210_地底と思考と抗えぬ理不尽
――――火山とは、本来どのようなものだろうか。
大地の奥深く、地熱を纏いどろどろに融けた高温の溶岩が対流を起こし、何らかの要因で深度を下げ地表に近付いたことで膨張し、一気に吹き出た火山性ガスとそれによって急激に増した圧力を解放するために、火山の噴火口より勢いよく吹き出す。
これが一般的に広く知られている『噴火』の仕組みだろう。
つまりは……地底に湯を沸かすほどの高温を秘めた『活火山』の地下深くには、高温を湛えた溶岩が煮えたぎっている筈であり。
その溶岩は本来であれば火山活動に伴い、生命体に対して有毒となる火山性ガスを各所に噴出させている筈であり。
極高温かつ毒気に満ちている筈の極限環境下においては、ごく普通の蝙蝠や蜥蜴や這蛇などといった普通の生命体は生存出来ない筈であり。
魔法による耐熱皮膜を纏った程度で乗り込めるほど……活火山の地下は生易しい環境では無い筈なのである。
………………………………
「…………なぁ、ヴァル」
「だよな、やっぱおかしいよな」
かれこれ十三度目となる魔物の襲撃を退け、ネリーは相棒であるヴァルターに持ち掛ける。
一方のヴァルターもちょうど同じことを考えていたらしく、違和感を拭いきれない二人は周囲をあらためて検分する。
魔物による襲撃が多いこと自体は、まぁ別に気にするほどのことでもない。
大気中をはじめ、周囲に漂う魔力量が異様に濃い環境下……俗に『迷宮』と区分されるような空間においては、身体構造内に魔力を秘める敵性生物『魔物』が多く出没する。
周囲より迷い込んだ獣が迷宮の魔力によって変質したものだったり、居心地の良い高魔力環境に惹かれて住み着いた生来の魔物だったり、迷宮内魔力に影響され繁殖力が爆発的に高まった末の『迷宮生まれ』の魔物だったりと由来は様々だが……重要なのはそこではない。
あまりにも、らしくないのだ。
「火山って……もっとこう、違うよな? 火蜥蜴とか火神精とか火岩亀とか……そういうアレだよな?」
「そういうアレのハズだな。扇蝙蝠とか洞窟鼠とか徹甲蟲とか、こういうんじゃ無ぇハズだよな」
幹線通路に出た直後の扇蝙蝠に始まり、それ以降相対した魔物と言えば蝙蝠やら鼠やら蟲やらと……全くもって火山らしくないのだ。
火山性の迷宮に出現する魔物といえば、その身に炎ないしは高熱を纏うものが少なくない。そういった相手と事を構えるときのためにネリーを温存していたのだが……待てど暮らせどそれらしき魔物が現れる気配が無いのだ。まぁ暮らしてはいないが。
楽できるのならばそれに越したことはないのだが――実際に徹甲蟲に至ってはアーシェが軽く威嚇しただけで一目散に逃げ帰っていったのだが――なんともいえない違和感が勝り、嫌な予感ばかりが募っていく。
もしかすると……この迷宮には、火山性の魔物なんて棲息していないのでは。
この地下空間を擁する『パトローネ活火山』とは…………『活火山』とは名ばかりで、実際には火山活動なんて行われていないのでは。
「ノート、能動探知。……地下に熱源、視えるか?」
「んん……? 『ねつげん』ねす……すごく、すごい、ぽかぽか?」
「ええと……そうだな。すごく、ものすごく、ぽかぽか」
「んい。やうす、ねつげん、ある」
「……やっぱアレそうなのか」
……地底深くに、熱源は『有る』。
しかしその一方で……火山性の魔物の類いは姿を見せず。
ここで熱源がないのならば、話は極めて単純であった。
フェネクスが住処としているパトローネ山は、じつは『活火山』では無かった……ということであれば、この違和感の原因は跡形もなく払拭される。
しかし実際として……あるのだ。
「エネク……あんたはどう思う?」
「…………火山、では無いのでしょう。……ですが、それは些細なことでは?」
「……………………そう、かもだが……」
エネクの言うことも尤もであろう。そもそも今回の強行偵察の目的は、あくまで『不死鳥』に関する情報収集に過ぎない。
この迷宮内の生体分布がどうであろうが、魔物の出現傾向がどうであろうが、そんなことは然したる問題では無いのだ。
