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171_勇者と王女と混沌の目醒め



 ゆっくりと、ゆっくりと開かれた瞼。


 半分だけ眼の開かれた、どこか間の抜けた表情。


 からからに乾いた口内が不快なのか、もごもごと動かされる……見るからに柔らかそうな丸い頬。


 長らく拝むことが出来なかった……いつも通りの締まらない顔、悩みなど無いと言わんばかりの弛みきった表情。



 周囲の状況を理解しようとしているのかいないのか、きょろきょろと首を巡らせながらしぱしぱと瞬きをするその挙動さえも……一挙手一投足何もかもが愛おしい。




 「………あ……え……? ……?? ……あう、た……?」

 「ノー、ト……っ!!」

 「ぐ……お嬢ッ……お嬢ぉぉ!!」

 「?? んい……?」



 王城地下の研究施設にて狂気とも言える処置――幾重にも施された呪いの焼印と、重々しく不気味に光る鋼の首輪――を施される中、ヴァルター達の手によりそこから連れ出されたノート。

 宮廷魔導師ディエゴを一人残し、王女マリーベルをも巻き込み攫った夜通しの逃避行の末…………深い森の中の更に深い地底の小部屋にて、およそ丸二日ぶりにようやく目を醒ました。



 「お嬢! 大丈夫か? 私が誰か判るか!?」

 「? ……?? …………んい……ね、りー?」

 「……っ!! お嬢!!」

 「わ、あわ、んぶ」



 恥も外聞もなく泣きじゃくり、白い幼女をぎゅっと胸に抱き締める長耳族エルフの少女。意識なく昏睡し続けること丸一日以上、無理やり引き離され別たれること、遡れば更に一()間以上。

 短いようで非常に長く感じられた、夢にまで見たその声を聞き届け、よほど感極まっているのか完全に周囲を気にする余裕が無くなっており……物言いたげに周囲をうろうろするニドは完璧に蚊帳の外に置かれている。


 奴隷に施されるに等しい……いや、それ以上に罪深いであろうのろいの焼印を背中に刻まれ、残された生涯を『意識混濁』『魔力霧散』『下肢弛緩』と共に過ごすことを強いられていた……未だ幼げな小さい身体。

 あのままでは永遠に目覚めることなど無かった彼女がこうして意識を取り戻したことは、幾つもの幸運が積み重なった結果と言えた。




 だが……しかし。

 呪いの解呪、その万事全てが上手く行った……という訳には、いかなかった。




 ………………………………




 常識的に考えて、到底解呪不可能であろう……ご丁寧にも焼鏝によって刻み込まれた、痛々しい傷跡。


 あろうことか自国の中枢が手を染めていた忌むべき所業を目の当たりにし、王女マリーベルは人知れず唇を噛む。



 入口を封鎖された地中の小部屋……仄かに光を放つ糸が壁や天井にまで幾重にも張り巡らされた、避難壕シェルターとでも呼べそうな地下空間。未だ昏睡状態に陥ったままのノートは相変わらず身じろぎ一つ取ることなく……柔軟性に富む蜘蛛糸をまとめられた簡易寝台(ベッド)の上に、うつ伏せに横たえられていた。


 その傍らには悲痛な面持ちの王女マリーベルが座り込み、皮膚が焼かれた痕も痛々しい烙印を……そっと指でなぞる。




 「……わたくしるべきこと……ですよね」



 蟲魔の二人を除く皆が一様に悲嘆に染まり、小部屋に重苦しい空気が満ちる中。普段は絶えず慈愛の彩を浮かべていた瞳に、仄かな涙と並々ならぬ決意を湛え……王女はやがて瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。



 一呼吸、一呼吸ごとに周囲の空間は仄かに……しかし少しずつ、着実に様相を変えていく。




 「()()()()()()()()()()()()()

 ……()()()()()()………()()()()


 「殿、下……? 何を…………何を!?」



 形のよい唇が祝詞のりとを紡ぐに連れ、周囲に漂い縒り集まる魔力は密度を高めていき……術者たるマリーベルの指揮するがままに周囲を揺蕩う。


 その様相は明らかな魔法詠唱、人族ヒトであれば主として内部作用系――自己強化魔法の類――として用いられる筈のものであり……外界に作用する形として発現することは、本来ならば有り得ない。


 未だ王城の何処かに囚われている少年メアは、遠い祖先として何処かで組み込まれていた魔族の血筋が、偶発的に強く現れたことで強い魔力を持つに至った……『先祖返り』と呼ばれるべきものであろう。王女マリーベルの()()はまた様相が異なる。

 完全に()()()()()()として――人族ヒトていを成して居ながら強大な魔力を持ち、ある()()()()()を用いることに最適化された血族として――何百年もの長きに渡り細々と保たれてきた、ひときわ異様(高貴)人族ヒトの血筋。



 脈々と続く、人族ヒトの導く巨大国家『リーベルタ王国』の正当なる血筋……王女マリーベルの手により、とある一つの希少魔法が紡がれていく。




 「()()()()()』。()()()()

 辿()()辿()()()()()()()()()



 それは――人族以外の者にとっても、たとえ魔法が得意と評される魔族の者にとっても――使いこなせる者など絶無であろう、極めて希少な魔法。

 リーベルタ王家のみに伝わり、リーベルタ王家のみに許された……この時代においては知る者さえ限られる、いにしえの大魔法。


 対象の『時の流れ』に作用し、ことわりを捻じ曲げて流れをさかのぼらせ、対象に施されたありとあらゆる『変化』を『変化が起こる前』の状態に巻き戻す……反則と言える程の力を発揮するもの。


