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165_勇者と少女と絶望の烙印

新年おめでとうございます。

今年も定期更新順守で頑張りますので、

のーとちゃと被害者たちを宜しくお願いします。



 突然だが……この世界この時代には『奴隷』と呼ばれる者達が存在する。

 奴隷となるに至る経緯は様々であり、多い事例としては重犯罪を犯した者や、口減らしや借金のカタとして売られた者など。


 いずれも専門の業者によって取り扱われ、物理的および魔法的拘束を施す『処置』が為され、新たなる主人……『買い手』に引き取られていく。



 『物理的処置』とは……主として鋼鉄製の首輪や手枷・足枷、ならびにそこから伸びる重苦しい鉄鎖に繋がれることを指し。


 そして『魔法的処置』とは……奴隷とされる者に遵守させる履行条規を織り込んだ意匠を――拘束魔紋と呼称される呪いの紋様を――直接肌に刻み込まれることを指す。



 魔紋に籠められる履行条規は、奴隷に求められる役割や買い手の性格によって、実に多種多様。

 単純に『主人に危害を加えない』『自殺しない』『指示に従う』等といった命令を刻む者がいる一方で――奴隷の逃亡を防ぐため、奴隷による暴行被害を未然に防ぐため、などともっともらしい言い訳を掲げ――『視覚の剥奪』『言語野の封印』『片足の運動信号を遮断』等といった奴隷ヒトヒトとも思わぬ拘束を施す者も、残念なことに存在している。


 あまりにも度が過ぎる条規は、露見すればいかに所有主といえど罰則指導は避けられない。

 しかしながら……奴隷に刻まれる魔紋は完全に図柄化が成されているため、ぱっと見た限りではどういった条規が籠められているのかは判断出来ない。


 非人道的な履行条規は違法であり、摘発されれば厳罰に処させると、奴隷の取引業者にも周知されているが……『そういった条規』を刻むという需要は確かに存在し、大金と引き換えに危険を冒してでも『そういった処置』を請け負う()()()の魔紋施術業者も……確かに存在しているのだ。




………………………





 「ぐョぱっ」


 奇妙な音と夥しい鮮血を口腔から漏らし、胸と額に螺旋状の鋼杭を叩き込まれた男が即死する。



 「ごお゜、お゛――――………」


 開いた口に斬擊を受け上顎から上を斬り飛ばされた男が、喉から空気を溢しながら絶命する。



 「ぽぎゃ……ッ」


 『く』の字に折れ曲がって吹き飛び、音速に近い速度で壁に叩きつけられた男が飛び散る。



 「ひ、ッ……!! ひひ、ひィ……ッッ!」


 周囲の惨状を目にし、恐怖に引きつった声を溢しながら恥も外聞もなく失禁する初老の男。ディエゴによって四肢の自由を奪われながらも、しかしながらそのお陰で命を奪われずに済んだ彼は……『情報源』としての扱いではあるが、この地下研究室唯一の生存者となった。



 「理解したと思うが……貴様の役割は我々に、包み隠さず情報を伝えることだ。……見ての通り、彼らは最早もはや躊躇せぬ。少しでも生き延びたくば……無駄なことは考えるなよ」

 「は、はひッ!! ひ……ッ!!」







 水門に繋がる通用口から忍び込んだ四人は『剣』による探知魔法の反応に従い、小部屋の並ぶ狭い通路に足を踏み入れた。


 ついに辿り着いた、天使のようなあの子の反応地点……『ゴミ棄て場』からすぐ手前の――地上側から見れば一番奥となる――研究室然とした部屋。



 その内部をそっと覗き見た三人はすぐさま血相を変え、止める間もなく臨戦体勢で飛び出し、瞬く間に殺戮を始め……ディエゴがなんとか確保した一名を除いたことごとくを一片の躊躇もなく、あっという間に惨殺し尽くした。




 「……先生、スミマセン。お手間お掛けしました」

 「『遮音』は展開済だ。……問題あるまい」

 「……ありがとう、ございます。…………畜生ッ! あいつら……畜生ッ!!」



 ディエゴの下へ……捕らわれた責任者然とした男の前へ、ヴァルターは憤怒の形相を隠そうともせず近付いていく。

 一方ネリーとニドは憤怒から一転、今にも泣きだしそうな――というよりは実際に涙をぼろぼろ溢れさせながら――研究室のほぼ中央、寝台に横たえられた小柄な姿へ駆け寄り……



 「こんな…………こんな……! くそッ……」

 「ぐ……ッ、…………ワレが、居ながら……ッ!」



 彼女らが『天使』と可愛がる少女ノートの、変わり果てた小さな背中を……『処置』を施された彼女を、言葉少なく呆然と見詰めていた。





 ………………………………




 「……答えろ」

 「ひィッ!?」


 喉が震えそうになるのを押し留めながらもなんとか絞り出した声は、予想だにしていたよりも遥かに低く、抑え切れぬ怒気を滲ませ……その声とその顔を向けられた囚われの男は目に見えて脅え、自由の効かぬ身体で後ずさろうとする。


 「答えろ! あの子に……ノートに何をした!? ()()()()()!?」

 「ぎひっ!? ひィィ……!?」


 逃れようとする男の襟首を掴み、至近距離から殺意さえ込めた視線で射抜かれた男は……ヴァルターの持ち上げた血濡れの黒剣を視野に収め、震え上がりながらも生き残るべく必死に口を動かす。


