213_勇者と少女と地底の厄災
「……トーゴ。そっちはどうだ?」
「その名で呼ぶな。……工程自体は順調だ。耐熱皮膜を頼む」
「あいよ任せろ。エネク、そっちは?」
「何も問題ありません」
「お、おう。……そっか」
深い深い地底の洞窟、その終着点……突如として顔を出した人工物、トーゴ曰くの接近感応式魔動隔壁。
何の変哲も無い自然の洞窟にそんなものが存在する筈もなく……やはりというか魔動隔壁の向こう側のだだっ広い空間は、四方全てが人工物で埋め尽くされていた。
端から端までは練兵場よりも広いであろう空間を覆い尽くす、固く冷たい輝きを発する金属質の壁と天井。頼りなく明滅する無尽灯と、大小様々な表示端末。人の手など長らく及んで居なかったであろう地の底にて、動力を得て稼働している演算機械端末の群れと……床から天井まで届く程に巨大な、得体の知れない不気味な光を湛えた硝子素材の筒。
それらの存在こそ、この地下施設が独立した動力施設を備えていることの証左であり……トーゴが此処を目指した理由であったという。
脇目も振らずに一台の演算機械端末に向かい、何やら操作を始めたトーゴ――およびその周囲をちょろちょろと嗅ぎ回る真っ白い幼女――を尻目に、ヴァルターは同行の少女エネクと……彼女の見つめるモノを、強張った表情で凝視している。
「……なぁエネク。それ、本当に動かないんだよな?」
「そのとおりです。彼はまだ動きません」
「………………そう、か……」
それなりの広さを誇る地底の人工空間、林立し明滅する硝子の柱と機械端末が埋め尽くす一方の……その反対側。
いったいどれ程の期間放置されていたのだろう。表面に埃の層を被った長大な建材や、同様に長らく放置されたと思しき細々した部品……それらが整然と纏められた、資材置き場然とした区画の片隅。
更に地底へと続いているのであろうか、昇降機と思しき両開き扉の……その目の前の中空。
ゆらゆらと揺れる陽炎と、凝縮した炎熱の如き彩を纏う卵殻。薄っすらと透けるその薄膜の向こう側に浮かぶのは……どう見ても全身を丸めた嘴の長い鳥の姿。
「…………不死鳥、フェネクス……ね」
来るべき再誕を控え不気味に佇む『不死鳥』、その姿である。
………………………………
「とーご。とーご。わたし、てつだい、して」
「感謝する姉上。では後々力添えを頼みたい。暫く待機を頼む」
「んい……もちもち、ちかなぞ……わたし、てつだい?」
「肯定する。今はまだ姉上の手を煩わせる必要は無い。恐らくだが三六〇〇秒後から一〇八〇〇秒後の間には姉上に助力を頼む必要性が生じるという可能性が生じないことも無くは無いことも無い。つまり現状としては待機を要請する」
「? ?? ……? ……? んい、わたった」
業務を執拗に妨害せんと画策する理不尽生命体の対処も、対策とイメージトレーニングを重ねた賢弟はなかなかに手慣れたものであった。
憎からず思っている見知った男子、しかも自身の『身内』だと思いこんでいるトーゴとの遭遇に、現在置かれている状況がすっぽ抜けたかのように上機嫌なノート。刺すように睨み付けるアーシェと戸惑いを隠しきれないネリーの視線をまるで気にしたふうもなく、ちょこまかぺたぺたとトーゴにちょっかいを掛けては窘められていた。
「……なぁ、トーゴくんよ」
「その名で呼ぶな。……何だ」
「いやその……な? やっぱ気になってな? ……お嬢……『姉上』って……姉弟なのか?」
「ハッ! 調子に乗るなよエルフ風情が。わざわざ説明する必要が何処に……待て、待て。解った。説明する。だから耐熱皮膜を早く」
「ははは調子に乗るなよお坊っちゃんが。最初から大人しく言うこと聞いときゃ良いんだよ」
「ぴゅーいぴゅっぴゅーい」
「ぐ…………」
威張り散らそうとしたところを一瞬で打ち砕かれた若い合成魔族は、しかしながら――何を伝えるべきか、何を隠すべきか、その線引を見極めるべく――冷静に思考を巡らせる。
現状をそのまま包み隠さず説明することは、上策とは言い難いだろう。
眼前のエルフならびに勇者共が寵愛している少女ノートは、人界の情報収集に勤しんでいた主曰く『天の使い』とされているという。その推測があってこその彼女の待遇も有るのだろうし、ここで真実を明かしたことで彼女の扱いが変わり……それこそ『魔の王』に所縁のある者として全人類の恨みを買うようなことにでもなれば、間違いなく彼女は悲嘆に暮れるだろう。
見知った者達に拒絶され、恨まれ、突如敵意を向けられれば……心の脆いあの子は容易く絶望するだろう。
そんなことは……絶対に許されない。
彼女が悲しむ事態は……彼女の立場が悪くなる事実は、彼らに教えるべきでは無い。
「……当号は…………『あの島』の製造である」
