148_少女と都と混戦模様
魔竜兵一騎を完全に沈黙させ、得意げな表情を浮かべるノート。しかしながら直後、その表情は唐突に霧消し……
「んひっ」
一転。引きつった顔で後ろを振り返る。
視線の先、路地から飛び出し大通りを駆けてくるのは、大小様々な魔物。もしかしなくても、どう見ても、ノート向かって一直線に殺到してくる。
どう考えても自業自得……先程周囲一帯にぶち撒けた『あんぐ』のせいなのだが、どうやら魔竜兵と戯れている間に忘れ去っていたらしい。
「わ、わあ、わわ、」
後方からは新たに駆け寄る魔物の群れ、前方目の前には失神から復帰したとおぼしき魔竜兵と………どうやらその向こう、こちらからも魔物の群れが押し寄せて来ている。
ざっと見たところ、魔竜兵程厄介そうな魔物は見られないが………なんにせよ数はそれなりに多い。
これは少しばかり面倒そうだ。
「……俺達も戦ろう。此方は引き受けた」
「んえ………?」
構え直し、視線を巡らせながらどうしたもんかと思案していたところに………壮年に差し掛かろうかという男が歩み出る。
彼に続くように、もう二名。剣盾を持つ男と、弓矢を構える男が並ぶ。
「嬢ちゃん程じゃあ無いがな。……アイツら程度なら何とかならぁ。…………オィ其処のお前ら! 動けんだろ!? 立て!」
別の行動班の狩人達に大声を放ち、迫り来る魔物の群れに相対する三人。見ると彼に発破を掛けられた狩人達も我に返り、各々得物を握り直す。
「助けられっ放し……ってなぁ、面子が立たねェ。……雑魚は俺らで抑える。…………嬢ちゃん済まねェが……あの鱗ヤロウ頼む」
「? ?? ん………い? んおーこ、やろ……む?」
「…………魔竜兵。………そいつだ」
「!! んい! もあぽみゅーろ、わたし、やる!」
頭を左右に振りながら、ゆっくりと立ち上がる魔竜兵の二号。鋭い視線はそのままに、しかしながら理性が幾らか戻って来ているようだ。
同族の死骸を目にしたことで、少しとはいえ頭が冷えたのか……冷静に敵対姿勢を取る。
視界の端では狩人達も準備を整え、向かい来る魔物の群れに対し構える。
壮年の男と手下達も鋭い視線を巡らせ、迎撃体制を整えていく。
……確かに、脅威となり得る魔物はあまり見受けられない。脅威の根拠としてはその質よりも、数が多いという点である。
彼ら二つの行動班とて、弱いわけではないのだろう。人員が減ったこと自体は災難であるが、押し寄せる雑魚どもならば任せてしまっても大丈夫だろう。
「んい………もあ、こみゅ。……やる」
「……………おう。頼む」
「んい!」
どこか気の抜ける少女の声を背に……乱戦が始まった。
男達の奮闘のお陰か、ノートと魔竜兵の周囲からは――既に手遅れであったものを除き――障害となる者は除かれている。
狩人達の『邪魔をするわけにはいかない』『脚を引っ張るわけにはいかない』との思考の顕れであり、(見た目は)弱々しい少女に危険を強いることへの負い目を多分に含む苦渋の決断だったが………とうの少女本人は別段気に掛けた様子もなく、『ひろい。らっきー』程度にしか捉えていなかった。
ともあれ。やり易くなったこと自体はちゃんと認識しているようで、気合いを入れ直しこの場における最大脅威――二騎目の魔竜兵に挑み掛かった。
………………………………
「コッチっす!! 早く!!」
「ホントか!? 合ってんのか!?」
「間違い無ぇって! 魔物コッチ! 向かってったし!」
「これで違ってたらヤベェぞ!?」
ノートのお守りを買って出ていた青年兵士(非番)二名は、王都東岸街を全力で駆ける。
目指す先は勿論、要警護対象であるノート。先程魔狼狗を駆逐した後に駆け出した彼女の後を追い、大通りへ向けてぞろぞろと疾駆していた。
「お姫……! 屋根! 走るとか!」
「本っ当にもう! 常識が通じねんだから!」
「………大変そうだな、君らも」
「「そうなんすよ!!」」
彼ら二人の背後には、臨戦態勢の守衛兵士が続く。闘技場近辺で発生した魔物脱走事件への対処のため、急遽駆けつけた警邏隊の面々である。
