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196_従者と嫁と君の名前は

※ネタバレ:入れ替わりません



 「あ居たわ。っこいの三つ。……岩蜥蜴リザードかね」

 「手助けは?」

 「要らん要らんすぐ終わる。朝飯前よ」

 「悪ぃな」





 今朝方オーテルを出立し、既に二刻程進んだ頃だろうか。現在商隊は馬の足を止めて水を与え、それに伴い全隊で休憩を取っている最中である。


 王都付近の山村で調達した荷馬車は大きさこそそれなりだが、荒涼とした街道の凹凸を拾い、お世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。さほど体力を消耗しているわけではないが、尻を休めるためにもこの休憩はありがたかった。

 簡素とはいえ木組の骨格が組まれ、十数名が乗り込めそうなその荷台には、ざっくり前半分中央部に水や食料や野営用の天幕等の物資が収められている。


 積み上げられた物資と壁際との間……あるいは荷台の空きスペースには護衛担当の待機要員が詰め込まれ、各々が思い思いの体勢で座り込み、また横になっていた。



 そんな荷台の片隅。すやすやと眠りこける白い少女に身体を絡め堪能しながら、蜘蛛糸の吊床ハンモックで悠々と過ごす長耳族エルフの少女より……獲物を見つけたとの言が飛ぶ。



 「(カサ)はなかなかだな。手土産にすっか」

 「任せる。期待してるぞ」

 「任せろ」



 半開きで中空を見つめる彼女の瞳は魅惑的な輝きを湛え、遥か上空より俯瞰する眷属たる人鳥ハルピュイア魔力ちから意思ことばをリアルタイムで送り込んでいる。今や彼女の()にして()にして()と化した人鳥ハルピュイアを使役し、彼女は幌馬車荷台の吊床に居ながらにして()()に臨む。



 「はいひとつ」


 風を纏い急降下する人鳥ハルピュイア……その小さな体躯に似合わぬ凶悪な足爪が着地ざまに岩蜥蜴リザードを鷲掴み、その首筋をえぐり裂く。



 「はいふたつ」


 いきなり降って湧いた天敵ハルピュイアに対し、威嚇し果敢に立ち向かった二体目が直後……甲高い啼き声と共に放たれた大気の刃で深々と斬り裂かれ絶命する。



 「はいラスト……っと」


 同胞二体の凄惨な最期を目の当たりにし、踵を返し一目散に逃走を試みる最後の一体は……しかしながら逃走を図ったその方向が悪かった。全速力で駆ける岩蜥蜴リザードの向かう方角は他ならぬライアの商隊その方角であり、人鳥ハルピュイアにとっては帰路上でしかない。

 もし真逆の方角に逃げ去っていれば、充分遠ざかっていれば深追いすることも無かっただろう。生命の危機に際し視野が狭まっていたとはいえ、本隊に近付く魔物を放置出来る筈も無い。そもそも大した手間でもない。



 「終わり。一丁上がりだ」



 大きな翼で大気を殴り付け、爆発的な加速を得た小さな影が空を駆ける。四肢を動かし懸命に逃れようとする岩蜥蜴リザードに追い縋りながら、高速戦闘に最適化された視覚で獲物を確実に捕捉し続け、下方可動域の広い両脚を大きく拡げて両爪を繰り出す。

 長い爪を備えた両足で抑え込まれ、かつ全重量を載せられた状態とあっては、もはや地を這う魔物である岩蜥蜴リザードに成す術など無い。鋭い爪を更に深く、確実に打ち込まれた哀れな獲物は、抵抗虚しく『成果』として運び去られる他無かった。







 「よーし掴んだ。大丈夫だ、もう離して良いぞシア。……本当余裕だったな」

 「お帰りシア。よーしよし良い子だ」

 「ぴぴー! ぴゅっぴ! ぴゅっぴ!」



 馬車の荷台に帰還したシアがぶら下げていたのは……なんとまあ、尾も含めた全長三mに届こうかという立派な成体であった。これら三体を軽々と蹂躙してのけた人鳥シアに感覚が麻痺しそうになるが、普通の大人は二人掛かりで持ち上げるのがやっとの巨体だろう。

