146_少女と騒都と狂犬退治
「んんー………? まち、まもの……なんで?」
緊張感の欠ける独り言を塞ぐかのように……前に二つ、背後に一つの気配が立ち塞がる。
包囲体勢を取られたとはいえ、ノートの顔に焦りの表情は一切見られない。
魔狼狗の数はたかだか三体、到底『群れ』と呼べるような規模ではなく……いかに高度な連携が成されたとて、ノートの手を煩わせる程では無かった。
「んい。いち」
唸り声を上げ威嚇する一体を囮に背後から飛び掛かった一体は………地を蹴った勢いをそのままに、正面斜め下から振り抜かれたノートの足で迎え撃たれ、一撃で喉を蹴り砕かれる。
放物線を描き痙攣しながら、力無く地面へと向かっていく一体目の魔狼狗。既に息の無いそいつと連携を取……ろうとしていた二匹目は、判断に迷った一瞬の隙を突かれ……振り下ろされた踵で頭蓋を割られ絶命する。
最後の一匹。ノートに出会い頭に脚を払われ転倒し、牙を剥いて威嚇していた一匹は………不利を悟り転身するも時既に遅く。
数瞬で最高速度に達していたノートの小さな手にあっさりと尾を捕まれ、振り回され、石畳を割り砕く程の速度で叩き付けられ………飛び散った。
「いっしょ、あわび。……んー」
「………一丁上がり、か」
「んい。それ」
「速ぇな。……そしてエグいな」
ぱんぱんと手をはたき、埃を落とすノート。反り血に濡れた靴はもう諦めたのだろうか………汚れを気にする様子もなく、じっと空を見据えている。
「んー……んんー……えいふぁ、ちゃんた。えくすてんど、いる……んええ」
感度を増した聴覚からの刺激に顔をしかめ、苦々しい顔をしながらもきょろきょろと見回し、残る脅威を探る。
その間にも青年兵士(非番)三人組はてきぱきと成すべきことを成し、店を締め扉を閉じていた商店の一つと交渉を纏めていた。
少女二人――気を失いぐったりとしている姉とおぼしき年長の少女と、涙の跡も乾かぬ顔でぽかんとしている妹とおぼしき年少の少女――彼女たちをとりあえず匿うことと、謝礼として幾らかの金銭が支払われること、ならびに少女二人の監督役を青年兵士(非番)ルクスが務めること。
それらの約束を迅速に纏め、青年兵士(非番)二人はノートのもとへと戻ってきた。
「お姫どうだ? 見つけたか?」
「んんー……? ん、んん……んあ、やうす。あった」
「ヨッシャ走るぜ。お姫先行け、俺らは追っかけっから」
「? んん? ……お、かげ? んい?」
「えっと………お姫は急いで行って。俺達は、あとで行く」
「んい。やうす、わたった」
可愛らしく傾げていた頭を、こんどは大きく縦に振り………小さな女の子とは思えぬ矢のような速さで、ノートは駆け出した。
街中にはあり得ない、『獣の鳴き声』のする方へ……何人かが襲われているであろう、現場へと。
………………………………
怒声と悲鳴が飛び交う大通りにおいて、立ち回りを繰り広げる幾つかの集団があった。
それぞれの集団のほぼ中央に位置する大型の魔物と、それを取り囲み攻撃を仕掛けんとする人々。戦力としての数は圧倒的に人々が優勢だが………負傷者重傷者の数もまた、同様であった。
魔物は仰ぎ見る程に大きく、ずんぐりがっしりとした体格を誇る……鎧のような鱗を纏った二足歩行の魔物、通称魔竜兵。
石畳さえ砕く筋力と鋭い爪、大きく開いた顎と太く長い尾を武器として縦横無尽に暴れ回り、挑み掛かる人々を次々と迎え撃っていった。
東岸闘技場の前を通るこの通りは、狩人互助組合の本部にも程近い。
突如として降って沸いた、街中での魔物襲撃に対し。様々な事情で互助組合本部を訪れていた狩人達は即座に団結し、嬉々として討伐に出向いていった。
狂乱に染まる街の様子など気にも留めず、予想だにしていなかった臨時収入のチャンスに心踊らせ、雄叫びを上げて飛び出していった。
闘技場の演目用として運び込まれる魔獣の中には、狩人達がなかなかお目に掛かることの無いような『稀少種』も度々見受けられる。たとえ闘技場演目として相対したとしても、その死骸から素材を得ることなど出来ない。
勝敗を決した後は闘技場がわが死骸を回収し、処分してしまうためである。
しかし……ここは闘技場の外。討伐できたとしても死骸を引き渡す必要は無く、魔物の素材を手に入れることが出来る。
少なくない金銭と極めて長い日程を支払わねば、本来の生息地まで辿り着くことは不可能。更に当然ながら………生息地に辿り着いたとしても、素材を獲得できる保証は無い。それ程までに遭遇する機会の稀な、その魔物。
それが街中で、あろうことか王都の市場通りで狩れるのだ。多少の危険を冒してでも挑む価値はあるだろう。
……そう考える者は、決して少なくなかった。
未だに五体満足、大した傷を負うこともなく、相変わらず順調に破壊を振り撒く魔竜兵の一騎を前に……臨時収入の目処に湧く周囲とは裏腹に、心穏やかではない狩人の一団があった。
魔物商人アラーカによって雇われていた、専属護衛狩人の四名………否、今はもう三名である。つい先程まで彼ら三人の同士であったモノは……丸太のような尾の一撃をマトモに受けてへし折れ、血の海に沈んでいた。
自他共に認める『手練れ』であった彼らは、その実力を買われ商人アラーカに雇われていた。仕事柄危険が多い彼の護衛……兼、万が一商品が脱走の素振りを見せた際の『処刑人』として。
その筈、だったのだが。
輸送船が接岸し、魔物の檻に目を光らせながら待機していた筈が、気がつけば地に伏し意識を失っていた。
最も危険が予測される闘技場への搬入時である。当然彼らとて気は張っており、白昼の往来で居眠りなど有り得ない。
(こんな………惨めな……!)
