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161_勇者と従者とリーベルタの城

(某贋札工場な城のイメージで)



 音を立てぬよう細心の注意を払いながら、行く手を遮る鉄格子の一部を削り切る。


 馴れない水中、かつ深夜の真暗闇での作業に当初こそ手間取ったが、何度か試みるうちに勝手を掴んだのか……何度目かの試みの末、鉄棒のうち二本を取り除くことに成功した。



 『……そこ。気を付けろ』

 『任せァいだッ』

 『………すまぬ、ネリーよ』



 呼吸器を含む頭部周辺に流水の膜を張り、呼吸が可能な分の空気を確保する。

 ネリーの『流水操作』によって――限定的ではあるが――水中での活動が可能となった四名は、王城内部へと上水を引き込む水路へと身を滑り込ませていった。

 身軽であるものの泳ぎは不得手、しかしいざとなったら単身で離脱可能なシアは……貯蔵区の隅っこの樹上にて隠蔽魔法で身を隠し、王城の監視兼待機中である。



 取り込まれた空気と、支配下に置かれた流水とによって……とりあえず振動による音声伝播は可能のようだ。範囲を絞り精度を高めた能動探知によって進路を探りながら、ヴァルターは水を掻き分け先頭を泳ぎ行く。

 そのすぐ後ろには水中活動が不得手な(およげない)ニドをかかえ柔らかさを堪能するネリーが続き、最後尾……殿しんがりをディエゴが務める。


 王城の水源でもある二条の大河……レスタとライザは、そのまま王都の生活の要でもある。防衛上の要であるとはいえ、さすがに肉食魚や水棲魔物の類は配されていないようだった。

 城攻めを行うような重装兵であれば、身の丈以上の水位を湛える川に落ちた時点で、ほぼ死は揺るぎないだろう。逆に沈まぬ程に軽装の敵兵であれば河の流れで下流へと拐われ、そのまま戦線離脱を余儀なくされるか………マトになるだけだ。

 それらの防衛上の事情、ならびに近辺を行き交う船とそれを操る者の心象を鑑みて……水中に脅威が配されているとは考え辛い。正直警戒する必要は薄いと言え、事実としてその通りだった。



 『背後に危険は無い。安心して進むと良い』

 『了解です。………狭いぞ、気を付けろ』

 『解ってらいだァ!』

 『だ……大丈夫かの……?』



 王城区の本丸、王城施設は……なかなかに巨大である。


 王やその血族をはじめとする、やんごとなき方々の座する建物……行政や会議や謁見や採可を取り仕切る、『城』たる機能の中枢である『主塔』。

 本丸の外周をぐるりと囲む城壁や回廊、跳ね橋を巻き上げる櫓門と一体化した、左右両翼の兵舎塔を始めとする『兵員施設』。

 登城する者達――場合によっては王一族も含む――彼らの信仰と心の拠り所でもあり、時折は行事や式典を執り行う場としても活用される大空間……『礼拝堂』。

 それら全てがひとつの塊となって、河の流れに抗うかのように川底に根を下ろし………リーベルタ王国の最終防衛拠点を築いている。その城塞群にこうして取り込まれた上水は地下に張り巡らされた水路によって、王城施設内各所へと引かれていく。




