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175_再びの王城と王家の苦悶



 およそ三日ぶりとなる、リーベルタ王国が誇る王城区礼拝堂。

 先日の脱出に際しディエゴによって放たれた炎は……長椅子や敷物、調度品等至るところを黒々と焦がしていた。

 戦闘の跡も火災の痕もそのままな礼拝堂は暗く静まり返っており……遠く西岸街の向こうより届けられる戦いの声が、ほんの微かに響く程度。

 自分たち以外のヒトやモノの動きが無いことを能動探知ソナーで確認し、王女マリーベルの手によって魔法扉の解錠がなされ……音も無く迅速に、ヴァルター達一行が姿を現す。


 地下通路の出口は……暗く、狭く、入り組んだ連筒風琴オルガン内部の配管室。仔馬程の体躯を持つ人蜘蛛アルケニーキーは――相変わらずの無表情の中に、どこか悲しげな表情を滲ませながらも――なんとかギリギリ身体を潜らせ通り抜けた。




 「なるべく早く戻る。ココの確保は任せた」

 「……あーしぇ。……きー。……ここ、まもる…………おねがい」

 「ん……おまあせ…………られる……()す」



 その巨体からして身を隠すことに不得手な人蜘蛛アルケニーと、見た目に解り易く人外である蟲魔女王アーシェを礼拝堂に残し……うつらうつら船を漕ぐノートを含めた五名はこそこそと行動を開始する。

 幸いなことに、火災の現場となった礼拝堂は立入禁止とされているらしく、辺りに警邏兵士の姿は見られない。加えて……王城区内施設の外、すぐ近くの兵員拠点『双塔』では、現在西岸街へ向けて出撃前準備の真っただ中らしい。巨大な兵員施設の内外を慌ただしく兵士達が駆け回っており、王城主塔内部をこそこそと蠢く闖入者を気に掛ける余裕など無いようだった。


 目的地である王太子アルカンジェロの所在は、蟲魔女王アーシェによって把握済み。昨日に引き続き地下牢の一室……相変わらず封魔の布で意識を閉ざされたメアのもとであるらしい。階層を昇るごとに警備の目が増える自室よりは、地下室(コチラ)の方が圧倒的に有り難い。


 しかしながら……こんな有事の際であるにもかかわらず自室に居ないというのは、それはそれで一抹の不安を感ずには居られないのだが……此処まで来た以上悩んでいても仕方無い。マリーベルの説得に望みを賭け、全てが上手く運ぶことを祈るのみ。

 仮に上手く行かなかったとしても……そのときはノートの首根っこを引っ掴んで脱出、強行突破するまでだ。幸いにも――兵士達にとっては不幸極まりないだろうが――魔殻蟲の襲撃に対応するべく兵の殆どが出払い、あるいは絶賛取り込み中であり、現在詰所『双塔』に屯している兵士は平時に比べ圧倒的に少ない。

 実力の程は未知数だが、蟲魔の二人も力になってくれるらしい。いざとなったら力ずくで離脱することも、今回に限っては恐らく可能だろう。



 残された懸念事項は、ごく僅か。

 迅速に、それでいて慎重に。『勇者』一行は地下へと続く階段室へ歩を進めていった。





 ………………………………




 アルカンジェロ・ニア・リーベルタ……リーベルタ王国国王アルフィオの第一子にして、王位継承権第一位である、王太子。

 実父であり現国王である白王アルフィオが未だに現役、かつ意欲的に執務をこなしている現状とあって……彼自身は王位継承など、まだまだ先のことであると捉えていた。


 実の弟であるアルベルトは、現在特使として大洋の向こう側へ旅立っており、現在国元に居る唯一の王位継承者候補となる。




 ……そう、唯一。



 つい先日まで同じ王城に座して居た第一王女、継承権第三位の実妹マリーベルは……大胆にも王城区へと潜入していた()の手により、誘拐された。

 長年に渡り王城へ人員を送り込んでいたとある貴族が他国の間者に唆され、見返りとして提示された品に目が眩み、誘拐の実行犯複数名を庭師として送り込んでいたことが発覚。三日前の深夜、畏れ多くも王女マリーベルに対し狼藉に及び、護衛兵士を退け行方を眩ませた。

 全ての元凶とされる元有力貴族は速やかに拘束され、厳しい取り調べを受け処分待ちとなっているものの……王女マリーベルの行方は知れず、安否の程も遺憾ながら不明。



 …………ということになっている。



 王直々に告示が成されたわけでは無いが……やはりというか当然だが、()()()()()()()()()()()()()という事実を公表することは――大国の威信を揺るがす事態を在りのまま公表することは――さすがに憚られたらしい。

