187_王と従者と亡霊と悪魔
国王アルフィオの携える『白の儀杖』……濃密な魔力と光を纏うその先端が、少女の身体へと取り憑いた仇敵へと向けられる。
この数年に渡り苦汁を舐め続ける羽目となった、他でもないその元凶。姿無き過去の亡霊を焼き払わんと、白の兵装は律儀にその機能を解放する。
「……陛下、何卒ご自愛を」
「聞けんな」
大昔の人型決戦兵器『勇者』専用の攻撃兵装『白の儀杖』……それは魔術杖の体裁を模倣しながらも、実際の機能としては携行型魔力砲と呼称する方が正しいだろう。
本来であれば外界に作用する効力を持たず、本人の肉体強化で帰結してしまう人族に、強力な魔法攻撃能力を付与するための試作兵装。
身体強化魔法による高速機動戦闘に加え、携行兵装による高火力殲滅戦闘……従来の『勇者』とは異なる戦闘思想の下で開発されたのが、この『白の儀杖』である。
紆余曲折を経て、リーベルタ王国――かつて太古の昔は『勝利の国』と呼ばれることもあった、瓦解した人類連合残党の拠点――その武器庫へと収蔵された『白の儀杖』。
その機能は……千数百年の時を経て尚、健在であった。
「『白の儀杖』火器管制人格励起。砲撃用意」
『了解。流量安定。視覚同調。標的捕捉。圧力正常。……撃てます』
「『拡散』三十二条……斉射」
『斉射』
標的へと向けられた長大な儀杖、その先端から放射状に三十二条の白光が迸る。
細い光の筋はそれぞれが意思を持つかのように不自然に軌道を捻じ曲げ、四方八方から標的へと襲い掛かる。
「フン」
「ぐ…………!? クソッ!!」
およそ半数を全身に受け、尚平然とする漆黒の大鎧に対し……側面と直上より回り込むように降り注ぐ白光に追い立てられ、百九十一番は転がるように逃げ回る。
追い縋る白光から距離を取りつつ両手の剣盾で打ち払い、白光の全てをなんとか捌ききるも……
『圧力正常。撃てます』
「『拡散』六十四条。斉射」
『斉射』
「おのれ……!!」
先程よりも一本あたりの出力を減じた……しかしながら数を倍加させた白光の群れが、再び大挙して押し寄せる。
幾らかは床面に着弾し小爆発を生じさせるも、生き延び宙に放たれた光条は全方向から同時に迫り、再びの逃走が始まる。
一方向からの光条に盾を構え凌ぎきるも、また別の方向よりしつこく迫る細い白光。その幾らかを白の剣で斬り飛ばし、遮蔽物の影に身を隠して遣り過ごす。
一条あたりの出力を減じた光条は、密度の高い石材を貫くには至らない。しかし人心地吐く間もなく、新たなる追っ手が嗾けられる。
『撃てます』
「『直射』、撃て」
『射撃』
「な……ッ!?」
今度は逆に出力を収束し、貫通力を高めた一筋の光と化した砲撃が、百九十一番の隠れていた柱をあっさりとぶち抜いていく。
断続的に放たれる多様な砲撃、射撃されるその瞬間に選択される砲火の形状は、的確に標的を追い詰めていく。砲撃手たる国王アルフィオ自身は殆ど動かないものの、絶え間なく放たれる追尾光条によって中々接近する機を得ることが出来ない。
かといって……この距離からでは反撃に出ることも難しい。
百九十一番にとって唯一の遠距離攻撃手段と言えるのは、依代鎧の装備する弓矢程度。しかしながら絶え間なく追い立てられる現状では依代鎧を操る隙など得られず、つまりは遠距離からの攻撃は絶望的。
百九十一番は白光に追い立てられながらも、距離を詰める機会を慎重に伺う他無かった。
国王アルフィオが仇敵『百九十一番』を追い立てる間、宮廷魔導師ディエゴは『魔王セダ』を名乗る漆黒の大鎧を引き受けていた。
とはいえ元より相性最悪の相手……近接高速戦闘を何よりも苦手とする魔法遣いに対し、近距離戦闘に性能を極振りした暴力の権化である。
距離を詰められれば、命が幾つあっても足りやしない。そんなことはディエゴとて重々承知の上……故に。
「標的指定。『白の魔書』自律支援開始」
『了解。高重力乖離結界、出力』
「…………む」
