217_勇者と死闘と賢弟の意思
当号には……眼前で繰り広げられる光景が、容易には理解できなかった。
我が創造主たるフレースヴェルグをも、ともすると上回る実力者である筈の『不死鳥』フェネクス。
製造時に先行入力された情報記録に依れば……千幾百年前から生を繋いだ正真正銘の怪物であり、幾度死を迎えてもその度に甦る化け物であり、魔王に対する忠誠心に乏しく極めて自己中心的な不良品であり……しかしながら我が創造主フレースヴェルグの『命の恩人』であるという。
理不尽を絵に描いたような存在、『不死鳥』フェネクス。
それが……押されている。
否。あくまで限定的な状況下において、幸運にも対等に立ち回れているだけである。
双方の実力のみで鑑みれば、小細工抜きの真正面からの衝突であれば……人数差にて勝っていようと、勇者共には微塵も勝ち目は無い。
一に……対魔の剣と漆黒の剣を持つ、当代の『勇者』。
二に……人鳥と双杭を携える、勇者の従者たるエルフ。
三に……蟲魔族の模倣体を操る、四本腕の小柄な幼女。
そして……真っ白な身体と純粋な心を持ち、自らを『兄』と主張し憚らない……度し難い言動の少女。
人族共の中に於いては、並び立つ者などほぼ存在しないであろう彼ら『勇者』共。
しかしながら現在相手取っているのは、正真正銘の理不尽である筈だ。
繰り出される爪を『勇者』が払い除け、お返しとばかりに突き込まれた剣先を『不死鳥』は身を翻して躱し、しかしながらその身の移ろう先を読んでいたエルフは鋼杭を放ち追撃を仕掛ける。
蟲魔の模倣体が操手の援護射撃の下『不死鳥』の眷属に斬り掛かり、やはり回避行動を取った先を純白の少女が急襲し、逃げ遅れた翼の一端が肉と骨ごと斬り飛ばされる。
少しずつでは有るが、着実に損傷は蓄積していく。このまま行けば打倒も見えてくると思いたい処だが……そんな楽観視が通用する相手ではないことは、厭というほど知っている。
決して滅びを迎えること無い――殺す手段の存在しない――炎纏う『不死鳥』フェネクス。
そんな奴に付き従うは、異国の地では太陽の象徴とも目される不滅の大鷺、ベンヌ。
延々と『再誕』を繰り返す彼等は継続戦闘能力が非常に高いが……その『再誕』を抜きに鑑みても、その脅威度は異常に高い……筈だ。
フェネクスの放つ白熱の炎は、生物の骨だろうと金属の鎧兜だろうと容易く灰に変える。青白い炎に至っては更に性質が悪く、巻き込まれ燃やされた者の構成魔力を我が物としてしまう。
ベンヌの方は火炎を操る技能こそ持たないが、一方で光と熱を操ることに長ける。全身から光熱を放散し敵の視覚を焼き切ったり、指向性を持たせた熱線を放ったりとなかなかに器用である。
忠誠心にも、そして野心にも乏しく……自ら他者に喧嘩を吹っ掛けることなど少なかった彼女達。
触らぬ神になんとやら――奴を神などと喩えることは甚だ不本意だが――前時代の者達は自分達の生存のための手段として、あの『理不尽』に対しては極力不干渉を貫いてきた……と、記録には残っていた。
そんな奴等が。
理不尽が鳥の形を取ったかのような存在が。
人族の『勇者』共に、押されているのだ。
しかしながら……事由としては解り易い。
勢い余って周囲の機器を破壊してしまえば、この施設の爆発を止める手立ては永遠に喪失する。『不死鳥』どもはその結末を避けるため、施設内構造物に対し攻撃を向けることが赦されないのだ。
フェネクス自慢の白熱の炎も、ベンヌの熱線も、こんな環境下ではおいそれと放つことなど出来やしない。この制御室内、(彼女らにとっては)低い天井で飛翔も制限される中……脚爪と嘴と体当たりによる慣れない肉弾戦を強いられる。
一方で『勇者』達に至っては、そんな肉弾戦を得意とする者の集まりだ。『勇者』本人と『姉上』は言わずもがな、『青エルフ』と『四本腕』も地の利を活かし機敏に立ち回りつつ、要所要所で鋭い一撃を加え続けている。障害物の合間を縫うように駆け回りながら、四名それぞれが入れ替わり立ち替わり攻撃に回避に駆けずり回る。
一歩間違えば自分達も消し飛ぶと理解していながらも、制御室内設備を積極的に盾にしている。強かと云うべきか無謀と評すべきか。……なるほど極めて鬱陶しいのだろう、フェネクスの苛々が募っていくのが当号にも伝わってくる。
「ぴゅーぃ……きゅいぃ、きゅいぃ」
「……心配か。当然よな」
「ぴゅぴ……」
傍らにて行く末を見守っている半人半鳥の少女も、そんな奴の怒気を感じたのか心細そうな声を上げている。
当号とて直接の繋がりが無いにもかかわらず、あのフェネクスと相対する姉上が……その……心配でならないのだ。魂の契を交わした半身があのような化け物と敵対し、不安が無い筈がない。
