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151_素顔と本音と殺意と本音



 客人たる少年少女三人が去った、東岸闘技場内のとある一室。

 王国や他国の重鎮が度々利用する厳かな貴賓室にて、二つの人影が向き合い……己の意見をぶつけ合っていた。




 「………何をお考えで居られますか? 巫女姫様」


 発端は筆頭護衛ランドによる……叱責とも取れる質問からだった。





 そもそも。

 立場上は上ということになっている巫女姫アデライーデが、くだんの真白い少女と接触を図ろうとしたこと自体……ランドは反対であった。


 あの白い少女………容姿が整っているという点だけは認めるが、あの人間離れした戦闘技能に加えて恐怖を励起させる雄叫びは……どう考えても只者ではない。

 手練れの狩人が束になっても抑えきれなかった魔竜兵(ドラゴニュート)を二騎同時に相手取り、しかもあっという間に制圧してのけたのだ。


 ……どう控えめに考えても、見たままの『か弱い少女』だと思い込むことには、無理がある。

 有り体に言って、怪しすぎることこの上ない。



 ランドを含めアデライーデの専属護衛達は……東岸闘技場の所有者であるイヴァニコル候より、最優先でアデライーデの安全確保を命じられている。

 巫女姫アデライーデの存在は東岸闘技場隆盛の要であり、万が一彼女の身に何かがあれば――ランド達専属護衛の失態ともなれば――彼ら自身の命だけではなく、一族郎党皆殺しの憂き目に遭うことは疑いようがない。


 だからこそ……彼女が接触を試みる人物には、最大限の警戒を向けねばならない。


 だというのに、あんな得体の知れない……それでいてデタラメに強い存在と『接触(お話)したい』、などと言い出したときには……同僚たち共々、柄にもなく『勘弁してくれ』と叫びたい気分であった。




 ……しかしながらランド自身、思うことは………感じることは無いでもなかった。



 巫女姫の専属護衛となってから、早数年。ここまで我が儘を押し通そうとするのは、前例が無かったのだ。


 類稀なるその才を()()()、イヴァニコル候に迎え入れ(連れて来)られ、自身の立場と現在の状況と希少な能力と彼女の行く末を、たっぷりと身体に()()()()()たときから……アデライーデは常に大人しく、従順な娘であり続けた。

 言われた通りに言葉を覚え、言われた通りに口調を整え、言われた通りに表情を繕い、言われた通りに己を律し。

 言われた通りに片足を捨て、言われた通りに自由を捨て、言われた通りに過去を捨て、言われた通りに己を捨て。


 全てを諦めきった、ただただ命令に従い傷を治し続けるため()()の、便利で有用な一つの道具として。

 穏やかな笑みと優しげな語り口、人好きのする仮面の下に、虚ろで空っぽな素顔を隠し。東岸闘技場の擁する象徴(アイドル)として、来る日も来る日も命ぜられるままに治癒の腕を振るい続ける。

 ……それが、今までの『巫女姫』アデライーデ・イヴァニコルという少女だった。


 そんな彼女に変化を与えたのが……あの正体不明の少女だというのなら。




 「私は……あの子と、お話がしたかったんです。………いいえ、それだけじゃありませんね。……()()()()に、なりたかったんです」



 咎めるようなランドの問い掛けに、いつもよりも明らかに生き生きと……はっきりとした口調で、アデライーデは述べる。

 ランドも久しく耳にしていなかった、精力的な彼女の声に……明確な()()を込めた言葉に、知らず聞き入る。



 「あんなに小さいのに、危険を省みず……人々を守るために、強大な敵に立ち向かう。………まるでお話の中の『勇者様』みたいだな、って。……可愛いのに、カッコいいな……って。……私よりも小さいのに……すごいな、って」

 「あの娘は……………危険では?」


 ………少々不躾が過ぎたかとも思ったが……口に出してしまった以上、引っ込めることは出来ない。

 単なる口約束に過ぎぬとはいえ、友好の契を交わした相手を貶され、アデライーデの顔に不快感が浮かぶ…………と考えていたランドであったが。

 そんな彼が見たものは……嘲笑うかのような、あるいは自嘲するかのような………そんな乾いたアデライーデの笑みであった。



 「何故です? 可愛い子じゃないですか。……危険? 信用なりませんか? 普通の人間よりも強いから? 普通の人とは能力(チカラ)が違うから? ………非力そうな姿でありながら、中身はまるで異質な存在(バケモノ)だから?」



 ――そんなの……私と同じじゃないですか。


 小さく力無く零れた独白は……しかしランドの耳は確かに捉えていた。




 あの真っ白い少女とは()()()、魔族として人前に立つアデライーデは――今でこそ象徴的存在として愛されているが――台頭した当初の反感(バッシング)は酷いものだった。



 なまじ彼女の見目が麗しかったこともあり………有ること無いことを騒ぎ立てる輩が、後から後から湧いて出てきたのだ。

 アデライーデは心を無にしながら、向けられる悪意のみならず周囲の声全てから耳を閉ざしながら………人々に愛される『巫女姫』の仮面を被り、ひたすら盲目的に役目を果たし続けた。


