219_勇者と不死鳥と非公開裁判
状況は依然として危ういままだ。
討伐不可能の高位魔族『フェネクス』――幸いにして人族の姿を取った彼女――の魔法行使を封じ込め、なんとか動きを止めることには成功したものの……未だ根本的な解決には至っていない。
ヴェズルフエルニエの阻害魔力に綻びが生じれば容易く離脱されてしまうだろうし、そもそも彼とて生命体である。飲まず食わずで延々とフェネクスの枷を務め続けられる筈もない。
重要なのは、此処からである。
フェネクスに矛を収めさせなければ……勇者一行に未来は無い。
「『フレースヴェルグ』が一の眷属、『ヴェズルフエルニエ』が此処に問う。……貴嬢フェネクスは当号ヴェズルフエルニエ、ならびに我が主に対し……事を構える意思は在るか?」
「……何を愚かな。『黄昏』のフレースヴェルグはわたしの同胞……そしてその眷属たる貴方も、いうなれば同じく『翼の同胞』。いがみ合う必要など在りはしないわ」
「返答に感謝する。……重ねて問おう、『不死鳥』フェネクス。其処な人鳥の少女、名は『シア』と云う。……彼女は貴嬢の『敵』か、『否』か」
「ぴゅっぴ?」
突如名前を呼ばれた人鳥の少女……ネリーの眷族にして半身、シア。同調魔法を解いた彼女は息を整えながら、可愛らしく小首をかしげている。
『勇者』に与する彼女に対しエネクより向けられる視線は、相も変わらず起伏に乏しい……しかしながら、どうやら敵意とは異なる色。
力を封じられたことを知った当初こそ驚き戸惑いを見せていた彼女であったが、抵抗する力を封じられ、一糸纏わぬ裸体を羽交い締めにされながらも、堂々たる佇まいは相変わらず。
現状を理解するなりあっさりと抵抗を止め、不死鳥は余裕綽々とばかりにヴェズルフエルニエの質問に応じる。
「……解りきったことを問うのですね、黄昏の眷属よ。…………言うまでもありませんが、彼女はわたしたち同様『翼持つ者』。まぎれもない同胞です」
「な……」「は!?」「んえ?」「ぴ?」
いきなりの予想だにしていなかった返答に、思わず間の抜けた声が重なり溢れる。
今の今まで命のやり取りを行っていた相手から……規格外の化け物から、こともあろうに『同胞である』と評されたのだ。混乱も戸惑いも仕方ないことだろう。
……『同胞』を殺そうなどという思考は、普通であるならば考え難い。
「なればこそ、重ねて問う。貴嬢の云うところの『同胞』である少女、シア。……彼女の伴侶である人族種の雌個体、此は貴嬢にとっての『敵』か『否』か」
「なぁヴァル私今『コレ』って言われたか?」
「ちょっと黙ってろ今忙しい」
会話が成立することに内心安堵しながらも、トーゴは少しずつ核心に触れていく。人鳥であるシアが『同胞』と評されること自体は正直予想の範疇であった。トーゴにとっては別段驚く程のことでもない。
問題なのは……此処から先。ある程度予測される返答を基に大雑把な道筋は描けているが、要所要所はその場ごとの判断と適切な回答が求められる。
此処からが正念場だ。気を抜くことは出来ない。
「……そう、ですね。……ええ。わが同胞『翼持つ者』の伴侶だというのなら、その者もわれらが同胞と言えるでしょう」
「人鳥の少女の伴侶もまた、貴嬢の敵対対象では無い、と?」
「……ええ。ええ、その通りです」
「「は??」」「んえ?」「ぴゅい?」
(まずは……一つ)
齎された返答に内心で胸を撫で下ろしながらも、慎重に言葉と口調を選ぶ。
現状として一行が陥っている膠着状況を打破するための、様々な材料――彼らの言動や一般常識や自然の摂理や心理状況などなどを基にした断片情報――『状況証拠』とでも言うべきそれら材料を集め、相手の出方を伺いながら適切にそれらを開示していく。
質問の順序さえ致命的に間違えなければ望みはある。フェネクスとの敵対を解消できる可能性も……無いわけではない。
…………筈だ。
何にせよ、まずは一歩。
人鳥のシアと、彼女の伴侶であるネリー。『翼持つ者』の関係者と表された二名は、どうやら敵対対象から外れたようだ。
しかし……ここからは、今しがたのようには行かないだろう。
「なれば……貴嬢フェネクスの同胞たる『翼持つ者』、その同志……気高き翼を持たざる、さりとて寝食を共にする程に深く交わる者共である。……彼等は…………貴嬢フェネクスの『敵』か、『否』か」
「………………『敵』、です」
「理由を。彼等は貴嬢フェネクスが『同胞であると認めた者』の、同胞である。……一連の帰結として、貴嬢フェネクスの同胞であるとの判断が下されて然るべきと愚考する」
「……………………その前に…………わたしの問いに答えなさい、黄昏の眷族よ」
理詰めでの状況提示と、フェネクスの思考の把握……綱渡りの問答の最中、投げ掛けた質問が質問となって返って来た。
『黄昏の眷族』……フレースヴェルグの名代であるヴェズルフエルニエに、不死鳥フェネクスが問う。
