207_勇者と少女と脅威の居城
フェネクスの別名でもある『不死鳥』、その称号は伊達や酔狂などでは無く……死を超越するその身体は、殺した程度では殺しきれない。
生命活動の停止と共に始まる自焼とそれによる固有魔力の回収、そこから始まる不死鳥の『再生』。新たなる身体はすぐさま出現する訳では無いものの……以前の身体が生命活動を停止する直前までの記憶、それを引き継ぐ新たな身体は紛れも無くフェネクス本人であろう。
要するに……一度は殺された奴の新たな身体が誕生するまでどれ程の猶予があるのかは解らないが、そう遠くないうちにフェネクスが再び現れるだろうということ。
そして再誕したフェネクスは恐らく……自分を殺した相手・自分が死ぬ直前に敵対していた相手に、お礼に訪れる可能性が非常に高いこと。
「つまり! あんたが狙われる可能性が高いんだって!」
「……そうなのですか」
切羽詰まったネリーの言葉に、火焔の魔術師エネクは涼しげな表情で言葉を返す。
これが『強者の余裕』だとでも言うのだろうか……顔面蒼白のヴァルター達を余所に、相変わらず変化の乏しい鉄面皮を纏ったままの彼女は然して気にしたふうでも無く応答する。
肝が据わっているとでも言うのだろうか。誰も彼もが平静を欠きそうになるこの状況下では、その豪胆さが何よりもありがたかった。
不死鳥フェネクスの襲撃より数刻が経過し、無事に夜が明けた現在。
山裾の源泉開発拠点はどこかぴりぴりした空気を纏いながらも……とりあえずは撃退に成功したこともあり、拠点近郊での掘削作業は予定通り行われていた。
先日の古翼獣による襲撃もあり、有識者たちによる実地調査は急遽保留されることとなっている。そのため彼らの護衛に駆り出されていた先行組の狩人達はそのまま掘削現場の安全確保に回され、手の空いた第二期護衛要員は現在『不死鳥』対策のために召集されていた。
……もとい。
ヴァルターを始めとする勇者一行、ならびに昨晩の襲撃者を一蹴して見せたエネクを『不死鳥』対策に充てるため、掘削現場の安全確保を先行組狩人達に任せることにした……と表したほうが的確だろう。
そんな彼らの現在地は、拠点の中でも大きめの天幕――幌布が張られたのみの天幕とは異なり、小屋と天幕の一部複合構造となっている開発拠点の中枢棟――その中の一室。会議室として用いられている小部屋であった。
拠点の総責任者であるライアおよび彼の専属護衛、そして昨夜の一戦の当事者である面々が一堂に集められ……突如として出現した『神話級』の脅威、その対策と対応に頭を悩ませていた。
「とりあえず……奴の襲撃に備えるのは良いとして……」
「そうだけどよ、元を何とかしねぇと何度でも襲って来るぞ」
「そこなんだよなぁ……」
「そもそも何でいきなり襲われたんだろな……」
殺しても殺しきれない……一時の勝利を収めることは出来ても、いずれは復活し報復に来るであろう『不死鳥』。そもそもそんな規格外の魔族が存在したのであれば、奴を擁する魔族がここまで衰退しているのは一体何故なのか。
負けることが無いというフェネクスがこの世界の覇権を握っていた訳でも無く……昨晩まで何の音沙汰も無く沈黙していた不死鳥が再び活動を始めた理由とは、一体何なのだろうか。
「…………なぁ、ヴァル。考えたくないけどよ」
「……順当に考えれば……俺か」
「『魔王』に対する『勇者』だもんな……『魔王』サマに続いて奴も目醒めた、ってことか」
「なるほど……忠誠心高ぇな不死鳥……」
つまりは『魔王』が存在する限り――『魔王』セダに睨まれたヴァルターが『勇者』として存在する限り――何度斃れようとも蘇り立ちはだかる、魔王の忠臣たるフェネクスの襲撃は終わらない……ということか。
「…………憂鬱だわ」
「……頭痛くなってきたわ」
冗談では無い。倒しても倒しても際限なく蘇る『不死鳥』……今後一生涯をフェネクスに付き纏われるだなんて、悪夢以外の何物でも無いだろう。
こんな地獄のような責め苦を味わいながら『魔王』を下したかつての勇者には、本当に頭が上がらない。
「……ん?」
「どした勇者」
つい先日目を醒まし一戦交えた暴虐の『魔王』、そしてそいつを遠い昔に一度滅したという太古の『勇者』。
無限に蘇る『不死鳥』に追い立てられながら、あの破壊の権化たる魔王の討滅を成し遂げることなど……本当に可能だったのだろうか。
フェネクスが伝承通り、無限に蘇るのだとしたら……単純に勝ち目は無い。
古代の大戦争は奴を擁する魔族軍の勝利で終わっていた筈だ。
