表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/262

18_噂と耳と不穏な報せ

 人々の喧騒の中を、一つの人影が駆け抜けていた。

 先程この街に到着したばかりの身にとって、土地勘に乏しい場所を全力で駆け回るのは避けたいところだった。……のだが。


 先程から耳に入ってくる情報を聞いては、そうも言ってられなさそうだ。



 「…………あンの! 馬鹿勇者!!」


 何が宿の手配を頼む、だ。ふらっと行方眩ましたと思ったら早速問題引き起こしやがって。一刻も早く現場に駆けつけ、勇者の首根っこを引っ掴んでお説教してやらねばならない。

 フードを目深に被った顔を苦々しげに歪め、その人影はアイナリーの街を駆ける。






 街に着くなりどこか遠くを見つめ、思い詰めた顔でさっさと歩き去ってしまった勇者。……まぁあの手の発作はよくあることなので最早慣れてしまったが。

 細かな雑事を全部丸投げされるのはいつものこと。アイツが実働要員なら自分は裏方要員、適材適所だ。

 とりあえずの拠点とする宿を探さねばと街を歩くこと、暫し。条件に適した宿を見つけて荷物を下ろし、やっと一段落。一人でいるうちに羽を伸ばそう、勇者の財布で買い食いでも決め込もうと、宿を出たときのことだった。



 ……自分の『連れ』に関して、とある気になる話題を拾った。



 「なぁ……なんか『勇者様』が詰所襲ったらしいぞ……」

 「は? 『勇者様』? へぇー来てたんだ……って何でまた兵隊さんを…?」

 「わからんが……いきなり襲撃するって相当なことだろ………?」

 「…詰所って、天使ちゃん絡みか? 自分よりも人気だから許せないとか」

 「ハハハまさか。……だが押し入ったのは確からしいし……」



 不安げに話し込む街人を尻目に、兵員詰所目指して駆け出す。


 ……もはや嫌な予感しかしなかった。



 「あの野郎……! 他人に面倒押し付けたと思ったら! テメェはまーた面倒作りやがって…!」


 吐き捨てながら人波を器用に掻き分け、兵員詰所を目指す。場所は解る。南門から北西方向に見えた、高い物見(やぐら)。あの楼の根本あたり一帯が兵員詰所だ。現在地は街の東側。このあたりは建物がひしめき見通しが悪いが……とりあえず西方向へ向かっていけば見えてくる筈。


 記憶力と空間把握能力……脳内地図(マッピング)には自信がある。でなければあの馬鹿の引率など務まりはしない。アイツの保護者役は慣れたと思っていたが、ここまで問題児だとは思いもしなかった。職務意識に忠実なのはご立派だが、その他のことにも少しは目を向けてほしい。いっつも面倒を被るのは自分なのだ。


 声には出さずに散々愚痴りながら、角を曲がり、階段を上り、橋を渡り、また角を曲がり、……やっと見えた。物見楼とその周囲をぐるりと囲む、やや高めの壁。目的地だ。




 ……と。そのとき。




 腹の底に響くような音とともに地面が微かに揺れ、視線の先…兵員詰所敷地内で、派手に砂塵が上がった。



 「はあああ!!?」


 一体何をやらかしたあの馬鹿は!

 一刻も早く駆けつけようにも詰所の入口が見当たらない。こことは別の路地だったのか。とはいえ回り込んで探す手間が惜しい。これ以上状況が悪化する前にあの馬鹿(ゆうしゃ)を引っ捕らえることが先決だ。

 ……詫びは後で、アイツに入れさせればいい。



 「瞬間強化(マーダー)有れ(イル)