 破った鉄格子を進むこと、暫し。垂直に向きを変える水流に逆らわず縦穴を上って(浮かんで)いき、やがて水面の気配が近付く。

 闇に閉ざされた視界では目視するこは叶わないが、借り受けた剣の探知機能は周辺に動体が確認できないことを……危険が無いであろうことを告げている。

 ゆっくりと浮上し、おっかなびっくり水面から顔を出す。微かな風の流れを頬に感じ、暗視サイトの加護を得た視界を巡らせる。


 ………大丈夫だろう。水面下に潜む後続に合図を送り、立て続けに三つの頭が顔を出す。

 きょろきょろと視線を巡らせる四つの視線が集まった先。よじ登れそうな縁を見つけ、一同が頷きをもって意思を示す。



 真夜中、加えて狭矮な地下空間……一切の光源の無い空間に、ざばざばと水音が響く。

 四人が続けざまに縁をよじ登り、地下水路の縁へと座り込む。やがてひたひた、ぽたぽたと音は代わり……四人はようやく腰を落ち着けることが出来た。





 「……とりあえず、城の地下で間違い無ぇよな」

 「だろうな。……けど初めてだわ、こんなトコ」


 警戒を強めながら、音量を潜めて言葉を交わす。現在の状況と周囲の情報を検分するためには、多くの思考と意見を求めた方が効率が良い。

 各々が暗視サイトを用いて周囲の状況を確認し、得られた情報を突き合わせて今後の方針を定めていく。


 「あの子らの反応は?」

 「……遠くは無いな。この……点検通路か? これで近いとこまで行けそうだ」

 「要は進む他無いと云う事だの。解り易い」

 「そうさな。……動けるか?」

 「私は行けるぜ。まだパンツ若干湿ってっけどノンビリしてられねぇ」

 「うむ、ワレも問題無い。不快な返り血もまぁまぁ落ち一石二鳥よ。下着は濡れておるがな」

 「そんな情報要らねェから!! どいつもこいつも恥じらいを持て!!」



 顔を赤らめた様子のヴァルターを尻目に、周囲に漂っていた魔力――冷えた身体を暖め、濡れた衣類の水気を飛ばすための炎熱結界――が、音もなく霧消する。

 短時間の小休憩ではあったが、ディエゴの気遣いによって身体は健常な体温を取り戻している。装備の水気も殆んどが飛ばされており、動きに支障は無い。

 これならば……行軍には問題無さそうだ。



 「んッ……」

 「む……どうした、ネリーよ」

 「いやぁ………股間がさ、やっとして。ニドは大丈夫か? ぐっしょり濡れてないか?」

 「む? ……濡れておるが、問題は無い」

 「濡れてる? ニドの股間ぐっしょり?」

 「うむ。ワレの股間がぐ」

 「それ以上言うな!!! 言わせんな!!!」



 …………問題無さそうだ。





………………………………





 地下水路を進み始め、最初に遭遇したのは大掛かりな地下水門。先程まで休憩していた大穴の縁からほんの数十歩……文字通り『すぐそこ』であった。


 「水門自体が『浄化』の魔道具のようだな。此処で毒素や病の源を消滅させるのだろう」


 とはディエゴの談。

 聞けば、継続的に魔力を送り続けるために『蓄魔石』の類が幾つか組み込まれているらしく、つまりはそれに魔力を供給する役割の者が、定期的にここまで出入りしているということであり……


 「そう労すること無く、城と此処とを出入り出来ると云う事だ」


 ……そういうことらしい。



 王城区の中でも上流側に位置する、この一連の取水施設――大河の流水を迎え入れ、王城区内へと引き込み、組み込まれた『浄化』の魔道具で毒を取り除く水門――ここは設備に魔力充填を行う保全要員のため、極めて歩きやすい通路が設けられていた。

 よくよく見れば確かに、壁際の足元には随所に魔力灯が見てとれる。……まぁ尤も、人けの無い真夜中とあっては灯りを湛えることもなく、水路脇の通路は真っ暗闇に包まれているのだが。

 とはいえ、流水の音を響かせる太い水路のすぐ脇、並走するように道が設えられていたのは、嬉しい誤算であった。何せ再び水中を泳いでの探索をも覚悟していたのだ。



 「つまりはこの通路を歩いてけば、王城のどっかに出られる……ってことか?」

 「少なくとも『兵員施設』は掻い潜れるだろうな」

 「安心したわ……また水ん中潜んのかと思ったぜ。もうパンツぐしょ」

 「しつこいな!!!」



 解りやすく顔を赤らめ、肩を怒らせるヴァルターを先頭に……四人は慎重に地下道を進んでいく。


 能動探知ソナーで慎重に道を探るヴァルターに導かれ、幾つかの分岐を経て更に進む。王城区の隅々まで上水を引き込むためとあって、この地下水路はなかなかに巨大かつ複雑な構造となっているようだ。

