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204_勇者と夜警と驚異の脅威



 夜風が緩やかに流れる真夜中……荒野の真っ只中に築かれた開発拠点基地の見張り台に、一人の青年が佇んでいた。


 夜警の者以外は既に皆寝静まっている時間帯であり、穏やかな風とそれによる草木のざわめき以外に響く音は無い。一定時間ごとに角度を変えながら遠くを眺め、また聴覚を研ぎ澄ませながら、拠点に接近する外的脅威が無いことを確認する。


 本来であれば二人一組、背中合わせで見張るのが望ましいのだろうが……諸般の事情により一人での見張りを余儀なくされている。こうして満遍なく四方を見張るというのは、思っていたよりも骨が折れる。

 とはいえ……自分達ならばさほど問題は無いだろう。先程まで見張りを担当していた相方とその嫁程では無いが、こと周囲警戒に関して言えば便利な魔道具が活用できる。

 さすがに探知魔力を常時放出している訳にはいかないが、あくまで目と耳の補助として用いるだけでも効果の程は桁違いである。



 「……そうそう襲撃なんて無いだろうしな」



 そもそもこの拠点は空堀と防護柵で守りが固められており、夜間は閉じられる門にも自分同様夜警担当が詰め、周囲に目を光らせているのだ。

 ちょっとやそっとの獣ごとき、侵入される前に発見できるだろう。それ以下の小動物の類に至っては……そもそも人族ヒトの縄張りに近付こうとさえ思わない筈だ。



 警戒すべきは……山賊や野盗等、ヒトによる襲撃者。

 ならびに大型の魔物、特に鳥獣類。


 前者は正直、この拠点を襲うとは考え辛い。

 何せ標的となり得るのはこの拠点の人員以外に皆無であり、街道のように次から次へと旅人がやって来る訳でも無い。他に旨味が無いのに加え、更に周囲はだだっ広い荒野なのだ。危険な魔獣も多く棲息しており、当然自分達が襲われる危険性も高い。

 旨味と危険が釣り合っておらず、それでもこの辺りを狩り場にするのはよほどの物好きか……阿呆だと言わざるを得ない。


 一方の後者……可能性としてはこちらが極めて高いだろう。

 ノートとニドが狩ってきたという古翼獣ペラゴルトス……奴のように地上の防備を素通り出来る『翼持つ者』、これらは陣地の防衛設備をことごとく素通り出来てしまうため、厳重な警戒が必要となる。

 翼を持ち、それでいて人族ヒトに害意を持つモノが現れないことを祈りながら、暗視サイトの魔法を纏わせた視界で夜の闇を隈なく見渡す。


 


 このまま何事もなく朝を迎えてほしい。……そんなに大それた望みではなかった筈だ。

 ただ平穏無事に、怪我人も死者も見ること無く、平和な日々を送りたいだけだ。


 だというのに。

 どうやらこの拠点の運勢は……残念なことに下り坂らしい。





 「…………何だ?」


 時刻は未だ真夜中、周囲は月明かりと随所の篝火程度の光源しか無い中。

 うっすらと浮かび上がる稜線、パトローネ火山の中腹あたりに……突如、小さな()()が出現した。



 ……灯り。


 火の、明かりである。



 灯りの数は一つ。真っ先に思い浮かぶのは野盗の類。……だが、それにしては違和感が多い。

 その出現こそ唐突だが、他に続くものは見られない。あれが別動隊を隠すための囮であり、本隊は夜闇の中進攻中……という可能性も考えられるが、それにしては灯をともす距離が遠すぎるし、早すぎる。


 少なくとも……勇者の剣の探知範囲内には、拠点以外に人族らしき反応は見られない。灯火までの距離は遥か遠く、弓矢や攻撃魔法の射程外だろう。

 なにせ感覚強化エクステンドの補正を受けた視覚でさえ目視できぬほどの遠距離であり……仮に獣人セリアンスロープの狙撃手カルメロが居合わせたとて、四半分は距離を詰めねば仕留められぬであろう。



 考えれば考えるほど意味が解らない。


 出現した灯は一つのみ。

 獣の類とは考え難い。

 知恵ある者の仕業としても、その意図が解らない。



 (……お手上げだ)