 身体の内を魔力が廻るのを感じ、地面を蹴る。そのまま壁を、続いて壁を、更に壁を蹴り、庇を掴んで身体を振り上げ、家屋の屋根上へと跳ね登る。

 ここまで上がれば詰所の塀など、ものの一足で飛び越せる。


 「待ってろ……『勇者(あのバカ)』…!」


 人知れず塀を飛び越し、混乱の最中にある兵員詰所へと人影は飛び込んだ。









 「………待てよ。なんだこの状況」



 塀の中、兵員詰所内の広い空間。恐らくは鍛練に用いられる場所なのであろう。元は平らだったであろう、土が剥き出しの広い空間は今やあちこちが陥没しており、

 ……それらのほぼ中央には探していた人物『勇者』が、仰向けに寝転がっていた。


 いや、それはいい。アイツがどこで昼寝しようと知ったことではない。問題なのはその上だ。

 ひときわ目を引く真っ白な、手足の華奢さや長い髪から未だ幼い少女であろう人影が、勇者の胸元に座り込み……顔を手で覆い泣きじゃくっていたのだ。




 「………………へぇ?」


 状況は理解した。とりあえず魔力を練る。狙い澄まし、研ぎ澄まし、馴染んだ魔力を地面(・・)へ流し込む。


 と。勇者が勘付いたように跳ね起きた直後。ちょうど勇者の頭があった辺りの地面が、鋭く隆起する。

 それをすんでのところで避け、迅速かつ幼女に負担を掛けないよう器用に飛び起き、飛びすさる。泣いていた幼女をこれまた器用にそのまま胸へと抱き留め、……目を見開いてこちらを見た。


 ……避けられた。相変わらずカンの鋭い奴だ。




 「……随分なご挨拶だな、ネリー」

 「そちらも。随分な御身分で。『勇者様』」


 自分の仕出かしたことに心当たりがあるのか、目を逸らす『勇者様』。…本当、一体こいつは何をしていたのか。


 「結構な御身分でございますね『勇者様』。面倒な仕事は付き人に丸投げ、ご自身は白昼堂々年端もいかぬ少女に狼藉ですか『勇者様』。陛下のお耳に入られればさぞお嘆きになられましょう、どうぞご覚悟を『勇者様』」

 「ちが、違うんだ! これは!」

 「ほーお? 是非とも詳しくお聞かせ頂きたいものですね、『勇者様』」



 更に追求しようとする声に被せるように、横合いから別の声が掛けられた。


 「………とりあえず、彼女を下ろしてあげてくれ。もう大丈夫だろう」


 突如響いた落ち着き払った声。勇者様は慌てて、しかしながら丁寧に胸中の少女を下ろす。……すると彼女はその場にへたりこんでしまった。

 悲壮な声を上げ、彼女に駆け寄る女性兵士。あの子のことは気になるが、彼女らに任せた方が得策だろう。


 聞き覚えのある声の響いた方に目を向け、……やはりというか見知った顔を見つけて、ほっとする。思いもよらぬ場所での再会となったが、彼ならばこの混沌が何なのか説明してくれるだろう。