 未だにふてぶてしくも眠りこけたままのノートを起こさぬよう慎重に身を剥がすと、ネリーは床に降り愛しい嫁に抱きつき労う。大人顔負けの腕前を見せつけたシアはくすぐったそうに目を細め、ネリーの腕の中で心地よさげに脱力している。



 乾燥地帯に多く棲息する岩蜥蜴リザードはその名の通り、ごつごつとした強固な甲殻が特徴的な爬虫類型の魔物である。

 長く強靭な尾を持ち、柔い腹側を除くほぼ全身を鎧のような甲殻で覆い、鋸のような牙と頑丈な爪には毒腺を備え、筋力ならびに持久力に優れる。噛みついた獲物に毒を注入し、血を流しつつ逃れた獲物が衰弱するまで延々と追跡し続け、力尽きたところでゆっくりと喰らう……非常に執念深い魔物。

 雑食であるため、腹が減っていればヒトだろうと馬だろうと襲って喰らう。何倍もの体積差がある大箆鹿アルケス古大蛇ティタノボアだろうと狩って喰らう。恵まれた体格と身体的特徴を持久戦闘に割り振ったその巨体は、真っ当に当たれば極めて面倒な相手であろうことは疑い無い。


 ……そのはずなのだが。





 「あっという間だったな……」

 「そもそも俺ら気付かんかったしな」

 「えっ三体狩ったん? マジで?」


 ヴァルター達が収まる馬車の周囲を進んでいた三騎の騎馬……ヨーゼフ達狩人三人が、しきりに感心した様子で荷台を覗き込む。戦利品として持ち帰られた岩蜥蜴リザードはヴァルターの手によって縛り上げられ、拠点到着後に解体し()()する予定である。

 一般的な狩人達であれば一体ずつ慎重に相対するべき魔物であり、三体同時に相手取るなど問題外。堅い表皮に由来する防御力の前に持久戦は避けられない、非常にタフな相手の筈なのだが……いとも容易く三体瞬殺してのけた人鳥ハルピュイアに称賛の視線が注がれる。とうの本人シアはきょとんと小首を傾げ、その遣い手たるネリーは薄い胸を反らし得意気だ。



 そんな彼女に注がれる……少々毛色の異なる視線。

 荷台の外側より注がれている狩人三人の視線の、その真逆。幌馬車荷台の前部分より注がれるのは……ひときわ威圧的な、ひときわ強い意志の込められた……その視線。



 視線の出所となったのは……特徴的な外套の、小柄な人物。

 少年なのか、それとも少女なのか、名前さえ明かされていない。今回の護衛任務においての同業者・同僚でありながら……未だにその全容が知れない謎の人物。



 ……そいつが、口を開く。



 「……あなたは」

 「お……おお? 何だ?」



 目映い黄とも艶やかな橙とも取れる色鮮やかな外套。裾は大きな鋸歯のように刻刻きざきざと刻まれており、時折覗く足先を覆っているのは黄褐色のレザーブーツ。異常なまでの圧力を伴い凝視してくる瞳は黄金色に煌めき、頭巾フードの下からは微かに黒髪が見て取れる。


 声色からして……恐らくは少女なのであろう。どこか柔らかな声色に反し、その表情は完全なる()。笑みも嘲りも恐れも不安も一切存在しない空虚な表情でありながら……相貌が齎す圧力のみがただただ強大。


 聞き慣れぬ声、そして異様な雰囲気に、皆の視線が集中する。

 やがて……その場の注目を一手に浴びていることを察したのだろう。彼女は眉を顰めると目線を逸らすも……幾分か威圧的な雰囲気を緩めながら、なお言葉を続ける。



 「あなたは……その少女の『契約者』なのですか?」

 「……契約者? 私? その少女、って……シアのか?」

 「ぴゅい? ぴゅいー」


 小柄な体躯・可愛らしい声に反して、その口調にはどこか違和感が感じられる。見た目は若々しい、ともすれば幼げであるのに……一方で喋り口には若さが微塵も感じられない。

 どこかちぐはぐな印象を与える彼女は……その怪しい光を湛える瞳を人鳥ハルピュイアの少女、シアへと向ける。『魔物』であるシアやキーが当然のように同行しているのが気に喰わない……というわけでは無さそうであり、どうやらその興味はシアと『契約』を交わした長耳族エルフの少女に対しても向けられているようだ。