 「ま、ま、ま、魔紋! 魔紋だ! 魔紋を刻んだ! じじざれ……っ、指示された通りの! ()()()を! おと……大人しく、させっ……させるための! わ、わたっ、わ……私は! 私は指示に従っただけだ! 従っただけだ! 頼む! 助けてくれ、頼む!」

 「魔紋に籠めた条規は?」

 「……ッ! そ、れは…………ヒッ!?」

 「吐け!! 早く!!」

 「い、言う! 言う! 言うから!」



 目線の鋭さを増し、血濡れの剣を無言で突き出すヴァルター。彼が(元)勇者だということを知ってか知らずか、単純にその迫力に気圧された研究員は目に見えて震え上がり、引きつった声を溢しながらも必死に言葉を紡ごうとする。


 自らの行いを誤魔化そうという浅はかな思考が一瞬浮かぶも、そんな子供騙しなど通用しないということを即座に突き付けられ……ついに観念したように白状し出した。



 ……ヒトヒトとも思わぬ、外道極まりない所業。


 自分達が命じられ、良心の呵責に苛まれながらも……しかしながら最終的には見返りに負け、年端もいかぬ幼子に施してしまった……


 ただただむごい、その仕打ちを。





 ………………………………




 狭い寝台に、うつぶせに横たえられているノート。目も覆わんばかりのきずは残され、異質な鋼の首輪こそ掛けられているが……幸いなことに呼吸と鼓動は確かに感じられる。


 そのことが……唯一の救いだった。



 ……いや、それさえも救いと見なすには……少々不足かもしれない。



 ノートの頭を覆い隠すようにぐるぐる巻きにされていた呪布――対象に拘束系状態異常を多重付与し、魔力と意識を撹乱し続け無力化する高度拘束用魔布――それを、そっと取り除く。

 さらさらと零れ落ちる絹糸のような綺麗な髪は、今なお美しく……それだけに背中のきずとの対比が痛々しい。


 見るも無惨な様相を呈していた小さな背中は、感染症や皮膚病等の二次的被害を防ぐため……ネリーが自ら持参した医療用軟膏を入念に擦り込んでいる。

 幸いにして――何のために用意されていたのかは考えたくも無いが――外科手術用の道具や消耗品は用意されており、包帯やら清潔な布やらには事欠かなくて済んだ。


 呪いの烙印によるきずをネリーが手当てする間、ニドは意識を手放したままのノートの身体を隅々まで拭っていった。

 血や汗や排泄物等といった穢れを、患部を刺激しないよう丁寧に、入念に拭う。見れば狭い寝台を中心として水気は広く飛び散っており…………この小さな身体に振るわれた悪意の大きさと、ノートの受けた痛みの大きさを物語っているようだった。




 呪布に縛られ意識を暗闇に落とされる中、追い討ちを掛けるように振るわれた焼鏝(凶器)による激痛。目を覚ますことも抵抗することも許されぬ中、突如として背中を焼かれる恐怖は……測り知れない。


 意識の戻らぬ微睡みの中、それでも反射的に逃れようと、思考が働かない中で必死に逃げようと……身体は反射的に暴れたのだろう。



 ……逃れようと、したのだろう。




 「小僧。そこを退け。……やはり殺す。可能な限りむごたらしく殺す」

 「駄目だ。……俺達じゃ刻まれた魔紋を取り除けない。コイツの知識はまだ必要だ」



 怒りの収まらぬニドと、同じく怒りの収まらない……しかし多少は先を見据えることの出来ているヴァルター。生き残りの生殺与奪を巡り、剣呑な視線が真っ向から衝突する。


 ノートの背に刻まれた烙印は――魔法効果を伴い、被術者の精神を好き勝手に弄くり回す拘束魔紋は――専門的な知識を持つ者でなければ、手に負えない。

 下手に手を出し処置を誤れば精神を掻き回され悪影響を及ぼし……最悪、廃人と化す恐れさえあるのだ。専門的な知識を持ち合わせている者を残しておかなければ、取れる対象は極めて狭まる。


 もっとも彼とて、叶うことなら直ちに恨みを晴らし(ブチ殺し)てやりたいのは山々なのだが。



 それ程までに――ネリーとニドが激情に任せ研究員達の殺戮に走り、『民を守れ』と刷り込まれてきたヴァルターでさえも深い恨みを抱く程までに――あまりにも酷い、酷い仕打ちであった。




 「『意識混濁』『魔力霧散』『下肢弛緩』……これが人族ヒトのする事かよ……ッ!!」


 「おのれ……!! 矮小な蛆虫風情が! よくも! よくも……ッ!!」




 下層の奴隷に施すものよりも更に重く、業の深い――不自由を強いるのみに留まらず、魔力を形造ることはおろか立ち上がる手段さえも、思考する権利さえも奪い去る――駆け根無しに『のろい』と呼ぶに相応しい魔紋。


 施されたが最後……起きるとも眠るとも付かぬ微睡みの中で、いずれは自我さえも溶かされる……忌むべき()()




 もはや奴隷でも、生命としてでも無い。単純に呼吸をし、代謝を行い、ただそこに居ることのみを強いられる――『実験用被検体』としての扱いを明示する――正気の沙汰とは思えぬ履行条規。


 彼らの悲嘆は、憤怒は……おおよそ研究室内のことごとくが破壊し尽くされて尚、止まることは無かった。





 穢れなき天使のような愛らしい姿。シミ一つ無い透き通った肌。どこか気の抜けた心安らぐ声。無警戒に穏やかな笑みを振り撒く、愛くるしい顔。



 彼女のそんな姿を見ることは……もう、無い。



※ネタバレ:治ります。

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