157_勇者と少女と返済活動
「場所は解るか?」
「あぁ。間違いない………『王城』だ」
「……まぁ、そうなるかの」
真夜中に差し掛かり、不気味な程に静まり返った王都……東岸市街を脇目も降らず一直線に駆け抜ける、一組の男女の姿があった。
腰に白黒二振りの直剣を提げた青年と、頑丈そうな革脚甲を身に付けた少女。二人が二人ともその表情は険しく、また忌々しげに眉根を寄せている。
ヴァルターが此処へ辿り着くに至った経緯……名も知れぬ大鎧の発言を受け、半信半疑のまま急ぎ引き返し、辿り着いた夜の王都。
柄にもなく追われる見知った少女を助け出し、託された『勇者の剣』による高精度な能動探知、その探知結果にて……あの大鎧の発言、荒唐無稽とも思えた事態の正否を……知った。
見間違えようもない……人族の身には有り得ない魔力量を秘めた、目映き輝き。
ならびに……その間近にて捉えた、心優しき魔族の少年のものであろう……暖かく、穏やかな反応。
それらの所在は、通常であれば絶対に有り得ない場所………この国の中枢施設の、奥深く。
平和的な招待ではあるまい。王都に辿り着いて日も浅い少女が、ちょっとお願いした程度で立ち入りが赦されるような場所では無い。
王都北側の貴族街区でさえ、一般人はなかなか立ち入り許可など下りないのだ。ましてやその奥の奥、この大国リーベルタにおいて最も警備の厳重な王城へなど、あの子が立ち入れる筈は無い。
それに何より………エリゼ達を眠りに落とし、あまつさえニドを襲い、欲望のままに穢そうとした者達が………平和的な存在だなどとは到底思えない。
ここまでお膳立てさせられていれば……大鎧の言質を裏付けるには、充分であると言えるだろう。
……ならば、この一件の黒幕も。
拐われたノート達に待ち受けているであろう、狂気の沙汰も……また然り。
嫌な方向へ嫌な方向へと、推測は現実味を帯びていく。
「畜生…………させるかよ……!」
内心の焦燥を誤魔化さんと、改めて決意を口に出す。
幸いにして、為すべきことは極めて単純。王城へ突入(可能であれば侵入)し、警備を無効化(可能であれば回避)し、能動探知を頼りにノートとメアを捜し出し、実力行使で奪い返す。たったのそれだけである。………のだが。
「……だが……良いのか? 坊。……頼んでおいて難なのだが…………王家に弓引いたと有らば、坊とて只では済むまい?」
……それはそうだろう。先程の路地裏での人斬りとは異なり、王城内部ともあればさすがに正体の露見は免れない。
ヴァルター・アーラースの顔と名を覚えている者も、当然のように居るだろう。討ち入ったが最後、『勇者』としての立場は避けようがなく終焉を告げる。
装備は取り上げられ、国の庇護は受けられなくなり、『勇者』という称号も名乗れなくなる。
物心付いたときから『勇者』として相応しく在るために、教育と訓練とを施されてきたヴァルターにとっては……彼のこれまでの人生を否定されることに他ならないだろう。
いや……それどころでは済むまい。あの大鎧は『王を殺せ』と言っていた。……それはつまり、最悪の場合は王を殺める必要があるということであり、そうなっては最早穏やかな幕引きなど望めない。
逆賊として処罰……処刑されるか。その可能性は極めて高いだろう。
………だが。
「構わない。…………今度は、俺の番だ」
「…………む?」
だが、それだけなのだ。
ヴァルターの脳裏に浮かんでいたのは……以前ノートを救出するべく動いていた際の、その発端となった出来事。
『魔王』の手懸かりを求め、ボーラ廃坑の探索に向かったときの……この上なく苦い出来事。
蟲魔の夜襲に晒され、為す術無く瓦解し、全滅の寸前に白い少女に助けられた、あのとき。
他に選択の余地が残されていなかったからと……『人々を助ける為に』と迷うことなく自らの身を差し出した少女を、引き止めることが出来なかった……あのとき。
あのときのことと比べれば。
あの子の迫られた選択に比べれば……この程度。
「恩返し。……まだ出来て無いからな」
王に任ぜられ『勇者』となった身ではあるが、この身が仕えるべきは王ではなく…………ただ民の安寧のために。
であれば。何より優先して守るべき『民』である彼女を救い出すためならば。彼女に仇為す王など斬って当然である。
今日限りで投げ捨てるつもりの肩書きとはいえ……『勇者』である以上、囚われのお姫様を救い出すことなど、至極当然のことであろう。
あのときのあの子とは異なり、自分は恵まれている。『逃げる』という手段を取ることが出来るのだ。
人助けや魔物退治など、人々の役に立てることは『生き甲斐』といって差し支えないものであったが……それこそ『勇者』で無くとも、この国でなくとも、充分人々の役に立つことは出来る。
この国の裏の顔を垣間見てしまった以上、リーベルタに固執するつもりなど最早無く…………それこそあの子達を連れて他の国にでも逃れてしまえば良い。
済んだ後のやりようは、幾らでもある。ここさえ乗り越えれば……たとえ途切れそうな程に細くとも、未来への道は続く。
確かなことは……このまま呆けて待っていれば、あの子を待ち受けているのは非人道的な扱いだろう。
彼女の未来など……望むべくも無い。
大鎧の言う通り………特殊な潜在能力を秘めているであろう、あの子の身体。可能性の塊であるあの子の身体を前に、欲に目が眩んだ奴等にどんな扱いを受けるのか――『切り刻まれる』のか『薬漬けにされる』のか、はたまた『殖やされる』のか――もはや想像することさえも憚られる。
