188_王と仇敵と久遠の悪意
あと二話でボス戦おわります。
ほんとです。しんじて。
こんな筈では無かった。
純白の少女の身体を奪った、前時代の『勇者百九十一番』は……幾度目か解らぬ白い砲火を凌ぎながら、憎々しげに顔を歪める。
身体強化を施さねば振り切れぬ『拡散追尾』の光条、強いられる魔力消費と被弾時の防御によって残存魔力は目減りする一方。
このままでは、いずれ自分は敗北するだろう。
あろうことか……つい先日まで自らが支配していた身体、『新たな身体』を手に入れたことで使い捨てた筈の男によって。
途中までは上手く運んでいた筈だった。
以前より動向を窺っていた素材が実用に足る性能であるとの確証を得、いよいよ手に入れるために邪魔な『勇者』との分断工作を行った。
守りの薄くなった素材が王都入りしたのを幸いと、『蟲遣い』に命じ王都各所で騒動を誘発させた。兵員共を引っ掻き回すとともに護衛を引き剥がし、虎の子の特殊部隊を送り込み素材を確保……その後は研究室に回して加工を施し、後は『乗り換えるだけ』という段階にまで至った処で……よりにもよって遠方へ飛ばした筈の『勇者』の手で、大切な新たな身体を奪い去られてしまった。
しかしながら……間抜けにもおまけに釣られ、仲良く戻って来た『勇者』共。ついでに試みようとしていた実験は阻止されるも……こうして無事に乗り換えることには成功した。
新たなる身体さえ手に入れてしまえば……あとは簡単だ。
まず実力で劣る上に、そうで無くともこの身体を殺せぬであろう、鬱陶しい邪魔者……試運転ついでにそいつを殺し、前の身体諸共地底へ叩き落とした宮廷魔導師が死ねば、目的はほぼ達せられたも同然。
邪魔する者など何も存在し得ない、下らない世界で……ゆっくりと『月』を墜とせばいい。
……その、筈だった。
この身体を単なる肉人形に加工し『人格』を封印するため――また万が一の覚醒に備え抵抗や脱走の危険を排除するため――意識を堕とすことに加えて魔力の生成を阻害するとともに、下肢の運動信号を遮断する措置を取った。
確かにこの身体は魔力の生成効率も桁違いであり、それを棄てることは勿体無くもないのだが……自分とて人族には在り得ぬ程の長きに渡り生存している。
意識体と成り果てた今となっても……魔力を生み出し、操る術は十全に心得ている。
新たなる身体に求めていたのは、あくまで道具としての性能。自身が蓄えた魔力を効率良く運用し、計画に最適化された魔力を外界へと作用させ……現象を引き起こすための手段に過ぎない。
障害の排除さえ完了すれば、自身の生み出す魔力のみで『計画』は完遂出来る……筈だった。
その筈だった。事態は上手く運んでいた。
……上手く行く筈だったのに。
………………………………………
「おのれ……! おのれおのれおのれ!!」
怨嗟の声を撒き散らし、百九十一番は檀上の男を睨み付ける。
先程から微塵もその場を動かず、白の儀杖による制圧射撃を続ける男……百九十一番がつい先日まで我が物としていた身体、現リーベルタ王国国王。
地底の廃棄物処理坑に叩き落とし、追って来た邪魔者共々葬り去った筈の男が、白の儀杖を持ち出し立ち塞がるなど……想定外も甚だしい。
想定外と言えば……何よりもあのふざけた巨人。
そもそも奴の邪魔立てさえ無ければ、現勇者の処分は終わっていた筈だ。ここまで魔力を消耗することも無かったであろうし、棄てた身体にここまで虚仮にされることも無かったのだ。
……忌々しい。腹立たしい。苛立たしい。
王国中枢に潜り込み、少しずつ準備を推し進め、国王アルフィオを支配し、計画を実行に移す鍵を手に入れ……やっとここまで漕ぎ着けたというのに。
最後の最後で邪魔が入るとは。どこの馬の骨とも知れぬ木偶の坊に、やっと漕ぎ着けた長年の計画が阻まれるとは。
