221_少女の意思と各々の思惑
千幾百年もの間、保守点検など為されている筈も無い基地内施設。しかしながら意外と言うべきか幸いと言うべきか、施設最深部の昇降機は平然と稼働していた。
設備自体に破損が無いのならば、管制室を制御下に置いたトーゴに操作できない筈は無い。
地表付近へと続いているらしい昇降機へと乗り込んだ一行の間には……何とも言えない微妙な空気が漂っていた。
その色は……主として、『心配』と『後悔』。
「……耐熱魔法が許可されたのは……マジで幸いだったな」
「だが…………ノート、その……勝ち目はあるのか?」
「……んい。よゆう」
自信満々に――しかしどこか元気無く――応える真っ白な幼子を前に、さすがに心配の色濃いヴァルターとネリー。
彼らとてノートの戦闘技能が極めて優れていることは知っているが……そうは言っても相手が相手である。
そこらの獣や魔物などとは訳が違う、高い知能と技能を備えた魔族の中でも殊更に強力な個体……お伽噺に語られるほどの有名人物、『不死鳥』フェネクス。
一騎討ちにあたり理不尽な甦生能力は制限されているとはいえ、強力無比な炎熱魔法を操る爵位持ちの魔族と戦り合うとあっては安心できる筈が無い。
人員および資材輸送用の古代遺物……地下設備の昇降機。振動も騒音もほとんど感じられない鋼鉄の箱は縦長の通用口をどんどんと上がっていき、どうやらフェネクスの言う通りこのまま地表付近まで出られるらしい。
まぁそれもそうか。あんなに大掛かりな設備が整っている地下施設の出入り口が、あんなに狭くて汚くて曲がりくねった道である筈もない。そもそも物理的に通れないだろう。巨大な建材や設備をどうやって運び込んだんだという話だ。
まあ地下施設のことは一旦置いておくとして。
これから向かう先……昇降機の辿り着く先は、間違いなく死地と言えるだろう。
そんな死地に幼い少女を赴かせることに呵責が無いわけはないのだが……『やる』と決めたノートの頑固さをよく知る保護者は、説得自体は諦めながらも心配を拭いきれずにいた。
やがて昇降機内の表示板が地表階の表示を示し、微かな振動と動作音がぱったりと止む。
電子音と共に両側引込の大扉が口を開けると、仄暗い中に微かな砂埃を感じる風除室が姿を現した。
「搬入扉の開放は問題無く行われた筈だ。此の風除室は然程広くは無い。真直ぐ進めば地表へと出られるだろう」
「……んい」
「…………先程、フェネクスの『再誕』反応を確認した。既に行きに用いた裏口より出立している模様。丁度地表にて邂逅する形と成ろう。……覚悟は良いか、姉上」
「……んい」
「スゲェなトーゴ。んな細かいこと解るのか」
「施設内の監視機構は掌握済みだ。施設内撮影端末が在れば把握出来る。……さすがに制御室から離れれば監視網も途切れるがな」
「……無理すんなよ」
「…………云われる迄も無い」
月日の経過を感じさせる埃が巻き上げられ、微かな風の流れを肌で感じる。
進行方向、山体内部より外側へと向けて開け放たれた大きな跳上扉の向こうは満天の星空が広がり、自分達の足音以外何一つとして聞こえぬ程に……不気味に静まり返っている。
幼気な少女に危険な役回りを強いること、自分達は手出しを禁じられ彼女の力になれないことに、ヴァルターとネリーは忌々しげに口を噤む。
トーゴはノートの勝ちを信じてこそいるが、自らが(不本意とはいえ)姉と仰ぐ少女を危険に晒すことに……自らの力及ばず負担を掛けることに、重々しい表情を崩さない。
一方とうのノート本人に至っては、自らの担っている役割と重要性を理解しているのか居ないのか……いつも通りの少し眠たげな――しかしながらほんの少しだけ寂しそうな眼差しで――自らの行く先、星空の広がる荒野へと足を踏み出した。
………………………………
『フェネクスさま……ほんとに……あのこと、たたかうの?』
『ええ。そのつもりです。……不安ですか? ベンヌ』
