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195_勇者と護衛と顔合わせ



 「皆様みなサま、お早うございまス。……おや? どうかなサいました?」

 「お早うございます、ライアさん。気にしないで下さい何も無いです何でも無いです。……だよなネリー(変態)?」

 「…………おう」



 起きぬけに予想通りの一悶着が生じた鉄工都市オーテルの朝。

 何事も無かったかのように宿をチェックアウトし、道中世話になった銀冑騎士二名に別れを告げ、前日買い込んでおいた物資と旅荷物とを馬車に詰め込み、ライアに指定された集合地点へと到着したのが……つい先程。

 既に他の面子はあらかた揃っていたようで、商会主直々に最終確認を買って出てくれた中での……あからさまに不貞腐れた様子の同胞を見咎めての疑問であった。



 魔族相手とはいえ見るも悲惨な性的狼藉セクハラ行為を目の当たりにし、ニドおよびアーシェを巻き込んだ上でヴァルターが下した沙汰が……当面の間『ノートとの同衾の禁止』である。


 当たり前であろう。無抵抗な相手の乳房にむしゃぶりつきよだれを垂らして眠りこけるような()()を、聖域たる我らが天使の褥に侵入させるわけにはいかない。

 ……という理由をいかにもそれっぽく声高に宣言するニドと、無表情ながらこくこくと首肯するアーシェ。両者の圧力によってネリーは抱き枕(ノート)争奪戦からの撤退を余儀なくされ……ネリーは非常にわかりやすく不貞腐れ(ぶーたれ)ながら、嫁たる人鳥ハルピュイアシアを抱きすくめていたのだった。




 「ええ、と……コホン。……では改めまシて。皆様みなサまには主に、道中および作業サぎょう中の護衛をお願い致シます。此方コチラに居られる方々、皆様みなサまが護衛担当……いわば同僚、同業者となりまス」



 てっきり護衛担当は自分達だけだとも思い込んでいたが、どうやら別口からも人工にんくを集めていたらしい。

 まぁそれもそうか、そもそも自分達が居なかったとしても今日出立する予定とのこと。であれば最低限の護衛要員は既に確保していたということか。


 ……あくまで『最低限』は、である。

 自分達を除いた護衛要員は、たった二組四名しか居なかった。これでは休憩を取る余裕も無かっただろう。狩人三人組の男達からは、明らかに安堵の息が零れていた。



 「担当区域や休憩割振り等、皆様みなサま恙無つつがなく調整お願いしまスね。……わたくシ、なにぶん荒事はからっきシでスので」



 総責任者たるライアはそう言い残すと軽く会釈を残し、いそいそと馬車の集団の方へ消えていった。

 本人の言うように、護衛の段取りは当人達にすべて任せるつもりなのだろう。こと戦闘に関する技能がからっきしである以上は、下手に指示まがいの妨害を述べるのは喜ばしくない。その道のプロに判断を委ねようというのは、理に適っていると言えなくも無いだろう。

 ……単純に多忙ゆえ、面倒事を丸投げしただけなのかもしれないが……自分達と他の四名とで護衛を完遂しさえすれば、何の問題も無いのだ。ある意味自由度が高い依頼主なのかもしれない。




 そう……他の四名。狩人風の男性三人組と……特徴的な外套を纏った小柄な人物が一人。

 他者との共同戦線に不安が無いでもないが、かといって他者との関わりを断ち続けられる筈もない。ヴァルター達にとっては正直想定外だったことは否めないが、良い機会でもあるだろう。



 「まァ気楽に行こうぜ。四人ぽっちなら不安だったが……頭数こんだけ居りゃァ余裕だろ。アテにしてるぜ、『勇者サマ』よ」

 「ッ、……ご期待に添うよう、善処します」

 「おっちゃん達……何処かで会ったか?」


 男性三人組のリーダーと思しき中年の男が、歯を見せどこか人懐こい笑みを浮かべながら語り掛けてくる。突如『勇者』の名を呼ばれたヴァルターの顔が僅かに強張るが、一方のネリーは訝しげに問いを返す。

