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198_勇者と計画と安定の一班



 ライア達ヒメル・ウィーバ商会の主導する新規源泉開発計画……その前線基地ともいえる開発拠点は、眼前に聳え立つパトローネ火山の裾野、荒涼とした岩石地帯に設営されている。

 ひときわ目を引く巨岩を中心に形成されたこの拠点は、つい先日本格的な設営が始まったばかり。現状お世辞にも快適とは言いがたい環境である。……まぁ、今後少しずつ物資を運び込んでいくつもりなのだろうが。


 そんな場所へと遣わされた第二陣、その護衛として帯同していたヴァルター達は……先駆者達への印象をより良いものにするため、本来の護衛任務と並行した『とある計画』を立案・実行に移した。




 さしあたって、まずは行動単位パーティーを三班に分割する。


 第一班。当初の契約内容に則り、付近の作業現場にて安全確保ならびに作業人員の護衛に当たるのが、ヴァルターとネリーならびにシアの三名。早期警戒と高速近接戦闘に秀でたド安定の班である。

 第二班。源泉開発拠点の住環境向上を目的とし、寝床や居室の改善などといった奉仕作業を担当するのが……メアとアーシェ、そして要である人蜘蛛アルケニーのキー。人間離れした外観に反し、常識的な思考能力が備わった班。

 そして……第三班。拠点における食事の質を向上させるため、可食生物の狩猟をはじめとする食料調達に臨むのが……蛇革で装飾された直剣を背負い謎のやる気に満ち溢れたノートと、ヴァルターの懇願によってそんなノートの監視を引き受けたニド、彼女達二名による色々と不安が拭いきれない班。


 以上三つの班・三つの行動目標を達成するため、一行は割り振られた『お仕事』へと向かっていった。



 ちなみにそれっぽいことを並べ立てて巧く隠せているつもりらしいネリーの野望『美少女の肢体堪能露天風呂』であったが……ヴァルターとニドにはばっちり露見し(バレ)ていた。しかしながら先駆者達と打ち解けること自体は悪ではないので、こと公序良俗に反しない限りはヴァルターは静観の構え。ニドは面白くなりそうだとばかりに同じく静観の構えであった。



 くして……作戦は順調に進んでいく。





 …………………………




 新たに温泉を引くためには、何はともあれ源泉を掘らなければならない。湧き水のように温泉が吹き出しでもしていてくれれば良かったのだが、そんなボーナスじみた源泉は既に他者の手の内である。新しく源泉を手中に収めようとするのならば、そのくらいの苦労と出費は覚悟の上なのだろう。


 とはいえ、やること事態は単純にして明快。地中に探査魔法を放ち、温泉が存在する地点を把握し、そこへ向かって一心不乱に掘り進んでいく。それだけである。

 そのための設備も人員もライアは用意していたらしく、ヴァルター達の目の前では今まさに大型の掘削道具が唸りを上げて稼働中である。


 状況としては……温泉とおぼしき湯は既に地表に滲み出ており、水溜まりならぬ湯溜まりを作り出している。湯そのものを掘り当てることは、既に成功しているらしい。

 しかしながら湯量自体はまだまだ足りないようで、この大型道具で地中の亀裂を抉じ開けてしまおうという作戦らしい。



 「うわデッケ……何だこの箱」

 「内蔵魔力を回転の力に変換する魔道具だ。地面にぶっ刺したバカデカい槍をグルグル回して、先っぽの刃で岩盤を削り取ってくって寸法よ」

 「バカデカい槍、って……ワイルドだな。どんくらいデケェんだ?」

 「そうだなァ…………そっちの兄ちゃん五人分くらいは埋まってっかな」

 「「バカデケェ!!」」



 なるほど掘削用の大型設備は、規格外の巨大さを秘めた魔道具であるらしい。てっきり円匙スコップやら鶴嘴ピッケルやらで掘り進めるのかと思っていただけに、その衝撃はなかなかのものだった。どうりで作業員の中に明らかに肉体労働に向かなさそうな……言っちゃなんだが、ひ弱そうな男が見られるわけだ。彼らは肉体労働担当ではなく、大型掘削魔道具への魔力充填が仕事なのだろう。

