193_勇者と少女と感謝と決意
ネリーの同族、はぐれ長耳族の商会主ライアの力添えもあり、今夜の宿と当面の目標も定まったヴァルター達一行。
しかしながら翌日以降の予定が固まりつつあるため、別件をなるべく早めに済ませてしまおうと、嵩張る荷物を下ろすとオーテル市街へ繰り出していった。
鉄工都市オーテルでの別件……つまりは、装備品の新調。
絶大な戦闘技能を誇るが非常に脚癖の悪い少女二人、ノートとニド。彼女らの脚防具を身繕うべく、受注生産を受けてくれる甲冑師を探す必要が有ったのだ。
「すみません、こんな事まで……」
「いえ、御気になさらず。私の個人的な我儘でもあります故」
「呵々! 中々に好い男だの。感謝するぞ」
「あ、ありがと……ごばます」
お客様であるノートとニドに、保護者であるヴァルター、加えて幸いなことに土地勘があるという近衛騎士を案内に付け、四人は高級宿を後にした。
異様に目立つ反面市街地に興味が無さそうな蟲魔の二名(?)と、未だ体力に自信が無く疲労の色濃い夢魔一名、人蜘蛛の身体に興味津々な色魔一名ならびにその眷属一名(?)とお目付け役の近衛騎士一名……以上の六名(?)は宿にて待機の流れである。
わざわざ案内を買って出てくれた近衛騎士以外、ノートやニドはおろかヴァルターでさえも、オーテルの町中は見慣れぬ様子。きっちりと線引きがされた大小の通りや熱煙を吐き出す路地裏の煙突を物珍しげに眺めながら、引率役の後に続き甲冑師目指して進んでいった。
「…………こんな小っちぇえ嬢ちゃんの鉄靴なんざ初めてだが……確かに市販品は使え無ェわな」
「そうなんだ……なんです。……どうかお願いします」
「……まァこっちは御代さえ貰えんなら文句無ェよ。坊の紹介だしな」
「坊は止めて下さい……」
……持つべきものは、有用なコネである。オーテルにおいてそのことを改めて実感したヴァルターであった。
近衛騎士の彼が幼少期にお世話になっていたという甲冑師の男性、彼が務めている鍛冶場に助力を頼めることになった。魔王出現以降は兵士向けの防具製造で忙しい筈なのだが……着用者たる可愛らしい少女二人を――厳密に言うとたいへん立派な谷間を誇示する少女を――ひと目見るなり、とても良い笑顔で依頼を快諾してくれたのだった。
しかしながら……胸囲はともかくとして、二人の足の寸法は規格外だろう。
採寸から木型の作成から金属材の切り出しから、何から何まで新規で取り組まねばならない。相当手間も費用も時間も掛かると思われたのだが……
「気晴らしの趣味だ。気にすんな。納品用は若手にでも作らせらァ」
「すみません……ありがとうございます」
「御代は此方で。僅かではございますが、姫様より支度金を預かっております故」
「…………本当すみません」
……どうやら何も問題は無さそうだった。
製作期間に関しても、大した問題にはならないだろう。
元より急ぎの用件は無く、王都から大きく距離を取れた以上は捕縛される危険はほぼ無い。事後処理に巻き込まれる可能性は去ったと見て問題無いだろう。自分達の正体――『勇者』とその一行――の露見は元より時間の問題であり……そもそもが今後ずっと身を隠す訳でも無いのだ。ここまで離れればバレたところで何の問題も無い。
加えて。ライアに依頼された『お仕事』のこともあり、少なくとも向こう数日はオーテル近辺に滞在する予定なのだ。今日採寸を済ませてしまえば、あちらの『お仕事』を片付けている間に製作を進めてくれることだろう。
であれば……何も問題は無い。
「おおきさ、はかる……はかる? からだ、みる、わかる」
「ちょちょちょちょ止まれ止まれ!! 脱ぐな!! 足だけだ!!」
「足だけで良いのか? ……ココは……測らんで良いのか?」
「良いに決まってんだろ!! 挑発すんな馬鹿!!」
……問題は無い……ハズだ。
………………………………
一方こちらは留守番組。蟲魔と夢魔と色魔と従者と女王、そして保護監督役の銀冑騎士。以上六名。
ライアの伝手で確保出来た高級宿……裏手の馬舎にて、今後の動向について話し合いの場が設けられていた。
「現状の確認だ。私らは王都から姿を晦まし、ここまで逃げてきた。これはアルカンジェロ陛下ならびにマリーベル姫殿下のご配慮によるもので、お陰で政変に伴う勢力争いやら後始末やらには巻き込まれずに済んだわけだ」
「は……はい」「ぴゅっぴ」
もとは粘土質の土が剥き出しであった馬舎であったが、その地面はいつの間にやら薄ら仄白い被膜に覆われている。人蜘蛛のキーがせかせかと張り巡らせた糸によるものであり、よく見てみれば出入り口を除く周囲の壁にも薄糸の膜が張られている。