 ネリーの返答に狩人の男は一瞬目を見開くと……次の瞬間、背後の二人共々目に見えて破顔し歓声を上げる。がっしりとした身体は歓喜に打ち震えているようだった。


 「幾らか前に……総動員掛かっただろ。アイナリーの全兵士が出張った廃坑掃討作戦だ」

 「あ……ああ!! おっちゃん参加してくれてたのか!!」

 「応よ! オーテルは俺らの根城だしな! あんな必死に頼み込まれちゃ無下に出来無ぇってモンよ」

 「……思い出しました。地上班西側の指揮を引き受けて頂いた……」

 「ヨーゼフ、ってんだ。……しっかし、覚えて貰えるたぁ思ってなかったぜ」

 「その節は……助かりました。ありがとうございます」



 元々この町を拠点に、狩人として活動していたヨーゼフ達……片手剣と丸盾を持つ前衛二人と、弓矢を持つ後衛一人の三人組。

 鉄鉱石の納品依頼に飽き飽きしていた彼らは、狩人組合に持ち込まれた護衛依頼を見掛け『たまには気分転換に』と受諾してみたものの……いざ出立前日に『面子が自分達含めたったの四人である』と聞き、大層嘆いていたという。


 彼らの嘆きもまぁ……無理も無いだろう。護衛対象となるものは馬車が――工員を乗せたものと資材を載せたものと飲食料品を載せたもの――合計で八台。一列縦隊にしろ二列に並ぶにしろ、本来は四人で守れる規模の荷では無い。


 見晴らしの良い砂礫の裾野は、確かに襲撃者を発見し易い。また障害となり得る魔物を遠目に発見できれば、回避するルートを選択することも不可能ではない。

 それらの手段をフル活用し、よしんば襲撃を未然に防げたとしても……徹頭徹尾目を凝らして見張り続けなければならず、それでは休憩する余裕など無かっただろう。



 「コッチこそ、だ。礼には及ばねェよ。ソッチの可愛カワちゃん達だって愛玩用じゃ無ェんだろ?」

 「呵々々々(かかかか)! 愛玩用でもあるがな、アテにして呉れて構わんぞ!」

 「んい! わたし、かまわん、あいがんよ! あいがん」

 「戦力!! 戦力として充分見込める子達です!! ご迷惑はお掛けしません!!」

 「お……おう」



 言葉の意味を知って囃し立てる少女と、意味も知らずに囃し立てる幼女。自己主張の激しい二人を押し止めるように声を張り上げ、ヴァルターは強引にその場を収める。

 突然の『勇者』の剣幕に若干引き気味の狩人ヨーゼフであったが、そもそもが他所よそのパーティーの事情である。深入りされるのは好まないのだろうとアタリを付けたのだろう、深く追求せずにいてくれた。





 「まァ気楽に行こうぜ。……ソッチの坊主ボウズもだ! 宜しく頼むぞ!」



 顔合わせをそろそろ切り上げようと、ヨーゼフは声を上げる。彼らとヴァルター達とを除いた、最後の同業者……赤橙色の特徴的な外套を纏った小柄な人物へと、一同の視線が自然と集まる。


 ……しかしながら、件の人物は軽く会釈を返すのみ。目深に被ったフードの奥、陽光のように煌めく鋭い瞳で一瞥すると……言葉を発することもなく馬車列のほうへと去っていってしまった。



 「……あの子は?」

 「…………解らん。失語症って訳じゃ無ェんだろうが……ロクに喋ってんのを見たことが無ェ。意思の疎通は問題無さそうなんだがな」

 「男の子か女の子か……気になるなぁ。可愛い子だと良いなぁ、匂い嗅いでみるか」

 「めろ変態ネリー。…………まぁ、道中少しずつ打ち解けりゃ良いさ。ウチの馬車を休憩用に提供しよう。移動しながらでも休めれば、少しは楽だろ…………でしょう」

 「おお! そりゃ良いな、助かる! ……無理に敬語使わんでも良いぞ? むしろタメ口の方が気が楽だ」

 「…………恐れ入ります。……気を抜くとすぐ地が出るんだよな」



 外套姿の人物こそ全容が窺い知れないものの……親しみやすそうな同僚との顔合わせも済ませ、ライアの号令のもとヴァルター達はいよいよ出発準備に取り掛かる。


 前日に引き続き、人蜘蛛アルケニーのキーが牽く幌馬車を移動拠点として用いる算段であり、必要な物資も既に積み込み済だ。

 肝心の任務のほうも、順次休憩を取りながらのローテーションで索敵を行えば何も問題は無いだろう。何しろこちらには規格外の探査能力を誇るノートの能動探知ソナーがあるのだ。これだけ揃えば……そうとも、何も心配要らない。



 未だ見ぬ源泉と温泉、更には湯治と癒しを求め……ゆるやかな雰囲気の中での護衛任務が、こうして幕を開けた。




 この『温泉』の秘密を一行が知ることになるのは……この数日後のことだった。

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