雇い主に文字通り叩き起こされ、見張るべき檻がもぬけの殻となった様を視界に納めたときの衝撃といったら。
苦労の末に手に入れた大事な商品を、目の前で在野の狩人に好き勝手狩られる、その屈辱と喪失感といったら。
このような万が一に備え雇われていた筈が事態を収集させること叶わず、あまつさえ優秀な手駒を一人喪ってしまうという………堪えようのない悲嘆といったら。
すぐ傍らでは、息巻いた狩人達が別の魔竜兵へと殺到している。
雇い人であるアラーカの仕入れた商品が、すぐそこで横から掻っ浚われようとしているのだ。心穏やかであろうはずも無い。
しかしながら……遺憾ながら、彼らにはどうすることもできない。焦れば焦るほどに攻め手は精細を欠き、無情にも時間ばかりが過ぎて行く。
彼らにとっての地獄のような時間――大切な商品であった魔竜兵を殺すも地獄、かといって駆除に手間取り魔竜兵の被害者が増えるも地獄――しかしながらその状況は刻一刻と移り変わる。
『臨時収入』などと浮かれていた当初の勢いも何処へやら。狩人達の顔色も徐々に悪くなっていき、怪我人や犠牲者の数も少しずつ増えていく。
少なくない手傷を負わされ、また狩人たち幾人かの命を奪い、長引く闘争行為の熱に浮かされ興奮状態に陥った魔竜兵。
溢れる怒気と撒き散らされる殺意に充てられ、ついに狩人達の間に『恐れ』が浮かび始める。
だが…………もう遅い。
生存本能と闘争本能を刺激された魔竜兵はこの期に及んでは凶暴化しており、放置すればどんな被害を撒き散らすことか。
さりとて止めようにも難しい。事実として彼らが檻より解き放たれてからというもの、彼らの命を狙う人々の刃に晒されながらも……脱走した二騎のどちらもが未だ健在なのだ。
魔物商人アラーカの手下のように『出来ることなら捕獲したい』などと考えていた訳でもなく、単純に『討伐し素材を入手したい』という思考のもとで襲い来る人々を相手に戦い続け……未だ一騎も落伍者無し。
暴れまわる二騎の魔竜兵を止められる戦力……そんな宛など、もはや残されていなかった。
………と。
その場の誰もが、思っていた。
「まって」
突如。
狂乱の声止まぬ血で染まった大通りに、場違いな声が響く。
狩人達は一瞬動きを止め、しかしながら血に酔い理性を欠いた魔竜兵は止まらず、無防備となった狩人に爪を振りかぶり……
一騎目は繰り出した腕を蹴り上げられ、バランスを後ろに大きく崩す。
二騎目は切り株のような脚を払われ、自重を支えきれず転倒する。
「んい………まって、ゆった………よ?」
堅牢な甲殻と鱗による磐石な守りは抜けなかったが、二騎のどちらもがあっさりと攻撃の機を逸する。
狩りを邪魔されたことは当然として………その邪魔物がメスの幼体であることに、殊更の怒りを高めていく。
「………まーふあ、ふぉーあ。……あんぐ、いる」
低く唸り声をあげ、警戒の姿勢を崩さぬ二騎に対し……飛来した白い少女が研ぎ澄ました『害意』をぶつける。
自分などよりも遥かに小さな存在に土を付けられ、邪魔をされ、あまつさえその矮小な存在に煽られたことに腹を立てたのか………怒りの色をより一層色濃く咆哮を上げる魔竜兵の目の前に。
「…………いうこと、きかない。……わるいこ」
呼び掛けに応じず、尚破壊を振り撒く『聞き分けの無い子』に。
純白の少女が、立ちはだかった。