『…………ううん。……フェネクスさまが、まけるはずない。……だから』
『彼女を、殺してしまうのではないか、と?』
ヴェズルフエルニエによって起動が成された昇降機へと勇者一行が消え、管制室には不死鳥フェネクスとその眷族のみが残される。
重々しい機械の音で満たされた制御室にて再び『エネク』を火葬し、『フェネクス』本来の姿へと『再誕』が成される。
神々しくも禍々しい炎を随所に纏った紅蓮の怪鳥は、心配するかのような眷族の問い掛けに対し優しげに応答する。
『だって……あのこ、フレースヴェルグさまの『おきにいり』なんでしょう? ……ひどいことしたら……フェネクスさま、きらわれちゃうかも……』
『……優しい子ですね、ベンヌ。あなたのような子と縁を結べたこと、わたしは幸運に思います』
『えっ、あっ……んふふ…………っ、ち、ちがう! ごまかさないでフェネクスさま! ぼくほんとにしんぱいなの!』
狭い地下洞窟を身を翻し器用にすり抜けながら、悠々と先を舞うフェネクスに眷族ベンヌは疑問を呈す。
自らの主人が気に掛けている同輩……神話級魔族が一柱、フレースヴェルグ。彼に嫌われてしまう危険を侵してまで、何故あの少女と戦う必要があるのか。
フレースヴェルグの眷族であるらしいあの青年の言うことが本当ならば、既に敵対する必要は無い筈だ……と。
……そもそも、ベンヌ自身は筋金入りの平和主義者である。本音を言うと勇者達に喧嘩を売ることもしたくは無かったし、強い人族と相対した際には恐怖のあまり本気で抵抗し、手荒な真似をしてしまったことも苦い記憶である。
自らの主が姿を変えた存在である『エネク』に身体を焼かれ、一度殺されるのは……覚悟していたとはいえ、さすがに痛かった。
しかしそれでも、主フェネクスの計画を補佐するために全力を尽くすと決めたのは自分であり、臆病な自分に蓋をして圧倒的強者を演じ……その甲斐あって紆余曲折を経て、誘い込んだ人族達の手により噴火を防ぐことが出来た。
主が懸念していた『自分達の脅威となる恐れがある』『同胞を殺し喰っていた』点に関しても……堂々と格好よく話し合いをしていた『ヴェズルフエルニエ』という名の子によって、心配は杞憂であることの釈明が為された。
ベンヌ自身も納得の出来る理屈だったし、実際に主と仰ぎ絶対の信頼を寄せるフェネクスさえも反論出来なかったのだ。
……つまりは、彼らを排除する理由は無く。
つまりは、今からあの子と戦う理由も……無いはずなのだ。
理由が無いどころか……同輩フレースヴェルグのお気に入りと事を構えるとあっては、それはむしろ主フェネクスにとって悪手ではないのだろうか。
『ねぇ、フェネクスさま……?』
『…………そうですね。……あなたには、伝えておきましょうか』
『ふぇ……?』
尋常ならざる熱を纏った大翼をはためかせ、フェネクスは背後の眷族を振り返ると……
観念したかのように、自らの指針を語り始めた。
………………………………
「さて。…………一体何を考えていると思う?」
「…………存じませぬ」
「…………俺を見るな。俺に聞くな」
冷たく、暗く、殺風景な小部屋にて顔を付き合わせる三つの人影。
会議卓を囲むように着座する三名は、性別も外見年齢も出自も種族も様々ながら……場違いな程に上機嫌な者と渋面を形作る者とに二分されていた。
「……なんだお前らノリが悪い……折角新たに『会議室』を拵えたのだぞ? 貴様らも少しは『幹部会議』っぽさを出す努力をするが良い。『悪の秘密結社』っぽい感じで振る舞ってみるがいい。きっと楽しいぞ?」
「…………御命令ならば」
「ハッ。たった三人の『幹部会議』か」
向けられる冷徹な視線と嘲笑の視線に対して微塵も揺らぐこと無く……この『幹部会議』の主催にしてこの勢力の筆頭である少女『魔王セダ』は、これまた楽しそうに笑う。
「くハハハ! ……使えぬ雑魚に用は無い。重要なのは『数』ではなく『質』よ。俺は別に戦争を起こしたい訳では無いのだ。『目的』のみを遂行できれば其で良い。……大胆かつスマートに。覚えておくが良い」