アイナリーの……ひいてはこの国に住まう多くの人々の恩人でもある少女に、あろうことか外道の所業で返そうなど……もはや我慢など出来よう筈もない。
「俺は…………『勇者』であることよりも、あの子を選ぶ。……お願いも、されたからな」
「………………そう………か」
『勇者』と並走していたニドは……暗闇の中、笑みの度合いをこっそりと深める。
……やや俯き気味に伏せられたその頬には、仄かな朱が差していたようにも見えるが……この暗闇である。きっと気のせいなのだろう。
もはや憂いなど無いとばかりに、二人は王城へ……穏やかな流れを湛える大河へと急いだ。
……そう、大河。
…………大きな、河である。
「………………そう、だよな」
「…………そうよな。河よな」
王都リーベルタが、難攻不落とされる所以。
それは……王城の周囲を取り囲む巨大な流れ、二条走る天然の水堀によるものでもあった。
王城と陸路で繋がるのは、貴族街区へと掛かる一本の石橋のみ。つまり東岸街からではまず貴族街区へと足を踏み入れる必要があるわけだが…………当然といえば当然であろう、貴族街区は一際警備兵の数が多い。
塀を乗り越えようとする不届き者に備えて監視塔も至るところに建てられており、またそれに伴い警備詰所の数もやたらと多い。姿や足音を完全に消し去らない限り……屋根上など跳んで行けば、直ぐにでも見付かってしまうことだろう。
かといって正攻法で門を訪ねようにも――ヴァルターは入街許可証を発行されてこそいるものの――表向きは山岳街道の修繕奉仕に送られている筈の『勇者』がこんなところに居たと在らば、こちらもすぐさま拘束されるだろう。
加えて。何かの手段で貴族街区を突破できたとしても。
その石橋から王城正門に至るまでには、それぞれに鉄格子門を備える浮島を幾つか経由する必要があり……当然のようにそれら浮島にも多くの警備の目が配されている。
つまりは……陸路での突破はほぼ不可能。
水上を行こうにも……数多有る浮島の監視の目すべてを掻い潜り、城まで船を漕ぎ着けることなど不可能。
ましてや水中、音も白波も立てずに対岸さえ霞む流水を泳ぎ渡ることなど……水上に顔を出さずに潜りきるなど、どう考えても不可能。
「……王家専用の地下道とか、お約束だけど……」
「出口は大抵街の外よな。……しかも何処とも知れぬのだ、今から探すはさすがに現実的と言えぬ。そもそも吾らに開けるものか」
「だよなぁ……」
地上ルートは警備と門が多過ぎ、極めて困難。
水上ルートは船が目立ち過ぎるため、非現実的。
水中ルートは……寒季も近いのだ、凍え死ぬ。
残念ながら……完全に詰みと言えた。
焦りばかりが二人の思考を侵し始め、苛立ちばかりが募っていく。……かといって実際に取れる手段など残されておらず、しかしながらノートを諦めるなど絶対に有り得ない。
どうすれば良いのか。……正直手の施しようが無いのだが、それでも『どうすれば良いのか』を考える。
地上はダメ。水上はダメ。水中もダメ。……ならば、空中?
いやいやいや……さすがに無理だろう。鳥じゃあるまいし。翼を持つ種族ならまだしも、少なくとも人族は空など飛べぬ。
巨大な猛禽など、調教された鳥にぶら下がるか?
……それも無理だろう。鳥類など殆どは夜目が効かない。夜目の効く鳥類は数が少なく、人がぶら下がれる大きさのモノなどそうそう居やしない。
加えて……監視の目を掻い潜ることが最優先なのだ。こちらの指示を理解出来る存在であり、かつ夜目が効く者でなければならない。
……いや、それでもやはり非現実的だ。たとえ翼持つ者ないしはモノの支援を取り付けたとして……空を飛ぶモノは総じて可能な限り体重を削っており……細く、非力であろう。
魔法でも無ければ、あるいは人を掴み飛べる身体を持つ者でもなければ……人族ふたりを運ぶことなど出来よう筈もない。
よしんば人族ふたりを運べるほどの、強靭な『翼持つモノ』が存在したとして。そんな巨大な翼を羽搏かせれば、空気を打ち据える羽音は相当なものとなるだろう。魔法で羽音を掻き消しでもしなければ、監視の兵士に易々と補足され……叩き落とされかねない。
つまりは……絶望的。
そんな空を翔る翼を持ち、人語を解する頭脳を持つ上に夜目が効き、人を掴み飛べる程に力強く、空気を操る魔法をも扱えるような…………そんな都合の良い完璧な存在なんて、ましてや自分達に手を差し伸べてくれるような顔見知りでそんな者が居るわけ―――
「ぴゅぴぴー! ぴゅいっ! ぴゅいっ!」
「居たァ―――! 痛ァ――――!!」
「声がデカいわ此ンの馬鹿者!!」
思わず…………思わず、万感極まり歓喜の声を張り上げたことで顎を殴られたヴァルターの、痛みによる涙が浮かぶ目線が見詰める先。
王城方面の監視を警戒してきたのだろう……上空を大回りで距離を取り、逆の東側から翼をはためかせ飛んできた………久しいその姿。
上半身は華奢な少女のものでありながら……しっかりした腰回りと獲物をぶら下げる強靭な脚を持ち、大気を支配下に置く魔法を纏い大きな翼で空を自在に駆け回る……ときに人に害為す者として駆除対象とされる魔物。
『掠める者』、人鳥。
授けられた名前は…………シア。
「ぴゅちち! ぴゅぴ! ぴゅぴぴ!」
『勇者』の頼れる従者、長耳族の少女の半身たる人外の少女は……
親しい者との再会を、その暖かそうな小さな身体でせいいっぱいに……『嬉しさ』を表現してみせた。




