガが吹き飛んだ娘たちは猛烈な勢いで荷降ろしを済ませると、ニドの先導のもと姦しく走り去っていった。




 荷馬車の袂には呆気に取られた二人の青年が取り残され、ニドの発言の真意を問い質したくも問い質せなかったヴァルターは呆然と佇み……そんな様子を眺め見ていたトーゴはしかしながら、いつも通りの軽口を叩くことは憚られた。


 ……それ程までに、ヴァルターは悲壮な様子だったという。





 「なぁ、『勇者』。…………その、ええと……大丈夫か?」


 「……トーゴ……よく聞け。……あの黒髪の娘な、ニドっつうんだが…………アレには気をつけろよ」


 「…………ニド……あの乳が極大な娘か」


 「そう、そいつだ。悪い奴じゃ無いとは思うんだが……とりあえずたまに繰り出す性的悪戯セクハラがエグい。他人を困らせその困惑顔を眺めて悦に浸る変態だ。……気をつけろよ、男の尊厳()にじられんぞ」


 「…………忠告、感謝する」


 「……悪ィ、昨日今日会ったばっかの相手に言う事じゃ無いのは解ってるんだが…………」


 「…………奇遇だな。本来当号は貴様ら『勇者』にくみする立場では無いのだが……」





 「「ノート(姉上)による被害を共有出来る相手が欲しい」」



 神妙な顔つきで、真正面から視線を交わしていた青年二人は……多くを語るまでもなく、その一言のみで互いに全てを察したらしい。


 真正面からぶつかり合う視線、しかしそこには剣呑さや緊迫感は含まれておらず。

 やがて二人は互いに一つ頷くと、どちらともなく手が差し出され……神妙そうな表情そのまま、固い握手が交わされた。




 自らが親しいと思い込んでいる人物に対し、精神的にも身体的にも極めて距離が近い少女。


 腕っぷしは極めて強く、その性根は極めて優しく……しかしながらその数段上を行く危なっかしさを秘めた、油断のならない少女。


 一般的な常識に疎く、年頃の女の子らしからぬ()()()()()()言動で周囲を振り回し、幾度となく騒動を巻き起こしている少女。



 これまで生じた騒動の沈静化と、その後始末を押し付けられる立場であった青年二人。

 ノートの舵取りを引き受けざるを得なかった男二人は……このとき初めて幼女型傍迷惑生命体の対処における同性の『理解者』を得、僅かながら心の安寧を得たのだった。




 しかし……その申し訳程度の安寧が。


 あっという間に粉々に消し飛ぶことになろうなど。




 このときの彼らは……知る由も無かった。

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