149_少女と無茶と東岸の巫女姫
当初こそ、押し寄せる中小の魔物に面食らっていた狩人達であったが……すぐさま気合いを入れ直し、ノートが魔竜兵の敵意を一手に引き受けている間に、その悉くを処理して見せた。
所詮は演目に用いられる程度の魔物、ましてや魔竜兵等の一部を除き、せいぜいが前座として消費される程度の脅威度でしかない。
体勢を立て直した彼ら狩人達にとっては、余裕の相手だった。
然して手間取ることも無く、中小型魔物の処理を済ませた後に……大物と戦り合うノートへと目が向くのは当然であっただろう。
肝心のノートはというと………冷静さを取り戻してしまい大きな隙を晒さなくなった魔竜兵相手に、どうにも攻めあぐねている様子。
しかし……その実態は。
当の本人にとっては単純に、『荒っぽい戦い方するとせっかくの服がよごれたりちぎれたりしそうだから嫌』といった自己中心的な理由であり、そんなことを考える程度には余裕があったのだが……
狩人達の目には、一瞬の油断が即致命傷に繋がる危険きわまりない相手に、一進一退なんとか食らいついている………といった様相として映っていたようだった。
手に汗握る、大変危なっかしい攻防。
矢面に立たされているのは……小さく、儚く、華奢な少女。
………であれば、どうするか。
当然、加勢したくもなるだろう。
手始めとばかりに弓矢を携える狩人数名が、足元をうろちょろするノートに苛々を募らせる魔竜兵へ狙いを定める。
跳ね回る少女への対処に手一杯で動き回れずにいる魔物は……彼ら熟練の射手にとって絶好の標的であった。
ノート自身も矢を番える狩人を認識し――防がれることを承知の上で――ここぞとばかりに渾身の蹴りを叩き込み、その反作用で距離を取り射手へ視線を飛ばす。
射手の側もノートからの視線を受け、そこに込められた意を汲み……立ち合う両者の距離が開いた隙に一斉に矢が射掛けられる。
空を裂く音と共に放たれた四本の矢は狙い違わず飛翔し……両腕で要所を覆い防御の姿勢を取った魔竜兵の腕と脇腹に、深々と突き立った。
紛れもない、無視できぬであろう手傷。
魔竜兵の悲鳴とも憤怒ともつかぬ咆哮が上がり、対するように狩人達からは歓声が上がる。
………それが、悪かったのかもしれない。
先程までの、落ち着きを取り戻したかのような戦いぶりとは打って変わり……相貌に再び怒りの火を灯し、狂ったように雄叫びを上げる魔竜兵。
殊更に憤怒を燃え上がらせ、それに呼応するかのように……魔竜兵の胸腔内に熱が集まる。
ひとつの行動を予感し、血の気が引くノートと………未だ熱に浮かされたように盛り上がりを見せている――逃げる様子もどころか、危機感を抱いてすらいない――周囲の狩人達。
魔竜兵は再び大きく空気を呑み込み、ノートは自らの予感が的中したことを悟り……このままでは矢を放った射手の誰かとその周囲幾人かが、成すすべなく消し炭と化すことを……ただ一人悟る。
魔竜兵の胸郭内に大量の空気と魔力が集まり、連鎖的に熱反応が増大する。
天を仰ぎ大きく開けたあぎとから、ついに熱と光が零れ出す。
狩人達はここへきて、魔竜兵の動作が悲鳴ではなく………殺意を伴う破壊の予備動作であることを、やっとのことで悟るに至る。
熱を溜め込む魔竜兵、転回した奴の正面に立つ射手は……すでに及び腰、逃げ出そうにもへたり込んだ足腰は言うことを聞かず、仮に駆け出せたとしても逃げ切れはしない。
――火焔球……高熱を封じ込めた火焔の塊が、首を下げ標的を睨み付ける魔竜兵の口腔内に姿を現し………
恐怖に染まる射手とその周囲の狩人を、石畳ごと纏めて焼却せんと吐き出され………
(やら、せ………ない!)
