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162_勇者と少女と奈落の番人



 『粘菌種(スライム)』。液体の詰まった袋のような姿かたちを持つ、一般的な魔物。


 生息環境によって『身体』の色や質感は多種多様だが……透明な『身体』のいずこかに弱点となる『核』が存在すること、また総じて高い衝撃耐性ならびに低い魔法抵抗力を持つことが特徴の……()()()()()()()()()比較的討伐し易い魔物である。


 掴み所の無いその体組織は極めて柔軟性に富み、素早さこそ無いものの害意を込めて蠢く()()()は……しかしながら毎年少なくない被害者を出している、れっきとした魔物である。

 頭上から顔面に落ちて来られたり、休憩中気付いたときには靴を溶かされていたりと……その神出鬼没さは決して侮れない。


 獲物となる有機物に覆い被さり、身体全体を用いて獲物を分解し、そのまま直に吸収する。

 有機物に触れた端から分解・吸収を試み始めるため、素肌を晒しながら近づくのは厳禁。革や布等は見る見るうちにボロボロにされ、肌に付着すれば皮膚を溶かされ爛れていき、直接纏わり付かれれば完全に除去し切ることは難しい。


 充分な流水で洗い流してしまったり、襤褸ぼろきれで完全に拭い去ってしまったりと、適切な対処が取れるのならばどうということは無いのだが……『たかが粘菌種スライム』と舐めて掛かり、至近距離まで近付いてしまった上に対処に手間取り、触腕と化した体組織や飛び散った体液にへばり付かれ、そのまま末端からじわじわと消化され…………命を落とすまでは行かずとも大怪我を負う被害者は後を絶たない。



 粘菌種スライムの対処法は、非常にハッキリしている。

 一撃で心核を割り、武器が腐食される前に片を付けるか……あるいは攻撃用の魔法で体組織ごと処理するか。


 幸いにして粘菌種スライムの動きは遅く、マトである心核はこれまた非常に解りやすい。透き通った体組織にぽっかりと浮かぶ赤い球体……非常に目立つ。


 本来の粘菌種スライム程度であれば……仮にも『勇者』であるヴァルター達にとって、然して手間取る相手でもなかった。







 「いや無理っしょ。……ちょっと、あの……ぇえ……、何この…………えぇ……? 有り得んっしょ」

 「なぁ坊、ワレよく知らんのだが……今の『すらいむ』とはんな化け物じみた魔物なのか?」

 「そんなワケあってたまるか! こいつが有り得ねぇんだよ常識的に!」

 「確かに…………コレは少々、規格外よな」



 目の前に広がる円柱状の空間……そのほぼど真ん中。行く手を遮るように鎮座する、ぶよぶよとうごめく巨大な物体。形状と挙動はどう見ても粘菌種スライムのものなのだが……しかしながら明らかに普通では無い。


 本来は透き通っている筈の体組織は――恐らくは周囲の薄暗闇によるのものではない理由によって――向こう側が見通せない程にどす黒く濁りきり、弱点である『心核』の所在さえも隠されてしまっている。

 加えて……ひと一人ひとりどころか四人纏めて覆い被せそうな程に巨大な、その図体。


 対粘菌種(スライム)定石セオリーである『一撃で心核を破壊する』ことが極めて困難であろうことは……疑うまでも無さそうだ。



 「……『心核コア』どこだこれ。どうすんだこれ」

 「ヴァルちょっと潜って来いよ。泳げんだろ? チョチョイと潜って心核コア潰して来い」

 「死ぬわ!! アレ! ヤバいよ! 見る! 金属! 溶けてる! 危険! アレ危険!!」

 「わ……解った、落ち着け。悪かった……怪しげな商人みてぇだから。落ち着け、な?」



 弱点コアの位置が目視で確認できず、しかも――都合良く外周に位置してでもいなければ――刀剣による斬撃でさえも、中央まで届かぬ程の巨体。

 『目視が不可能な以上、手探りで探すしかないだろう』というネリーの茶化しに対しては……奴の()()()を見咎めたヴァルターが必死で抵抗を見せる。


 無理もないだろう……つまりあいつは動物や植物などといった有機物だけでなく、金属や硝子等の無機物でさえも問答無用で溶解してしまうのだ。




 「………やはりというか、魔法も駄目か」

 「ふむ……床面の魔方陣か? 魔法効果が明らかに減衰している」

 「ディエゴ先生……あいつ燃やせます?」

 「無理であろうな。時間と手間を掛けられぬし、無闇に炎をおこせば空気が尽きよう」

 「ぐぬぬ」



 粘菌種スライムに対して有効打となり得る、『炎』の魔法。……しかしこの空間には魔法阻害の陣が敷かれており、ディエゴといえど有効打を与えることは難しそうであった。

 炎よりも効果の薄い『風』や『水』など……試すまでもないだろう。


 しかしながら……あの魔方陣はあの粘菌種スライムを封じ込める役割が本来の用途なのだろう。()()()()はどれも魔方陣の外側に散らかっており……つまり奴の行動範囲は魔方陣の中に限られるらしい。