「これはこれは。私など下賎の者に偉大なる魔王様自ら御高説賜り恐悦至極にございます死ね」
「うむ。良きに計らえ。……どこぞの堅物と違ってなかなか話が解るではないか、『アルノー』」
「勝手に略すな気安く呼ぶなブチ殺すぞ糞餓鬼魔王」
「ハハハ褒めるな照れるではないか」
「褒めるものか! 死ねッ! 糞が!」
自らが『魔王』と呼んだ相手に対し、殺意も露にがなり立てる乱暴な声。
その発信元は『幹部会議』の卓の一角……頬杖を突きながら忌々しげに顔をしかめる、『アルノー』と呼ばれた少女。
識別個体名称……アウルノインツェク・ウル・フォンダルト。
魔王セダの手により鹵獲された機工人形――記憶核として人格が宿った星霊銀を用いた遠隔操作用のヒト型行動端末――それ魔王手ずから修繕し仕上げた機体。
極めて高い安定性と極めて高度な戦闘能力と……極めて可愛らしい容姿を備えた、魔王セダ渾身の人造人間である。
とある密約のもと、魔王セダの軍門に降った彼であったが……魔王が用意する新たな身体が、まさか美少女の姿を模したものだなどとは、当然予想だに出来なかったらしい。
怒髪天を突き不満を捲し立てるも、既に後の祭り。魔王セダの趣味が十全に織り込まれた新たな身体を無理矢理授けられ、他に機体を用意するつもりは『無い』と言い切られては……不承不承ながら可愛らしい機体で納得せざるを得なかった。
そのため……ただでさえ低い魔王に対する評価は、今や地の底まで沈んでいた。
短く切り揃えられた暗赤の髪と、硝子のように透き通った紫蒼の瞳。肌は色白できめ細かく滑らかで、軍服に包まれた胸部は大きな膨らみを湛えている。
今世においては半人半魔の少女の姿ながら、自身の性的趣向はまるで雄である魔王セダ。
その趣味が遺憾なく発揮されたその姿は……確かに可愛らしかった。
だからこそ尚のこと……『アルノー』は苦々しげに顔を歪める。
表層に培養された生体細胞を纏った顔面組織は、忌々しいことに非常に器用であった。
「話を元に戻すぞ。今気になるのはあのフェネクスめの行動についてだ」
「横道に逸らせたのは貴様だろうに……」
「……フェネクスの思惑がどうであれ……奴自ら条件を提示したのであれば、その行く末を見て判断すべきかと」
「…………ほぉ。静観すると? あの娘をフェネクスめに宛がう、と?」
「元より、他に手は在りませぬ。……あの娘を信じ、機を窺うべきかと」
「まるであの娘の『勝ち』を確信しているような言い草だな、フレースヴェルグ」
ヴェズルフエルニエの弁論は、魔王セダの認識としてもなかなかのものであった。正直あのまま和解してもおかしく無いと思っていたし、なればこそ尚のことフェネクスが一騎討ちを所望した理由が解らない。
「……まぁ遠くでアレコレ邪推したところで、な。『監視役』がそう言う以上、とりあえず静観するべきか。……俺も覗きたいんだが」
「御自身の監視端末でも派遣すれば宜しいかと」
「あー嫌だ嫌だ。可愛いげが無さすぎるぞフレースヴェルグ。もっと貴様の主を労るがいい。……早い話が構え。俺を構え。魔王だぞ」
「……其処な『新入り』。何とかしろ」
「ふざけるな鳥頭。テメェが何とかしろ」
何事かと思えば……要するに『幹部会議』とは、暇を持て余した魔王の戯れらしい。
途端に思考する気力も霧消したフレースヴェルグは……それでも自身が気に掛ける少女の無事と平穏を、ひっそりと祈らざるを得なかった。
勇者ヴァルターに対し並々ならぬ感情を抱く元勇者アウルノインツェク……改め、少女型人造人間アルノーもまた『勇者ヴァルターと再び相見えること』を願い……渋面と機械の頭蓋の奥底にて、白い少女の勝利と彼女らの生存をひっそりと願っていた。
魔の王たる者の権能、および製造元特権として、彼らの思考を彼らの与り知らぬところで把握していた『魔王』は……
にんまりと厭らしく、満足げに笑みを浮かべていた。




