表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/262

174_黒蟲の胎動と勇者の始動



 それは………陽が間もなく沈もうかという頃、西の方角から突如として現れたという。

 静粛に、しかし迅速に。明確な一つの意の下に、一糸乱れず進軍を行う……見渡す限り森を埋め尽くさんばかりの黒い波。


 幾何学紋様の走る赤黒い甲殻、爛々と煌めく八つの目、三対六本の脚を持つ魔物……見た目もおぞましいそいつらの呼称は……魔殻蟲。



 剣で斬り掛かれば切断出来、矢を射掛ければ刺さり、戦鎚を振るえば叩き潰せる。

 単体の驚異度は然程ではないが……その体液には毒を含み、牙や爪には警戒する必要がある。


 加えて……常におびただしい数の大群にて行動し、少々の落伍など気にも留めずに襲い掛かってくる……『相手にしたくない魔物』上位常連。


 ほんの数ヵ月前、交易都市アイナリーを襲った群れとは桁違いな物量を伴い……奴らは王都リーベルタ西岸街へと迫っていた。




 王都内での魔物の脱走騒ぎ、王女殿下の誘拐事件、そして極めつけは……見渡す限りを覆い尽くさんばかりの、魔殻蟲の群れ。見張り兵は我が目を疑い、狂ったように警鐘を乱打する。

 事件と言えば窃盗や喧嘩程度、外敵が攻めて来ることなんて考えたことも無かったのだろう。比較的身なりの良い市民……長らくの間平和を享受していた王都住民たちが逃げ惑う中、紆余曲折を経て西岸街の防衛任務に組み込まれた中隊長リカルドは、何度目かも知れない溜息を溢した。



 「災難っすね、隊長タイチョー……あれ以来ご実家帰ってないんでしょ?」

 「ツイて無いっすねー、家族団欒のチャンスが」

 「それよかお姫っすよ。隊長タイチョーに会えないって泣きじゃくってるんじゃないっすか?」



 周囲の兵士たちが皆揃って悲壮な顔を浮かべる中……彼らの場違いとも取れるやり取りが、せめてもの救いである。


 業務のほとんどが王都内である警邏隊や王都守衛隊とは異なり、王国内各地で業務に当たる近郊派兵班は対魔物の実践経験に富んでいる。ここまでの大群はさすがに初めてだが……結局出る幕がなかったアイナリーの一件以外でも、リカルド達は魔殻蟲の駆除経験と知識を備えていた。


 一方で王都勤務の兵士達といえば、せいぜいが外壁や門付近でたむろする魔物の排除程度、王都内で魔物が出没することなど本来ならばあり得ない事態である。

 基本的に王都兵士の業務といえば人間相手の捕り物となるため……今回のような事態では、正直あまり当てには出来ない。



 見慣れぬ魔物、しかもよりによって外見的嫌悪感の強い魔殻蟲である。自分の隊の三(馬鹿)はまだ元気だが、それ以外の兵士はあからさまに顔色が悪い。



 「……砦を充分に活かせ。無理はするなよ」

 「あいさ」「はいさ」「ほいさ」


 若干気の抜けるような、普段は呆れもする彼らのこの返事に……今はどこか安心してしまうリカルドであった。






 ………………………………





 夜の帷が落ち、ただでさえ世界が闇に包まれる中。光源となるものが一切無い真っ暗な地中の直線通路を、来たときよりも長い隊列が勢いよく引き返していく。


 先頭を行く者は相変わらず、白と黒の剣を腰に提げたヴァルター。つい数日前にはわざわざ拐い去った王女マリーベルをしっかりと抱き止め、王城地下へ向け前方警戒を怠らず突き進んでいく。

 その後ろに……健やかな寝息を立てているノートと、彼女を背負ったニドが続き……そのまた後ろには半身シアの視界を借り受け上空から俯瞰しながら疾走するという、極めて器用な真似をしてのけるネリーが続き……


 その更に後方、心なしか狭苦しそうにしながらも……蜘蛛の身体の八本脚で器用に疾走する人蜘蛛アルケニーと、彼女の背中に跨がりのんびりしているようにしか見えないながら、魔殻蟲――人蜘蛛アルケニーや『女王』曰くの『(slave)』――へと指示を下し操っているらしい、小柄な蟲魔の『女王』が続く。




 ……ちなみにこの『女王』、一瞬だけ目醒めたノートによって『アーシェ』という呼称を賜っている。

 眠たそうな目を擦り『女王』の姿を見るや否や、ぽやんと静止したノートに事情を説明した際……『女王』いわく彼女の主から呼ばれていたという『女王アーシェティフス』という肩書きを告げられ……


