220_奈落と不死鳥と一縷の希望
理不尽きわまりない不死鳥の個人的裁量により……原告曰くの『翼持つ者』とその伴侶であるシアとネリーは、幸いと言うべきか無罪判決が言い渡された。
ヴェズルフエルニエに対しては最初っから咎める意思は無かったらしく、判決を待つ被告人は残すところ三名。
途方もなくしつこく、執念深く、悪質極まりない復讐者を――自分達の計画のためにも――諦めさせるべく……先行入力された知識と思念会話で繋がるフレースヴェルグの判断力を総動員して、ヴェズルフエルニエは慣れない弁護人を務める。
現在のところは、概ね想定通り。
理不尽ではあるが思考能力は幸いマトモである不死鳥を説き伏せ憂いを断つべく、ヴェズルフエルニエは最終段階へと話を進める。
「貴嬢フェネクスが懸念している事案……それは『同胞』の血肉を喰らう者を『同胞』の友と認める訳には行かない……此の認識で相違無いか?」
「ええ……われらが『同胞』を殺め、あまつさえ食糧と見なす乱暴者を……どうして『同胞』として迎え入れられましょう」
「貴嬢の『同胞』……所謂『翼持つ者』を補食する乱暴者を、『同胞』と認識する訳には行かない、と。……貴嬢の主張は此の様に解釈されるが、此の認識に相違は無いか?」
「ええ。……ええ、そのとおりです」
争点となる部分の再確認を済ませると共に問題が浮き彫りになり……弁護人たるヴェズルフエルニエは一人頷く。
やはりか、と。
であるならば尚のこと問題ない、と。
「ならば問おう、『不死鳥』フェネクスよ」
一見至極尤もに聞こえる彼女の主張……『同胞を食い殺す輩を同胞と見なすことは出来ない』という指摘。
そこに秘められた致命的な矛盾を、遠慮無く問い質す。
「凶襲鷹、鎌爪鷲、血爪蝙蝠……他にも数多存在する、貴嬢の云うところの『翼持つ者』である狩人達。……知らぬとは言わせぬ。彼等とて群鳩や珠鶏や水鶴……貴嬢の云う『同胞』を狩り、補食して居よう。…………先の貴嬢の論に依れば、彼等乱暴者達は同胞とは見なせない、と云うことになるが……相違無いか?」
「………………それ、……は…………」
((おぉ―――――……))
論理の穴を突かれ、返答に窮し黙する不死鳥の様子に――そしてトーゴの狙い済ました指摘に――思わず感嘆の声なき声が溢れる勇者師弟。
無論、話はまだ終わっていない。不死鳥の反論も充分予測されるが……それでも自分達の落ち度として受け入れるしかないと考えていた彼等にとっては、反撃……というよりかは逃走の切っ掛けが見付かっただけでも感激であった。
「『同胞』の屍肉を喰らう者を『同胞』とは認められない。しかし『同胞』の中には『同胞』を喰らう者も居る。……彼等『翼持つ狩人達』を片端から粛清するのが貴嬢の望みか? …………そうでは無い筈だ」
「…………わたしは……彼らを……」
「粛清など出来よう筈も無い。……何故ならその狩人達もまた、貴嬢の『同胞』なのだから。…………相違あるまい?」
「…………そう…………ですね」
戸惑う様子を見せながらも、不死鳥はトーゴの主張を否定することはなかった。
自分の抱いている方針の矛盾を突かれ、今まで気にしないよう避けていた点を容赦無く掘り返され……しかしながら解を導き出すことを後手に回していたがために、明確な反論を下せずに居た。
はっきりとした正答の存在しない問答を投げかけられ、また自らの本心に近しい解をすぐ目の前に提示され……『自分の意に反しているわけではない』その解は、道を見失っていた不死鳥にすんなりと受け容れられたようだった。
今や彼女の頭の中では、長年蓋をし続け直視しないよう避けていた『解のない問答』がぐるぐると渦巻いている。
そんな悩める彼女の『同胞』――ひときわ執心であった気高き同胞、その血族――によって齎された、自らの意を代弁してくれるかのようなその言葉は……不思議と反論する気持ちを抱かせずに染み入っていった。
「貴嬢の『同胞』にも、『同胞殺し』は存在する。……しかし心優しい貴嬢は彼らを探し出し断罪することを良しとしない。彼らとて生を繋ぐ為に他者を喰らっただけであり、聡明な貴嬢はそれを『必要なこと』だと理解しているからである」
「………………わたし、は……」
もはや彼女に抵抗の意が見られないことを認識し……トーゴは今まで戒めていたエネク(全裸)の身体から身を離す。
力なく二、三歩歩みを進め、ゆっくりと振り返ったその貌には――相も変わらず変化の乏しい、しかし愛らしい中に――確かな戸惑いと葛藤、混乱と迷いが窺える。
その身体に白熱の焔を纏うことすら忘れ、茫然自失といった様相で棒立ちする彼女は……少なくとも今は、戦う意思を抱いているようには感じられない。
力なくトーゴを見詰め、そこはかとなく物悲しそうな佇まいの……『女性』と呼ぶにはまだ早いであろう身体つきの、たいそう見目麗しい少女(全裸)。
トーゴとアーシェ(と疑似従者)を除く勇者達三人はごくりと唾を呑み込み、うち彼女を食い入るように凝視する少女二名は明らかに呼吸が荒い。
「『同胞殺し』『同胞喰らい』は、確かに忌むべき所業で在ろう。しかし同時に其れ無くしては生きられぬ『同胞』も存在する。其の為貴嬢の関知せぬ処での『同胞殺し』『同胞喰らい』を、賢慮ある貴嬢は敢えて咎めず、見て見ぬ振りを続けてくれていた。…………此処迄で、異議は有るか?」
