164_少女の権能と呪いの結実
「坊、改めて伝えておこう」
「ん……? 何だ?」
「吾の呉れてやった剣な、アレについてよ」
各々の装備を整え、喪失した魔力や体力をネリー特製癒薬でやや強引に補填し……四人は足音を可能な限り控えながら、長大な螺旋階段を駆け上がっていく。
そんな中。二番手を進むニドより先頭のヴァルターに、相変わらず声量を落としながら先述の言葉が投げ掛けられた。
「御前や坊の持っとった『白い剣』な。アレに形やら重さは極力似せてあるからの、そこまで違和感無く振るえるとは思うのだが…………だがそれでも、アレとは明らかな相違点があるでな。それを伝えて措こ」
「相違点……?」
「うむ。まぁ……大したこと……かもしれんの」
どこか勿体ぶったような、それでいて若干声音を落としたニドの言葉に、にわかにヴァルターの期待が高まっていく。
ほんの数刻前……リカルド邸で黒の剣を託されるときに彼女に言われた、まさにその通りだった。何しろあの国宝級遺物『勇者の剣』と見紛うほどに見事な、見惚れるほどに美しい設えの『黒の剣』である。
ましてやその創造主はほかでもない……お伽噺にさえ登場する有名人物、あのニーズヘグなのだ。
恐らくは、勇者の剣に匹敵する稀代の業物であろう『黒の剣』……果たしていったい、どんな凄まじい性能を秘めているのだろうか。きっと神話級の名に相応しい凄まじい能力が秘められているに違いない。
凄まじい、能力が……
「坊にやったあの剣な。何の性能も秘めとらんだ。済まんの」
「……………………………………えっ?」
「うむ。だからの、何の性能も秘めとらんだ。済まんの」
稀代の業物、ニーズヘグの『黒の剣』。
それが……何の性能も秘めていない……?
あからさまにがっくしと肩を落としたヴァルターに、畳み掛けるようにニドによる解説が続く。
ニド曰く『白の剣』との差違とのことだが……それはまさにヴァルターの予想を裏切る、思ってもみなかった内容であった。
「その剣な、あの『白の剣』とは違うて……摩訶不思議なオマケは付いておらん。獲物を捜すにも使えぬし、びかびか光って魔法を纏うことも出来ぬ。何度か言うたであろう、ただの棒切れよ」
「…………そう、か」
「うむ……期待させたようで済まなんだがな。亡者の河岸で延々と、それこそ何百年何千年と振り続けられるように……『隔世』と『不変』の呪いを籠め過ぎたようでな。如何なる手段を以てしても削れず、銘も魔紋も刻めず、能力を付与しようにもお手上げな状況でな」
「……………待て。待て待て待てちょっと待て。え? 何つった?」
特殊な能力が備わっていない。それは良い。
だが…………今、とても聞き捨てならない発言があった気がする。
「能力を付与しようにもお手上げな」
「その前! 削れず~ってあたり! ……え? 何だ!? 如何なる手段でも削れないっつったか!?」
「お、おう……」
予想外の食い付きに若干引き気味のニドと、予想外の性能に我が耳を疑うヴァルター。
劣化を防ぐために出鱈目な堅牢さを持たせた黒の剣は、神話級と目されるニーズヘグの力をもってしても、一切の加工が不可能。そのことがニドにとっては歯がゆく、申し訳なさを感じているのかもしれないが…………とんでもない。
説明を受け、ヴァルターが捉えた……『黒の剣』の能力。
神蛇ニーズヘグが加工を諦めた、その剣の能力。
「お前にも削れない……つまるところ実質、絶対に壊れない…………絶対に刃が零れない、鈍らないってことだろ!? 手入れ要らずで斬れ味が落ちないって事だろ!?」
「む……? 手入れ云々は解らぬが、刃が欠けることは無いだろうな。そんな柔であれば苦労せぬ、だからあの『すらいむ』に叩き込んでも大丈夫だと」
「それ滅茶苦茶じゃねーか!!」
「お、おぉ…………?」
戦場に於いて一本の剣を使い続けることは、極めて稀である。
何か特別な付随効果を持つ魔道具……それこそ『勇者の剣』のような業物であれば話は別だが、十把一絡げの鋼の剣などを後生大事に使い続けることは、極めて難しい。
ましてや……何十、何百、何千かそれ以上の敵を斬り続けなければならない戦場に於いては、尚更である。
