215_勇者と魔鳥と虚構の灯火
「エネク!? 火! 火が!!」
「待てネリー。落ち着け」
「な、離せヴァル! エネクが!」
「…………ねりー、ちがう」
励起魔力貯蔵槽の爆発が回避され、一山越えたかとも思われた事態は……此処へ来て悪化の一途を辿っていた。
エネクの見立てでは当分の間動かない筈であった、休眠中であるはずの『不死鳥』。その卵殻には今や大きな亀裂が縦横に走り、それらは今なお刻一刻と広がり続けている。
どう見ても『不死鳥』の目覚めは近いのだろう。それだけでも絶望的なのだが……状況は更に、軽くふた回りは悪い。
先だっては圧倒的な火力で『不死鳥』を倒して見せた、火焔の魔術師『エネク』……その身体の末端を蒼炎が焦がし始め、その勢いは次第に増していく一方なのだ。
「え……エネ、ク…………?」
不死鳥の操る炎にその身を焼かれながらも、しかしながらエネクの表情には焦りの色が微塵も見られない。
びしびし嫌な音を立てヒビを増していく卵殻を背に……空虚そのものの表情を湛え、その視線の圧のみがただただ強大。
どう見ても、異様。
考えるまでもない、異常事態。
「……構えろ。ネリー」
「う……嘘…………だろ…………」
「……うそ、ちがう。……ほんと」
「…………フン。そういう事か」
ネリーとて勇者と共に……いや勇者以上に、数々の修羅場を潜り抜けてきた戦士である。
眼前の光景がなにを意味するのか、どう対処すればいいのか、そして対処できる可能性がどれ程残されているのか……頭では、理性では、理解しているつもりだった。
……ただ、認めたくなかった。
全身を舐め回す蒼炎は今や彼女の外套を焼き尽くし、炎くすぶる灰と化した装束だったものがぼろぼろと剥離していく。
彼女を包んでいたものが無惨にも砕け落ちていき……それはさながら卵殻が割れ進んでいくかのようで。
随所を炎で焦がす少女の裸身が露になるも、微塵も喜べる状況では無い。均整の取れた少女の肢体は炎の照り返しを受け青白く染まり……
「ここまでの道中、ご苦労さま。……あなた達はもう用済みです」
「……ッ!?」
背後の卵殻に刻まれたヒビが一際眩く光を帯び、呼応するかのように彼女に纏わり付く蒼炎が爆発的に燃え上がる。
艶やかな肌を、控え目な肉を、女性的な骨を、みるみるうちに焼き尽くし灰と化し……やがて『エネク』を糧として燃え上がった青白い炎は一点に集まり、その中心には途方もなく膨大な魔力が満ちる。
『不死鳥』だと思われていたモノの卵殻がけたたましい音と共に割れ砕け散り……黄金色の羽毛と長い嘴を持つ『不死鳥の眷族』が再誕を迎えるのと、ほぼ同時。
一翼の下に蒼炎を散らし、燃え盛る炎を全身に纏った怪鳥……正真正銘の化け物『不死鳥』が、地の底にて産声を上げた。
………………………………
この時代に現存する爵位持ちの高位魔族――千数百年も昔の滅びを辛くも生き延び生を繋いだ、元・魔王軍幹部――その中でも異端と呼んで差し支えないであろう存在。
それが……『不死鳥』フェネクス。
「アイツはな……とりあえず従うフリは見せていたが、俺に媚びようとも謙ろうともしなかったものなァ……どう思うよ、優等生」
「あ奴めの性根に関しては……思う処有りますが…………」
「ハッ! さすがに悪く言い辛いか? 命の恩人だものなァ」
「………………」
死と再生を司る『不死鳥』フェネクス、その権能のうち一つ。
それは……『再誕の炎』にて火葬された生命を『再誕』させること。
千数百年もの昔。当時最強の人族型決戦兵器『勇者』十三号の討伐に差し向けられ、度重なる激闘の末惜敗したフレースヴェルグ。
一度は確かに『死』を迎えた彼の身体は……彼の死を嘆いた『不死鳥』の手によって火葬され、天空の鳥籠にて――彼自身の思惑など一切関係無く――ひっそりと『再誕』を迎えていた。
しかしながら一度は『死』を迎え、そしてそれを受け容れた者にとっては……勝手に執り行われた『再誕の儀』を認識することなど出来なかったのだろう。
フレースヴェルグの肉体そのものは無事に再誕を迎えつつ、しかしながら意識は覚醒せず微睡んだまま。
