184_勇者と亡者と千年の怨念
おんねんがあんねん
囚われの少女を――湖南砦やアイナリーの皆から『天使』と呼ばれ愛される大切な少女を――なんとか無事に取り戻さんと、決死の奪還作戦に臨んだヴァルター達。
紆余曲折、様々な苦難を乗り越え……リーベルタ王国の中枢にて、ついに相対した彼女。身体を他者に奪われ敵対行動を余儀なくされるも……しかしながら幸いなことに、直接意思の疎通を果たすことが出来た。
しかしながら……やっとの思いで耳にすることが出来た、彼女の声。
待ち望んだその声色で告げられた偽らざる言葉は非情なことに…………聞きたくない、信じたくない、到底受け入れ難い『願い』であった。
『あるたー………わたし、を…………わたしと、こいつを……ころして』
『……何、を…………言ってる……』
私を……ノートを、殺せ。
彼女もろとも、彼女の身体を弄んでいる敵を……殺せ。
敵を殺すために…………ノートを、殺せ。
「……バカな!! 出来る訳無いだろ!!」
「…………ハッ! 気でも触れたか!?」
出来る訳が無い。それこそ本末転倒である。
王命に背いたのも、王城に忍び込んだのも、姫殿下ならびに王太子殿下を巻き込んだのも、彼女の身体に剣を向けているのも……全ては彼女を取り戻すため。
だというのに……あろうことか、その彼女を殺すなど。
皆が待ち望んでいる彼女を諦め……この手に掛けるなど。
『どんな理由があろうと……お前を諦める訳無いだろうが!』
『……この、せかい……この、くに。…………ほろぶぞ』
『…………は……? え……なん……』
どんな理由があろうとも……彼女を諦める筈が無いと、そう思っていたのに。
告げられた事実は、あまりにも荒唐無稽。とても信じ難い、突拍子も無いものだった。
細い魔力出力を振り絞って、通信魔法を行使した理由。
泣きそうな声色で震えながら……それでも自分を殺すことを懇願する、その理由。
『こいつ、は……このせかいの、いぶつ。……そんざい、は……いけない……かこの、ゆうしゃ』
『な…………勇者、だと!?』
相も変わらず、ネリーの執拗な牽制をものともせず突っ込んでくる敵…………ノート曰くの、過去の勇者。ネリーの投擲杭を幾度も受けている筈なのに、その斬撃は相変わらず鋭く……苛烈。
なるほどその剣筋も、両手に携える剣盾も、『勇者』と言われれば確かに相応しいのだろう。
……ただひとつ。幼気な少女の身体を奪い、己が野望を果たさんとする……その『勇者』らしからぬ性根を除いては。
「オマエの目的は…………何だ」
「…………ハッ?」
駄目元で投げ掛けた問い掛けに、幸いなことに食い付いた。
こちらの表情を訝しげに眺めるところを見るに……ともすると、彼女との密談を勘づかれたのかもしれない。
剣と盾を構え、身体強化魔法を十全に使いこなし、おおよそ人族らしい近接戦闘を得意とする……ノートの身体に取り憑いた何者か。
唇を歪めて余裕綽々と嫌らしい笑みを浮かべ、さも自慢げに『目的』を語り出す過去の勇者。
「……まぁ、良い。冥土の土産に教えてやろう。……俺の目的……ソレはな……」
『あいつの…………ひゃく、きゅうじゅういちばんの……もくてき。……それは……』
こちらを油断なく睨み、左手の武器を構えながら、右手に握った剣をゆっくりと上げる。
水平を……相対するヴァルターを通り越し、剣先は尚上へ……やがて、天頂へ。
その切っ先……勇者たるものの証とされる真白の剣が指し示すものは、絢爛豪奢な謁見の間の高い高い天井…………その遥か先。
遠い遠い、千と数百年もの昔に人々が手を伸ばし……しかしながら一度滅びに瀕した人々は手段を失い、それ以降は再びヒトの手の届かぬ場所となって久しい……この惑星の外。
「『月』を…………墜とす。……この巫山戯た世界を叩き潰す。……そのために」
『えいせい、きち……ほかん、されてる……あいつの、いもうと……このほしに、おろす。…………ために』
人族の手の届かぬ高みを、引き摺り落とすため。
遠く遠く分断された場所を、今再び繋ぐため。
この世界の文明を破壊して有り余る……天体を操り衝突させるという滅びの魔法を行使するため。