 「あなたは彼女と……あなたが『シア』と呼ぶこの少女と、『契約』を交わしたというのですか?」

 「そうだが……どうかしたか?」

 「……ヒト共に『魔物』と渾名され虐げられる彼女を、仲間として迎え入れたというのですか?」

 「仲間っていうか……何てぇの? 嫁?」

 「ぴゅっぴ?」


 言葉尻に疑問符を付け加え、二人仲良く首を傾げる空色の主従に対し……少女はその黄金色の瞳を大きく見開く。あまりにもその発言が予想外だったのだろうか、不自然に塗り固められていた無表情は今や崩れ、表情に戸惑いの色が浮かんでいる。


 「彼女は……あなたの()? 伴侶と言ったのですか?」

 「そうだぞ。誰がなんと言おうとシアは……この子は、私の()だ。だよなー?」

 「ぴぴょぴー」



 疑いの眼差しを崩そうともしない少女の目の前で、これ見よがしに愛情を表現する(イチャつく)二人。しかしながら一方の少女は熱烈な(つがい)を凝視しながらも微動だにしない。少々予想外の展開に戸惑うネリーは状況を打破しようと画策するが……ここへ来て眼前の少女について、何一つ情報を持ち合わせていないことに思い至った。

 仕事を共にする間柄だというのに、これはさすがにあんまりだろう。後々の仕事を円滑に行うためにも、彼女の個人情報を入手する必要がある。断じて個人的にお近づきになりたいからではない。その筈である。



 「そういえばお嬢ちゃん…………で、合ってるよな? 名前なんてーんだ? 短い間とはいえツルむ仲だ、名前で呼ばせてほしい」

 「……いやネリーちゃんよ、俺らも何度も聞いてみたんだが……その子(かたく)なに教えてくれ無ぇんだわ。ちょっと厳しいんじゃ」

 「エネク」



 驚愕に目を見開き、直後がっくりと項垂れる狩人三人組には目もくれず……異質な少女は頑なに秘めていた「エネク」という名を明かす。

 ヨーゼフ達の溢した言葉に多少引っ掛かりを覚えたネリーであったが、すぐに意識の外へと追いやることにした。おっさん共の苦楽などどうでもいい。眼前の美少女の一挙手一投足こそ何百倍も重要なのだ。

 希望通りに美少女の名を聞き出せたことに気を良くしたネリーは非常に良い笑顔を浮かべ、うきうきと彼女へ語りかけていた。()()のためにお近づきになろうとしている訳では……きっと無い。……と思う。



 「エネク……か。なんか神々しい響きだな。改めて、私はネリーでこの子がシア。宜しく頼むぜ!」

 「……そうね。わかったわ」




 謎多き少女の名前という重要情報を得られたところで、どうやら休憩は終わりを告げたらしい。ライアの指示によって連絡係が放たれ、移動再開の号令が下される。


 ヨーゼフ達三人は荷馬車に収まり、入れ替わりとして三人(あまり)が周辺警戒に当たる。のっそり目覚めたノートを抱き抱えたネリー、ならびにヴァルター、そして最後の一頭にはエネクが飛び乗る。各々が担当区域に移動する最中、彼女は楽しげな歌声を響かせ飛び立つシアを一瞥すると……ほんの極僅かに口許を綻ばせ、担当位置へと向かっていった。



 気難しい同行者とほんの少しだけ距離が縮まった気がした一行は、これからの『お仕事』が楽しいものになることを願いながら……閑散とした砂礫地帯を進んでいった。


 ちなみにその後もシア(とネリー)の独壇場であった。

気温キおん……あカい…………少々、不快ふカい……えす」


「全くだの、風も通らぬ。……ええい、こうもこもると蒸れて堪らん(がばっ」


(((…………ゴクッ)))

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