 この通路まで出てくることが無さそうだ……というのは朗報だろうが、かといって策に悩むことに変わりは無い。



 「魔法はほぼ駄目。ここで消耗すんのも馬鹿らしい。……やっぱ殴るしか無ぇか?」

 「呵々々(かかか)! 解り易い。ワレも賛成だ」

 「いやでもだから……『心核コア』の場所が……」

 「そんなもん、探せば良かろ」

 「いや、だからどうやっ…………ニド、どうした?」

 「む?」



 ヴァルターの戸惑いも露な声に導かれ、ネリーとディエゴが目を寄越し…………揃って唖然とする。尤もネリーの口許くちもとはあからさまに歓喜に染まっていたのだが。


 一体何を考えているのだろうか、ニドはネリーから借り受けていた外套を脱ぎ去り……更に脚を守っていた脚甲レガースの止め紐をも解いてしまっていた。

 それどころか、次は硬革ハードレザーのロングブーツと靴下ソックスさえも脱ぎに掛かり……瞬く間に滑らかなラインを描く少女の素足が露になる。

 少女と呼ぶにもまだ幼げな……しかしながらどこか大人びた下半身のライン。幼さを残しつつも艶かしい、男好きしそうな女性的なプロポーションを――腹部や脚部、ほどよく鍛えられた体幹の筋肉によって奇跡的に形作られた、健康的でありながらどこか艶を漂わせる蠱惑的なラインを――恥じることも無く、惜しげもなく誇示していた。



 「『何』と云われてもな……あの『すらいむ』をなんとかする準備よ。さすがにこれ以上衣装を駄目ダメにはしとう無いからの」

 「………あぁ、なるほど」



 ついにはスカートまで捲し上げ、かなり際どい位置まで太ももを惜しげもなく晒すニドに、相変わらず唖然とする師弟二人。困惑気味に視線を寄越すディエゴと、瞳を見開き食い入るように太腿ふとももを凝視するネリー。

 身体強化を会得している筈のネリーはどうやら……この調子では恐らく、ニドの企てる作戦にはまだ思い至っていないようだ。


 一方のヴァルター……各種身体強化魔法の特徴を把握している近接戦専門の彼の方はというと、ニドの行おうとしていることに思い至ったらしい。

 ニドに倣い腕と足の防具を外そうとするも…………その挙動はしかしながら、ニドの手によって止められた。



 「坊は、剣。使えば良かろ」

 「え、いや………でも溶かされたら嫌だし」

 「溶かされんわ阿呆。良い試し斬り相手であろ。……いいから、試してみよ。なんだったら一発打って駄目ダメそうならめれば良かろ。依存性なぞ無いし『スパーッ』とやるのは気持ち良いぞ? 大丈夫だ、皆やっておる。一回だけ、一回だけ……な?」

 「その誘い方はダメな気がするぞ!?」

 「いいから、ワレを信じよ。一回だけ、な?」

 「何でいちいち不穏なんだよ!?」



 軽薄な遣り取りの間に、どうやらニドの身支度は完了したらしい。

 脚を覆う衣類やら装備やらは全て取り除かれ、柔らかく綺麗な脚が惜しげもなく晒されている。……糸による罠にて負った傷は、既に欠片も残っていない。

 ひらひらと翻っていたスカートは纏めて括られ、腰の高さで縛られている。当然なかなか際どい位置まで見えてしまっており……挑発的な色柄の下着や丸みを湛える尻たぶが今にも顔を出しそうで、先程から約一名の鼻息が荒い。


 一方のヴァルターは……問答をついに諦めた様子で、白黒二本の剣を抜き放つ。

 ニドはしきりに『大丈夫だ』を繰り返し、からからと笑っていたが……やはり心配なのは変わり無い。ノートから(無断で)借り受けた白剣を傷めるわけにはいかないし…………ニドから託された――曰く彼女の半身であった――黒剣も、尚更傷付けたくは無い。



 「…………ふん、可愛いげの無い小僧め。仕様しようが無いの、ワレが手本を見せてやろ」



 なおも躊躇するヴァルターに痺れを切らした……にしては妙に嬉しそうな――まるで『良いところを見せてやろう』とでも言いたげな、あるいは悪戯を思い付いた子どものような――表情で、自信満々に笑みを浮かべる。

 準備運動のようにぴょんぴょんと跳ねていた動きを止め――たゆんたゆんと揺れる膨らみを凝視していたネリーに微笑みを返し――満を持して身構える。



 

 「重ネテ謳エ(並列付与)……疾レ(瞬間強化)抗エ(表層硬化)吾ガ身ヨ(発現指定)……構エ(能動待機)



 『二重ドヘル』の身体強化魔法を待機状態に……即座に発現できる状態に身構え、準備万端とばかりにニドは振り向く。

 規格外も甚だしい、異様かつ巨大な粘菌種スライムを前にして尚、彼女の自信は揺るがない。



 「まァ……見ておれ。たまにはワレ()()()()魅せねば……な!」

 「ちょ、あ……!? おい!」



 勢いよく飛び出していったニドは、触れたものを触れた端から溶かし尽くす化け物(スライム)に向け……果敢に、一直線に突っ込んでいった。

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