しかしながら……現実はそれに真っ向から相反する。魔族の繁栄は絶えて久しく、今現在はこうして人族の世が長らく続いているのだ。
つまりは、無限に再誕するフェネクスが居ながら魔族は敗北したということに他ならず、ということは『魔王』を討滅する余力が出る程には再誕のスパンが長いか……もしくは単純に、フェネクス自体を長期的に無力化させる方法があったのではないか。
まだ解決策とまでは言えない『何か』に気付いたヴァルターが、更なる思考に沈もうとする中……予想だにしなかった方向から助け船が差し出される。
「ならば……『巣』を探ってみてはいかがでしょう?」
「…………え?」「巣?」
うんうんと唸りながら項垂れていたヴァルターでもネリーでも無く、敵対対象として出現した『神話級』魔族に唖然としているライアならびに専属護衛でも無く、話を半分も理解出来ていないだろうノートでも無く、眉間に皺を寄せ一言も言を発しないニドでも無く。
「彼が現れたという山……そこが彼の『巣』なのでしょう。探ってみてはいかがですか?」
こちらから打って出るべきだと、火焔遣いの少女はこともなげに言ってのける。
有効な解決策が見込めない会議で時間を浪費するよりも、元凶たる魔鳥の住処を探ってみれば良いと……行動に移してみれば良いではないかと、軽々しく提案する。
「打開策が無いのでしょう。彼がまたいつ来るのかも解らないのでしょう」
「…………まぁ、そだな」
「……ならば、こちらから探ってみれば良いのではないですか? 彼が山から現れたというのなら、そこに何かしらの手がかりが残されているのでは?」
「……まぁ確かに……『神話級』に関しては知らないことが多過ぎるしな」
「『再誕』が完了する前なら、もしかすると何か出来るかもしれないしな」
「何かって何よ? 封印するとか休眠させるとか?」
「そりゃ解んねえけど……『再誕』の進行速度やスパンを見極めるだけでも叶えば……」
なんにせよ……打開策を見出だすための情報さえ不足している現状である。僅かとはいえ情報を集めるべきだとの提言は、確かに一理あるだろう。幸いというべきか奴と一戦交え……撃破に成功したのは、ほんの昨晩のことである。
今まさに『再誕』に備えて休眠中のはずであり、万全の状態で出迎えられることは無いはずだ……とはエネクの言。
強行偵察を行うならば……撃退直後の、今。危険が無いとは言えないだろうが、それは昨晩よりかは幾分少ない筈である。
停滞していた議論ともいえぬ議論は瞬く間に燃え上がり始め、ああでもないこうでもないと紛糾しながらも一つの方向に向かい収束していった。
不死鳥フェネクスの住処と思しき山……パトローネ活火山。
その周辺あるいはその内部に対しての実地調査が、勇者ヴァルター主導のもと始まろうとしていた。
………………………………
今後の方針を決定する会議は一応の終結を迎え、参加者達はそれぞれ割り振られた準備に取り掛かる。
重要な役割を占めるエネクとは入念な打ち合わせを行いたかったのだが……肝心の彼女は引きとめる間もなく退室してしまった。昨晩の迎撃戦闘に続いての長時間会議で、いい加減疲労が溜まっていたのだろう。仕方ない。
とはいえ……自分達も疲れが溜まっているのは間違いないのだ。正直なところ少々休息時間が欲しかったところなので、エネクに引き続き自室に引き上げることにした。
ライアは何やら事務作業に追われるらしい。『神話級』の出現ともなれば、さすがにいち商会がどうこうできる規模を超えている。ことは極めて深刻なのだ、報告しないわけにもいかないのだろう。
心労のせいか若干煤けて見えた同族を若干不憫に思いながらも……ネリー達はぞろぞろと退室していった。
「ん……おカえいなあい。」
「きき。きき。おかえりなさい。ます」
「あぁ、ただい…………」
「どしたヴァル何突っ立っ…………」
夜通しの激戦から続いた頭の痛い会議を終え、借り受けている天幕へと帰還する一行。
疲労の色が端々に見え隠れする彼らを、留守を任せていた蟲魔の二人と可愛らしい夢魔が一人と……それらが出迎えた。
出迎えられたヴァルターとネリーは驚愕に目を見開き棒立ちのまま、何ぞ何ぞと脇から顔を覗かせたニドとノートはこれまた驚きの声を上げる。
「呵々々! ほぉ、こいつぁ見事だの!」
「んおお――! すごい! きー、あしぇ、すごい!」
勇者ご一行を出迎えたそれら。昨晩は存在しなかった筈の二つの姿とその正体を認識し、再起動を果たしたヴァルターとネリーはそれぞれ劇的と言える反応を示す。