幾度となく斬撃を浴びせ、末端を斬り飛ばし、刃傷を負わせようとも……斬り飛ばされた部位が燃え上がり傷口が青白い炎を噴き上げたかと思えば、それらの傷は一瞬の後に綺麗さっぱり消え失せている。
眷属ベンヌに対しても同様。『不死鳥』本人から魔力が送られると共にベンヌの傷口から蒼炎が上がり、瞬く間に損傷を回復させてしまう。
事前情報としては持ち合わせていたが、呆れる程の不死身っぷりである。
フェネクスの生命反応を一時的とはいえ消し去るためには……残念ながらどうやら火力が足りないのだろう。
「大技が使えんのは……『勇者』共も同様か」
「ぴゅーぃ……」
方や、狭隘な戦場にて不慣れな肉弾戦を強いられる怪鳥。
方や、大した足止めも出来ずに攻めきれない『勇者』一行。
互いが互いに攻めあぐねている、まさに膠着状態である。死闘の決着は到底一朝一夕では付けられぬであろう。
……そう、思っていた。
『……認識を改めましょう。地を這う者よ』
このままでは埒が明かないとの判断を下したのだろう。至近距離で肉弾戦に臨んでいたフェネクスが距離を取り、制御室の中空に浮かび上がる。
まさかこんな閉所で大技を――触れるもの全てを灼き切る物騒な白熱の焔を――放ってきたりはしないだろうが……どうであれ攻め方を変えようとしているのは、傍観者の立場ながら理解出来た。
そしてその先。フェネクスがどのように攻め手を変えようとしているのかも……予測がついてしまった。
「…………拙いな」
「ぴゅぃ、ぴゅーぃ……!」
その推測を裏付けるかのように、フェネクスの全身を膨大な魔力を秘めた炎が包む。
自身の羽毛を焼き飛ばし、肉を灰燼と化し、骨さえも燃やし尽くすその炎は……禍々しくも神々しい蒼白の炎。
自らの身体を構成していた魔力を炎の核に押し留め、急速に新たな身体が構築されていく。
『そのしぶとさ。生への執着。地を這う者ながら称賛に値します。……なればこそ、わたしはそれに倣いましょう』
「やはりか……ッ!」
勇者一行もただならぬ気配を察知し、『再誕』を阻止せんと蒼白の炎核に挑み掛かるが……不死鳥の眷属、太陽の化身ベンヌが行く手を阻む。
眩い閃光で視覚を奪い、動きを止めたところに身体ごとぶつかっていき、怪鳥の姿ながら器用に押し留めてみせる。
フェネクスめの『再誕』とて、それに要する時間は長くあるまい。このままでは到底奴の目論見を阻止することは叶わぬだろう。……此方も準備を行っておかなければなるまい。
此の場を乗り切るための手段と今後の我々の方針を鑑み、覚悟を決めるとほぼ同時。
蒼白の炎核が内から弾け、燃え上がる蒼白の炎とともに姿を現したのは……陽炎と燐光のみをその身に纏った、見覚えの有り過ぎる一つの人影。
つい先刻まで『エネク』と名乗っていた少女が……星の重力に堂々と逆らい、悠然と宙に佇んでいた。
「『再誕』。……此のような姿を取らねばならないとは……なんて屈辱的なのでしょう」
鬱陶しい人族共を肉弾戦にて叩きのめすため、不死鳥の脅威度そのまま再び『エネク』の姿で甦ったフェネクス。剥き出しの彼女の両手は陽炎を纏うほどの高熱を帯び、更にすぐ傍らには忠臣の如く侍る魔鳥ベンヌを携え……体積は幾分減じながらも威圧感は変わらない。
……そう、威圧感は変わらない。
あくまで姿形が変わっただけ、技能も権能も変わっていない筈なのだが……相対する勇者一行は――四本腕の幼子とその従者を除き――皆一様に、あからさまに平静を欠いている。
耐熱魔法は未だ健在であるにも拘らず体温は上昇し、何やら『エネク』を直視することさえも叶わない。
まぁ……無理もないだろう。
攻撃手段の最適化のため『再誕』を迎えたエネクは、陽炎と燐光以外を何一つとして身に付けて居ないのだ。
その容積は並であろうが形状が見事な胸部、無駄な脂肪も無く引き締まった臍と腹部、女性的な丸みを帯びた臀部と茂りの見られない下腹部に至るまで……一切の全てが曝け出されている。
青エルフは目を見開き鼻息荒く、勇者は顔を赤らめ気まずそうに目を逸らし、姉上に至っては逆に胸部を凝視しぽかんと呆け……とてもじゃないがマトモに戦えるとは思えない。
やはり、当号も備えを行うべきだろう。
「無駄な足掻きはお止めなさい。……速やかに終わらせましょう」
突如として披露された美少女の裸身に混乱し、ほぼ間違いなく精彩を欠くであろう勇者一行。しかしながらフェネクスがそんな事由を気にする様子も頓着する筈もなく……
冷徹な無表情はそのまま白熱を纏い、殺る気満々とばかりに飛び掛かって行った。
…………全裸で。
「ぴゅいぴゅい、ぴっぴゅぴ?」
「当然だ。姉上の方が明らかに魅力的…………否。何でも無い。何も言ってない」
「ぴゅーぃ……ぴぴぴ」
「何でも無い! 忘れろ! そういう意味では無い!!」
「ぴちち。ぴっぴゅぅぴ」
「ぐ…………ぜ、絶対に誰にも言うなよ! 言うなよ!!」




