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160_勇者と従者と城区侵攻



 龍眼の宮廷魔導師、ディエゴ・アスコート。


 人族はおろか獣人族セリアンスロープにも有り得ない、鋭く縦に伸びた瞳孔……尋常ならざる魔力を秘めた金色の瞳を始め、龍種の身体的特徴をその身に備える『魔族』の一人。

 長きに渡り王国に仕え、屈指の魔法の才と並々ならぬ知識により、王国の魔法研究に多大なる貢献を果たした人物である。


 多種多様な魔法を修め、それらを十全に使いこなす才人。

 得意とする魔法は、主として『炎熱』による焼夷殲滅………ならびに『阻害(デバフ)』による無力化、および拘束。


 特にその『阻害魔法』は……『状態異常』とでも言える症状を複数同時に誘発させて状態異常抵抗レジストの加護をすり抜ける、ディエゴ独自の混合魔法。

 ただの人族ごときが抵抗できるような代物では無く、仮に状態異常に備えていたとて一枚シングル防壁レジストでは到底防ぎようもない。



 つまりは………彼を人族ごときが拘束するなど、そもそも不可能だったのだろう。


 彼の幽閉されていた小部屋からここまで、遭遇する兵士に片っ端から睡眠・昏睡・酩酊させ(状態異常をばら撒き)ながら……自らの足で悠々と脱獄してきたのだという。





 「………相変わらず半端ねーな」

 「………見事というか……なんというか」

 「褒めてくれるな。面映おもはゆい」

 「む……、ぐぅ………面目無めんぼくない……」



 抵抗は勿論、応援を呼ぶための声すら上げられず……あっさりと無力化される、決して少なくは無いであろう兵士達。

 顔も名前も知らぬ彼らをほんの少しだけ憐れみながら……一人増えて五人となったかたまり――とりあえずは無事合流を果たせたことを喜ぶ三人と、しおらしくも反省の色を見せる一人と、そんな四人を興味深く見つめる一人――彼らは改めて、静かに王城区を侵攻していった。



 「しかし……『半端無い』といえばだ。……ニド嬢、で宜しいか?」

 「………む? ……む………嬢?」

 「どう見ても『嬢』だろ。諦めろ」

 「そうとも! ニドは魅力的で性的な子だぞ!」

 「……そう、か…………はは。……そうよな」



 王城区内、三之丸(居住区)から二ノ丸(貯蔵区)へ。大河の水を引き込まれた水堀と、跳ね橋を備える櫓門――内側から橋を下ろさなければ渡ることの出来ぬ、守るに易く攻めるに難い防衛線――に守られた堀の向こうへ。

 一見するとどう考えても辿り着けなさそうな対岸であったが………城攻めの常識に真っ向から喧嘩を売るような強引な手法によって、あっさりとその関所は突破されたのだった。


 二ノ丸下流の関所……跳ね橋の開閉装置を守るための詰所には、そこまで多くの人員が配されているわけでは無かった。

 これが戦時中であるならば話は別だろうが……最低限の巡回要員と数名の見張り番しか配されておらず、ディエゴの阻害魔法であっけなく全滅した。


 ………後は、跳ぶ(・・)だけ。呆気ないものであった。




 「……先だっての、あの踏込み。……近衛の隊長格であっても、あれ程の速さ迄は至れまい。………幼い身ながら、見事だ」

 「おさ……………う、うむ。……お褒めにあずかり……光栄だの」

 「……はは。……幼い、ね」

 「ええい笑うでない!!」



 あっさりと第二櫓門を突破した五名。ほぼほぼ全滅したであろう巡回歩哨に気を張る必要もなく、しかし本丸(王城)からの監視の眼を避けるように……大小様々な貯蔵庫が建ち並ぶ二ノ丸(貯蔵区)をひた進む。