あくまでも重要なのは……熱源同様地中深くに居を構え微動だにせず、少しずつ少しずつ魔力を高めている『不死鳥』の状況と情報を探ること。
「!! あ、あるたー!」
だからといって気になるものは気になるんだから仕方ない。そもそも温泉が涌き出ているのに火山活動が無いハズは無いのだが……そういえば別に火山が近くなくても温泉が湧くこともあるのか。なにも火山の側である必要は無く、地底深くの溶岩とその上に地下水が存在すれば温泉として成立する。……ということはオーテル各地の温泉はパトローネ火山……いやパトローネ山か。ともかくこの山とは無関係であり、だとすると結局パトローネ山は火山ではなくただの山であると仮定すればすんなりと収まりそうな気がするのだが……
「…………コレが勇者か?」
「ッッ!!?」「な……!?」
唐突に耳に届いた見知らぬ声。
思考に沈むあまり警戒が緩んでいたことを後悔するよりも先に、白黒の二刀を抜き放ち距離を取る。
警戒も露に目を向けると……先程までは存在していなかった筈の人影が、いつのまにかすぐ背後に佇んでいた。
「遅いな……遅過ぎる。……間抜けが過ぎるのでは無いか? 我が主はこんな個体を警戒せよと仰せられたのか?」
「何だ…………何だ!? お前は!!」
地底の大穴の奥深く、自分達六人と一騎以外には誰も居なかった筈の空間に……突如として響いた若い男の声。
思考の沼に沈んでいたヴァルターの声では、勿論無い。嘲りと高慢と失望とを織り混ぜたような、友好的とは言いがたい……その声。
最後に能動探知を放ったのはそこまで間近では無かったとはいえ……こちらの探知を掻い潜り忽然と姿を表し嘲笑を浮かべる、得体の知れないその人物。
赤味の濃い金色の煌めきを湛えた髪を短く整え、故代様式の紋様で随所を彩られた優美な軍服を纏い、肩から背には裏地にびっしりと魔法紋が刻まれた闇色の外套を流した……刃物のように鋭い、鳶色の瞳で睨め付けてくる青年。
今の今まで知覚できなかったのが何かの間違いとしか思えない程に、その内包魔力は強大。強い威圧感を伴う眼力は極めて物々しく、殺意さえ込められ注がれる視線をマトモに受ければ……そこらの狩人であれば白目を剥いて失禁するだろう。
「…………只者じゃ無ぇな。何者だアンタ」
「ハッ。他者にモノを尋ねる口調では無いな」
「それはそれは大変失礼いたしました。いったい貴様は何処の何様でございますでしょうか」
「ぴゅいー! ぴゅちち……ぴゅいー!」
「……フン。其処まで言うのなら教えてやろう。我が名と、我が主の名に戦け、脆弱な人族よ。……我が名は」
黄昏色の髪と剣呑な瞳を持つ青年は得意気に嘲笑を浮かべ……自らの自信の源となるその名を告げる。
「フレースヴェルグが一の従僕、ヴェ「とーご!!!!」ルニエで待て」
「トーゴ……だと!?」
「と、トーゴ……?」
「ぴゅーい……?」
「待て、違う。違う」
「フレースヴェルグの眷族……か。さすがと言うべきか何と言うか……」
「トーゴ……只者じゃ無ぇな」
「ぴゅぴぴ……ぴぴ……」
「違う! いや違く無いが……!」
「「「……???」」」
威厳たっぷりに堂々と名乗りを上げようとした若き合成魔獣……主と仰ぐ『神話級』魔族フレースヴェルグ直々に『ヴェズルフエルニエ』の名を賜った彼は。
「とーご! とーご! わたし、おしさしぶり! とーご!」
「違う! ああもう……暫し静粛に頼む! 姉上! …………あっ」
「姉上?」
「あねうえ?」
「ぴゅいぴゅぴ?」
「あ、いや…………その……」
先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら。
触れれば切れそうだった鋭い視線は、自信なさげにあちこちをさ迷い……
初対面となる『勇者』に対して威圧しようとしていた彼は……幼女型傍迷惑理不尽生命体の妨害により、その機会を永遠に逸し……
「……よくわかんねーけど……苦労してんだな」
「大変だったろ……あの子の面倒見るの」
「ぴゅーい……ぴゅぴぴ……」
「う、ぐ…………さ、然程でも……無い……」
よりによって『勇者』達より、労うどころか憐れむような視線を注がれ……
人生経験未熟であるが故の『つよがり』を誇示することしか、出来なかった。




