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203_勇者と蟲魔と野望の少女



 先程までの非常にやかましい空気はどこへやら……深夜も回った開発拠点はうってかわって、心地よい静寂に包まれていた。


 第二期人員投入とそれに伴う人員計画の見直しによって、今まで程の苦労を負うことはもう無いのだろうと――源泉開発事業ならびにその前線基地たるこの拠点、その発展に希望が見えたことが余程嬉しかったのだろう――第一陣も第二陣も肩を並べての大騒ぎが、ほんの先程まで続けられていたのだった。





 「……ほんとうに……いいんでしょうか」

 「良いって。ライア直々の依頼なんだからな。メアの仕業って気付く奴なんて居るわけ無ぇって、心配すんなよ」

 「長耳娘のう通りよ。元より出来デキがった酩酊へべれけ共よな、単に呑み過ぎただけと思うであろ。気にするで無いわ」

 「……えっと…………はい」



 夜も遅くまで酒飲み騒ぐ拠点住人達……その中には当然、翌日に出勤シフトが組まれている者も多く居る。

 依頼主としてはそろそろ休んで翌日に備えてほしい、しかし彼らの歓びに水を差すのも気が引ける……そんな中で脳裏をよぎったのが、先程まで顔を合わせていた夢魔の(少女にしか見えない)少年。

 湖の観光都市においての騒動とその顛末は、事態の収集に荷担したライアも知るところだった。戦利品として勇者一行が手に入れていた彼……その出自と種族と能力も、隠されるでもなく教えられていた。


 つい先刻蹴り出されたばかりという点においては若干気が引けるが……事情を説明すれば、そこまで邪険に扱われないだろうと思いたい。飲み食い騒ぐ酔っぱらい共をどうにかして寝かし付けてくれないかと霊薬マナポーション片手に頼んでみれば、二つ返事で快諾してくれた。


 今や宴会場では……いや宴会場跡地では、いつまで経っても騒ぎ続けていた酔っぱらい共が一人残らず、メアの睡眠誘引魔法によって健かな寝息を立てていた。



 「……かぜ、引いちゃいませんか?」

 「そん時ゃそん時だ。カゼ薬程度なら私が何とかする。……メアは気にしないで、早く休んどきな。明日からバイト()()()()だろ?」

 「そうだな。ノートもメアも、もう休んだ方が良い。後は俺達に任せろ」

 「んい……めあー、おやすみ、する。いっしょ、いっしょ」

 「わ、わ、あわわ、ノートさま……!」



 どこまでも性根の優しい魔族の少年は自らがご主人さまと慕う少女に引き摺られ、やがて観念したかのように寝床となる天幕へと戻っていった。



 その天幕の内部、奥の隅っこでは蟲魔の二人が巣に籠り、何やら怪しげな儀式を執り行っている最中なのだが……メア達が眠る寝床と蟲魔の巣はぶ厚い布でしっかり区切られている。問題は無いだろう。

 蟲魔の二人とて、主と仰ぐノート達を邪険に扱いはしない。曰く『人々の情報を取り込んだ』らしい女王は、人々の常識にも精通している筈だ。

 夜中に騒音を出すことが悪いことだとしっかり認識している様子であったし……子ども達の寝付きを妨げるような作業はしないだろう。


 あの子達には、ゆっくりと休んで貰わないと。




 ………………………………




 「どーするヴァル。先寝るか?」

 「……悪ィ、良いか? タイミングは任せる。オチる前に起こしてくれ」

 「オチねぇよ。キッチリ半分で起こしてやら」



 一方残された側は……残念ながらゆっくり休むことは出来なさそうだが、まぁ仕方無い。


 現在位置は拠点のほぼ中央、聳え立つ大岩の天辺に据え付けられた見張り台。本来ここで周囲に目を光らせているべき監視役は、残念ながら遠く下……宴会場跡地にて気持ち良さそうに爆睡中である。

 監視員が居なくても大丈夫だと踏んだのか、はたまた不在を気にする余裕さえ無かったのか……ライアに対応を相談されることは無かったものの、さすがに監視の目が無いのははマズかろう。

 許可は後で取るとして。監視の代役を務めるべく二人と一羽は大岩の見張り台へとよじ登り……そこへ小柄な影が一つ続く。

 


