205_勇者と少女と厄介な展開
力任せに鳴らされるけたたましい鐘の音を背に聞きながら、ニドは酔っ払いで死屍累々の拠点内をひた走る。
全くもってタイミングが見事である、なにせ防衛戦力が無力化された瞬間を丁寧に狙ってきたのだ。本当に『神話級』の魔族は誰も彼も曲者揃いで得体が知れない。これは拠点内に内通者でも潜ませて居たのではないか?
「……居る訳無いか。馬鹿馬鹿しい」
余計なことを考えていても仕方無い。思考を割く余裕も今は無い。全身全霊で自らの役目を全うするまで。
先程まで我武者羅に鳴らされていた鐘はいつの間にか沈黙している。……どうやら鐘を鳴らしていた彼らは、一足先に戦線へと赴いたようだ。尚のこと急がねばならぬ。
向かうべき場所はそう遠くない。宴会場跡地と化した中央広場に程近い、真新しい居住用の天幕。
自分達に与えられ、今は愛しい主君とその従者が眠りに就き、蟲魔共が何やら悪巧みしている……拠点となった天幕である。
「御前!! 起きよ!!」
「んふゅいぃぃぃ!?」
「ふぇ……!? わ、わわ!?」
入口の幕を引き裂く勢いで飛び込むと、何やら乱れた一つの寝床と……寝間着なのだろう薄着を身に付け驚愕に目を見開く、二人の幼子。
……大方言いつけを破り、可愛い従者とこっそり同衾していたのであろうが……今はそんなことはどうでも良い。お仕置きも裸吊りもまた後だ。
それよりも、彼女には働いて貰わねばならぬ。
「敵だ。剣を執れ、御前」
「…………!」
刻一刻と迫り来る奴に対し、彼女の持つ剣は極めて有効な攻撃手段である。
奴が全身に纏う黄金色の羽毛は……羽毛と云うだけあって打ち込んだ衝撃は殺され、打撃は容易く受け止められてしまう。武器を握ることが出来なくなった身体では、宙を舞う奴に有効打を与えることは難しいだろう。……これだから鳥畜生は戦りづらい。
一方で……勇者ヴァルターやノートの持つ純白の直剣、人呼んで『勇者の剣』。これらは旧世界の人族が技術の粋を結集し造り上げた、魔族を殺すことに特化した叡智の武器である。
勇者ヴァルターの持つ剣は機能を一部喪失しているとはいえ……『神話級』の系譜である奴にとって、当然その性能は脅威だろう。
加えて。
こと『戦うこと』に関しては……彼女の右に出る者など、恐らく存在しない。
「めあ。あんぜん、おねがい」
「…………お気を、つけて」
「きー、あーしぇ。だいじょぶ、つづける」
「ききき、ききき。……私。謝罪する、します」
「……ココは……お任えを」
戦うことが出来ないメアと、儀式に専念するため参戦出来ない蟲魔二柱に言葉を残し……ノートは珍しく引き締まった顔で一つ頷き、蛇革飾りの直剣を引っ提げ天幕を飛び出した。
居住区画を抜け、障害物を飛び越え、敷地を囲う柵も飛び越え、暗闇の荒野に灯る不穏な光源へと一直線。
無人の荒野にて『敵』を引き受ける勇者に助力すべく、ノートとニドはお行儀悪く拠点を後にした。
………………………………
『神話級』に類される高位魔族『フェネクス』。魔へと身を窶したとはいえ、その権能は神鳥そのものである。
それこそニーズヘグやフレースヴェルグ同様、お伽話に語られる程に名の知れた魔物であり……その特性や能力もまた、前の二柱以上に有名であろう。
『不死鳥』の別名に恥じぬ、その権能。
奴には……死という概念が存在しない。
身体をバラバラに斬り刻めば、戦略級攻撃魔法を叩きこめば、とりあえず活動を停止させ……殺すことは出来る。
だが……そこまでなのだ。