「コイツの力が、必要なんだよ」
『わたしのからだ、ひつようとしてる』
月を……墜とす。
夜天に煌めく星々、その中でもひときわ大きく、目映く光る衛星を…………この大地に堕とす。
「バカな!? そんなことをすれば……!!」
「ッハハハ!! 壊れるだろうなァ! この国は! 世界は!! それがどうした!?」
太古の昔……『魔』の力を自在に操る、強大な魔族の王は……その力を示威するため星を降らせたことがあるという。
長い尾を引きながら大地へと突き刺さる、直視さえ叶わぬ程の光量を湛えたその星は……当時の人々が住まう都を跡形も無く消し飛ばし、数えきれぬ程の命が失われたという。
ノートの正体については……一旦置いておこう。
今重要なのは、奴の野望が危険極まりないことであるという……ノートの身体を奴に与えたままであれば月をこの地に降らせることも可能であるという、その事実のみ。
奴の目的――奴自身が語った目的も、ノートによって伝えられた目的も――それを果たすことは、ノートの身体であれば達せられてしまう。
ノートの身体から奴を引き剥がさなければ……いずれ月が墜とされ、国どころか恐らくは世界が滅ぶ。
それを阻止するための……『世界の滅亡』などという最悪の展開を阻止するための、最も簡単かつ確実な方法。
それが……ノートの身体の、破壊。
『月』を墜とす大魔法行使の鍵となるのは、紛れもないノートの身体。ならばそれを破壊することで、それごと操っている異物を駆除する。
よしんば異物の駆除に失敗したとしても――精神生命体と化している異物が別の依代に収まったとしても――ノートの身体が喪われれば、『月』を墜とす大魔法は使えなくなる。
単純かつ明朗、ゆえに最も確実な解決策。
ノートはそう判断を下し――その結果どうなるのか、自身の命がどうなってしまうのかを全て鑑みた上で――『自分を殺せ』と懇願しているのだ。
『この、せかいの……いぶつ。……そんざい、は……そもそも、まちがい。……こいつは…………わたしは、このせかいに……いる、は……いけない。……きえないと……いけない』
「……ッッ!! 止める!! させてたまるか!! そんな馬鹿げた真似!!」
「ッハハハハハ!! 無駄だ無駄だ! 貴様らに此の身体は殺せまい!? 指を咥え大人しく殺される他有るまい!!」
『……ころす、しか……とめられない。……わたしを……こいつを』
可愛らしい顔を狂気に染め、身振りも大きく感極まったように訴える……古代の勇者、その成れの果て。
かつては人々のため、人々の住まう世界を守るためにと擁立されたその能力を……余すところなく『世界を滅ぼすこと』に用いようとする。
「何で……! 何だってそんなことを!?」
「ハハッ! ……くハハハハハ!! 『何で』? 『何で』だと? 簡単だ! 『憎いから』だよ! ヒト共が! 世界そのものが!!」
「な……!? 憎い、って………そんな……」
「この身体を弄ばれ! 大切な者を辱しめられ!! 生まれてきた意味さえも踏みにじられ!!! ……かと思えばあっさり棄てられ! 取り遺され!! 自ら命を絶つことさえも出来ずに何百年と縛られ続ける!!!」
「…………どう、いう……ことだ」
「……もう我慢の限界なんだよ。……ただただ憎いんだよ。…………俺が、あいつが、終わらぬ地獄を味わう中で……間抜けにのうのうと生を謳歌する奴ら……! この世の! 全てが!!」
『…………はなす、は……むだ。…………こいつ……もう、とまらない』
「無駄、って…………」
『……せっとく、むり。……にくい、ほんもの。…………わたし、わかる』
どうあっても制止は不可能。下手人を止めない限り、奴によって世界が滅ぼされる。
阻止する方法は……奴の宿る依代、大魔法行使の要であるその身体を……破壊する。
迫り来る最悪の結末、その打開策にして自身が定めた敗北条件を明示され……理不尽な選択を迫られるヴァルター達。
だが……それでもまだ希望は棄てていない。
最悪の手段『ノートを殺害する』以外の打開策は、まだ喪われていない。
作戦Bは……未だ放棄されていない。
すこし巻きですすめます