 厚顔無恥な国王陛下であろうとも、幸いにもその程度の羞恥心は持ち合わせていたようだ。



 「……馬鹿馬鹿しい」



 王城区に出入りする者達には緘口令が敷かれたようだが、人の口に戸が立てられる筈も無い。王城区のみとはいえ上から下まで数えれば、それこそ一つの町に匹敵する程の人員が詰めているのだ。彼ら全員の情報伝達を逐一管理しようなど、出来よう筈も無い。

 『勇者』ヴァルター・アーラース……いや、『()勇者』ヴァルターか。ともあれ彼が王女マリーベルをかどわかし行方を眩ませたことは、王城区内ではもはや公然の秘密と化している。



 だが……王太子にしてマリーベルの実兄、アルカンジェロの見解は異なる。

 元勇者ヴァルターと第一王女マリーベルが揃って出奔したことは事実であろうが……恐らく両者は合意の下で行動を共にしているのだろう。

 ともすると、それはいわゆる『駆け落ち』と捉えることも可能かもしれない。


 両者の人となりを多少とはいえ知っているつもりであったし……何よりも事件当日、夜間警備に当たっていた者の幾人かが――表面上は嘆いているように振舞っていたが――事態の深刻さに反して意外な程に、平静を保っていたことに引っ掛かりを覚えていた。



 つまり……マリーベルは自らの意思で、ヴァルターと共にこの場から逃れた。

 推測の域を出ないが恐らくは……自分と同様(・・・・・)、実父たる国王アルフィオに対する不信感から。




 世界規模の魔力波動『魔王の目醒め』からこちら、国王アルフィオによる度し難い強硬姿勢は、幾度となく散見されていた。未曽有の事態に直面し混乱している……というのとはわけが違う、どちらかというと急激な方針転換を無理やり試みているような……まるで人が変わったかのように強引な采配。


 以前の国王であれば……ずはありとあらゆる情報を集め、幾重にも安全策を講じた上で行動に移す。不安要素を叩き潰してから着実に歩を進めるというのが、白王アルフィオの方針であった。

 しかしながら先日の『魔王の目醒め』に際しては……僅か数日の間に『勇者』ヴァルターを矢面に立て、しかしながらその後は放置。王国直属の『情報部』までもが勇者ヴァルターを支援するどころか……彼らによってもたらされる情報は逆に、まるで勇者ヴァルターの監視を行っているかのよう。


 不明瞭な状況下において、行動を急ぎ過ぎるがあまり……現状認識と情報共有を完全に疎かにしている。人々のために最前線に立つ『勇者』を支援する姿勢とは、到底思えない。

 それどころか……伝説の『神話級』脅威に立ち向かい生還した英雄を……たった一人僻地へと更迭するなど、もはや理解出来ようもない。




 自分と()()()()以外、護衛すらも居ない小部屋にて……王太子は何度目か解らぬ溜息を零す。

 地下の一室、牢屋にしては奇妙な程に設えの良いその空間には……身体中を呪布で厳重に戒められた、宵の夜空のような彩を秘めた癖毛の()()が……簡素な寝台にぽつんと横たえられている。


 昨日に引き続き……今晩が二度目の訪問。

 だが心境に変化など有りよう筈も無く、下された『王命』を推し進められるような気分では無い。



 ここ最近度々耳にする、白王アルフィオとその近辺にまつわる不穏な噂。

 それらの所為もあり、内心密かに不信感を抱いていたアルカンジェロに……更に追い打ちを掛けるように告げられた『王命』。


 こともあろうに……王都の中枢で実の娘が攫われたという未曽有の事態であるというのに……そんな中にあって全くもって有り得ない、ふざけているとしか思えない『王命』。




 「まだ幼い……子供ではないか……」



 それは……尋常ならざる魔力を秘めた、未だ眠り続ける少女(・・)と……


 人族ヒトでありながら古の魔族の能力チカラを持つ、稀少極まりない存在である()()と……()()()()という、『王命』。





 そのめいが意味することを推して知れぬ程、愚かでは無かった。



 政治的な立場からのものでは勿論無い。他国の王家や国内の重鎮の息女と契るのとは、何から何まで訳が違う。

 仮に、万が一、限りなく有り得ないことだが……眼前の()()が自分との子を儲けたとして。その子が陽の目を見ることは、絶対に無いだろう。

 王太子たる自分の子として名を刻まれることも無く、リーベルタ王家の血を引く者としての人生が待っている筈も無く。


 その営みに愛情など生まれる筈が無い。王城区内の最深部、研究室という閉ざされた環境下において、単なるひとつの交配実験として用いられるだけ。単純に『固有魔法を扱える血族』に『強大な魔力を秘めた血』を加え、その結果を手に入れたいだけに過ぎない。