全てが、ただただ、憎たらしい。
「貴様、ッ……だけは!! 殺す!!」
「此方の台詞だ、亡霊が」
対する国王アルフィオも、眼前に相対する敵を許すことなど出来よう筈も無い。
自らの意に反して執り行われる悪辣な所業、まざまざと見せ付けられる唾棄すべき計画に、一時は自棄に陥り命を断つことにも思い至ったが……腹心であるディエゴの諫言により心残りを振り払い、ある目的のために武器を取り立ち上あがった国王アルフィオ。
その眼には最早曇りは無く、その挙動に一切の容赦は無い。
煌々と魔力を迸らせる『白の儀杖』を構え、装填の完了と共に砲撃を敢行する。さながら固定砲台と化したかのように、最速で砲火を放ち続ける。一歩もその場を動いていないのは、単に動く余裕が無いからに過ぎない。
白の魔道具を引っ張り出してきたとはいえ、アルフィオ自身はつい先程まで身体の自由を喪っていたのだ。長きに渡る心労により実年齢よりも老化して見えるアルフィオは、見た目相応に体力をも喪失している。自らの意思で自らの身体を動かすなど年単位で久しい行為であり、身体強化を絡めた高速戦闘など望むべくもない。
だからこそ、遠距離攻撃のみに専念する。攻撃は最大の防御、事実として回避に専念せざるを得ない百九十一番は防戦一方、反撃の好機は一度たりとて手に入れていない。
しかしながら……仮に奴の接近を許せば、アルフィオはひとたまりも無い。回避どころか一歩も動くことが出来ぬまま、まるで抵抗出来ずに殺されるだろう。
百九十一番が攻勢に転じたとき……儀杖による砲撃が途絶えたときが、そのままアルフィオが敗北・死亡する瞬間である。だからといってアルフィオ自身、只で終わる心算は無い。要は自分が力尽きる前に、敵が力尽きれば良いだけのこと。
勝つための仕込みを既に終えたアルフィオは、無様に転がりながら悪態を吐く敵を畳み掛けるために――自らが倒れる前に敵を倒すために――儀杖に新たなる指令を下す。
「『白の儀杖』、追加要求……縛鎖全断、用意」
『警告:消費魔力の増大に伴い使用者に』
「全警告および被害を無視。縛鎖全断、実行」
『了解。出力上昇。全錠解放。縛鎖全断……実行』
後期型の『白の魔道具』に秘められた特殊仕様――携行者の負荷を考慮に入れず最大効率を発揮するための機能――その発現条文が発令され、『白の儀杖』が唸りを上げる。
携行者の魔力を無理矢理吸い上げ、単純な出力の底上げを図る『縛鎖全断』と共に……広域殲滅型魔道具である『白の儀杖』には、更に別の機構が組み込まれている。
「逃げ惑え。『斉射』。『斉射』。『直射』。『斉射』」
「クソがアアアアアア!!!」
携行者が発現可能な魔法を儀杖に記憶させ、短縮条文にて即座に発現させる補助機能。
儀杖に標準採用されている砲撃魔法もその対象であり、携行者の魔力を直接喰らうことで装填によるタイムラグ無しに、立て続けに射掛けることが出来る。
先程よりも圧倒的に短いスパンで放たれる砲撃の雨霰……十六条の追尾光弾と高貫通力の光槍を矢継ぎ早に放たれ、敵は怒気を撒き散らしながら転がり逃げる。
しかしながら圧倒的に増える手数を相手に、その全てを回避しきることは出来ない。光槍の直撃こそ的確に避けているものの、剣や盾で払いきれぬ追尾光弾は全身到る所に着弾し、皮膚の焦げる嫌な臭いと血飛沫が舞う。
身体強化魔法の護りによって深手を追うことが無いとはいえ、身体を焼かれる苦痛は逃れようが無い。また度重なる防御によって百九十一番に残された魔力も急速に目減りして行き、枯渇はもはや時間の問題といえた。
………………………………………………
既に『計画』を全うするという……憎たらしい世界を破壊するという勝機は完全に消え失せ、あまつさえ眼前の棄てた身体にさえ敗北しようとしている。