 所有者であるイヴァニコル候に命じられるがまま………全てを諦めきったまま。




 そんな日々を送っていた少女が………正常な人付き合いなど経験が無いであろうアデライーデが、珍しく己を露にしたのが……先程の『魔物脱走騒動』のときのことだった。


 危険な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げていた、得体の知れない白い少女。

 彼女の負傷を知るや否や……『私があの子の治癒を行います』と言い放ち、有無を言わさず護衛の説得にも耳を貸さず、あれよあれよと外へ出ていってしまったのだ。




 

 「………こんなこと言うと、笑われるかもしれませんが……あの子を見ると、なんというか………不思議と安心できるんです」



 ……安心感。

 それは彼女にとって、とうの昔に諦め去ったものだった。


 ランド達限られた専属護衛や専属女給(メイド)は、アデライーデの本質を知らされていた。

 アデライーデ本人もそのことは認識しており、時たま相談や愚痴を持ち掛けられたことも少なくなかった。



 だが………真に『安心できる』『心を許せる』存在だったかと問われると………答えは『否』だろう。


 年齢の差、性別の差、立場の差………そして種族の差。原因と思われる要素は幾つかあれど、明確な回答が出たわけではない。

 だが、事実として。『巫女姫』()()()()アデライーデを知っている(ランド)達であっても、彼女の心に安寧を与えることは叶わなかった。

 優しく穏やかな感情を顔に纏わせた、無感動で諦めきった少女は……長らくの間『安心感』とは無縁な、無機質で冷えきった生活を余儀なくされていたのだった。




 「触れてみて、話をしてみて……わかりました。あの子、ノートちゃ………いえ…………ノート()は、とても暖かい子です。私に安心感を与えてくれて、穏やかな気持ちにさせてくれる。………それだけでも、私にとっては得難い存在なんです」


 今までのような貼り付け繕った笑みではなく………自然と頬が綻び心が暖まる、本心からの微笑みを湛えて。

 花が咲くように可憐な表情を見せた『巫女姫』の、嘘偽りない告白に………ランドは言葉を失った。





 ………………………………




 ………………………………





 「………そんな、者が……存在していた、と?」

 『然り。間違い無く存在しておる。今このときも着々と動いて居るだろうよ』



 低く唸る音を絶えず響かせ続ける、鋼と硝子によって構成された……異様な一室。


 粘度の高い羊水に揺蕩う身体をゆっくりと身動(みじろ)がせながら、異形の少女は――硝子筒に据え付けられた対外発音装置から――仰々しく言葉を紡ぐ。



 数日前は上半身だけ、更にその後は骨だけの獣の下肢を繋がれただけであったその身体は………今や『完成した』と言っても差し支えないのだろう。



 『…………(いや)待て、やはり両脚のみに絞るべきではないか? 貴様とて抱くならば毛むくじゃらの股座(またぐら)は嫌だろう。………無毛のほうが(そそ)るのであろう?』

