191_勇者と蟲魔と鉄工都市
お久しぶりです。御無沙汰しております。
性懲りも無く続きます。今しばらくお付き合い下さい。
「のうヴァルターや。もしかしてなんだが……この辺りは火山が近いのか?」
切っ掛けは……鉄工都市オーテルを間近に臨む草原の野営地にて、ニドがぽつりと溢したその一言だった。
陽も落ちて暗闇に包まれる野営地では、そう遠くない距離に人工的な明かりの群れが見て取れる。
常夜灯の類が普及しきっているわけでは無いのだが、町じゅう至るところに興される炉の明かりは、陽の沈んだ夜にあっても町の輪郭をぼんやりと照らし出している。
「火山? ……あぁ、そういえばオーテルの西にあるな。『パトローネ火山』つったっけ」
「そこの地熱だかと鉄工炉で滅茶苦茶暑ぃんだよな、あのへん。まぁそのお陰でいい武具が作れるらしいけどよ」
「にとー、にとー……すごい。かざん、わかった、なんで?」
「いや何、微かだが……奇妙な香を感じてな」
「んおおー……すごい」
地下深くに高温の溶岩を湛え、一年を通して気温が高く、山頂付近では火山性の有毒ガスの噴出も見られるという……パトローネ活火山。噴煙や炎を噴き上げるような噴火活動こそ見られぬものの、その火山活動は今なお活発。
そんな火山から一昼夜ほどの距離を隔てた『オーテル』は、その地熱の恵みと大山脈より流れ出る流水を積極的に活用した……リーベルタ王国じゅうの鉄製品を一手に担う、一大製鉄拠点である。
太古の火山活動の影響なのか、はたまた偶然の産物なのか……比較的近くに良質な鉄鉱床を備えるこの都市は、東の交易都市アイナリーに次ぐ商業拠点でもあった。
「オーテルかぁ…………なぁヴァル、ぶっちゃけ私らって『お咎め無し』なんだよな?」
「そうだな。コソコソしてたのの主な理由は、面倒な政治的アレコレから逃げるためだ。……王都から結構離れたからな、もう出歩いても大丈夫なんじゃないか? 最悪振りきって逃げればいい」
「話が早いな相棒。つまり寄っても大丈夫ってことだな?」
「…………ノート達に防具を見繕うのも……まぁ悪くは無いな」
「なら寄ろう! 折角だし数日滞在しよう! オーテルに!」
「……………………羽目外すなよ?」
「ヨッシャァァ!!!」
突如として大声を張り上げる相方……少々奇特な性的趣向を持った長耳族の少女を、心底冷めきった目で見やるヴァルター。
呆れを隠そうともせずに溜め息を吐きながら……予定の変更を告げに、王家近衛騎士達のもとへと足を運んだ。
鉄工都市オーテルが、リーベルタ王国でも屈指の商業拠点とされる理由。
普段は(比較的)冷静な相棒が、ここまで欲求を露にする理由。
それは……鉄工都市オーテルの持つ『もう一つの顔』によるもの。
オーテルは金属製品の生産拠点であると同時に……随所に引かれた温泉で旅人の疲れを癒す、大陸有数の湯治場でもあった。
………………………………
……翌朝。
天幕やら野営道具やらを片付け、意気揚々とオーテルへと向かう一向。近衛騎士二名とヴァルター達五名と……人外、三名。
人鳥と人蜘蛛、おまけに四本腕の異形の幼女。
鉄工都市オーテルの関所門にて当然のように引き止められた一行は……『まぁそうですよね』と一様に顔に出しながら、兵員詰所へと連行されていた。
「……では…………が………に……? ……本当……勇…………ですか?」
「その………無い。彼ら………陛下…………。責…………ない」
「そ………で………なら…………我々……です」
「問題無い。………にて…………ば、これ……陛下の…………である」
「はっ。我々……、誠心………で……ます」
隣室にてオーテルの守衛兵士と親衛隊騎士が何やら話を詰めている間、怪しさ満点のヴァルター達約八名は、この部屋で待機するよう言い付けられていた。
恐らく……初めて見たのだろう。あからさまに青ざめた表情の兵士達の視線が注がれる中。
軍馬程の体躯を誇る人蜘蛛と、その背に腰掛けぴゅいぴゅい囀っている人鳥……普通であれば精鋭の討伐部隊が差し向けられる魔物たちが、大人しく沙汰を待ち受けている。
「騎士様……居てくれて良かったな……」
「……次殿下に会ったら……お礼言わないとな」
「何なら抱いてやれよヴァル。姫様喜ぶぞ?」
「お前ネリーお前さすがに不敬だぞ……冗談にしても趣味が悪い」
「…………あぁ、悪かったよ、オーケー今の無し。…………全くこの……童○。朴念仁。鈍感。草食系」
相方の耳に入らぬように、ぼそぼそと溢された苦言。