そのお陰で地面とは思えぬ柔らかな座り心地であり、また屋外にもかかわらず風は殆ど感じられない。
……ちゃんと取り除けるのかは不明だが、とりあえず居心地が良いのは間違いないだろう。
「ライアのお陰で宿も借りられたし、強行軍の疲れも癒せるだろう。今日一日は休むとして……明日からはお仕事だ。道中と現場の護衛が主になるが、作業員は作業拠点……町の外での野宿らしいからな。メアの能力には期待してるし……キー、あんたにも手伝って欲しい。頼めるか?」
「え……? は。はいっ!」
「き、き、き。手伝い、了承する、します」
「ん……わあしも…………何カ……する……えす。護衛……得意……えすのえ」
「助かる。……ありがとうな」
「きき」「……ん」
キーの体格と馬力(蜘蛛力?)は荷運びに重宝しそうだし、糸を繰るその能力は快適な環境づくりに持って来いだろう。女王アーシェの戦闘能力は……今更語るまでも無い。謁見の間でまざまざと見せつけられた。
どういう因果か――いや、ほぼ間違いなくノート絡みであろうが――積極的に力を貸してくれている蟲魔の二柱。色々と規格外なこの二人が手伝ってくれるのだ、こんなに心強いことは無い。
なので……もうそろそろ良いだろう。
「護衛騎士のお二方は、そんな私らを手助けするために付いて来てくれた。マリーベル殿下の命でな。そのお陰で王都から遠く離れたこの町まで、大した騒ぎも無く逃げ遂せることが出来た」
「……はい。…………ありがとう……ございます」
「私からも。……助かりました、感謝します」
「ぴゅぴぴ!」
「いえ。マリーベル殿下の御下命ですので」
令には及ばないと口頭で示しながらも……目元に刻まれた皺も深い壮年の近衛騎士は、穏やかな表情で軽く一礼する。兜を脱いだその顔には、満更でもなさそうな笑みが浮かんでいた。
マリーベル直々に『お願い』を下される彼は、銀鎧の中でもひときわ信頼が厚い人物なのだろう。肩鎧に描かれる色帯は、彼がそれなりの立場の人物であることを示している。
やはり彼は……いや『彼ら』は、ここでお返しすべきだろう。
「ヴァル……『勇者』ヴァルターとも相談したんだが……したんですが、ここまでで充分です。明日からの『お仕事』は完全に私らの趣味だし、これ以上姫様に甘えるのも申し訳無い。もうお一方にも同じこと告げてるだろうが……王都に戻ってやって下さい」
「……成程。承知しました。いえ何、我らも久方振りに王都の外に出られたもので……つい長居してしまいましてな。しかも最後の夜がこことは……同僚に自慢が出来ましょう」
何度も言うが、ライアの率いる源泉開発計画……これは完全に自分達の趣味、いわば娯楽といえる領域である。
栄えある王家直属の銀冑騎士を巻き込むのは気が引けるし、そもそも彼らの力添えを必要とする場面は既に脱しているのだ。これ以上マリーベル殿下から彼らを取り上げ、あまつさえ娯楽に付き合わせるとあっては……申し訳無いを通り越して不敬に値するだろう。
とりあえず今晩はせっかくの高級宿を堪能して貰い、明日の朝には任を解き、殿下の下へと戻って貰う。ヴァルターとの協議の上、こういう形で纏めさせて貰った。
その一方で、今後は情報の伝播と共に注目されざるを得ないだろうと、自分達は逆に気合を入れ直す。……まぁ別に(あまり)悪いことをしたわけでは無いので堂々としていれば良いだけなのだが、それでもヴァルターが伝え聞いたらしい噂話を思い出し、やっぱり若干気が滅入る。
いったい筋書を書いたのは誰だ、陛下か。勇者が格好良く描かれすぎではないか。……気が重い。
まぁそれでも、もう決めたことだ。そもそも自分達は『勇者』の一行として行動しているのだ、これからはらしく在るように開き直るしか無い。
「重ねて……ですが……本当に助かりました。姫様にもお礼をお伝え下さい」
「そこは御断りさせて頂きます。是が非でもご自分の口からお伝え下され。姫様も喜ばれましょう」
「…………そうだ……そうですね。……ええ、そう遠くないうちに」
朗らかに笑う騎士の思ってもみなかった返答に、ネリーも思わず笑みを返す。
以前とは異なり、今度の国王陛下アルカンジェロは自分達に協力的である。こちらと王都がある程度落ち着いたら……アルカンジェロ陛下の下になら、顔を出しても良い気がする。
ともあれ、謁見はまだまだ先のことだろう。
とりあえずは今晩と、明日以降の『お仕事』に専念しよう。
王都での決戦を乗り越え、引率の銀冑騎士に礼を告げ。
心機一転、新生『勇者』とその仲間達の旅が、再び始まろうとしていた。