標的と発射地点の間に小さな白い影が飛び込み、今まさに宙に放たれんとしていた火焔球を湛えた大顎を、上下から力ずくで………殴り付けるように、渾身で閉じる。
解き放たれた膨大な熱と圧力が、しかしながら逃げ場を失い………それでも再び纏まることは叶わず、周囲へと瞬く間に拡がろうとして………
魔竜兵の頭が――その顎を押さえ込まんとしていた少女の両腕ごと――内からの爆炎によって……
――弾けた。
………………………………
事の顛末を狩人達から聞き取り、半数を周囲の索敵と警戒に充て、もう半数で救命活動を開始する警邏隊の面々。
先んじて医療行為に臨んでいた狩人達とも志を同じくし、焼け爛れた少女の両腕と相対する。
表層硬化の効果の賜物か、深部の筋肉や神経等への被害は見られなかった。五指もきちんと生存しており、指や腕の切断をせずに済むことは……幸いだったと言えるだろう。
しかしながら。表層硬化はその特性上、表皮の被害は免れない。両腕の広範囲が炭化………火傷などという次元ではない程の甚大な被害を被っては……毛穴も汗腺もほぼ全滅と見て間違いないだろう。
皮膚呼吸の機能を喪っては、生命活動にも支障が生じる。決して楽観視出来る状況ではない。
………だというのに。
「わ、わたし……だいじょ、ぶ。………んい、んい…………だいじょぶ、です」
「大丈夫な訳あるか! 我儘言うな!」
「お姫、頼む……大人しくして………言うこと聞いてくれ。……死んじまう」
「あ、あえ…………あええ……」
肝心の患者……両手を炭化させた少女に、どうにも危機感が見られないのだ。
確かに、見ず知らずの男性に触れられるのは……彼女にとっても喜ばしいことでは無いのかもしれない。
四方を囲まれ霊薬を飲まされ、両腕に薬効入の布をぐるぐる巻きにされたとあって………彼女はその可愛らしい顔を戸惑いに染めている。
警邏隊の中には………非常事態だというのに、その顏に見惚れる者も、ちらほら見られる。
なるほど、派兵班の面々が躍起になるわけだ。
「患者さまは……コチラですか?」
安静を求める周囲の声と、それに反駁する少女のやり取りが続く中。
背後より掛けられた穏やかな声に、その場の面々は勢い良く振り向く。
声の主を視界に納めたのであろう、周囲の人垣……狩人達や救護付きの警邏隊兵士達が身を引き、やがて声の主とその集団が姿を表す。
声の主は、大通りの角に聳える一際大きな建物から姿を表したようだった。
見るからに只者ではない雰囲気を纏う護衛と思しき面々に周囲を守られ……しかしながらそんな状況を自嘲するかのような笑みを浮かべながら、言葉の主はゆっくりと歩を進める。
大人と呼ぶにはまだ早いであろう、一五〇は届いていないであろう背丈と……幼さのやや残る顔つき。
微量の困惑を秘めた瞳は、左右で色が異なる金銀の異色虹彩。
陽の光のように明るいショートヘアを掻き分けるように、両の側頭部から巻角羊のように捻れた角を生やし。
ゆったりとした長衣を纏い、長い裾を………いや、足を引き摺るようにして歩を進める………未だ年若い少女。
「…………巫女姫様だ……」
「巫女姫様……!」
「………巫女姫様……あの子が……」
自身の耳に届いたのであろう敬称に――これまた困ったように顔を赤らめ、眉を八の字に傾けながらも――長衣の裾が泥や肉片や血で汚れることも厭わず、ゆっくりとノートの側まで歩を進める。
間に合わせの包帯でぐるぐるに巻かれた、木乃伊のような少女の両手を取り……申し訳なさそうに口を開く。
「……こんにちは、小さな『勇者』さま」
「? ?? ……あ、あえ………ちがう。わたし、ゆうしゃ……ちがう」
陽光を受けて神秘的に煌めく金と銀の瞳を、惚けたようにぽーっと見つめ……しかしながら『勇者』という単語には、聞き捨てならないとばかりに反論を述べる。
だが……異色の少女は穏やかに目を伏せ、ゆっくりと首を左右に振る。
「あなたの『勇気』は……勝手ながら、見せていただきました。駆けつけるのが遅くなってしまい、申し訳ありません。………ランド達にも、手伝うようお願いしたのですが……」
「……御冗談を。我等は巫女姫様の専属護衛故に。その他の些事は視るまでも御座いませぬ」
「…………この調子で。『安全が認められるまでは我慢して戴きます』の一点張りで。………助けられる方も、居たかもしれませんのに」
俯き、顔を伏せ、僅かに震える声で……それでも明確に従者を咎める少女。
しかしながら当の従者――ランドと呼ばれた手練れの男を始めとする周囲の面々――彼らは、微塵も悪びれた様子を見せない。
少女はその様子にうんざりしたように、不満げに大きく息を吐き、どこか諦めたように首を振り…………目をしぱしぱ瞬かせているノートに、正面から向き直る。
「あっ! す、すみません……ご挨拶が遅れてしまいましたね」
いたずらを見咎められたときのように眉根を寄せ、困ったような……はにかんだような笑みを浮かべる、あどけなさ残る少女……『巫女姫様』。
王都の民にその名を知らぬ者は居ないであろう、東岸闘技場の擁する超重要人物。
「改めて。……初めまして、小さな『勇者』さま。私の名は、アデライーデ………イヴァニコル。この闘技場で『治癒術師』を務めています。……『巫女姫』というのは少し恥ずかしいので……名前で呼んでくれると嬉しいです」
――アデライーデ・イヴァニコル。
魔族の特徴を色濃く遺す容姿でありながら――その穏やかで控えめな性格と、替えの効かぬ能力によって――リーベルタ王国直々に手厚い保護を受けている少女。
「? ?? 『あで、ら……い』? んい? ……もめ、やさい、なまえ」
「構いませんよ。……『アデリー』、というのも……良いですね。愛称みたいで」
「んい……あで、りー? ………よろしく、します。のーと、です」
「ノートさ…………ちゃん、ですね。覚えました。それでは……治療、しましょうか」
「んやっ、や、あ、あの、………あでり……」
「? どうしました? ノートさ………ちゃん」
リーベルタ王国の所有する治癒術師の一人……『巫女姫』アデライーデ。
超重要人物と馴れ馴れしく言葉を交わす得体の知れない女児に、周囲に侍る護衛の眼光が剣呑さを増していくも………当の本人はそんなことなど、殺意さえ込められていそうな視線さえ微塵も気にする様子も無く。
「………わたし、ゆうしゃ……ちがう。……わかる、して、します……ほしい」
自身が『勇者』と呼ばれることだけは我慢ならない彼女は頬を膨らめ……
この一点においてだけは、一歩も譲らなかった。