尤も……聡明なる黄昏の眷族にとっては、この質問は想定内であったらしい。
「あなた達は…………そこな地を這うヒトどもに、何故そこまで肩入れするのです」
「単純かつ明確な理由に拠る。彼の者共は我が主の『同盟』相手である」
「「は!?」」「んえ……」「ぴぴ?」
さも当然と言わんばかりに、間髪入れずにヴェズルフエルニエは応える。
魔に連なる者ながら『勇者』一行に肩入れする理由、相容れぬ立場である筈の『勇者』達の生存に拘る理由……それはフレースヴェルグと勇者一行が、互いに助力し合う『同盟』関係であるからだ、と。
勇者の生存がフレースヴェルグの……残存魔族の益となるからである、と。
尤も……とうの『勇者』ヴァルター本人にとっては、まさに寝耳に水の情報である。
この段階でそのことを把握していた者は――ただ一人ひときわ強張った表情でカチコチに硬直する幼子を除いて――誰も居なかった。
「可笑しなことを言うのですね。『魔王』の仇敵と同盟を結ぶなど……嘆かわしいことです。ついに『黄昏』も耄碌してしまいましたか」
「我が主への冒涜は敢えて流すが…………何も可笑しい話ではあるまい。今や我ら魔族はその数を大いに減じ、種の維持にすら事欠いている現状である。今代の『勇者』は話の解る者だ。此の地の『王国』と表立っては膠着を演じつつ、裏で便宜を図らせることも不可能では無いだろう」
初めて聞いた驚愕の事実に内心の焦燥をなんとか押し留め、話者を凝視する『今代の勇者』ヴァルター。
淡々と受け答えを続ける不死鳥を羽交い締めにしながら「話を合わせろ」「今は余計なことを言うな」と目線で訴え続けるヴェズルフエルニエ。
真摯な願いが込められた視線は、果たしてきちんと届いていたらしい。ヴァルターは現状の危うさを再認識し、どうやら自分達を助けようとしてくれているらしいヴェズルフエルニエ……トーゴを信じ、命運を託すことを決める。
「『同盟』とは互いに利のあるものでしょう。その『勇者』が魔族に便宜を図るとて、その見返りは何とするのです。……そもそもかつての戦では互いに殺し殺され、まさに血塗られた間柄と言えましょう。そんな者たちに今更無償の施しを続けるなど……今代の『勇者』がいかに善良とて、破綻が目に見えているではないですか」
「否定する。……確かに、互いに利する立場でなければ対等な同盟は成立し得ない。……だが、我らとて提供できるものが無い訳では無い」
「異なことを。種を繋ぐことで手一杯な地を這う魔族ふぜいが……いったい何を与えられるというのです」
「単純なことである。不可侵条規による人族共の生活圏の保護……安寧だ」
フレースヴェルグをはじめとする魔族の生き残りは、人族の集落や街道をはじめとする生活圏を脅かす行為を全面的に禁ずる。
一方で今代の『勇者』ヴァルターは――当の本人は完全に初耳であろうが――各地で生を繋ぐ魔族の生き残りに対し何らかの形で便宜を図る。
それが……『同盟』の締結に際し取り決められた条規であると、ヴェズルフエルニエは語り。
この『同盟』が効力を発揮する限り、フレースヴェルグならびに従者ヴェズルフエルニエは、『勇者』の危機を見過ごす訳にはいかないのだという。
「我等の事情は先述の通りである。……改めて問おう『不死鳥』フェネクス。我等が同盟相手たる『勇者』共は、貴嬢が『同胞であると認めた者』の同胞である。…………彼らを殺すと言うのならば、当号が納得し得る理由の開示を求める」
「………………不愉快、ですね」
氷のように固く冷たい表情を不機嫌そうに歪め、不死鳥(全裸)はその身に白熱を纏わせようと魔力を練る。……しかしながらその身を拘束するヴェズルフエルニエの対抗魔力により、形成を間近に控えていた魔法は跡形もなく霧消する。
抵抗は無意味であることを今更ながら思い知らされ観念したのか……不死鳥(全裸)は大きくひとつため息を吐くと、開き直ったかのような口振りでその理由を口にした。
「我が同胞を殺め、その亡骸を貪り喰らうこと。……下劣で野蛮なその行為、これこそ万死に値しましょう」
「「やっぱそれか―――――」」
がっくりと項垂れる勇者達をよそに、交渉人たるヴェズルフエルニエは自らの予測通りの解答を得、満足げに一つ頷く。
致命的とも言えるこの『言い分』だが……先んじて予測できていれば返答も用意のしようも有る。
「貴嬢の主張は理解した。……なればこそ、当号は重ねて答えよう。『貴嬢のその主張に異を唱える』『勇者共を処分する理由としては不充分である』……と」
「「へ??」」「んえ?」「ぴゅい?」
不死鳥(全裸)曰くの『赦しがたい蛮行』、その当事者であり、実際に手を下した覚えのある勇者達ですら反論を諦めた犯行を……しかしヴェズルフエルニエは『罪であるとは言い難い』と評する。
原告である不死鳥(全裸)が不快感も露に眉根を寄せ、被告人全員が揃って首を傾げる中……弁護人ヴェズルフエルニエの最終弁論が始まろうとしていた。