「……すげぇ……こいつ……あ、いや。……ええと……この子ら、下手な狩人より強いんじゃね?」
「可愛え!! なんだこの子ら!! 可愛ぇぇ!! え、ちょ、待っ……可愛ぇ!! 触っていい? 撫でていいか!?」
「き。き。」「きき。きき。」
一気に距離を詰めてきた勇者師弟に、若干気圧されながらもきょとんとした顔を向けたのは……アーシェの疑似従者よりも更にふた回りは小柄な、幼体とも言える体躯の人蜘蛛。
勇者ヴァルターより提供された血液に含まれる各種情報――遺伝子情報、魔力構造、身体構造や特殊技能等――を取り込み、『眷族を産み出し使役する』女王アーシェの固有魔力を糧として、蟲魔の巫たる人蜘蛛の手によって産み出された……正真正銘、生まれたての蟲魔である。
微細な視覚組織の集合体である二つの瞳は……目許も目蓋もぱっちりと整っており、不気味さよりも愛らしさが勝っているようで。
蜘蛛糸のように細くまっすぐな白い髪は、肩のあたりで綺麗に揃えられふわふわと揺れている。
上半身は可愛らしい子どもそのものを象っていながらも、立派な八本足と八つの目を備えた下半身を持つこの子らは……まぎれもない人蜘蛛と呼べるだろう。
ただし……
「きき。能力、『白兵戦闘能力』。優先する、しました。き、き、き、ありません。備わる、しません。『外部魔力操作器官』『発声器官』『給餌器官』ありません」
「……単純に『戦うこと』に割り切った、という訳か。思いきりが良いの」
「問題無ぇ問題無ぇ! 可愛いめっちゃ可愛い。よーしよしよしよ痛ッテェ噛んだ!?」
「お前の下心がバレたんじゃねーの……?」
「き。き。」「きき。きき。」
唯一個体であった人蜘蛛の姿形や構造を真似、一方で巫としての機能をまるごと削る代わりに、純粋に白兵戦闘要員としての能力を付与した『簡易型』ともとれる個体が……この子達。
繭の中身を自在に組み替える『外部魔力操作器官』、ヒトとのコミュニケーションのための『発声器官』、幼体に餌となる蜜を与えるため胸部に備わる『給餌器官』……それらが排除された一方で、武器としても感覚器としても用いられる頑強な八本足や、捕縛・牽制に応用が可能な腹部の糸腺は健在。ヒト種の遺伝子構造を取り込むと同時に腹部の蜜袋を省いたことで上半身部分の再現度と強度も増し、その両手は武器を握ることも道具を用いることも可能という……たいへん良く出来た『賢い子』。
おまけに――辿々しいながらも誇らしげな説明を聞く限りでは――なんと身体強化魔法の行使さえもが可能だという。
「はー……ヴァルの血がそんな働きを……」
「……何か、こう……こそばゆいな……」
メアの出張奉仕が決定し、ヴァルター達が不死鳥対策に駆り出される中……単純な警護要員の増員は喜ばれるべきだろう。
加えて可愛らしい容姿とあっては言うこと無しだと、若干病気気味の長耳族は鼻息荒く捲し立てる。
……まぁ、見た目はさておき……戦闘能力に加えて手先の器用さも併せ持つこの子達は、教え込めば裏方仕事でも力を発揮してくれるはずだ。人並みに器用な十本の指を備えた両腕と人並み以上の馬力を備えた安定性の高い身体は、運搬に軽作業に大活躍だろう。
とりあえず懸念事項のひとつであった人手不足は、解決の目処が立ったと言えよう。不死鳥の巣の探索に連れ出すことは叶わぬまでも、この拠点と周囲の安全確保と膨らんでいく雑務に関しては、充分過ぎるほどの働きが期待できる。
「きき。この『巣』…………訂正する、します。『コロニー』……『集落』。……き。……集落、守る。私、尽力する、します。ですので」
「ぼ……ぼくも……がんばります。勇者さま、ご主人さま……お仕事の間…………ぼくも……ぼくたちも、がんばります。……です、から」
事態が事態であるだけに、測量班もしばらくは調査を見合わせるという。掘削の護衛要員も充分足りるはずだ。
裏方作業の増員に関しても……メアとこの子達がきっと力になってくれる。
後顧の憂いは、ほぼ断ち切れた。
ならば……あとは先に進むのみ。
「俺も……覚悟決めるか」
「ヨッシャ。気合い入れて準備しねぇとな」
この世界に蘇り、活動を再開した『神話級』魔族に抗うため。
その手段と糸口を求め……勇者一行は行動を開始した。
「わたし! なまえ! なづけ、する!」
「……取り敢えず聞かせい。話は其れからだ」
「んい! あるけに、あるけにい……やうす! このこ『ある』! このこ『けにい』!」
「矢張り危惧した通りよ!! 阿呆!! 却下だ却下!!」
「あええええええ!!?」
((グッジョブ……))