「『あの島』……ドゥーレ・ステレアの不可侵領域か」
慎重に、慎重に、伝えるべき事実と秘匿すべき事実を仕分けながら……作業の手を止めること無く、視線を表示端末から外すこと無く、トーゴは説明を試みる。
矛盾が生じぬように情報を精査しながら、ひとつひとつ丁寧に言葉を紡いでいく。
「彼女と……直接の血の繋がりは、無い。……あくまで出生地が同一であるという、それだけの関係に過ぎぬ」
「……その割にはエラく懐かれてる気がするけどよ」
「貴様の同胞とて懐かれて居よう。……彼女は、他者との距離が……近い」
「あぁ……まぁ…………うん」
トーゴの目論見の通り、待機中にあっさりと興味を失ったのだろう……とてとてと歩み去りヴァルターとエネクへと攻略対象を切り替えた純白の幼女を見遣りながら、どちらともなく深い深い溜息が零れ出る。
不死鳥の卵殻を注視している二人であったが、エネク曰く奴は『まだ動かないだろう』とのことらしく……暫く託児を任せても大丈夫だろう。
懸念事項の排除を成し遂げ、再び作業に没頭し始めるトーゴ。ヴァルター同様ノートに懐かれ、ヴァルター同様ノートを無碍に扱えない。どこか憎めないそんな彼に……今ならば問い質せるだろうと、ネリーは尚も質問を続ける。
彼の同行を認めてから抱いていた疑問を……核心を、突く。
「お前の飼い主……フレースヴェルグ、だよな。……魔王の手先が、ココで何するつもりだ? まさか……」
「……いい加減鬱陶しいな」
「……っ!」
「きゅいいい! きゅいいい!」
ゆっくりと腰を落とし、手を腰後ろへ……二振りの鋼杭へと伸ばしながら構えを取る。
先程からずっと、脇目も振らず専念している作業であるが……仮にそれが魔王に利するものであり、勇者ヴァルターをはじめ人族にとって害あるものであった場合。ことと次第によっては、彼をこの場で処分しなければならない。
ネリーの警戒心に同調したシアが唸り声を上げ、剣呑な空気が流れようとするも……肝心のトーゴ本人は『心外だ』とばかりに首を横に振る。
「此の先際限なく疑われ、何度も何度も問い掛けられるも面倒だ。……フン。良いだろう教えてやる、感謝するが良いエルフ風情……待て。止めろ。いや止めるな。解った。ちゃんと説明するから。だから耐熱皮膜を」
「良い子だ。解りゃ良いんだよ」
「ぴゅいっぴゅ!」
「ハァ…………最初に言っておくぞ。……此よりの当号の証言に、嘘偽りは存在しない。貴様らが疑うは自由だが……当号は我が名『ヴェズルフエルニエ』と我が主の御名『フレースヴェルグ』に誓い、此よりの証言に虚偽の一切を含まない」
壁際にずらりと並んだ巨大な硝子質の柱……白熱の色をその内に秘める十二本のそれらを凝視しながら――手元は操作盤を引き続き弾き続けながら――ヴェズルフエルニエは諦めたように証言する。
「『勇者』もよく聞け。当号の行動は、決して貴様ら人族共の害とは成らぬ。其れどころか……来るべき災禍を、未然に防いでやることに他ならない」
「「……はぁ?」」「んい?」
「此の制御施設の、異常な館内気温……コレは『火山』と称される地核熱に依るものでは無い。……此の場よりさらに地底、地核熱変換魔力炉にて生成された高濃度魔力が、あれら励起魔力貯蔵槽へ限界以上に注がれ続けたが故の、過負荷に伴う異常発熱……オーバーヒートに依るものである。当号に下された任は『異常発熱が確認された臨界魔力貯蔵槽群の連鎖臨界爆発、ならびに其れに伴う山体上部の高圧爆発および噴火を未然に防ぐこと』である」
「「…………は?」」「んい?」
「…………この『熱』を取り除かねば、近い内に甚大な被害が生じるということだ」
前時代の遺物――山体奥深くに設置された、地核熱変換魔力炉――惑星の熱を魔力へと変換し、無尽蔵ともいえる魔力を生み出すための、いわば地熱動力施設。
山脈全域に張り巡らされた防衛施設群および対空砲撃拠点群の動力源として建造されたものの……大戦争による前時代の崩壊に伴い施設が軒並み停止。魔力消費が停止した一方で魔力の創造は相変わらず行われ続け、千何百年もの長きに渡り励起魔力貯蔵槽へ流し込まれ続けたがための異常発熱だという。
麓の集落――恐らくオーテルのことだろう――にて人々が有り難がっている『温泉』とやらも、この異常発熱を熱源としている可能性が高い。ともすると本制御施設の冷却排水なのではないか……とはトーゴの見解である。
「施設の連鎖爆発および其れに伴う二次・三次災害……我が主は其れを望んでいない。故に状況打開のため、当号が派遣された」
告げられた事実――この施設そのものがいわば巨大な爆弾と化していたということ――に、ヴァルターとネリーは呆然と口を開き……
ノートは顔面じゅうに疑問符を浮かべ、呆然と首を傾げていた。