 「…………其の様なこと、お気になさらずとも構いませぬ」


 にやにや嘲笑を絶やさぬ『魔王』に、ヴェズルフエルニエは何度目かも解らぬ溜め息を溢し……眉を潜める。



 恐怖で縛られ、かと思えば言葉で弄ばれ続けた、哀れな彼の尽力もあり……ついに組み上げられた『魔王セダ』の身体。

 その身体は出来損ないであった頃の面影など残っておらず――雛形が幼い少女のものである点を除けば――まさに『魔王』と呼ぶに相応しい。



 へその下辺りから先すべてを漆黒の毛に覆われた、偶蹄目と思しき獣の下肢。


 同様の毛に覆われながらも、哺乳類よりかは爬虫類のもののような姿形の……太く長い形状の尾。


 極めつけは………猛牛のように猛々しく天を衝く、一対二本の赤黒い角。


 その(かお)を彩るのは――燻る熱を秘めた溶岩のように暗く、赤い――美しく長い髪。



 美しくも禍々しい――しかし悲しいかな、背丈と上半身の肉付きは乏しい――半人半獣、異形の少女の姿が………

 完成したばかりの自らの身体を、満足げに見下ろす『魔王』の姿が……そこには在った。




 『しかし……これで俺もやっと身動きが取れよう。()()()は順調、貴様の主も上手く遣っているようだ。……『落陽式(フィド・ゾイレ)』の調子はどうだ?』

 「………は。全身の点検整備、細部の微調整は完了しております。………ご所望の通り『出力制御機構(リミッター)』も組込み済です。直ぐにでも接続試験に望めます」

 『……………クク……カハハハッ!』


 活き活きとした笑顔で――玩具を与えられた少女にしては可愛いげのない、凶悪ささえ秘めた笑みを浮かべ――歯を剥き感極まった笑みを浮かべる『魔王』……セダ。


 『待ち草臥(くたび)れたわ! ……始めるぞ! ()()()()()()()!』

 「…………は。……仰せの儘に」



 『魔王』の揺蕩う人工の子宮……羊水に充たされた硝子筒が唸りを上げる。

 薄緑色の培養液の水位が徐々に下がり、それに伴い『魔王』の目線も少しずつ下がっていく。


 ついに………培養筒の底に、黒曜石の如く艶やかなひづめが触れる。

 その後も尚も水位は下がり……魔王の顔が、創造さ(うま)れて初めて空気に触れる。


 『む……………う、む………ケホっ、……けぽっ、げほっ…………グ、お゛ぇっ………げほっ』


 顔を(しか)めて何度と咳き込み、呼吸器の中を満たしていた羊水を全て吐き出す。

 咳に合わせてふらつく小さな身体を、長い尾を振りバランスを整えようとし………しかし硝子筒に阻まれ、忌々しげに眉を潜める。



 『ええい鬱陶しい! ()()! 今直ぐにだ!』

 「………承知致しました」


 セダの癇癪により命が下され、培養筒の封が解かれる。前半分を跳ね上げるようにして硝子の蓋が大きく開け放たれ、未だ膝程までに満ちていた羊水が、一気にぶち撒けられる。

 よろめきながら――しかし両の脚と長い尾で丁寧に体勢を保ちながら――ゆっくりと一歩一歩、セダは歩を進める。



 「ゲホッ、けほっ………え゛ほっ、…………あ゛ー、あっ、あー……………けほっ………うむ」



 身体と発声器官の調子を確認するように……自らの身体中の動作を確認するように解し………

 眼前で(かしず)くヴェズルフエルニエに、仰々しく声を掛ける。



 「此度の働き………大儀であった。……うむ、過不足無く動くな。なかなか悪くない身体だ、感謝するぞ」

 「…………は。有り難き」

 「さて……これでやっと俺も動けると云うものよ。あー何とか間に合うたな。ひやひやしたわ。………うむ、どうやら今晩あたりが怪しいな。……あの小僧は間に合うのか?」

 「間に合わぬようであれば………所詮はその程度であったということかと」


 ヴェズルフエルニエの応対に『それもそうだな』と呟きを返し………再誕し自らの足で地を踏みしめた『魔王』セダは腕を組む。



 「………さて、()()()の準備だ。………他でもない、俺の(・・)()を迎えに行くのだ………くれぐれも支度を怠るなよ」

 「は。………心得ております」


 魔王セダは『にやり』といった表情で満足げに頷き………なだらかな腰に手を当て、控えめな胸を張って満足そうに頷いた。

 股間部こそ獣の体毛で覆われ隠されているものの……先端の桜色も露な胸を張られては、何の慰めにもならない。ヴェズルフエルニエは忌々しげに顔を伏せ、魔王セダはそんな様子をこれまた満足そうに見下ろす。



 「襲わんのか? 今なら俺に勝てるぞ?」

 「御冗談を。………そこまで墜ちぶれては居りませぬ」

 「ククク………残念だ。まァ()ずは服を繕わねばなぁ。……貴様のためにも、な?」

 「…………は。御用意致します」



 ヴェズルフエルニエは立ち上がり一礼、咎めようとしない魔王の様子を確認すると踵を返し、逃げるように立ち去っていく。

 ………逃げる『ように』ではなく、直ぐにでもこの場から立ち去りたいというのは、偽らざる彼の本心なのだろう。


 魔王の制御下に措かれたことで動力を取り戻した自動隔壁が閉じ………零号錬成棟に『魔王』ただ一人が残される。




 培養筒の電源も落ち、幾分か静けさを増した小部屋に一人佇む……産まれたばかりの『魔王』。



 「………嫌われたか。少しばかり弄りすぎたか?」


 上機嫌だった表情から一転、苦々しげに顔をしかめる。セダ自身ヴェズルフエルニエを悪しからず思ってはいるのだが………この身体が生まれた経緯を知ってしまうと、どうにも弄ってやりたくなる。

 他者の恥ずかしい記憶を掘り返し、そのことで弄るのは……生前の魔王時代からの癖でもあった。



 「まぁ良い、それよりも俺の嫁だ。………あの下衆(ゲス)(ども)()めた真似を……ブチ殺スぞ。俺の嫁に手を出そうなど調子に乗りおって……!」


 ぶつぶつと怨嗟を吐き捨てる魔王の独白は……しかし誰の耳にも届くことは無い。

 その本心を知る者も、その本音を悟る者も、この世界この時代には存在しない。


 「……まぁ良い。どうせすぐ殺スのだ。もう少し、もう少しだけ我慢すれば良い。俺は理智的な魔王だからな。ちゃぁんと弁えている。………大丈夫、俺は冷静だ」


 言葉とは裏腹に……その幼い顔には憤怒が浮かび、瞳は怒りで爛々と燃え上がる。自身に言い聞かせるような呟きはしかしながら、実態と大きく乖離してしまっていた。



 「絶対に殺ス。赦さない。………捻り潰し、擂り潰し……絶対にブチ殺ス。……………こんな感じか」



 『魔王城』周囲一帯に張り巡らされた、魔力撹乱結界によって………その存在さえ気取られること無く密かに復活を果たした、真なる『魔王』。


 ひっそりとその怒りの炎を燻らせ、怨嗟の牙を研ぎ澄ましながら………人知れず企みを巡らせていった。

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