 三之丸(居住区)と異なり、跳ね橋が上げられ道の閉ざされた深夜とあっては……そもそも兵士以外の人通りなどが有り得ない領域である。

 警備の人数も三之丸に比べれば圧倒的に少数、もはや無事な警備兵など皆無であろう。五名は上流を目指し、ずんずんと進んでいった。



 あっという間に、二ノ丸(貯蔵区)の最上流。

 先程と同様――厳密にはより水面が遠くなり、かつ幅を増した――流水の水堀と、跳ね橋付きの櫓門が待ち構える()()は………しかしながら先程とは異なり巡回兵士の数も見張りの数も圧倒的に多い。

 他でもない。王都……いやリーベルタ王国(・・)の中枢『王城区の本丸』が、堀を挟んだすぐそこなのだ。この警備の厳重さも、致し方ないことだろう。



 「……どうすんだ? これ」

 「さっきと同じ方法は………」

 「無理だの。歩哨の数も多い。数人黙らせたところで見付かろう。露見は避けられまい」

 「彼女の云う通りよ。……さすがに全員の意識を刈る迄は、私の力では足りぬ」

 「………ですよね」


 石造りのがっしりとした倉庫の影から半分だけ顔を出し、遠く本丸の櫓門を眺め見る。見る限りではそこまで距離は無く、駆ければものの十数秒で辿り着けそうな程の距離。

 だが………しかし。

 その堅牢な石壁の向こうは………近いようでいて、非常に遠い。


 鉄鎖を巻き上げられ、半ばまで閉じられた跳ね橋の更に上方……鋸壁の向こうの歩廊には等間隔に篝火が焚かれ、見張りであろう複数の人影が見て取れる。

 半ばまでとはいえ橋を跳ね上げられ、巨大な壁として道を塞ぐ櫓門の左右には、それなりの距離を置いて左右両方に高く太い塔がそびえ立つ。

 この左右の双塔……物見楼や射掛塔としての用途に留まらず、この塔自体が兵士達の詰所兼宿舎でもある。極めて広範囲を見張り、異常が見つかればすぐさま号令が放たれ、塔内部で休息を取っていた兵士達がわらわらと出てくることだろう。


 加えて。

 もはや巨大な兵員施設と化した櫓門……跳ね橋と鋸壁を越えた、更に向こうには。

 凹凸の無い石畳が敷き詰められ、陽光に白く煌めく広場の……その更に向こうには。


 精緻で、豪奢で、絢爛な彫刻作品で飾られた、大国リーベルタの最高峰………リーベルタ王城の巨大な城門が、口を固く閉ざし待ち構えているのだ。




 「………………無理(げー)じゃね?」

 「ぴぴゅぴゅ………」

 「忍び込むのは厳しいよな……どうすっか」

 「正面突破なら話は早いのだがな。さすがに危険リスクが大きかろう」

 「むう……踏み潰せればれ程(ラク)か」




 最終手段としては……実力行使。


 宮廷魔導師の号を拝するディエゴを始め、この場に居る者は皆が皆『実力者』と呼んで差し支えない者ばかりである。

 特に………最高峰の運動能力を備え、攻も守もこれまた最高峰の――遠い昔に失われたはずの、強力極まりない技術の結晶である――至高の装備を携えている、今代の『勇者』。

 栄えあるその称号はてるつもりであろうが、その一騎当千の戦闘力は変わらない。たかだか有象無象の兵士ごとき、彼の行く手を阻むことは不可能だろう。



 ……だが。


 仮にも王城守護を任される程の兵士である。彼らも与えられた任がどれ程責任の重いものなのかは重々承知しているであろうし、生半可な覚悟では向かって来ないだろう。

 目的を果たすため、自分達の進路を切り開き安全を確保するためとあらば………彼ら兵士を斬って棄てる他無い。


 彼とて一時期は王都で過ごし、同じ釜の飯を食った兵士も少なくない。目の前のあそこに詰めている兵士の中にも、顔見知りが居る可能性は充分に有るだろう。

 ヴァルター自身、最悪『王』を殺すつもりでいるとはいえ……王命に従っている職業兵士達は、叶うことならあまり殺めたくは無い。

 あくまで囚われのノート達の下へと辿り着きたいだけであり、何も進んで屍山血河を築きたいわけでは無いのだ。



 さりとて……良い考えが浮かぶ訳でもない。

 こうして考えあぐねている間も、囚われのノート達が無事である保証は無い。反応は健常のものであるため、極端に消耗している訳では無さそうだが……五分後、十分後には何をされているのか……果たしてどうなってしまうのかは、解らない。

