214_勇者と少女と灼熱の悪夢
山の麓に位置する鉄工の町『オーテル』。
リーベルタ王国の最北部に位置し……ほぼ同緯度のアイナリーとは異なり、荒涼とした大地の只中に存在する鉄工拠点である。
しかしながら……この町における観光資源――金属加工に並ぶもう一つの側面――この町に絶大な付加価値を加える一因となっていた『温泉』とは……パトローネ地核熱動力施設を冷却するために用いられた、冷却排水であるという。
幸いというべきか何というか……冷却に際し高濃度魔力の余波こそ浴びているだろうが、そもそも高濃度魔力自体は生命体にとって有害という訳では無く、むしろ良質な魔力を帯びた温水は体調改善に貢献することもあるらしい。
オーテルの温泉に浸かることで疲労が回復した、体調が整った……などといったクチコミは、あながち間違いではないだろうという。
つまりは……温泉はこれまで通り観光資源として活用できるということであり、湯治場として名高いオーテルの魅力が損なわれることは無いのだろう。
……山ひとつを消し飛ばすような厄災でも、起こらぬ限りは。
「山が……パトローネ山が消し飛ぶって……そんな……」
「そんな事になったらオーテルは! いやそれだけじゃ無ぇ……アイナリーだって!」
「あ……あい、なり…………あえ……」
「岩礫の飛散による直接被害に加え、粉塵の拡散による日照障害や大気汚染も懸念される。微小粒子の吸引により呼吸器及び体内に支障を来す生命体も少なからず生じると思われる」
「おいヤベェじゃねえか!! 何とか出来ねぇのか!?」
「うや……やべーじゃ! やべーじゃ、だめ!!」
山一つが消し飛ぶ程の大爆発ともなれば――人的被害は勿論のこと――自然環境そのものにも大打撃を与えかねない。生態系を大きく損なうことに加え、大なり小なり自然の恩恵を享受している人族種にとっては疑いようのない致命傷だろう。
直接的な打撃や大規模な地震、あるいはそれらによる甚大なストレスにより、家畜や野生鳥獣はその数を大きく減らすであろう。日照不足となれば農作物の収穫も見込めなくなるだろうし、アイナリー周辺に広がる穀倉地帯は丸ごと不毛の地となりかねない。
ことの重大さを認識し顔面蒼白なヴァルターとネリーと、そんな彼らの様子からさすがに只事ではないと理解したノートは、事態を十全に理解しているのであろうトーゴに詰め寄る。
白い少女の小さな手が、作業に専念しようとする若き合成魔族の裾を掴んで遠慮無く揺さぶる。最善を尽くさんと作業に臨む手元が荒らされ、当然ながら作業に滞りが生じ始める。
「ちょっ、待っ……だから! その為に当号が遣わされたのだ! 我が主の望みの為にも臨界連鎖爆発は阻止せねばならぬ! 対処方法の模擬試行も構築理論も整っているのだ!」
「な……本当か!」「ま……マジか!?」
ぐわんぐわんと揺さぶられる優秀なトーゴは、現状遭遇している危機的状況に際し単独での対処が不可能と判断。すぐさま理想的な解を導き出し、決め手となる二人を味方に引き込むべく交渉を試みる。
「は……早い話が! 出口の無い余剰魔力が機構に負荷を掛けているのだ! ならっ、なら……ならば! その魔力を他に逃がしっ、……オェッ、……ほかっ、他の……他の受け皿に、余剰魔力を移してやれば良い!」
現状、この制御施設の――ここの壁際にずらりと並ぶ励起魔力貯蔵槽の――異常発熱による非常事態。
それは例えるならば……革袋に限界以上の硬貨を詰め込もうとしている状態だという。
硬貨は後から後から無尽蔵に湧いて出る、しかし革袋にはもう入る余地は無い。このまま無理矢理詰め込もうと試み続ければ、革袋はどこかで裂けて硬貨は飛び散ってしまう。
そうなる前に、単純に袋の中の硬貨を減らして……使ってしまえば良いのだという。
制御端末にかじりついていたトーゴは、そのための魔力回路の構築を行っている最中であるらしく……
その作業を行うにあたり、致命的な妨害工作を受けているのだという。
「だから! くれぐれも邪……あっ」
「「あっ」」
「え……? じゃ…………?」
突如として揺さぶっていた動きを止め、考え込むように停止してしまった彼女。
告げられた言葉の意味を、『じゃ』の後に続く仮名一文字を……面倒なこと不幸なことに読み取ってしてしまったのだろう。
普段は何も考えてなさそうな、眠たそうな二つ眼を大きく見開き……衝撃を隠そうともせぬ悲壮感漂う表情でトーゴを凝視する少女。
人生経験の薄い尻に敷かれ系合成魔族は、さすがにばつのわるそうな表情を浮かべ視線はあちこちさ迷い飛び交い……曰く『大爆発阻止のための』作業を行っている手元は完全に一時停止してしまっている。