他でもない姫殿下の想いに応えない相方をこっそりと口汚く罵りながら、ネリーは『どうしたもんか』と思いを巡らせていった。
無駄に感覚の鋭いノートとニドが、耳敏くも聞いていたことには……残念ながら、気付くことは無かった。
………………………………
オーテルの町は『鉄工都市』の呼び名に恥じぬ、重厚な佇まいであった。市街地の広さ自体はアイナリーの半分ほど、規模や密度で言えば『街』というよりかは『町』と呼んだ方がしっくり来るであろう。
町のつくりとしては、比較的単純にして明快。役所を始めとする行政機関を中央に据えた上で、町に出入りする商人や旅行客に関わりのある――宿屋や飲食店、ちょっとした装身具を扱う店や保存食や道具等を扱う店など――それら施設は東側、鉄工製品を製造する製鉄所や大小様々な工房が軒を連ねるのが西側。
勿論例外もあるが、大雑把なイメージとしてはこれで問題無い。
大量の原料と大量の製品を輸送する都合上、主要道路は大型馬車が優にすれ違える幅を備え、また急な曲がり角や曲路も少ない。道路と道路の交点や止むを得ず曲がらなければならない箇所は、ちょっとした広場程の広さが確保されていた。
その一方で。ひとたび路地裏へと足を踏み入れると……広々とした大通りの印象とはうって代わり、必要に応じて都度都度増築されたらしい建屋や資材棚など、乱雑かつ複雑な印象を受ける。曲がりくねり見通しも悪い裏通りはひたすらに迷いやすく、地元の人々以外はあまり利用しようとしない。
来訪者向け区画と、職人向け区画。
鉄鋼製品の製造と、温泉による湯治。
真っ直ぐ広い大通りと、狭く複雑な裏通り。
全く異なる二つの要素が混沌と混じり合うのではなく、すっきりはっきりと住み分けられている。
それがこの『鉄工都市オーテル』であった。
そんな幅広の大通りをんびりと……二騎の騎士に守られるように進む、一台の異様な馬車。
少なくない人々で賑わうオーテルの大通りは……その馬車を見詰めて口をあんぐり開く人々で埋め尽くされていた。
馬車自体はごくごく普通。むしろ小さく、どちらかというと貧相な部類の幌馬車であったが……それを牽く者が問題であった。
それは……前方を守るように進む騎馬と同じくらいの体躯。しかしながら四本脚の馬とは異なり、なんと八本脚の蜘蛛。
しかもその蜘蛛の上に(騎乗しているのではなく)載っているのは……幼げではありながらも大変整った容姿の、少女の上半身。
貫頭衣状の布で上半身を一応隠してはいるものの……その特徴的極まりない容姿は、見た者にひとつの名を思い浮かばせるには、充分だった。
その名は……『人蜘蛛』。半人半蟲、謎多き魔族の唯一個体である。
「き、き、き、視線。人々。わたし、感知、多くする。あります」
「物珍しいからな。……悪い、我慢してくれ」
「きき、我慢。了解します。問題無い、しました」
「……助かるよ」
御者台に腰掛け、引馬ならぬ引蜘蛛へと声を掛けるのは『勇者』ヴァルター。早馬によって届けられていた『王都襲撃』の顛末はここでも健在らしく、あからさまな『魔族』の出現に際しても、住民達に恐怖や混乱は見受けられない。
それに……人蜘蛛が身に付けているのは、リーベルタ王家の紋章が刻まれた長布。本来『魔王』に従うべき魔族が人族の御旗を纏っているとあって、その光景をどこか興奮げに眺める者さえも居た。
加えて、馬車の先を行くのは王家近衛隊の騎士が二人。それぞれが騎乗する馬こそ生粋の軍馬では無いが、白銀に金の差し色が煌めく鎧は紛れもない近衛の証。
それらの視覚情報によって……『この人蜘蛛は勇者ヴァルターが従えており、その存在はリーベルタ王国王家の御墨付きである』という言葉なき布告が完成する。
これ程までに衝撃的な話題は瞬く間に伝播していき、ゆくゆくはキーやアーシェが『そういうものだ』と町を闊歩する日が訪れることだろう。
……隣の交易都市アイナリーにて、可愛らしい人鳥の少女が人々に受け入れられたように。
奇妙な縁で行動を共にすることとなった蟲魔達であったが……この数日、幾度か危機を救ってくれた彼女達は、既にヴァルターにとって無視出来ぬ存在となっていた。
「き。き。き。……人々、学ぶ。します。決意、わたし、しました」
「ゆっくりでいい。……のんびりで」
「きき。……のんびりで。き。解りました、します」
人々に害を為す素振りを見せようともせず、勇者の軍門に下り意思の疎通を行う、ひときわ奇妙な魔族。
彼女の牽く馬車は多くの人々に見守られながら……活気溢れるオーテルの町中を進んでいった。