敵の全てが粘菌種のような軟体であるならば話は別かもしれないが……いかに金属の刃といえど骨を斬ろうとすれば、あるいは敵の金属防具に当たりでもすれば、当然刃は鈍る。
たとえ鋼の鎧兜でなくとも、木盾の縁取りの金属板にでもカチ当たれば……いとも容易く刃は潰れる。
俗に言うとことの『強い武器』とは、つまるところ『斬れ味が鋭い武器』ということであり。
『斬れ味が鋭い』ということはつまり『刃の厚みが薄い』もしくは『鋭い』ということであり。
『薄く、鋭い刃』というものは往々にして……非常に脆い。
非常に斬れ味の鋭い剣を作ったとて、その攻撃力は長続きしない。
かといって長く使える剣を仕立てようとすれば、頑丈さを高めるために刃は厚くなり……斬れ味は落ちる。
刀身を形成する金属素材を工夫したり、複数の材質を組み合わせ斬れ味と強度の両立を図る手法も試行錯誤されているものの……いずれにせよ定期的なメンテナンス――砥ぎを始めとする各種手入れ――は、絶対に欠かせない。
しかしながら……ニドの造り上げたこの剣は。
ヴァルターの腕や脚を、その骨ごと幾度となく斬り飛ばした……黒曜石のように艶やかな闇を湛える黒染の剣は。
その鋭利さでありながら……絶対に劣化しないと――刃が潰れることが無いと――ニドはそう言ったのだ。
無論、国王陛下殿から賜った『勇者の剣』とて、鋼の剣などとは比べるまでもなく優秀な逸品だろう。高い切断力と頑丈さ、更には魔道具としての機能をも備える規格外の業物である。
しかしながら『剣』である以上、いずれ壊れんとも限らない。事実としてかつて自分が振るっていた――今となっては国王に取り上げられた――『勇者の剣』に至っては、ノートのそれと比べてみれば一目瞭然……明らかに劣化している。
能動探知の精度は低く、光輝の剣や光条の槍に至っては……機能そのものが喪失している。
歴代の『勇者』が激戦を潜り抜けてきたことの証左ではあろうが……しかしながらそれはつまりノートの持つ『勇者の剣』とて、扱い方によっては損傷する可能性もあるということに他ならない。
しかしながら……この剣は。この黒染の剣は。
ニドの言葉を鵜呑みにするのなら……千何百年の時を経ても劣化することは無く、前時代の最上級脅威の手をもってしても削ることが出来なかったという。
つまりは――どれだけ荒く用いたとしても、たとえ手入れを怠ったとしても、敵に全力で打ち付けたとしても――損傷する心配がほぼ皆無ということだろう。
それは……常識を覆す、破格の性能と言えよう。
「…………そうなのか?」
「そうなの!! スッゲェの!!」
「お、おう」
それらの考察を(声量を抑えながらも)鼻息荒く捲し立てるヴァルターは、今やどこをどう見ても喜色満面といった表情を見せていた。
ちなみにニドの後ろに続くネリーも鼻息荒く――こちらはスカートが捲り上げられ腰横で縛られ、尻と下着が丸出しのまま階段を駆け上がるニドのあられもない臀部を凝視しながら――そんな状態でも警戒は怠らず、周囲に気を配りながら追い縋っている。
「呵々。まぁ……気に入って貰えたなら良い」
「本当に………本当に俺が貰って良いのか?」
「そのつもりよ。そう云うたであろ?」
「…………大切なものだったんじゃ」
「今となっては無用の長物よ。坊に使って貰うたほうが、吾は嬉しいぞ?」
「……………ニド…………」
一転し申し訳なさそうな顔を見せたヴァルターに、一方のニドはからからと笑いながら声を掛ける。
その笑みは、以前のように他者を小馬鹿にする素振りなど見せず、さっぱりとした気持ちのよい――非常に魅力的な、溌剌とした少女らしい――見惚れるような愛らしい笑み。
「云うたであろ。前払い……『報酬』とな。気負いする位ならば……」
ひそひそと言葉を交わしながら、階段を登り続けることしばし。先頭を行くヴァルターの足が……ついに止まる。
笑みを湛えていた愛らしい顔を引き締め直し、後続の二人とも視線を交わし合い……力強く頷く。
「……報酬分の働き、期待しておるぞ? 吾らの『勇者』よ」
「…………任せとけよ」
こちらも力強く……頼もしい返事を返し、二本の剣の柄に手を運ぶ。
大きく深呼吸、合図と共に扉が開かれ……
四人は音も無く雪崩れ込んだ。