「あ……あの、いや、えっと…………おい『勇者』! 何とかしろ!」
「あっ……悪い。ほらノートこっち! こっちだ!」
「あ、あえ……じゃ、ま? わ、わたし……じゃま……?」
「違うぞお嬢!! 決してお嬢がつまりそのーあのーつまり、あれだ。……その……『邪魔』なんじゃなくってだな! ……えっと、じゃ……じゃー…………『弱点』!! そう『弱点』カバーしてほしいんだって!! そうだよなトーゴくんや!?」
「えっ? あ、その……そ、その通りだ! 後方支援用である当号は戦闘行為に際し後塵を拝する恐れがある! だから姉上には当号の『護衛』をお願いしたいのだ! 『弱点』を補う為に!!」
「んい……んい……?」
勢いよく捲し立てるように、それっぽくでっち上げた理屈に押し込まれ……白い少女は掛けられた言葉を吟味するように思考に沈む。
その僅かな間、ヴァルターとネリーおよびトーゴはまるで長年行動を共にした行動単位であるかの如く、視線のみで互いの意思の疎通と連携を図り……状況が状況なだけに『やるべきこと』を明確に認識した勇者師弟は、総力をもってトーゴの支援に動き出した。
「お嬢ほら! あれな、不死鳥! あれ危険だからな! あれ見張ってよう。な! ほら行こう今すぐ行こうほら早く」
「ん……んい……じゃくてん、まもる」
「よっしゃ! エネクー私らも手伝うぞー!」
「……コッチは任せてくれ。暫くは何とかする。後は頼む(小声)」
「あ、あぁ、えっと…………フン。……恩に着るぞ、『勇者』(小声)」
単独では打開出来ない困難を他者と共に乗り越えることを学び、また一回り成長を遂げた幼い合成魔族。
勇者師弟によって危機的状況を脱したトーゴは……主だけでなく彼らの期待に応えるべく、その手腕を遺憾なく振るっていった。
ヴァルター達の尽力により作業環境が整えられてから、しばし。
最優先攻略目標と目される『不死鳥』の卵殻を三人が注視する傍ら……それは少しずつ、しかし着実に変化し始めた。
空間そのものが震えるかのように重く響く作動音を背景に、励起魔力貯蔵槽それぞれに据え付けられた表示端末に変化が起こる。
千年以上もの間零数値を示したままだった『出力』の値が、少しずつ少しずつその数値を上げていく。
一番端の一号励起魔力貯蔵槽が正常に出力を上げ始めると、その後に続くように次々と作動音が上がり始める。
「ぴゅぴ、ぴゅぴ」
「否……少量ずつ流さねば『出口』が弾け飛ぶ恐れもある」
「ぴゅーい……ぴゅちちぴゅぴぴ」
「其の通りだ。出力路が焼き切れでもすれば其れ迄、最早当号に打つ手は無い。此の場で貴様ら諸共消し飛ぶ他無い」
「ぴぴぴゅ……ぴゅいっぴ!」
「あ……あぁ。感謝する。……最善を尽くそう」
翼に所縁の有る者同士、精神的な境界も幾分緩いのだろうか。心配そうに声を掛けるシアに饒舌に応じながら、やがて全ての励起魔力貯蔵槽に『出力』の指示を下す。
表示端末の『出力』数値は一定値を示したところで安定し、『貯量』数値はほんの少しずつながらも下がり始める。
『充填率』そのもので言えば、未だに十割のまま殆ど動いていないとはいえ。
着実に、確実に、貯蔵魔力が抜かれ始めたことは事実であり……このまま出力が続けられれば――何分か、何時間か、或は何日かまでは解らないが――いずれは安定値まで持っていけるだろう。
そうなれば、この施設の臨界消滅を防ぐことが出来る。
山体の大爆発とそれに伴う深刻な人的被害・環境破壊を……未然に防ぐことが出来る。
「とーご! とーご! すごい!」
「ヨッシャでかした! 良い子だトーゴ!」
「助かった。ありがとうな、トーゴ」
「……やめろ面映ゆい」
作戦のとりあえずの成功が報じられ、一行の間に喜色が拡がる。
全く予想外だった最悪の事態は防がれ……残すは本来の任務――休眠中の『不死鳥』の調査――をこなし、拠点に帰還するまで。
「……爆発の危険は……もう無いのですね?」
「む…………部分的に肯定する。現状値は未だ危険域であるが……この出力状態のまま機器を維持し、あとは時間さえ経過すれば……いずれは安定域に落ち着くであろう」
「そうですか。……それを聞いて、安心しました」
「…………お……おい、エネク……?」
不死鳥の卵殻を背に、悠然と佇む火焔の魔術師……エネク。
強力な炎熱魔法を操り『不死鳥』フェネクスを一度は灼き尽くし、強敵の出現によって膠着した事態を進めるため道を示した……類稀なる魔力を秘めた少女。
彼女の足元を、身体を覆い尽くす外套の裾を、ちろちろと青白い炎が焦がし始め……
――――『卵殻』に、亀裂が走った。