 目指す場所は、あくまで『王城主塔』の地下施設。道をひとつ間違えるだけでも全く別の場所に連れていかれ、大幅なタイムロスとなってしまう。


 慎重に、それでいて急がねばならない。果たして間に合うのか、無事に彼女らを奪還できるのか、不安ばかりが膨らむ中………



 ついに……彼らが恐れていたことが、起こってしまった。




 「な………!?」

 「………どしたヴァルター」



 唐突に身を強張らせ、歩みを止めるヴァルター。思わず周辺を警戒し、身構えるネリー以下三名であったが………ヴァルターの緊張の原因はそれ(・・)では無かった。


 「………メアの反応が……消えた」

 「は!?」「何!?」


 ノートの反応と共に道標として瞬いていた、穏やかな反応が……突如として消えたのだ。

 何の前触れもなく、ぱったりと。


 まさか、と……彼らの頭に最悪の事態が浮かぶ。

 間に合わなかったのか、助けられなかったのか。あの穏やかで心優しい少年を……守れなかったというのか。

 焦燥感を隠そうともせずに分岐を曲がる。水の流れとは異なる方向へ、ヒトが出入りしている形跡の色濃く残る石組の通路を、ひた進む。



 「その者の反応は……『突然消えた』か? 『徐々に弱まっていった』のでは無く?」

 「……ええ、突然………ふっと消えた感じで」

 「ふむ……ならば大丈夫(・・・)だろう」


 あっけらかんと告げられたディエゴの言葉に、弾かれたように反応を返す三人。

 徐々に遠ざかる水音と、代わりに近付く引き摺るような音に警戒を強め身構えながら、ディエゴは説明を続ける。



 「恐らくは……魔力を遮断し、拘束するための呪布を用いたのだろう。突如として反応が消えたというのなら、それが当て填まる。仮に殺されたのならば反応は徐々に弱まっていく筈だ。……第一、態々(わざわざ)手間を掛けて捕らえた魔族の被検体だ。殺す必要性が感じられない」

 「………つまりはメアは無事? ……魔力反応ごと封じられてるだけってことか」

 「封じられたってことは………どっかに移される可能性も……」

 「有るだろうな。彼の者を縛るだけでなく、勘の良い者の探知を欺くためだろう。その代物にも心当りがある。………此の様な事に使われるとはな」

 「まぁ……要するに」




 やがて……四人が行き着いたその小部屋。

 円柱状の空間の外周にはぐるりと()()()()が設けられており、ここから城内施設へと侵入できるであろうことは間違い無いだろう。


 ただひとつ。行く手を遮るように佇む、()()()を掻い潜ることが出来るのならば。



 「邪魔なコイツを退かさねぇと、ってか」

 「………構えろ。作戦変わらず。速やかに脅威を排除……突破する」

 「了解」「うむ」「心得た」



 床面に巨大な魔方陣のようなものが描かれた、円柱状の空間。螺旋階段の昇り口を封鎖するように位置取る、巨大な門番。

 底面の直径は五m、頭頂高も三mは下らないであろう……ひどく巨大で、淀み、濁った色の()()()



 ―――粘菌種(スライム)属。その一種だろう。



 壁際には()の食事跡と思しき痕跡……途中までを醜く溶解された金属片や、硝子筒や、生物の骨らしき残骸が散らばる。眼前の粘菌種(スライム)種が極めて強い腐食性を秘めていることは間違い無いだろう。


 迂闊に飛び込めば……触れた端から溶解されてもおかしくない。



 だが……立ち止まる選択肢は、彼らには無い。

 四人は各々身構え、戦闘体勢を整える。




 一刻も早く、囚われの天使達を救い出すために。

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