儀杖と同様、王城武器庫に収蔵されていた特殊兵装のうちの一つ……対象の妨害と術者支援に特化した魔導書型随行端末『白の魔書』、その機能の一端を起動させる。
前時代の戦乱において、純人族ではない種族を素体とした『勇者』も、幾体か製造されていた。
中には魔法を――身体強化魔法ではなく、外界作用系のいわゆる攻撃魔法――それを既に会得している個体も、少なからず存在していた。
そんな術者型を支援するための特殊兵装のひとつが……『白の魔書』。
詠唱中は無防備となる術者を支援し、また標的となる対象の行動を阻害するための各種機能が秘められた、半自律型の随伴支援兵装である。
「成程。高重力による空間拘束か」
「……火槍、在れ」
敵対対象の位置する座標に高重力源を生じさせ、それにより標的の回避行動を阻害する支援魔法『高重力乖離結界』。並の相手であれば直立することさえ困難である筈の状況下においても、漆黒の大鎧は――移動および回避を封じられたとはいえ――平然と振る舞っている。
ろくに身動きの取れぬ状況においても、放たれた投射魔法を鉄塊で器用に打ち払い、余裕綽々と待ち構えている。
「火檻、在れ」
「ほう」
立て続けに放たれた、炎の魔法。固定された標的の周囲を取り囲むように、炎の渦が吹き上がる。
未だ仄暗い謁見の間跡地を茜色に染めながら、渦巻く炎は高く高く立ち昇る。
発現の切欠こそディエゴの魔法によるものであるが、その現象は紛れもない燃焼反応。形質変化が施され燃料に仕立て上げられた魔力を糧に、周囲の大気を巻き込みながら炎は渦巻き、酸素を根刮ぎ奪い去っていく。
炎の渦の中央……膨大な熱量による上昇気流により極端に薄くなった空気の中で、残る僅かな酸素さえも奪われれば……肺呼吸を行う生命体である以上、命の危機は免れられない。
普通の生物であれば、生存できる筈が無い。
高重力による回避の阻害、投射魔法による足止め、とどめに範囲型魔法による全周包囲ならびに酸素の剥奪。
更に……
「支援射撃。光槍、撃て」
『射撃』
「ッ!!」
『白の魔書』内部に充填されていた魔力を消費し、ほぼ充填時間無く放たれた攻性の光魔法、光槍。
渦巻く炎ごと標的をぶち抜いた白い光は、向こう側の壁面を盛大に破壊する。
貫き穿たれた炎の渦が霧消した後……果たして標的は未だ健在であった。
しかしながら……盾として構えられた肉厚の大剣は大きく欠け、それを以てしても削ぎきれなかった光槍は大鎧の右肩をも削り取り……機能にこそ支障は無さそうであったが、確かに被害を与えていた。
「成程……あの忌々しい『剣』と近しいモノか」
「拘束、再展開」
『了解。高重力乖離結界、出力』
「ええい少し位付き合わぬか!」
効果ありと見るや否や、ディエゴはここぞとばかりに畳み掛ける。自身の炎熱魔法が効かないのならばと、その分の魔力を『白の魔書』へと注ぎ込む。
炎熱の発現に最適化されていたディエゴの術式であったが……外部より取り入れた魔力をときに貯蔵し、光魔法に変換出力する魔道具を介することで、それは充分な打撃力となり得る。
宮廷魔導師の潤沢な魔力を得、『白の魔書』は尚目映く光を発する。周囲の陽炎はより歪みを増し、魔重力の収束鏡によって白光は収束していく。
「待て待て待て。逸るな。話せば解る」
「問答無用。光槍、撃て」
『射撃』
「貴様ァァ!!」
漆黒鎧の制止にも耳を貸さず、淡々と光魔法を行使する。高重力の枷に捕らわれたままの巨駆へ、魔を滅する光の槍が容赦無く撃ち込まれる。
しかしながら『魔王』とて只では終わらない。大きく抉られた肉厚の大剣、その表面が仄赤く揺らいだかと思えば……重厚な鉄塊がまるで木刀でも振るわれるかのように、飛来する光の槍目掛けて振り抜かれる。
白く煌めく光の槍と赤く光る鉄塊……互いが互いを侵食し合い、耳障りな金属破砕音が響き渡る。
度重なる損傷によりついに鉄塊の如き大剣は半ばで削り折れ、破片が地響きを立てて地に突き刺さる。