しかし……たとえ敗北したところで、思念生命体と化した百九十一番は『死ぬ』ということが無い。この身体を奪い返され追い出されることこそ在り得るだろうが、しかしながら意識が消失するわけでは無いのだ。
媒介となる特定の金属『星幽銀』を媒介とし、それに触れたものの意識を追いやり、身体の支配を乗っ取る。乗っ取った新たな身体を操りまた別の標的に近寄り、星幽銀を含んだ装身具を身に付けさせ……また乗り移る。
あまりにも強靭な意識と自我を持つ者に入り込むのは、さすがに一筋縄では行かない。予め入念に意思を砕いておく必要こそあるが……もとより無限ともいえる時間を彷徨う思念生命体である。遣って遣れないことでもない。
この機会を逃すのは――『ノート』と呼称される幼子の身体を奪えなかったのは――確かに痛手ではあった。この身体であれば計画は完遂も同然だったのだが……それでもまたいずれ機会は訪れるだろう。
なにしろ……そのために入念な加工を施していたのだから。
奴等の目につき易く取り除かれ易い首枷に先立ち……見つかることなど無い体内深くへ、真っ先に星幽銀を打ち込んであるのだから。
いずれ魔力が回復し、『ノート』なる少女の意思を砕きさえすれば……いつでも再び乗っ取ることが可能なのだから。
……だから、この場は別に良いのだ。
この場で敗北しようと……いずれ勝利は我が物となるのだから。
だが…………この男だけは許さない。
俺の道具に過ぎなかったモノが……あろうことか俺に抗い、虚仮にするなど。
ここまでの屈辱を味わわされるなど……絶対に生かして置かない。
「瞬間強化、加算付与、瞬間強化……加算付与! 瞬間、強化ッッ!!」
「な……ッ!?」
守りを捨て、その分の余剰魔力を速度強化のみに充てる。残存魔力を一気に注ぎ込み、不安定な『三重展開』を身体の損傷を一切無視して無理やりに発現させる。干上がろうとしていた魔力があっという間に枯れていき、このままではあと数秒で空っぽに成り果てることを本能が告げるが……もう、どうでもいい。最後の魔力を振り絞り引き伸ばされた時間感覚の中、視界を埋め尽くす白光の僅かな間隙を縫うように……脇目も振らず前へと突き進む。
ただ一点、仇敵たるアルフィオを凝視したまま、防御を捨てた身体を白光が抉ることさえも……それにより生じる激痛さえも、加速された思考の下に置き去りに。
前方を塞がんと迫り来る白光の網を抉じ開けるように、左手に提げた盾を投げ放つ。回転しながら飛んで行く盾は殺到する白光にぶち当たり、その体積を大きく減じながらも間隙を作り出す。
小柄な身体を更に小さく纏め、それでも凌ぎ切れない白光が身体を更に小さく切削することも厭わずに……ただ頭部と右手、そしてそこに握る物のみを庇うように、捨て身の突撃を敢行する。
「ッガァァァアアアアアア!!!!」
「くっ…………!」
防御の一切をかなぐり捨て、その代わりに爆発的な速度を得た小さな身体は、白の豪雨にぶち当る白い矢の如き勢いで突き進む。
迎撃に放たれた『斉射』と『直射』……引き伸ばされた感覚の中でアルフィオの口唇を読み取り攻撃を認識し、白の儀杖の中心線上よりほんの僅かだけ身を逸らす。
間髪入れずに飛来する『直射』が左肘から先を消し飛ばすのを認識しながら、直後周囲全方位より降り注ぐ『斉射』の包囲網が完成する前に全力で床を蹴り跳躍する。
ほんの一瞬逃げ遅れた左脚を収束した『斉射』に破砕されながらも、充分な加速を得た小さな身体は一条の光矢となって一直線に突き進む。
白の豪雨を搔い潜り、白の光矢が飛翔する先。
片手と片足、ならびに身体の随所を喪失しながらも守り抜いた『白の剣』は……
「ゴ……かハ、ッ……!」
白の王の胸へと、深々と突き立ち……
赤黒い雫が、溢れ落ちた。
※ネタバレ:ちゃんと治ります(念押し