 「待て待て、ワレも頭数に入れるが良い。……周囲がコレだ、致し方あるまい。二人よりは幾らかマシであろ」

 「マジかよ助かる。今度奢るわ」

 「なら俺が二番手引き受けよう。……ありがとうな、ニド」

 「呵々(かか)! 良い良い、ワレが好きでっとるコトよ。……然らばワレも先、休ませて貰うぞ」

 「あぁ。お休み、お二人さん」

 「頼むぞネリー。シアも無理すんなよ」

 「ぴゅい!」



 大岩の頂上には簡素かつ狭隘ながら、仮眠が取れるような小屋が建てられていた。……といっても高床式の見張り台の更に床下にもう一枚床を張り、四方を幌布で覆った申し訳程度の仮眠スペースであったが……吹き晒しの中での夜営に慣れ(させられ)た勇者一行にとっては特に問題は無い。夜風が凌げるだけでもありがたい。


 低い頭上に気を配りながら仮眠室の幕を潜り、自前の毛布に包まり横になる。お世辞にも広いとは言えないこの空間はその寸法から察するに……本来ならば一人用らしい。



 しかしながら……なんということだろうか。一人ならば余裕をもって仮眠できるであろう空間に、しかし今この場に収まっているのは男女の二人。酒精こそそこまで浸入(はい)って居らぬといえ、精力旺盛な若い男と見目麗しい若い少女……肩も触れ合い顔も近づかざるを得ないこの小部屋で何も起きない筈が無く。



 「『何も起きない筈が無く』……じゃないんだよな。妙な実況入れんじゃ無ぇよ糞爺クソジジイ。寝ろ」

 「……なんということだ。正論だけに何も言い返せぬ」

 「解って貰えて何よりだ。おやすみ」

 「う、うむ」



 呆れ顔の勇者はご丁寧にも顔を背け、壁(の代わりの幌布)の方を向いて眠ってしまった。全くもってつれないヴァルターの態度に、さすがのニドも失策を悟る。

 暫くの間眼前の広い背中をぼうっと眺めていたニドだったが……やがてすやすやと健やかな寝息が聞こえてくると、我に帰ったかのように苦笑を浮かべる。



 (……呵々(かか)。蜘蛛娘に先を越され焦ったか)


 つい数刻前の騒動……人蜘蛛アルケニーの少女曰くの『ヴァルターの子供』発言に端を発した大騒ぎを受け、無意識とはいえ柄にもなく焦っていたらしい。

 こんな狭苦しく埃っぽい小部屋で――しかも板一枚隔てた頭上では耳の良い長耳娘エルフが感覚を研ぎ澄ませているというのに――堂々と仕掛けようなどとは。が身ながらなんと軽挙な。



 「あの長耳娘の事を……『色惚け』などと笑えんなぁ」



 くくく、と押し殺した笑いを零しながら……ヴァルターの睡眠を妨げぬよう、可能な限り身を離し毛布に包まる。

 背中に抱き付き身体を押し付け労うことも吝かではないが――大多数の雄は雌の胸部を押し付けると喜ぶのだということを知ってはいるが――生真面目な彼はそういう手段での労いを好まぬことは知っていた。

 内心はさて置き、『勇者』を全うしようと足掻く彼は『それらしく在ろう』と必死に努力しているのだ。


 一方的な独り善がりを押し付け、嫌われたくは無い。



 (……焦らずとも良いか)



 蜘蛛娘に先を越されたことは面白く無いが……かといって今更どうすることも出来まい。時を遡れる訳でも無し、蜘蛛娘がヴァルターの遺伝子を授かったことは今更覆しようが無い。

 過去などどうこう出来るものでは無い。ならばこの先に思いを馳せた方が、幾らか健全である。


 幸いにして、今となっては自由の身だ。無限とも思われた前身と異なり、有限となった活動限界(寿命)の中で……その時間の遣い方を模索するのも、娯楽としては申し分ない。

 亡き主の忘れ形見を面倒見る(見守る)のも、狙った雄をあの手この手で籠絡(攻略)するのも――哺乳類の有性生殖とその手段に興味が湧くのも――何から何まで初めての経験なのだ。



 (愉しいの……人族ヒトの生は)



 刺激に満ちた第二の生に誰へともなく感謝しつつ。

 己の快楽に素直な少女は小さな身体を丸め……やがて眠りに落ちた。





 暫しの後。ヴァルターは交代時刻の接近を感じ取り、静かに身を起こす。

 そこで目撃した愛らしい姿……普段の底意地悪さとは打って変わって無垢な寝顔に、柄にもなく脈の上がるヴァルターであった。

「ん……? 早ぇなヴァル。ちゃんと寝たのか? ちゃんとヤったのか?」

「何の話だ!!(小声)」

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