211_魔王と手駒と秘められし野望
重々しく鈍い色味と白々しく冷たい光、何の用途を為すのか皆目見当さえ付けられぬであろう機械群に満たされた、決して広いとは言えぬ程度の小部屋。
無機質な混沌を押し退けるように設えられた、無骨な鋼の寝台……そこに仰臥位に寝そべる眼前の人形を、この空間の主である異形の少女は満足げに見下ろしていた。
寝台をぐるりと取り囲むように機械の腕が林立し、太さも長さも関節の数も先端形状も様々なそれらは忠実な僕のごとくせわしなく動き回る。
連続する打撃音と機構の回転音と火花を散らす音が断続的に響き渡り、それらの機械腕全てを同時に操る異形の少女は愉快そうに顔を綻ばせる。
「……全く。人族共の無理無茶無謀っぷりは見ていて愉快よな。…………そう思わんか? ヴェズ……おっと」
此処には居ない下僕へと無意識に声を掛け、機械腕郡を器用に操る異形の少女……『魔王セダ』は苦笑を溢す。
気恥ずかしさを誤魔化すように長い尾をゆさゆさと揺らし、尾の各所から伸びる大小様々な配線類がそれに追従する。
「フン。……まぁ使えるモノは遠慮無く使う迄だ。持ち主が居らんなら俺のモノ、持ち主が居るなら其奴を殺せば俺のモノよ。……そうであろう?」
「…………左様で……御座います」
小部屋の入り口にいつのまにか佇んでいた、壮年に差し掛かろうかという軍服姿の男。
短く刈られた黄昏色の頭髪と、触れれば切れそうな程に鋭い目許、苦々しげに歪められた顔には深い陰影と皺が刻まれ……不承不承を隠そうともせず『魔王』の言葉に同意を発する。
頑丈な鋼鉄の寝台に横たわる、それ―ヒトの形を模した機械部品の集積体――を、嫌悪感も露に冷たく見下ろす。
「……全く。俺の趣味だ、良いだろう別に。…………そろそろ機嫌を治したらどうだ? フレースヴェルグ」
「元より機嫌など損ねて居りませぬ」
「……ハッ。そうかそうか」
拗ねたような口振りの『魔王』に対し、しかしながら問答さえ億劫だとばかりに言を返すフレースヴェルグ。人族の姿を得たことで豊かになった彼の表情筋は、しかしながらその内心を偽り通せる程には場数を踏んでいなかったようだ。
「貴様はもう少しその身体を慣らせ。折角の男前が台無しだぞ。雌の一つや二つ墜とせるようになれ。……まぁ尤も」
――――『尤も』。
この先に続くのであろう嘲笑を予感し、凛々しい壮年男性の貌となったフレースヴェルグが心底不愉快そうに顔を背ける。
表情を偽る・あるいは鉄面皮を纏うことに慣れていない彼の思考は、権能を用いるまでもなく『魔王』に筒抜けであった。
彼が人族の姿を欲した理由。任務以上に入念に人界観察を行っていた理由。そして人族の姿を騙るにあたり、過去に捕食し貯蔵していた遺伝子情報の中から敢えて壮年男性を選択した理由。
それら全てを知っていながら……一切の容赦無く『魔王』は告げる。
「あの娘は俺のモノだ。初花を散らし、穢し、凌辱し蹂躙し、仔を産ませるのは……この俺だ」
「…………元より……存じて居ります」
「くははッ! ……そうかそうか。貴様は利口だなァ?」
「…………」
嫌悪感の中に殺意さえ秘めた視線で、主である筈の『魔王』を睨み付けるフレースヴェルグ。一方の『魔王』は何が一体面白いのか、配線まみれの尾を揺らしながらからからと嗤う。
火花さえ散りそうな程に剣呑な視線が交わる中、しかしながら人形を弄ぶ機械の腕は微塵もその動きを止めやしない。
「……まァ落ち着け。この玩具が仕上がったら、貴様にもちゃーんと報いてやる。……ククク……あの娘の容姿が好みなのだろう? 複製人形の一つや二つ用意してやろう」
「……ッ、………………失礼、致します」
ひときわ濃密な殺意を放ち、かと思えば一瞬で自制し……
これ以上の応酬は我慢ならぬと、フレースヴェルグは踵を返し立ち去ってしまった。
……全く、主従揃って解りやすく弄りやすい。
それでも例によって少々やりすぎたかと、悪辣の『魔王』はひっそりと反省の色を滲ませる。
『見下げ果てた底意地悪さだな。……反吐が出る』
「くははッ! お褒めに与り光栄だな」
細々とした機械部品で埋め尽くされた雑多な小部屋に、唐突に雑音混じりの男の声が響く。
所々に雑音の混じる合成音声を気に咎めるでもなく、それどころか凶悪に歯を剥き笑い……より一層上機嫌に『魔王』はその尾を波打たせる。
その合成音声の出所は小部屋の中央、鋼鉄の寝台に横たわる人形……その頭部。
人族の骸骨を模した、精緻な金属の細工品。骨格と幾らかの駆動用動力部品、信号伝達用電線で飾り付けられた……そいつの正体は。
