199_従者と計画と安寧の二班
「信じて……もらえるでしょうか……」
「ん…………わカらない……えす」
「ききき。人々、予測します、警戒します。わたしたち」
「……で、です……よね…………がんばらないと……」
ヴァルター達第一班の面々には『あまり心配は要らないだろう』と判断されている第二班、チーム『ほぼ魔族』の三人。人族の姿を取る先祖返りの夢魔たる少年と、可愛らしくも異形な幼女の姿を取る蟲魔の女王、ならびに大蜘蛛の下半身を持つ同じく蟲魔の少女の三人により構成される……厳密な意味での『人族種』が一人も存在しない班。
彼らに下されていた任務は、『拠点の住環境の改善』。特に休息・睡眠の質を向上させるための施策である。
幸いにして、方針そのものにはある程度目処が付いている。メアがまだアイナリ―にて女給(?)を務めていた際、常連となった頭巾姿の狩人よりちょっとした小技の手ほどきを受けていたのだった。
その小技の名こそ、『呪力付与』。
武器や道具や日用品に魔力と呪紋を刻み込み、品物に魔法的効果を付与することで付加価値を高めるという、魔法系生産技能の一つである。
見た目は内気控え目系清純派美少女であるメアの正体をあっさりと看破し……にもかかわらず魔族に対する嫌悪感や偏見も一切持ち合わせておらず、戦う力を持たないがため『ご主人さま』の役に立てないと嘆く彼に理解を示し、先述の特殊技能を授けた……得体の知れない人物。
その功績ならびに受けた恩義こそ大きいものの……ことあるごとに自分の匂いを嗅ごうとしてくるので、メア本人の評価はなかなかに低かった。そんな変態行為に晒されながらも健気に仕事をこなすメアの姿が常連の目に留まり、変態行為に走る頭巾の常連を巻き込んだちょっとした騒動にも発展したのだが……まぁ、今は置いておこう。
大切なのはメアが密かに鍛錬を続けていた小技『呪力付与』を会得しており、彼の得意とする精神作用系・睡眠操作系魔法の呪いを籠めた小物を造り出すことが可能だということ。
加えて……原料となる蛋白質の摂取ならびに魔力の補填さえ成されれば、多種多様な性質をもつ糸をほぼ無尽蔵に生成することが出来る者達がこの場に居合わせており、彼女の生み出す糸からは上質な素材が造り出せるのだということ。
超精密な魔力操作を得意とする人蜘蛛は、自らの造り出す糸の分子構造さえも自由自在に組み替えることが可能だという。同じ『蟲』の枠を拝し、繭から上質な糸を採集できるという白綿蚕の糸も、分子構造的には蜘蛛糸のそれに程近い。
であれば逆に、彼女の吐き出す蜘蛛糸を白綿蚕のものに近づけることなど造作も無いことであったらしく……それどころか、より強靭・高性能な繊維素材を造り出してしまう始末。
メアの魔力は……言うまでも無いだろう。一部ではアイナリーの都市伝説との呼び声も高い『異様に寝付きが良い宿』『願いを叶える夢を見られる宿』『意中の子とムフフな夢を見られる宿』……それらの元凶にして功労者である。
ちなみにメア不在中の安眠補助効果は、先述の効果付与を寝台に刻み込むことでしっかりと引き継がれている。留守中もお客様の安眠サポートに抜かりはない。
一方の蜘蛛糸素材だが……こちらもヴァルターとネリーが身をもって体感済みである。肌触り、伸縮性、クッション性、保温効果、防水透湿効果、防汚効果……どれをとっても申し分無い寝床であり、丁寧に織り上げれば一級品の代物となるであろう。
奇跡的に揃ったこれら要素を十全に活用し、彼ら彼女ら『ほぼ魔族』チームが行おうとしている奉仕事業。慣れない野営地で寝起きする先駆者たちに贈る進呈物こそ……勇者印の安眠枕。