 忌々しげに表情を歪めながら、ヴァルターは大きく床板を踏みつける。

 少々気が引けるが、仕方がない。特にネリーとシアはつい先刻眠りに入ったばかりであろう、罪悪感が首をもたげるが……仕方がない。


 普通であれば有り得ない事態……明確な非常事態なのだ。

 現状を正確に把握するためにも、圧倒的な知識と経験を備える年長者の助けが必要だ。



 ……必要、なのだが。



 「……遅ぇッ」


 戸惑いと共に今一度、見張り台の床板を踏みつける。

 構造に負担を掛けぬ程度の衝撃とはいえ、眠りから覚醒させるには充分な騒音が響いた筈だ。

 耳の良いネリーが聞き逃すとも思えないし、ニドとて鈍感なわけではない。緊急を告げる信号に気付かない筈がない。



 「……!! まさか!?」


 彼女らの反応が無いのではなく……反応できる状況に無いのだとしたら。

 あの灯火を囮とした別動隊の魔の手が……一切の音無く、既に彼女らに迫っていたのだとしたら。



 「クソッ!!」


 即座に身を翻し、梯子のような階段を一足で飛び降りる。そのまま踵を返し高床式の床下、幌布が張られた仮眠区域へと駆け寄る。

 ここまで騒々しい物音を立てているのに……幌布の向こうでは身動きの気配さえ伺えない。



 まさか……本当に襲撃を受けたというのか。

 ……手遅れだと、言うのだろうか。




 焦燥感を感じながら幌布に手を掛けると同時……空気が切り替わるのを肌で感じる。

 『消音結界』……空気の振動伝播を抑制し音を遮る、ネリーも度々用いる大気魔法。頭上の床板を踏みつける警告音は、どうやらこいつのせいで掻き消されていたようだ。


 ということは……この中で騒音が生じていたとしても――怒号や悲鳴が生じていたとしても――自分には何一つ、伝わっていなかったということ。



 ならば……この中は。


 同僚であり相棒であり仲間である……彼女達は。





 「ネリー!! ニド!!」

 「うぉああああ!!!?」

 「ぬぉおおおお!!!?」

 「ぴゅいいいい!!!?」

 「どぁああああ!!!?」





 三者三様の悲鳴を受け、思わず悲鳴を溢してしまったヴァルター。少々気まずそうな顔の彼と、一方では目を真ん丸に見開いた少女三人の視線がぶつかる。


 お世辞にも広いとは言えない空間には、三つの人影が身を寄せあっていた。言うまでもなくネリーとニド、そしてシア。見たところ外傷も異常も無く、狭い空間内には襲撃者と思しき姿も無い。


 この狭さでは隠れることも不可能だろう。

 ……彼女達は、無事だった。



 「ど、ど、ど、ど、どうしたヴァル!」

 「お、おう、そうとも! どうした坊!」

 「ぴゅ、ぴゅぴ、ぴゅぴ、ぴぴぴ!」



 無事だったの……だが。


 何やら顔を赤らめ冷や汗を垂らし、あからさまに焦っている表情の三人を前に……警告音にネリー達が反応しなかった原因を密かに悟る。

 突然の闖入者である自分に聞かれては困るような、怪しげな密談でもしていたのだろう。遮音結界を展開したのも他でもないネリー自身、内緒話の声が外部に漏れないようにするため。


 内から外への音の伝播を遮断するならば……外から内への音の伝播も、当然遮断されるだろう。

 全く。……全く、人騒がせな。



 「ど……どう、どうした? 顔が怖いぞヴァル、大丈夫か?」

 「……! そう、大丈夫じゃ無ぇんだよ! ネリー!」

 「は、はい!!」



 本来の目的を思い出し、途中で凍結されていた現状把握を再始動させる。

 未だ挙動の怪しい少女三人組を急き立てて表へ連れ出し、梯子のような階段を駆け上がり見張り台へ。異常の見られた方角、パトローネ火山の方向を見遣ると……件の異常が、更に異常を伴っていた。


 先刻、夜闇に突如出現した灯火……その明かりが、あきらかに拡大しているのだ。



 「……違ぇ。アレは……近付いてるんだ、コッチに……!」

 「…………何だ、アレ。…………灯り……火?」

 「………………厄介な。奴は……」



 ゆらゆらと揺れ形を変えるその灯りは……まるではためく翼のようで。


 明らかに距離を詰めたその所在は……まるで空を飛んでいるかのようで。




 ひらひらと羽搏はばたくように揺れ動くその姿は…………まるで()()()()()()()()()()




 「な……何だアレ…………鳥? 燃えてる……?」

 「坊! 腹ァ括れ! 一戦構えるぞ!」

 「ニド……知ってるのか……?」



 尋常ならざる緊張感を纏うニドに、思わず問いかけるヴァルター。戦うしか無いのだと明確に言い放つその口調は、この異常事態の元凶である灯火が紛う事なき『敵』であるのだということを言外に示すと共に……あのニドが警戒せざるを得ない程に()()な相手であるのだということを、嫌が応にも意識せざるを得なかった。


 感覚強化エクステンドの補正を受けた視覚にてようやく捉えたその全貌は、全身に炎のように明るく輝く黄金を纏った、くちばしの長い優美な鳥。

 真っ暗闇の中にあって尚周囲を明るく照らす、まるで自ら光を発するような黄金色の羽。一見神々しくさえ映るその姿だが……何故だろうか、少しもありがたさを感じられない。



 「ワレとて直接相対したことは無かったがな! ……覚悟せぇよ坊、()()ワレなどよりも数段しつこいぞ。……何せ、比喩ではなく()()()! ()()()()()()()()()!」

 「え? …………は!?」

 「……………………嘘、だろ……」





 全身に光を纏う、恐らくは巨大な鳥。


 ニド曰く()()()()()()()()()、不死の身体。



 それらの符号が示すもの。


 お伽噺に語られる程の『神話級』魔族であったニド……ニーズヘグを以てして、警戒せざるを得ないという……その正体は。




 輪廻転生を司るとされ、地域によっては神とも崇められる『神鳥』フェニックス……気高きその精神を魔へとやつした、その()()()()()


 死を迎えぬ身体によって千数百年前の滅びを乗り越えた、『神話級』に値する高位魔族。




 魔王の従僕が一柱。

 『再生』の魔鳥……『フェネクス』。




 「……ヤベェわこれ」

 「呵々(かか)……否定出来んな」



 僅かを除き戦闘要員がことごとく無力化された拠点目指して一直線に向かってくる……神々しく煌めく()の姿であった。

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