「調子はどうだ? アルノーツェ」
『略すな馴れ馴れしい。……百九十一番だ』
「ハッ! 其こそ知ったことか馬鹿馬鹿しい。貴様ら『勇者』共は大昔から変わらんな。其は名前ではなく製造番号だろうに」
『…………それは……』
遠い昔のヒト型決戦兵器『勇者』シリーズ、百式系列の九十一番。
識別呼称……アウルノインツェク・ウル・フォンダルト。
己が計画のため南の大国『リーベルタ王国』に長年潜伏し、計画成就の直前に当代の『勇者』一行によって討伐され、破壊された機工人形にしがみ付いていた意識もろとも『魔王』によって回収されていた……遠い遠い昔の決戦兵器、その生き残り。
「轡を並べる同胞同志だろう? 愛称で呼んでも罰は降るまい。意識体の固着具合は?」
『誰が同胞だ調子に乗るな…………あ、あぁ、いや……そうだな、感覚のブレは少な……いや、無いな。これ迄に無くハッキリしている。……久方ぶりに……靄が晴れたように感じる』
「それは重畳だ。……この分なら幽体離脱の心配も有るまい」
『…………そうだな』
つい先だっては魔王が『俺の嫁』と呼び憚らぬ少女……その子を乗っ取らんと暗躍した、憎き相手。
千と幾百年前以上もの昔に至っては数えきれぬ程の同胞の命を奪い去った、不倶戴天の筈の仇敵。
だというのに……そいつに新たなる器を与えるどころか、構造上の欠陥までもあっさり改善して見せた『魔王』。己の目的を果たすためならば、利用できるモノは何でも――たとえそれが世界を滅ぼし得る思想の持ち主だとしても――利用する算段なのだろう。
鼻唄混じりに機械腕郡を操るその嬉々とした貌はあどけない少女のものだが……その心の奥底に秘められた彼女の本意とは。
魔力隠匿結界を張り巡らせたこの島の奥地で、ひっそりとこっそりと手駒を増やし……一体何を画策しているのだろうか。
長年に渡り暗躍を続けていた『百九十一番』をもってしても、眼前の『魔王』は得体が知れない。
「なかなか出力が上がらぬ。ヴェズルフエルニエめのお使いが巧く運べば、今後の悪巧みも幾分楽には成るのだがな。……如何せん『魔王城』もガタが目立つ」
『…………千年以上も昔の話だぞ。老朽化していない訳が無いだろ』
「くははははッ! ……いや全く同意だ、気が合うなァ九十一番。千と幾百年……よくもまァ正気を保って居られるものよなァ? ……この化物め」
『…………チッ』
面と向かって告げられた嘲笑に、百九十一番は顔でも背けたい心境であったが……未完成の身体では身動ぎ一つ取ることが叶わない。
あの日……リーベルタ王城争乱の折。
自らの新たな身体をあっさりと喪い、身動きさえも侭ならぬ程に砕かれた鉄屑――『勇者』ヴァルターに嗾けた結果返り討ちに逢い破壊された、核として星幽銀が仕込まれていた依代鎧――に取り付く他に、手段を残されていなかった『百九十一番』。
現世への干渉も出来ぬ精神生命体と成り下がるよりはマシだと、損壊した依代鎧内で息を潜めていたら……あろうことかその依代鎧ごと『魔王』に拉致された。
そのまま巨大湖の孤島へと運び込まれ……その末が、この有り様だ。
大破していた依代鎧は、何の因果か『魔王』直々に補修が施された。百九十一番の意識が確立し、思考と会話が可能となるや否や……『魔王』はとある取引を持ち掛けて来た。
要求は……新たな身体と共に『魔王』に仕え、手足として働くこと。
そしてその見返りは……魔王の野望成就の暁に、百九十一番の望みを叶えること。
熟考の末に諾した取引ではあったが……やはりこの『魔王』の性根は気に食わない。
「気を害したか? くははは済まん済まん。詫びに乳でも揉ませてやろうか」
『鏡見てから言え糞餓鬼魔王め』
「ほぉ、イキが良いな。くくく……完成が楽しみだ」
厭ったらしいにやにや笑いを崩そうともせず……顔だけはなかなかに整った『魔王』は、飽きること無く趣味と宣う人形遊びに没頭していく。
底意地悪い魔王に捕まった『百九十一番』改め『アルノーツェ』は……新たな身体が完成するまでの間、身動きも侭ならぬ人形を延々と……物理的にも、精神的にも、魔王にひたすら弄くり回されるのであった。
「『遊び』と書いて『もてあそび』と読ませる感じよな」
『知るか!!』
「高尚な趣味だろう。機械弄りと同時に貴様弄り。上手いこと言うたぞ褒めるが良い」
『喧しいわこの悪魔めが!!』
「そりゃあ俺は『魔王』だものなァ。何を今更って感じだし」
『ああもう……クソッ!! 畜生!! 死ね!!』
「くははは! 楽しいなァ? アルノーツェ」
『勝手に略すな!! ド☓☓の☓☓☓な腐れ☓☓☓☓が!!」