魔王軍の……というよりかは双方に生じた壊滅的な被害によってあっさりと戦争が終わり文明が滅び、そのまま千幾百年もの時が流れ……千と数百年ぶりに再起動を果たした全世界相互通信施設『世界樹の梯子』によって配下の意識が繋がれ、無理矢理ともいえる覚醒を迎え……
敬愛する王の面影を残す真白の少女と、忌々しい白の剣を握る仇敵と相対したのは……そんな折であった。
魔王軍の興亡にも、仕えるべき『主君』である筈の魔王の生死にも、一切関係無いとばかりに振る舞う『不死鳥』。
義務感や責任感など微塵も持ち合わせておらず、自身と自らの愛する者達が安寧を享受すること、それのみをただただ求め、好き勝手に行動する……曰く『不良生徒』。
彼女の望みが到底受け容れられぬものでは無かったからこそ、歴代の魔王はなんとか共存して来れたようだが……処罰も粛清も通用しない『不死鳥』を相手取るなど、確かに時間と魔力の途方もない無駄遣いに他ならないのだろう。
「勝手気儘な言動に、軽薄な立ち振舞。……業腹に御座いますが……しかしながら何人たりとも、あ奴を咎めること叶うますまい」
「殺せないものな。俺様の脅しも暖簾に腕押し糠に釘よ。あー詰まらん」
「……そんな奴めが、今回動いた理由とは…………やはり」
「隔離実験島の保全だろうな。あの山が爆ぜれば噴煙が上がる。それは高高度に浮かぶ浮島にまで届こう。折角手に入れた『安住の地』が煙で覆われると有らば、如何なあ奴とて動かざるを得まい」
「……自分勝手と云うべきか……解り易いと云うべきか」
フェネクス本人の行動理念は、大昔と変わらない。
彼女は彼女の愛する者『翼持つ者』たちの理想郷として、遺棄されて久しい天空の隔離実験施設を実効支配し、外界にさしたる興味を示すこと無く今日まで居を構えていた。
何をするでもなく、何を掲げるでもなく、ただ自分と自分の愛する者達が平穏を享受するために。
その平穏が脅かされる恐れがあると……このままでは山体爆発による噴煙で空が閉ざされ、陽の光が喪われ、鳥籠に住まう者たちに被害が及ぶ可能性があると勘付き、その状況を打開するために使えそうな人族の群れを見繕い、わざわざ慣れない人族の姿を演じ一芝居打ってまで、彼奴らを制御施設まで誘い込んだのだろう。
自らの眷属を――黄金色に煌めく身体を持ち生と死を繰り返す魔鳥ベンヌを――『不死鳥』本人であると思い込ませ、それを自らの手で一度斃すことで『暫くは危険が無い・低い』と刷り込み、言葉巧みにそれっぽい理由をでっち上げ、彼奴らをその気にさせる。
他でもない『不死鳥を瞬殺出来る者』が同行するとあれば、なるほど忌避感も抱き難かろう。
そして事態は奴の思惑通りに進み……現状再確認と原因究明がなされ、また解決への道筋が示されたことで――『時間さえ経過すれば、いずれ安定値まで持っていけるだろう』との解を得たことで――先刻の宣告の通り本性を露し『用済みである』と彼奴らの処分に乗り出したのだろう。
憎悪も、怨恨も、殺すための理由など大して持ち合わせもせず……ほんの軽い気持ちで。
『ただそこに居たから』程度の理由で、無慈悲にも殺そうとしているのだろう。
「行かなくて良いのか? ヤバいんじゃないのか? 貴様の大事な者が殺されるやも知れぬぞ?」
「……ヴェズルフエルニエは我が眷族に御座います。『翼持つ者』の系譜と有らば、フェネクスとて命までは取りますまい」
「ふぅーん…………まァ貴様がそういうつもりなら俺は別に構わぬがな」
「………………」
「俺の嫁は……まァ生き延びるだろうがな。身近な者を奪われたあの娘がどうなるのか、其れは其れで興味が有る。……ククク」
自らの眷族であるヴェズルフエルニエを介し、地底深くの修羅場を覗き見ていたフレースヴェルグは……自らが王と崇めねばならぬ者の性格の悪さに辟易しながら、気取られぬよう密かに溜息を零す。
今や『魔王付き』である彼が、立地的にも立場的にも『勇者』一行の救出などに赴ける筈も無く。
そんなことを解っていながら底意地の悪い問いを寄越す現『魔王』に対し、決して友好的とは言い難い感情を抱きながら……
フレースヴェルグは何者にも勘付かれぬようにひっそりと、白い少女と今代の『勇者』一行の無事を祈るのだった。
今代の『魔王』セダはそんな様子を如何にも愉しそうに、嬉しそうに……愛らしい貌に厭らしい笑みを浮かべながら、飽きもせず眺めていた。