 一刻も早く辿り着くに超したことは無い。




 「手段………堀を渡る……水を渡る」


 奇しくも、つい先程()を渡るときに頭を悩ませていたときによく似た状況。

 陸路は閉ざされ、問題外。水上を行こうにも船など無いし、船などという目立つ代物で見つからない訳が無い。

 ならば空は………やはり厳しいだろう。


 加えて……先程と異なる状況として、人数が五名に増えている。

 さすがにシアとて、この人数を運ぶのは酷だろう。隠蔽魔法を用いていたとしても、何度も行き来すればさすがに勘付かれる。おまけに降下地点の安全が保証されていないのだ。一人ずつ運んでいったら一人ずつ捕縛されていた……なんて事態ことにもなりかねない。


 先程とどこか似た状況、しかし先程とはあちらこちら状況が異なる。

 変わった点。場所。水路の幅。増えた人員。ディエゴ先生と、ネリー。『炎熱』『阻害』の宮廷魔導師と、『自然環境』の魔法操る戦士………?



 (………自然…………ネリー?)



 ヴァルターの目の前で、顔をしかめ唸り声を上げている長耳族エルフの戦士。


 黙っていれば可愛らしくも映るだろうに……筋金入りの同性愛者にして幼女趣味というブッ飛んだ性的趣向が色々な意味で台無しにしてしまっており、こと美少女の性的要素が絡むと途端にポンコツと化してしまう彼女。

 一方で……ちゃんとしているときは頼りになり、旋風つむじかぜや砂礫など自然に類する魔法を操る上に身体強化魔法さえ修め、身のこなしも軽々しく……極めて器用な彼女。



 (『自然』………それって、もしかして)



 ヴァルターの脳裏に浮かぶのは、アイナリー北部森林地帯で魔狼狗(ハウンド)駆除を行った際のこと。

 そのとき彼女は器用にも魔法を用い――風の刃や岩の礫での戦闘だけでなく――『流水』を操り、解体や洗浄を行っていた筈だ。



 「…………なぁ、ネリー」

 「あ? 何だ? 良い案でも浮かんだか?」

 「ああ」

 「なら無駄話して無ぇでお前も知恵絞っ…………は? 何て?」



 顔を上げ、戸惑いに染まった表情で……ヴァルターと視線を合わせるネリー。

 周囲の面々……ディエゴとニドの視線がこちらに集まることを肌で感じながら、まだ『案』と言うほど突き詰められては居ない『可能性』を、皆に提示する。


 「ネリー………お前確か『水』操れたよな」

 「は? 水? ……まぁ、ある程度はな。でもそれがどうし……………あっ」

 「…………難攻不落の王城っつっても……普通に考えて、『水』引いてるよな」

 「……………………………そう、だな」

 「………ネリー、お前自分で考え付かな」

 「ウルセェ畜生!!」

 「声デケェよ馬鹿!!」




 ……どうやらネリー曰く『可能』らしい。


 照れ隠し気味に張り上げられた大声に肝を冷やしたヴァルターだったが………相談を始めた段階で議論が白熱(・・)することを見越したディエゴによって遮音結界が張られていたらしく、どうやら事なきを得たようだ。



 王城区の本丸(王城)を目前としながらも回り道(?)を余儀なくされた彼らであったが………なんとか兵士に見付からずに済みそうだと、一縷の光明を見出だしていた。








 彼らはこのとき、すっかり失念していた。




 音も無く羽を翻す季節外れの蝶が、執拗に彼らのすぐ側を練り歩く蜘蛛が、そのとき誰を(・・)見ていたのかを。



 それらの光景を、そのとき誰が(・・)見ていたのかを。





 彼らは、すっかり失念してしまっていた。

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