 仮に、他国の王家に()()()程の魔力を秘めた娘が居れば……難癖を付けて半ば無理やりにでも迎え入れたのだろう。表向きはごくごく普通の、一般的な政略結婚として映ったのだろう。

 だが……しかし。王家どころか市民でも無い、どこから湧いて出たのかも知れない少女と契りを交わしたなどと……栄光あるリーベルタ王国が布告出来る筈も無い。



 「……これが人間の……『王』の所業か……」



 『子を成せ』ということはつまり、『子が儲かるような行為を行え』とのお達しであろう。

 眼前の少女本人は当然として……実の息子である、王太子たる自分の意思さえも、考慮するまでも無いと言わんばかりに。



 しかしながら王太子アルカンジェロは、その佇まいを微塵も崩すことなく寝台に腰掛けるのみ。囚われ眠りに落ちる癖毛の少女(・・)の着衣も、微塵も解かれてはいない。



 (当然だろう。……俺にそんな趣味は無い。……十年は早い)



 それに何より……この様な姑息な手段を平然と行使させる実父に対し、もはや咎めきれない失望と憤りの念ばかりが脳裏に湧き上がる。

 やれ『この国のため』だ、『栄えある未来のため』だ……などと大層な言葉を飾っておきながら、実態は此のざまだ。幼気いたいけな少女の自由を奪い、尊厳と貞操を奪い、自分達の目的のためにていよく利用できる()()()()()させようとしているのだ。



 自らの血を引いている筈の実の息子ですら、まるで所有物……飼育物であるかのように、平然と交配を指示する。

 ……王にとっては自分達さえも、己が目的のための道具に過ぎないのだろう。



 「……やはりマリーは……聡い子だな」



 三日前の夜だったか。来訪予定に無い所属不明の装甲馬車が、わざわざ跳橋を下ろしてまで王城へ乗り付けたという。自分はその場に居合わせず、後になって伝聞で知った限りであったが……賢い実妹マリーベルはそこで何かを見、また何かを悟ったのだろう。

 そのマリーベルに導かれたのか、はたまた異なる事由からかは知る由も無いが……王城へと突如現れたヴァルターによって、マリーベルは此処から――この異様な雰囲気に満ちた王城から――いち早く離脱したのだろう。




 どうせなら自分も巻き込んで貰いたかったのだが……などと零しても仕方無い。投げられた些末事に振り回されていたとはいえ、忙しさにかこつけて可愛いマリーをないがしろにしていたのは……ほかでもない自分の方なのだ。


 妹とは異なり()()()()()自分は、この後どうすべきなのか。

 誉れある『王命』に対して抗うことも出来ず、このあからさまな時間稼ぎに甘んじたものの……果たしていつまで通用するのだろうか。



 アルカンジェロは最近更に増えた溜息を止めようともせず、大きく深く息を吸い……





 「…………何だ?」


 大きさはそれなりながらも堅牢な造りの扉、その向こう側の小部屋が俄に騒がしいことに、今更ながら気が付く。



 漏れ聞こえる声、その殆どは彼にとって非常に馴染み深い……王太子専属の筆頭護衛騎士グレゴリーのもの。

 そんな彼と何やら言い争っている様子の……急き立てられるような焦燥感に満ちた、これまた馴染みのある()()()声。




 「―――にかく! わたくしはお兄様に用が在りますの! 無理にでも通して頂きます!」

 「おおおお待ち下され姫様! 今は! 只今殿下は!!」

 「…………姫様? マリー?」


 聞き覚えのある声に導かれるように、アルカンジェロの手によって内から外へと開かれた扉……そのすぐ前に立ち塞がっていたグレゴリーの、その更に向こう側。

 白銀色の鎧を押し退けるように伸ばしていた手を止め、自分と血の繋がりを思わせる翡翠色の、大きく丸く見開かれた目と視線が合い……


 可愛い妹は、可愛らしく綻んだ。




 「アージュお兄様!」

 「……これはこれは、どうしたんだマリー。……それに…………久しいな、ヴァルター」

 「は。……王太子殿下に於かれましては」

 「ああ、良いよ良いよ、こんな時間だ。……早く入るがいい。声は漏れぬ方が良かろう」

 「…………は。お心遣い、痛み入ります」



 さすがに自らの仕出かした事態に苛まれているのか、今まで顔を合わせたどのときよりも堅苦しく硬直している『()勇者』ヴァルターと……彼に随い現れた、我が妹。

 身内贔屓を差し引いても賢く、聡く、そして愛らしい……賊の手により何処ぞへと攫われ、今現在リーベルタ王城には居ない筈の王女マリーベルは。



 綻ぶような笑顔の中にも、確たる意思と熱を湛えた……気を引き締めた表情の下、小さく頷いた。

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