フェネクスは身体の生命活動が停止した際、その身体を自らの炎で燃やし尽くす。
この『再生の炎』に焼かれた屍体はフェネクス自身の魔力として還元され、その還元された魔力を基に新たな身体が誕生する。
何度倒したところで、何度生命活動を停止させたところで、奴の自焼を止めることなど出来やしない。斬り飛ばされた末端部位は、本体の意に関わらず独りでに炎を上げる。吹き飛ばされた肉片・血の一滴・遺灰に至るまでもまた同様。
フェネクスの身体を構成していたモノは只一つの例外も無く……燃やされ、吸収され、『再生』のための材料とされる。
それに留まらず……延焼した『再生の炎』が焼き尽くしたモノの魔力さえも、自らの魔力として取り込んでしまう。
故に……不死鳥。
幾度もの死を乗り越え平然と蘇る、正真正銘の化物と言えるだろう。
「ぶぁ……ッ!!」
凶悪な足爪による急降下からの一撃をすんでのところで避け、お返しにと黒の直剣を振り上げるも……大翼をはためかせ、敵は軽々と高空へ逃れる。
叩きつけられた大気の壁の重さと尋常では無い熱に勢いを殺がれ、振るわれた黒剣は獲物を捉えること叶わず虚しく空を切る。
頭上で悠然と羽搏くその翼は、煌々と燃え上がる炎のようで。やはり到底只の魔物とは思えない。
ふとすぐ傍ら、今しがた敵の蹴撃によって抉られた地面を窺い見ると……焦げた枯草がぶすぶすと煙を上げている。
「冗談じゃ無ぇっての!」
「ヴァル無事か! ……ッ、ああもうクッソ……水気が薄い!」
高度を稼いだ敵が旋回し様子を窺う間、ネリーは愚痴りながらも魔法を紡ぐ。その周囲を青白い光を纏った人鳥が舞い、頭上の敵を牽制する。
大気中の水気を操り制御下に置くとともに自身の魔力を圧し込み、高濃度魔力を秘めた水気を対象となる者の表面に纏わせることで、対象に若干の耐衝撃防御と高度な耐熱防御を施す……水に属する防御魔法『水鎧・耐熱』。
宙を睨むヴァルターの全身に青白い仄かな光が纏わり付き、敵の攻撃に対する耐性が付与されていく。
「悪ぃネリー。助かる」
「そうだろそうだろ。私は器用で頼れる長耳娘ちゃんだからな」
「器用で頼れるエルフちゃんや。この状況どう思うよ」
「クッソヤッベェよな!!」
ネリーが吐き捨てると同時に、二人は左右へと跳び退る。神鳥の姿を取る光の塊は一片の容赦も無く飛び掛かり、踏みつけた地面を身に纏う高熱で灼いていく。
たとえ水気による守りを纏っていようと……触れたものを発火させる程の体温を持つあの脚に掴まりでもすれば……その結果は想像するに難くないだろう。
だがしかし。今や敵はヴァルターとネリーの間、左右から敵を挟む絶好の位置取りである。ここで仕留めてしまえばそんな危険に怯える必要も無いのだ、これ幸いと二人は息を合わせ挟撃に移るが……
「ぐぁ……!?」「うぉっ!?」
身を灼く高熱はネリーの防護で防げても、視界を焼く膨大な光は防ぎ切ることなど出来やしない。
急激に密度を増した光量に目が眩み、たまらず勢いを逸した二人。視覚以外の感覚器官を頼りにとりあえず敵から距離を取り、視覚機能の回復に努める。
幸いにして距離を詰めての追撃も無く……光量を戻した敵は優雅に舞い上がり、再び旋回しながらこちらを睥睨し始めた。
「きゅいー! きゅいー!」
「ありがとなシア。クッッソ…………あーもう! 何なんだあの鳥!!」
「だーから不死鳥なんだろ! 『神話級』だ『神話級』!!」
「お前ほんっと『神話級』にモッテモテだな! よっ! さすが勇者様!!」
「畜生うるせぇよこのド変態長耳娘が!!」