現場へと急行する最中に遭遇した……私服を纏い非番であったであろう彼らに導かれ、魔物達が一斉に向かっていった方向へ――ノートが戦っているであろう方向へと――一様に。
「君達も済まん……休暇中に」
「非常事態っすもん! 言いっこ無しっすよ!」
「お姫のためなら! 何のその!」
ノートの護衛を務める二人の言葉に、警邏隊の面々は感慨深げに頷く。
聞けば……市中巡回の補助要員として名乗りを上げた者達の中にも、彼ら二名の言う『お姫』の為に………といった動機の者も少くなかった。
これ程までに強い影響力を持った、謎多き少女。どうやらノートという名のようだが………志望者達や彼ら二人の言うことを総合するに、その愛され様は半端ではなかった。
また……容姿や言動のみならず、その内面や心意気においても………非常に出来た娘らしい。
今回の騒動においても………安全を取ろうと、待機を決め込もうとした彼らの意見に真っ向から反駁し、魔物の被害を防ぐために飛び出したのだという。
警邏隊を先導するように駆ける彼ら二人に、少女ノートの『強さ』を聞きはしたものの……十かそこらの少女が魔物に立ち向かったと聞いたときの隊員の表情といったら。
正直なところ……この隊の隊長である男性兵士さえも、彼女が自ら危険に飛び込んだと聞いては、気が気でない。
「……音が近いな。間もなくか」
鼓舞するような男達の声と、金属や硬質のモノが打ち合わされるような戦闘音が近付き、戦場の気配がすぐそこまで迫ってきた……そんなとき。
「ちょ………!?」「うぉあ!?」
角の先、彼らからでは直接様子を窺うことの出来ぬ壁の向こうで。
くぐもったような爆発音と共に、男達の歓声と………直後、悲鳴とも怒声ともつかぬ叫びが上がる。
「――――だ! 早く――――持っ――い! 死なせ―――か!」
「嬢ちゃ―――――!? ――っかり―――!」
「―――!! 血―――!! 薬――――かよ!?」
「まさか……お姫!?」
「………っ!!」
断片的に聞き取れる怒声から察するに、何者かが大ケガを負ったのは間違いないだろう。
脳裏を過るのは……小さく、儚げな――それでいて我が身を省みず、狂信的ともいえる必死さで人々を守ろうとする――危なっかしい少女。
ほんの数月ほど前、全身を真っ赤に爛れながらも街ひとつ救い、生死の境をさ迷ったと聞いたときの感情が………久しぶりに沸き上がる。
………恐い。とても、怖い。
あの子を失うことが、何よりも恐ろしい。
気のせいかもしれない。ただの考えすぎか……取り越し苦労なのかもしれない。
だが………それでもいい。とにかく無事でいてほしい。へにゃりと締まらない笑みを浮かべる愛らしい顔を『心配かけさせやがって』とつついてやりたい。
疲労を訴える足腰を沸き上がる焦燥感で押し黙らせ、最後の角を曲がり戦場と化した大通りへ出る。前方の人だかり……周囲に魔物の死骸と幾つかの遺体の散らばる一角へ、急げと自身に言い聞かせながら必死に脚を進め………
「……んえ? のー、す? ……どう、したの?」
「………………どう、したの………って」
一目見て絶命していると解る魔竜兵二騎の間にへたり込むように、おしりをぺたんと地に付け座り込むノートの姿を確認して…………言葉を失った。
ノートの左右に散らばる、二騎の魔竜兵の遺骸………その一つは胸部を鱗や甲殻ごと割り砕かれ、口まわりを血で真っ赤に染めたもの。
それはなかなか壮絶な死に様ではあるが………もう一つは、更に壮絶な有り様であった。
がっしり、どっしりとした首から下はそのままに……後頭部だけを残して顔の前半分が吹き飛び、破断面や顔を覗かせる喉の奥は黒黒と炭化しており………
それはまるで………魔竜兵の口腔内で何かが爆発したかのような有様であり。
「嬢ちゃん喋んな! 我慢しろ!」
「霊薬急げ! 軟膏と布! 早く!!」
「え………衛生兵! 医療具を!!」
「ボサッとすんな! 早く!!」
これは一体どういうことか、何の偶然か。
白い少女の肌との対比が一際目立つほどに………ノートの両手は魔竜兵の破断面同様、まるで高温の炎ないし爆発に晒されたかのように………
皮膚組織は、ぼろぼろに炭化していたのだった。