 それに。温泉を掘り当てる、などという大掛かりな事業に反し、作業員の数が少なく見えたのも頷ける。おそらく第一陣の積み荷の大半は()()のような魔道具なのだろう。



 「ネリー…………お前の知り合い、スゲェのな」

 「スッッゲェな……私にこんな知り合いいたんだな……」



 しかしながら……半自動とはいえ、肉体労働力が不要なわけではない。魔力の充填に加え、掘り出された土砂を運ぶのも、大槍の挙動を管理するのも、掘り進んだあな内部に補強管材を打ち込むのも、人の手を必要とする作業である。

 であれば。作業に従事する人員が彼らの仕事に専念できるよう、彼らをしっかり護衛するのが……ほかでもない、ヴァルター達に与えられた仕事なのだ。それを疎かにするつもりは毛頭無い。



 「よう兄ちゃんら。頼りにしてるぜ」

 「ヨーゼフさん。こちらこそ宜しくお願いします。同じ担当でしたか」

 「俺らは初出勤だからな、近場に回してくれたんだろうぜ。……護衛の先輩方は設計士やら測量技師やらと遠出中らしい」

 「遠出……? あぁ、湯を町に届けるための」

 「導水管、ってぇのか? それのルートやら土台を建てる場所やらを精査するらしくてな。依頼主も同行するってんで、現地に慣れてる奴を総動員してるらしい」

 「はー…………ライアも大変そうだな」



 現在地である掘削現場は開発拠点に程近い、緩やかに陥没した岩肌の一地点。開発拠点から見ればオーテルとは反対側、パトローネ火山により近付いた形となる。

 第一期開発部隊の護衛担当は、ここよりもオーテル側……開発拠点の向こう側で、なにやら小難しい打ち合わせを行っている賢い方々の護衛に駆り出されているらしい。その間この現場を守り抜き、周囲の危険を取り除くのが我々の役目であり……まぁ、道中同様シアの独壇場だった。本日現場入りしてから既に四回、会敵および戦闘終了の報を受け取っている。


 そう……ぶっちゃけ暇なのだ。

 ただでさえ見通しの良い山肌、危険度の高い大型の魔物は直ぐにでも発見できるだろう。また地面の僅かな起伏に隠れる中・小型の魔物は、上空から見下ろすシアにとっては丸裸である。中遠距離の獲物を率先して狩りに行く彼女はどこか生き生きとしており……思う存分運動出来て、心なしか嬉しそうだ。

 加えて、ヴァルターとネリーとてシア任せで気を抜いているわけではない。勇者の剣による能動探知ないしはそれに準ずる探知魔法を定期的に行使し、付近に自分達と作業員達以外の高次生命反応が(拠点周辺を除き)存在しないことを確認している。

 脅威とならないであろう小動物のたぐい――小さな蜥蜴トカゲやら小さな蛇やら小さな蜘蛛やら小鳥やら――は無視しているが、それらは率先して近づいてくることは無い。放っておいて良いだろう。


 ……ぶっちゃけ、暇なのだ。

 暇すぎるあまり……ヨーゼフのおっちゃんなんかは雑談しに来る始末である。



 「……なぁヴァル、お嬢の監視行った方が良かったんじゃねぇ?」

 「俺も思った。けどまぁ……コッチが本来の仕事だしな。途中で放り出すのもな……」

 「それもそうか。……大丈夫かなぁ、お嬢」

 「怪我なんかは万に一つも無いだろうが……ニドの監視に期待するしか無いな」

 「全裸になったお嬢がそのへんの水溜まりで泳いでてもおかしくねぇぞ」

 「それだけならまだ良いが……拠点に全裸で戻って来かねないんだよな……」

 「それなぁ……」


 あまりにも酷い身内の習性を思い起こしながら、ひそひそ声で懸念を語り合う保護者二名。自由奔放極まりない彼女に心配は尽きないが、お目付け役として遣わされたもう一人に期待するしか無い。

 お目付け役の少女……性的な言動がエグい少女は別の面での心配が絶えないが、ことノートに関しては真面目に取り組んでくれる筈だ。



 「とりあえずは……信じるしか無いかぁ」

 「だよなぁ」



 魔族だらけの第二班よりも心配が尽きない第三班……彼女らと周囲の安寧を願わずには居られない、心配性な第一班の面々であった。

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