「…………………ええ……ありません」
フェネクスの肯定を受け、ヴェズルフエルニエは一瞬気の緩みが生じそうになるのを全身全霊で堪える。
引き出すべき言葉を引き出し、勝利が間近まで迫ったとはいえ……最も恐れなければならないのはフェネクスの開き直りである。
『そんな瑣末事、知ったことでは無い』などと短慮な思考に繋がっては、これまでに丁寧に丁寧に紡いできた問答の全てが水泡に帰す。
そうなれば自分はおろか、勇者達の安否は考えるまでもない。
あと一息。あとほんの一息なのだ。
此処まで漕ぎ着けて……詰めを誤り仕損じる訳にはいかない。
「ならば話は早い。此奴等、今代の勇者とその一行。貴嬢の同胞たる『翼持つ者』を友とする彼らにも……今一度、看過の機を望む。……此れ迄『同胞』狩人の振る舞いを、慈悲深い貴嬢が看過していたように」
「……………………なるほど」
「……我が主の御名の下、重ねて懇望する。彼奴らの中には我が主フレースヴェルグが、直々に加護を授けし者も居る。……我が主の貴慮を、無為にしたくは無い」
「あの『黄昏』が……地を這う者に……」
思念同調で繋がるフレースヴェルグの思考が忌々しげな色に染まるのを感じながら、ヴェズルフエルニエは主の名を借り懇願する。多少こじつけ感が否めないが、それでも一応理論付けての釈明は成された筈だ。
フェネクスは根本的な処で自分勝手な奴だが、それでも話の通じぬ程に狂っているという訳では無いらしい。
長所と短所、周囲の関わりや今後の道筋、生かしておくことにより生じるメリットや殺すことによるデメリットをきちんと理解させれば――相当取り返しのつかないことを仕出かさない限りは――話を付けることも不可能ではないという。
やはり……圧倒的に付き合いが長いフレースヴェルグは、交渉相手たるフェネクスを良くも悪くも熟知しているのだろう。
創造主に今再び畏敬の念をいだきながら、今やすっかり大人しくなった『エネク』を油断なく見据え、ヴェズルフエルニエは最後の仕上げに取り掛かる。
「決断を、『不死鳥』フェネクス。我が主の加護を受けし彼奴らに安寧を授けるか……はたまた刃を向け、我等と道を違えるか」
「…………『加護を授けた』、と言いましたね……黄昏の眷属よ。…………なるほど、そこな幼子ですか」
「ん……んえ?」
このまま収束するかにも思われた問答の末……不死鳥フェネクスは突如として、脈絡の無い疑問を掲げてきた。
地底の制御室……未だ異常な高温に支配された裁決の場において、場違いなほどに冷えきった視線が真っ白な少女に注がれる。
相も変わらず表情変化に乏しい――しかしながら落胆と憤怒と失望と虚無とが織り交ぜになったかのような――鳥肌が立つほどに不気味な視線が、乱れることなく真っ直ぐと向けられる。
トーゴが危機感を抱いたときには……既に手遅れだったのだろう。
やはり並び立つ者の無い『神話級』の存在と有らば……その思考を全て推し測るなど、そもそも不可能だったのだろう。
「『黄昏』の加護を受けし、そこな幼子……『ノート』。……表に、出なさい。わたしと……全身全霊でもって戦いなさい」
「な!?」「は!?」
「っ、……フェネクス、貴嬢は……何を」
考えうる限りの最悪の展開では無いとはいえ、充分に危惧するべき事態であろう。
敵対者を皆殺しに走らないだけまだマシだと思いたいが……彼女のいうところの『黄昏』フレースヴェルグが直々に加護を授けたという点が、どうにも納得いかないらしい。
嫉妬、とでも評するのが正しいのだろうか。
フレースヴェルグのお気に入りを見定めようと――軟弱で脆弱で矮小な取るに足らない存在であったならば、遠慮無く焼き尽くしてやろうと――混沌に歪んだ視線が獲物を見据える。
「『黄昏』の眷属……あなたであれば、そこの昇降機を動かせましょう。さしたる手間もなく、地表へと戻れる筈です。……そこでわたしと……『不死鳥』フェネクスと、正面からの一騎打ちとしましょう」
「馬鹿な! 死を迎えぬ貴嬢と刃を交えたとて……結果は火を見るより明らかであろう! 我が主の盟友を害す心算か!?」
「そうだそうだ!」「反則だ反則!」「ぴゅぴーぴゅぴー!」「きききーきききー!」
「無論、条件を加えましょう。『黄昏』の加護を受けし娘がわたしを一度でも殺すことが出来れば、あなた達の勝ち。……わたしは……わたしたちは、以後あなた達に手出しはしません。『黄昏』の眷属の言うようにあなた達の生活を脅かすこと無く……安寧を与えましょう」
「…………正気か? ……其の言葉に偽りは在るまいな?」
「誓って。我が名……のみでは物足りませんか。……ならば我が名『フェネクス』、ならびに我が創造主『プリミシア』の名に誓い」
「っっ!!?」
刻一刻と悪化していく状況を固唾を呑んで見守る一同の中において、今の今まで表情を崩さなかった……『黄昏』の加護を受けし幼子、ノート。
フェネクスに名指しされた当の本人は――突如耳朶を打った懐かしい名前、決して忘れることの出来ない大切な名前を耳にし――そのとき初めて息を呑んだ。
「今代の『勇者』共の生殺与奪を賭けた、正々堂々たる一騎打ちを。『黄昏』が加護を授けし人族種の娘……その力が本物であるか、わたしがこの眼で見定めてあげましょう」
「ナンオラースッゾコラー表出ろオラー」
「「やだ怖い」」