主力武器を大破させながらも、その一方で本体は健在。此度は右肩のような損傷を被ることなく、早くも慣れた様子で凌いで見せた。
「……ククク……俺を此処まで追い込むとは」
「再装填」
『了解』
「ええい心底詰まらぬ存在だな貴様は!!」
「貴様と慣れ合う心算は無い。光槍、撃て」
『射撃』
「おのれ雑種が!!」
情け容赦なく放たれた光魔法に対し、毒づきながらも『魔王』はその魔力を開放する。
半ばほどまで長さを減じた鉄塊とそれを握る右腕を引き下げ、これまた巨大な左手を前に。五指を開かれた左籠手は表面に血管のような赤光が奔るや否や、細かな金属音と共に幾枚かの表面装甲がせり上がり、赤々とした魔力光が溢れ出る。
「ハッ。悪く思うなよ」
腹の底に響くような重低音を響かせ、繰り出された左掌を中心とする空間が歪曲する。『白の魔書』より放たれた光槍は標的目掛け一直線に疾駆するも……歪められた空間に絡め捕られ、周囲へと散らされる。
指定座標の空間を捻じ曲げ、遠距離からの投射攻撃の射線を逸らし無力化する。
この防御手段を前にしては、凡そあらゆる投射攻撃は先程の二の舞となり……単なる徒労に終わるだろう。
「……此方と同様、か」
「然り。……如何だ? 詰まらんだろう」
「存外に器用なものだな」
「ハハハ!! 『脳筋だと思った』と直接述べてみるが良い」
放射状に拡げられていた左の五指が、それぞれディエゴに向けられる。装甲の隙間から漏れ出ていた赤光がその光源を移ろわせ、一本一本が小型の砲と化した指先へと縒り集まっていく。
眼孔の奥に赤々と灯る光……それをまるで眼を潜め狙いを付けるように細め、『魔王』セダは己が力を解き放つ。
「二十五発だ。……耐えて見せろ」
「……ッ、前面防御。全層展開」
『了解』
ディエゴの携える白の魔書が返答を告げるとほぼ同時。魔王の左指より立て続けに放たれる破壊の豪雨が、白の魔書を眼前に構えるディエゴの周囲へと的確に降り注ぐ。
一撃一撃が石材を砕いて余りある威力、それが立て続けにひ弱な魔術師へと襲い掛かり……普通のヒトであれば跡形も残らぬだろう『破壊』を振り撒く。
術者の支援に特化した『白の魔書』ならばこそ、この規模の破壊を耐え抜くことが可能であった。
奇しくも魔王セダの防護障壁同様、空間の歪みを利用した歪曲結界……攻撃を真っ向から打ち消すのではなく、投射攻撃を周囲に逸らすことで被害を防ぐ。白の魔書内部の貯蔵魔力を幾らか消失させながらも……二十五発の破壊の光弾をどうにか無事に乗り切った。
「……芋蟲のように足を止め、延々と豆鉄砲の応酬……詰まらん。心底詰まらん」
「ならば早々に御帰宅なさるが良い。悪鬼悪霊は眠る時間だ」
「そうしたい処だがな……此のまま無手で帰るも気恥ずかしかろう」
「……持ち帰らせると、思うのか」
「ックハハハ! ……俺を誰だと思っている」
「…………ッ!」
左腕に未だ燻っていた赤光が、巨大な鎧の全身へと伝播していく。
黒曜石のように冷たく滑らかな表面でありながら、まるで生物の血管ような不気味な筋を全身に巡らせ……魔王セダの凝縮された赤熱の魔力が、漆黒の大鎧全てを覆い尽くす。
「俺を前に立ち塞がる、その意気や良し。貴様の詰まらぬ献身に免じ……望み通り時間稼ぎに付き合ってやろう。…………但し」
一歩ごとに地を割る巨大な脚が、ゆっくりと踏み出される。
重力乖離結界の影響下にあって尚封じきれない、馬鹿げた出力を秘めた赤熱の悪魔が……一歩、また一歩と歩みを進める。
桁違いの力を見せ付ける『魔王』の両手……今や大破した鉄塊を手放した十の指が、それぞれ砲と化してディエゴに指向される。
「貴様が死ぬ迄、な。……つまり、だ。少しでも時間を稼ぎたいなら…………」
……両の掌、大口径の砲が新たに二門、赤黒い魔力を湛えディエゴを睨む。
全十二門の殺意が、寸分違わずディエゴへと向けられる。
「精々長生きして見せろ。……雑種」
途切れぬ破壊の嵐が、王城のど真ん中に巻き起こった。