 希少な『治癒魔法』の中でも殊更ことさらに特殊な……言うなれば『回帰魔法』。人族の身でありながら常識はずれの魔力を秘めた血筋とともに、リーベルタの王家に代々受け継がれてきた……世界の法則すら捻じ曲げる、出鱈目デタラメな高位魔法。




 「発現せよ(コード)……『時流遡行(リーベルタ)』………在れ(イル)、っ!! んぐ、っ、…………くぅぅぅ…………っ!!」

 「殿下……!? マリーベル殿下!」

 「ちょっ!? 何やってんだ姫様!?」



 ばちばちと雷力(静電気)が爆ぜるような音を迸らせ、マリーベルの繰り出す『時流遡行』の魔力とノートの纏う抵抗魔力が真正面からぶつかり合う。

 柔和な顔を苦悶に歪め、脂汗をじっとりと滲ませ、触れた端から『時流遡行』を掻き消されながら……それでもノートに触れた手は決して離さず、練り上げた魔力を注ぐことを止めない。


 「ぐ、くぅ…………っ!!」

 「姫様()せって! 姫様!?」

 「く…………まだ、っ……!」


 小さな背中に刻まれた『魔力霧散』の呪印によって、今やノートの保有していた魔力はその殆どが霧消しており……今この瞬間においては幸運なことに、抵抗魔力の出力も併せて低下していた。

 人族ヒトの身でありながら有力魔族に匹敵する密度と出力を備える王女マリーベルは……少しずつ、しかしじりじりと着実に、出力を大幅に減じた抵抗魔力を食い破って行く。



 「なん、て…………強固な……!」



 マリーベルの全身全霊を以てしても、無疵むきずだった頃まで遡るまでは、ついに至らず。

 しかしそれでも……その効果は劇的。ノートの小さな背に刻まれた魔紋、痛々しい傷跡そのひとつが……少しずつ、少しずつ薄れていき。



 ばぎん、と呪いの枷が砕ける音と共に……三つ刻まれた履行条規のひとつが、ついにその効力を失う。




 「っ、く…………はっ、……はっ」

 「殿下! しっかり!」

 「ヴァルこれ……! 焼印が! お嬢の背中が!」



 整った顔を苦しげに歪める王女マリーベルは、肩で息をしながら脂汗をびっしりと浮かべている。もはや自分の身体を支えることすら億劫だと言わんばかりにヴァルターの腕に支えられるがまま……ぐったりと脱力しきっている。


 その顔は晴れ晴れ……とはいかず、なんとも形容し難い複雑な表情を浮かべていた。



 「その子の『呪い』を……私の力で除去出来れば、と……思ったのですが……」

 「だからって! そんな無茶を……!」



 魔力の大量消費による疲労感を隠しきれずヴァルターの腕で支えられるマリーベルは、じっくりと見るまでも無く消耗している様子。無理も無いだろう、王族とはいえ人族ヒトの身でありながら『時流遡行』などという高位魔法を……並外れた魔法抵抗力を持つノートに届かせ、その上で明確な効果を及ぼすに至ったのだ。

 しかしながら当のマリーベルは詫びるように……申し訳なさそうに、言葉を続ける。

 


 「……ですが、除去出来たのはほんの一部分に過ぎません。呪印は恐らく……大きく分けて、三画。しかしわたくし魔力チカラでは三画どころか、二画目に挑むことさえ叶いませんでした」




 治すことが出来たのは、ほんの一部に過ぎないと……自らの力不足であると言わんばかりに顔を歪める、高貴なる者。

 こともあろうに叛逆者たる自分達に頭を下げようとするのを必死に止めながら、ヴァルター達三人は驚きを隠せずにいた。





 ………………………




 「ノート……大丈夫か? 調子はどうだ? 身体に変な所無いか?」

 「…………ん……い」

 「………………ノート?」

 「……? …………んい?」

 「お嬢……? どうした!? 大丈夫かお嬢!」

 「? ……? ……んえ……?」



 マリーベルの尽力によって……三画仕込まれていたという履行条規のうち一つ『意識混濁』の除去に成功し、極めて幸いなことに目を醒ますことが出来たノートであったが……


 もともと眠たそうな言動が目立つ彼女であったが、目覚めてからの彼女はいつにも増して反応に違和感があった。

 薄暗い地中の室とはいえ、そのかおぎる影は決して気のせいでは無いだろう。その整った顔は相変わらずの愛らしさとともに……どこか空虚な雰囲気が拭いきれない。



 「んっ……ん……? ……?? ある、たー……?」

 「ノー、ト……」


 ネリーの抱擁からやっと解放された少女は微塵も動かせない下半身に微かに顔をしかめながらも、床に肘を突きながら上体をのっそり起こし……緩慢な動きで首を巡らせる。そんな様子を痛ましげに見遣るヴァルター達へ、ついに堪らずマリーベルが声を掛けた。



 「力及ばず……申し訳、ございません……ヴァルター様」

 「っ! そんな! おめ下さい殿下!」



 大国の由緒正しき王の血族が、こともあろうに大罪人である自分に頭を下げる。とても納得し難い事態に慌てふためくヴァルターであったが、当のマリーベルは尚も言葉を続けた。

 彼女曰く謝罪の理由――回復したと思しきノートに微かに過ぎる違和感――そのことについて。


 魔法による解呪処置の際に彼女が知った、ノートの措かれた状況について――ぽつぽつと、まるで懺悔でもするかのように――診断結果の開示を試み始めた。

※ネタバレ:最終的に完治します

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