ゆくゆくは拠点の人員全員に行き渡るよう量産したいところだが……とりあえずは試作品を完成させるため、おずおずと作業に取り掛かり始めた。
魔力伝導率および靭性の高い蜘蛛糸を布状に織り上げ、キーの精密魔力操作によって加熱・加圧しながら結合させ、絹のように滑らかな肌触りを持つ蜘蛛糸の不織布『蜘蛛絹布』を造り出す。それをメアの指示通りの寸法にすぱっと裁断し、出来上がった二枚を袋状に縫い合わせる。
蜘蛛糸の主成分は蛋白質であり、それは加熱によって変質・凝固する性質がある。通常の縫製とは異なり縫い糸の存在しないその結合手法は、耐久度においても群を抜いている。
完成した袋状の蜘蛛絹布を依代として、睡眠を司る夢魔の呪いをメアが直々に刻み込む。町中とは異なる酷な環境下で作業に従事する者達のため……(不本意ながら)聖母の呼び声も高く慈悲深い彼は、手ずから『睡眠導入』『疲労回復』の祈りを込めていく。
敬愛する『ご主人さま』に救い出され、辱めを受け、しかしながら付き従うことを決めてから……共に並び立ち戦うことこそ叶わぬまでも、彼はこつこつと鍛錬を続けていた。運用効率も劣悪だった催眠魔法・夢操魔法は着実に洗練されていき、また連日連夜の反復修練により、魔力総量も確実に鍛えられている。
ご主人さまのため、また恩義ある人々のため。極めて清廉な動機に基づいた彼の祈りは、純白の布地にしっかりと宿り……期待通り、望み通りの効果を刻み込む。
「でき……ました……!」
「んん。お見事……えす」
「ききき。わたし、続く。頑張る。します」
設計通り出来上がったのは……清潔感ある純白に煌めく、安眠間違いなしの呪いが籠められた蜘蛛絹布の布袋。
ここまで出来ればあとは簡単。クッションとなる素材を中に詰め込み、封をするだけ。口を閉じるその作業こそ再びキーの手を借りる必要があるが……中に詰める『詰め物』を工面する程度であれば、キーの精密魔法に頼る必要も無い。
「形成一式、疑似従者。盾の従者、『蜘蛛姫』……在れ」
「わ……わわっ……」
広いとは言えない天幕の中……アーシェの魔力光と共に『盾の従者』の位を冠する疑似従者が顕現する。体格も知能も魔力操作の精度も原型たるキーには及ばないものの、枕の詰め物となる蜘蛛糸の綿を大量生産する程度ならば問題は無い。
粘着力を落とし。弾力を高め。靭性は強く。細く柔らかく。ふわふわもこもことした感触の純白の真綿を――保温性・通気性・吸放湿性に優れ、かつ軽い――理想的な詰め物素材を、疑似従者に生産させる。
「ん……上出来、えす」
「わ、わぁっ……すごい……ふわふわ……」
出来上がった詰め物の感触を堪能するアーシェと、もこもこにすっかり顔をとろけさせるメア。しかしながら職務意識に忠実な二人はすぐさま自我を取り戻し、本来の目的に沿って真面目に製作を再開する。なかなか大した理性の持ち主であった。どこぞの白い幼女だったら気にせずそのまま寝入っていただろう。
ともあれ、残す工程はそう多くは無い。
先述のとおり、安眠の呪力付与が施された蜘蛛絹布の布袋に、アーシェ(の疑似従者)特製の蜘蛛真綿をたっぷりと詰め込む。ぱんぱんに膨れ上がり程良い弾力を感じるようになったら、袋の口部分を加熱・加圧し溶着させる。キーの精密魔法に掛かれば、肌触りを損なわず熱処理を施すことなど造作も無いらしい。
こうして……三人の『ほぼ魔族』の手によって、全ての工程を経た完成品。強靭でありながら程良い伸縮性を兼ね備える純白の布にくるまれた、ふわふわもちもちの感触が魅惑的な『特製安眠保障枕』。