 「じゃあ……それ。……なまえ……あーしぇ」


 と、一瞬でその『肩書き』を『名前』に置き換えてしまった。

 その上更にあんまりなことに……彼女の外見的特徴でもある黒一色の瞳、緻密な受光器官が縒り集まった複眼の瞳が『きもちわるい』からと……なるべく瞼を閉じるようにとの命令が、無情にも下されてしまった。


 あまりにもひどいネーミングの件も、助けられた側でありながら『きもい』と言い捨てるその根性に対しても……『さすがにそれはどうなん……?』と憐れみにも近い視線を向ける人族王族長耳族四名の心配を余所に、女王もといアーシェ自身は仄かに頬を染め口角を上げ……実に嬉しそうな、可愛らしい顔をしていた。


 ついでにそんなアーシェの従者である人蜘蛛アルケニーは……なんと『キー』と呼ばれることが正式に決定してしまった。

 鳴き声(?)からなのか何なのか知らないが、さすがにそれはあんまりだろう……と異を唱えようとする人族王族長耳族四名に対し、当の人蜘蛛アルケニーもといキーは……なんと氷のような無表情を仄かに和らげ、拙いながらも微笑んで見せたのだ。


 人族王族長耳族四名は、考えることをやめた。




 話は逸れたが、現在一行は王城へ向けて地下通路を突き進んでいる。

 逃げてきたときは追っ手を警戒し距離を取っていたのだが、そもそもこの秘匿通路の入り口および出口の扉が『王家リーベルタの血筋のみにしか反応しない』こと、ならびに現存する王家の人間すべて――執務室と謁見の間を行き来する国王アルフィオと、メアの眠る地下牢と自室とを行き来する王太子アルカンジェロ、王城どころかこの大陸に居ない第二王子アルベルト――彼らの所在が、アーシェの遠隔視覚によって定かとなった。

 そのため『追撃に差し向けられた王家の人間が居ない』こと……つまりは『秘匿通路の開閉がマリーベル以降(おこな)われなかった』ことが明らかとなり、つまりは追っ手がこの通路を用いることは無く……



 「じゃあ逆にあっさり王城に潜入できるじゃん」



 とのことで、再び利用させて頂くこととなった。


 勿論、王城とて警備が一層厳重になっているだろう。だからこその魔殻蟲(slave)の大群を用いての、大規模な陽動。(slave)達に殺意が無かったとしても、あの大群を前に冷静な判断を下せる人族モノなど、そうそう居はしないだろう。

 適当に街壁を脅かすように動いて貰い、守衛隊の必死の抵抗によって拮抗状態を維持しているかのように見せかけて貰う。仮に奮戦する兵士が毒を打ち込まれたとしても、すぐさま前線から下がり解毒処置を施せば、命に別状はない。あの場にいるであろうリカルドがその程度の根回しを怠るとは思えないし、人族兵士の喪失は心配しなくても良さそうだ。


 一方の魔殻蟲だが……女王たるアーシェ直々に『放っとけばえるから気にしなくていい』『むしろ今ちょっと多いくらいなので間引いた方が丁度いい』とのことなので……人族王族長耳族四名は心配することをやめた。


 ともあれこの算段ならば、一般市民に大きな損害を与えることなく……

 少なくない混乱と、小さくない隙を生むことは可能な筈だ。





 魔殻蟲大群襲撃の混乱に乗じて、秘匿通路を利用し王城内へ潜入。


 秘匿通路の入り口である『王城区礼拝堂』を、蟲魔女王アーシェと人蜘蛛アルケニーキーに確保して貰い……


 その後(可能な限り)目立たず身を潜め、王太子アルカンジェロに(無理矢理)謁見……マリーベルになんとか説得して貰い、ノートに王族固有の回帰魔法『時流遡行リーベルタ』の施術を頼み込み、仕上げにメアを奪還する。



 ――以上が、今回の作戦となる。




 大きな懸念事項であった敵側の索敵能力を封じ、逆にその索敵能力はこちらに与し、無尽蔵ともいえる蟲の軍勢と蟲魔二人の協力が得られた。

 無茶かもしれないが……全くの無謀とも思えない。むしろ心配事のほぼ全てを一挙に解決できる好機とあっては、多少の危険が残る危ない橋とはいえ……渡ってみる価値は充分にあるだろう。



 「今度こそ…………俺が……!」

 「ワレも連れてけ。……もう遅れは取らぬ」



 白い外套と白い剣。借り物であるとはいえ『勇者』の制式装備を纏った青年は、既に歩み始めた道を後悔すること無く突き進む。


 周囲に暖かさと幸せを振り撒く、天使と呼ばれる純白の少女……その笑顔を取り戻すために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