 「……御無沙汰してます、ディエゴ先生」

 「久しいな、空色の。よもや此のような場での再会とは。……なるほど、君が『あれ』の保護者か?」

 「…………はい。ご迷惑をお掛けしたようで」

 「構わぬよ。元はといえば……碌に顔も出さぬ私に非があろう。無理もない」


 くっくっと楽しそうに笑う先生。

 ……勇者は、「先生」の顔を知らなかった。その事実から、大体何が起こったのか理解した。




 「…………オイ勇者。そこ座れ」

 「……はい」


 大人しく膝をたたみ、地面に正座する『勇者様』。……自分に罪の意識があるのはご立派だが、ならばもう少し落ち着いて行動しろと。


 「お前は一体何をした。何故、あの幼女を泣かせた?」

 「…………怯え、警戒した彼女に……不用意に身構えてしまいまして」

 「何故、怯えさせた?」

 「……………彼女の、部屋に、……押し入りました」

 「何故、押し入った?」

 「…………………異様に強い魔力を…見つけ」


 横合いから襲い掛かった脚が勇者の横っ面を捉え、そのまま振り抜かれる脚とともに勇者が吹き飛んだ。


 砂埃を上げながら地面を転がる勇者。……唐突な事態に、先生を除く観覧者全員が唖然としていた。



 「何か、弁解はあるか?」

 「……ありません」




 勢いよく蹴り抜いた勢いで、被っていたフードが落ちる。眩しい陽光が直接目に届き、思わず顔をしかめる。

 私の顔を、髪を、そして耳を見て、周囲が息を呑むのが聞こえる。……まあ慣れたことだ。街中じゃ珍しいからな。


 そのまま勇者の被害者…白い少女の方へと向き直り、歩を進めると……彼女を抱き抱えた女性兵士と視線がぶつかる。


 それは、警戒と不信……そして、困惑。


 ……まあ、それはそうだろう。

 彼女らに気付かれぬように、そっと溜め息をこぼす。……仕方ない。これも付き人の立派な御仕事だ。





 深呼吸し、もう一度深く息を吸い、




 「大変! 申し訳無い!!」


 頭を下げる。がっつり。直角に。


 「ウチの馬鹿が!! とんだ迷惑を掛けた!! 許せとは言わない!! どうか罵ってやってくれ!!」

 「は……はぁ………」

 「あの馬鹿にはキッチリとオトシマエつけさせっから!! 何でも言い付けてやれ!! 出来そうな事なら何でもさせっから!!」

 「えぇ…………ええっと……とりあえず…顔を上げてください……」

 「すまん!! 本当に!!」


 一通り詫びの言葉を述べ、顔を上げると………こちらの大声に驚いたのか、件の白い少女と目が合った。



 先程まで泣きじゃくっていたせいか、元は真っ白であっただろう肌は目に見えて朱に染まり……涙の雫で輝きの増した瞳は驚きで真ん丸に見開かれ、ぱち、ぱちと瞬いている。




 ……正直、見惚れた。



 この世のものとは思えない……人族の括りの外にいる自分ですら今までお目に掛かったことのない――同性である自分すら思わず惚れ惚れしてしまうような――幼いながらに完成された……美貌。

 その顔が、じーっとこちらを見つめているのだ。……心が平静で居られるはずもない。



 「……えっと…………どうした?」

 「んい……んいい……、……………える、ふ…?」

 「お、おう。………珍しいか?」



 ――長耳族(エルフ)


 その名の通り長い耳と淡い色の髪、同じく淡い色の瞳の他は、人族とよく似た姿形を持つ、私達の種族。

 好奇の視線に晒されたことは数あれど……これ程までに緊張したのはいつ以来だろうか。


 「えるふ……んうう………えるふ…」

 「お……おう。エルフだぞ。こんにちはー?」


 透き通った瞳に真正面から見つめられるだけで、思わず胸が高鳴る。……それなのに。



 「えるふ……んひひ、えぅーす、えるふ」



 やばい。これは、やばい。

 目を弓に、ほんのりとはにかむような…庇護欲をそそられる笑みを見せられては………元よりそっちのケのある自分にとって正直我慢の限界だった。


 ……ついに誘惑に負け、震えながらも手を伸ばす。彼女は未だ、こちらの顔を珍しそうに見つめ、笑みを浮かべたまま。……警戒している様子はない。


 (……これは……! イケる……!!)


 緊張感と興奮とで震える手が……ついに少女の頭へと届く。頭に触れられたにも関わらず、少女に嫌がる素振りは見られない。そのままおっかなびっくり手を動かし……頭を撫でると……



 なんと目を細め……

 気持ち良さそうな吐息を漏らし始めた。



 「あっ、これヤバい」

 「わかります」


 思わず漏れ出た言葉に、少女を抱える女性兵士が応えた。そのまま視線を交わし、互いに頷く。

 そのまましばし、少女の絹糸のような髪の感触を堪能する。

 それを嫌がるどころか、安心したように弛緩する少女。



 「頼む。勇者やるからこの子くれ」

 「絶対に嫌です」

 「ちくしょう!!」


 即答された。







………………………





 「名乗るのが遅くなって、大変失礼した。この勇者様(バカ)の付人を任されている、ネリーという。……まあ見てのように、長耳族(エルフ)だ。はぐれ(・・・)のな」


 可愛らしく尖った長い耳を小刻みに揺らし、目の前の少女が名乗る。

 明るく淡い空色の髪と、同色の瞳。その明るく鮮やかな色彩は、確かに人族ではあり得ないもの。

 エルフの殆どは集落に籠り、非常にゆったりとした生活を送るというが……目の前の少女を目にし、その固定観念は軽々と覆えった。


 「先日の公布からこちら、道中度々暴走に付き合ってきたんだがな……ここまではた迷惑なのは初めてだった。……言い訳にすらなってないが、重ね重ね詫びさせてくれ。すまなかった」