穏やかかつ上質な睡眠を保証する夢魔謹製の呪力付与が施され、上質な蜘蛛絹布をふんだんに用いた逸品。中綿には蜘蛛絹糸の真綿がこれでもかと詰め込まれた、実用性はもちろん耐久性もずば抜けた自信作である。
試作品は完成した。制作にあたっての手順も確認できた。まだ実際には使って居ないため呪力付与が正常に働いているかは不明だが……万が一付与出来ていなかったとしても、枕の性能だけで快眠は間違いないだろう。
あとはこれを量産し、拠点の人員に配れば良いのだが……
「信じて……もらえれば…………良いんですが……」
「……わあし達……魔族……あカら……」
「き、き、きき……」
ここへ来て冒頭の悩みが……懸念事項が、彼女らの胸中にくすぶり出す。
自分達は所詮『魔族』である。ヒト達に恐れられ、迫害され、追い遣られてきた来歴を持つ……ヒトに似ながらにしてヒトならざる存在なのだ。
ヒトのような顔を持ち、ヒトと言葉を交わすことが出来、しかしながらヒトには無い『異能』を行使できる存在。それが自分達『魔族』である。
『勇者』ヴァルターをはじめとする彼らは、こんな自分でも受け入れてくれている。同じく『魔族』である人鳥を忌避するどころか嫁と呼び夜な夜な媾う長耳族の少女や、自分に無条件で安心感を与えてくれる幼い『ご主人さま』、得体の知れない出自ながらも身内の情に厚い黒髪の少女……彼ら彼女らは自分達の合作を笑いやしないだろうが、あかの他人は果たしてどう捉えるのだろうか。
「……やって……みます。……だめなら……そのとき、考えます」
「き。き。き。お願いする、します。願います、成功する。させること。します」
「では…………わあし達……量産……臨みます」
「はい。……では、おねがいします。……いってきます」
相変わらずの無表情のまま、ひらひらと手を振り見送る蟲魔の二人を尻目に……チームの中で最も警戒を抱かれないであろう容姿をもつ、外見は人族そのものであるメアが売り込むに臨む。
両腕で真っ白な枕を抱え、作業場と化した天幕を抜け出し外へ出る。目的地は比較的近い、数件隣……拠点の門番が借用している天幕。事前に仕入れた情報によれば……門の警備を担当する護衛要員が一名、つい先刻業務を終えて現在休息中の筈である。
彼は夜警に備え仮眠を取る筈なので、その際に安眠枕の性能を確認して貰おうというのが、第二班の作戦であった。生活音の微かに聞こえる天幕の前で、メアは大きく深呼吸。幸いにしてまだ睡眠に移ってはいないようだ。タイミング的には申し分無い。
(ノート、さま…………ぼく……がんばります)
自分の働きが今後の成否を左右するのだと、顔を引き締め気合いを入れ直し……心優しい魔族は武器を握り締め、彼の戦場へと乗り込んでいった。
彼本人の不退転の決意とは裏腹に……警護担当の彼にとっては『突如天幕に現れた可愛らしい子がたどたどしくアピールしながらおずおずと異常な程肌触りと感触の良い枕を手渡ししてくれた』といった状況であり、警戒する素振りなどほんの欠片も見せずに心底大喜びして受け取っていた。
思ってもみなかった程あっさりと任務を達成してしまい、どこか釈然としない面持ちで自分達の天幕へ戻るメアであったが……とりあえずの作戦成功であることは事実なので、気を取り直して蟲魔達と引き続き枕の製造に取りかかっていった。
彼ら製作の安眠枕がこの後この開発拠点内で爆発的な大流行を見せ、目敏くも商売の香りを嗅ぎ取り首を突っ込んできた某商会主に商談を迫られ目を白黒させることになるのだが……このときの彼ら『チームほぼ魔族』にそんなことが予想できる者など、居よう筈もなかった。