余裕綽々と宙を舞う黄金色の怪鳥を睨みながら、互いに罵声を浴びせ合う二人。口では散々に貶し合っていながらも、打開策を求めるその一点に関しては共通であった。
問題となるのは、自分達が近接攻撃しか手段を持ち合わせていない点。
ならびに……敵に対しそれらは有効となり得ない点。
まず勇者ヴァルターに関しては、完全な近接戦闘要員である。弓矢や投石器等も扱えなくは無いが、せいぜいが素人レベルだ。そもそもこの場には持ち合わせていない。
一方のネリーにおいては……こちらは完全に相性が悪かった。得意とする風の魔法は宙を舞う相手に通りが悪いし、さらに奴に関して言えば水の魔法さえもほぼ無力化されてしまっている。有線投擲杭も有効射程に限界があり、それ以上の高度には単純に届かない。
貴重な航空戦力である人鳥を嗾けることも出来なくはないのだが……『神話級』である不死鳥と下級のいち魔物である人鳥では勝負になる筈が無い。ヴァルターとネリーが手助け出来ない状況で『神話級』と一対一など、さすがに無謀が過ぎる。
魔術師の眷族補正とネリーによる補助魔法を加えたとしても、その差を埋めることなど出来やしない。分の悪い賭けであることに変わりは無い。
結果として、敵が攻撃のために降下してくるところを叩くしかないのだが……先述のように奴の足に掴まれれば死が見える。
充分以上に警戒せねばならない上、全身から閃光を放ち目眩ましをも仕掛けてくるとあっては……迂闊に仕掛けることすらも憚られる。
つまりは、有効な攻略手段無し。
つまりは…………『クッソヤベェ』。
「済まぬ! 待たせた!」
「あい! おまませ、しゅますた!」
「……悪い。よく来てくれた」
「女神かよォォォォ!!」
どうにもこうにも攻めあぐね膠着状態に陥った戦場に、白黒二人の少女が満を持して雪崩れ込む。二人が二人とも戦支度を整え、各々得物を構えた臨戦態勢である。……尤も防具は非常に頼り無いが。
敵対対象が増えたことで警戒を増す敵をこちらも油断無く見据えながら、ネリーは再度補助魔法『水鎧・耐熱』を展開する。
「ノート……悪い、アイツ倒せるか?」
「んい。まぬしい、とり。よゆう」
(…………まずしい?)
(……あっ、眩しい)
現状の膠着状態を危惧していたヴァルターは、ノートの到着に活路を見出だしていた。かつて大山脈の地底深くにて行使され、ニドの両腕を消し炭にした『光の矢』……ノートの持つ剣であれば、それによる遠距離魔法攻撃も可能な筈だ。
幼子には負担であろう、攻撃魔法の行使……それに頼らねばならぬ己を恥じながら、しかし現状を打破するためには彼女の働きに期待するしかない。
「わたし、たすけ。……いいとこ、みせる。……まーふあ、ふぉーあ…………」
周囲の期待を一身に背負い、少女は純白の剣を抜き放つと……上空に佇み奇声を上げる敵を睨む。
脚を開き、剣を振り上げ、切っ先を敵に向け。自分達に災いをもたらす怪鳥を撃ち落とさんと、叡智の剣に魔力を込める。
これまでに経験してきた数多の失敗を踏まえ……丁寧に、慎重に、魔力を絞り注ぎ込んでいく。
「……『りひと・れにゅす』……いる!」
ぴたりと向けられた切っ先。きりりと引き締まった貌。ふにゃりとした口調により紡がれた詠唱に従い、白の剣先から破壊の光が放たれ……
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ぴゅいー」
「あ、あえ…………」
狙いはしかしながら、機敏に身を翻す怪鳥を逸し……
破壊の閃光は、虚しく夜空へと消えていった。