 「………申し訳、ありません」


 深々と頭を下げる二人……『勇者』ご一行。年齢は勇者殿のほうが上に見えるが、両者のやりとりを見るに、その限りではないのかもしれない。



 所変わって、ここは兵員詰所内の会議室。あの後続々と集まってきた住民の方々から逃げるため……もとい、詳しい話を伺うために、室内へと場所を移したのだった。


 「……まあ。幸いにして大した被害も無かったのだ。勇者殿の良い薬となったのであれば、それで良いのでは?」

 「…………そうですね。お姫ちゃんは寝込んじゃいましたが。被害が無くて良かったですね。お姫ちゃんは寝込んじゃいましたが」



 これでもかと含ませた棘に、顔を逸らす三人。









 あのあと、体力を消耗しきったのかお姫(ノート)ちゃんはぐったりとしながらも魔法使い殿……ディエゴを睨み付け、



 「………きらい」


 一言、呟いた。



 あまり表情には出さなかったものの、明らかに傷付き……落胆して見えた彼。


 曰く、医務室からノートちゃんが駆け出したときから……彼女に可能な限りの阻害魔法(デバフ)を掛けていた、とのことだった。



 いくら被害を減らすためだと言われても、理屈では正しいと解っていても……先日の傷付き倒れ付した彼女の姿が脳裏に蘇り、とても穏やかでは居られなかった。

 『効果があったとは思えないが…』などと苦笑していたが、知ったことではない。可愛い我らがお姫ちゃんに手を上げたこと自体が既に罪深い。大人げないったらありゃしない。





 「いや冗談だろ……先生の阻害魔法(デバフ)背負ってヴァルとタメ張ったのかよ…………嘘だろ……」

 「……いや無理………あれは本気でやり合ったら負ける」


 ドン引きしている勇者様ご一行。

 私が練兵場に辿り着いたときには既に事態は終息に向かっており、私自身は彼女の暴れっぷりは見ていない。お姫ちゃんがそんなに強かったなんて(にわか)には信じられないが……リカルド隊長の表情を伺うに、恐らくはその通りなのかもしれない。



 「あー………その、凹んでるとこ悪いんだがな、勇者様……」


 物凄く、物凄く複雑な表情とともに、突如入室してきたギムレット隊長。……何かあったのだろうか。ものすごく、ものすごく複雑な顔だ。


 「残念ながら更に悪いお知らせだ。………言いにくいんだが…その……『天使ちゃん』に喧嘩を売った、って噂が広まっててな」


 ……なんとなく、事情が予測できてしまった。言われてみれば外が明らかに騒々しい。

 ふと周囲を見渡すと、皆一様に引きつった表情を浮かべていた。……何が起こっているのかを察したのだろう。




 そしてその一同の予感は……どうやら正解であったらしい。



 「『勇者様』を出せ、ってな……(天使ちゃん)(ファンクラブ)の方々が押し掛けてる。ヤベェぞこれ。どうすんだ」



 その場の皆が、頭を抱えた。


【勇者ご一行(パーティー)

対魔王の御旗、『勇者』を筆頭とした、少数精鋭の集団。

僧侶とか魔法使いとか遊び人とかのソレ。

基本的に勇者の不得手をカバーする人材で固められ、大抵の場合において四人で編成されることが多い。

某酒場や某集会場があれば早かったのだろうが、生憎とそんな気の利いたものは存在しない。

そのため目当ての人数を揃えるには、地道に探すか縁故を頼るしかない。


ちなみにヴァルター組は現在2名編成。

少々心もとない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