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145_王都と警備と非常事態



 案の定……と言うべきか。

 予想通り………と言うべきか。


 王都リーベルタ東市街では現在、警邏隊の人員不足を狙い済ましたかのように……あちらこちらで騒動が巻き起こっていた。



 やれ『肩がぶつかった』『ぶつかったのはお前だろ』だの、やれ『財布を盗った』『盗ってない』だの、『食事に羽虫が入っていた』『難癖つけるな』だの…………一つ一つは取るに足らない小さな事象の積み重ねとはいえ、大きく人員を欠いていた警邏隊にとっては、なかなかに胃の腑の痛む事態であった。


 しかしながら……幸いなことに、人手はなんとか工面できていた。

 恥を忍んで救援要請を出したお陰か、守衛隊の別部署から少しずつとはいえ……それでもかなりの人数、力添えを得ることが出来たのだった。

 ……特に近郊派兵班からの志願兵はヤバかった。なんかヤバかった。おまけにめっちゃ人数も多い。いや助かるんだけどもなんかヤバい。何か知らんが気迫が怖い。



 「何とか……なりそう………か?」

 「今のところは、何とか。……やけに騒動の件数が多いですが、どれも些細なイザコザのようです。巡回班だけで解決可能かと」

 「…………そう、か」



 上げられてきた報告に耳を傾け、内容と情報を照らし合わせ……アードルフは一息吐く。

 本来の巡回要員が姿を消した根本的な原因は解っていないが、とりあえず業務に歯抜けが生じる事態は避けられそうだった。



 王都守衛隊は、幾つもの班にて成り立っている。

 更にその上には有事の際に都市防衛を担う職業兵士達や、各貴族に仕える騎士や従士達なども控えており………『首都』であるだけに、極めて強力な兵力を備えている。

 特に……守衛隊。平時は各々役割分担が成されているが、いざとなったら彼らは一丸となって治安維持に勤める。


 下流街や壁の外ならいざ知らず……守衛隊の目の光る街中で大それた真似をする者など、たかが知れている。

 案件数がいつも通りのペースで推移するならば、たとえ大捕物が生じたとしても………まあ何とかなりそうな程までに、人手的には余裕が生じていた。



 「この調子なら………何とかなるか?」

 「大丈夫でしょう。それこそ()()()()でも起こらない限りは」




 そんな台詞を吐くほどに気が緩んだから……などというわけでは無いだろう。

 彼らの思考と現実との間には、何ら因果関係は無かったであろうが………緩やかな空気に移ろおうとしていた詰所に慌ただしく駆け込む伝令兵と共に、その報告は届けられた。






 「火急!! 『闘技場』近辺にて魔物複数が脱走!! 接岸中の輸送船から逃げ出した模様!!」




 紛れもない()()()()、しかもとびきり厄介であろう事案に………その場の総員の背筋が凍った。


 告げられた報告に、耳を疑う。しかしながら即座に立ち直り落ち着いて考えてみるが……いや、考えるまでもないだろう。

 残念なことに……現状の兵員で対処するには、極めて厳しい。


 だが………泣き言を溢す暇など無い。

 市民に被害が出る前に、なんとしても食い止めねばならない。





 …………………………






 魔物商人アラーカ・セギスールは焦っていた。


 現在王都東岸を騒がせている『魔獣脱走事件』………それはほかでもない、彼の所有する輸送船から始まった事件であった。



 ことの起こりは彼の扱う商品――王都リーベルタ東岸闘技場に納品する魔物・魔獣の類、大小合わせて三十程が――東岸街へと脱走したことであった。

 興行のためとはいえ、扱う()()の危険性は充分に把握していた筈だった。今回のような事態に陥らないように、充分に備えはしていた筈だった。



 遠方で仕入れた魔獣の類は、万が一檻を抜け出たときに備えて船便での輸送が選択されていた。

 危険な魔獣が野に放たれ、近隣の人々に危害が及ぶことなど無いように。


 頑丈な檻の扉部分には(かんぬき)だけではなく、鋼鉄製の錠も設えてあった。

 船の揺れや檻の振動で閂が抜け落ち、檻の中身が勝手に扉を開かないように。


 加えて………()()()の際は自分達で火消しが行えるよう、有力な狩人や狩人上がりの船員を同乗させていた。

 その()()()の際には……商品である魔獣を殺してでも、脱走と被害を防ぐために。



 これらの備えは高く評価され、その甲斐あって『王の座す都まで魔物を運び込む』という栄誉を賜ることが出来た。

 実際に……闘技場の短くない歴史の中で、魔物の脱走騒ぎなど生じたことは無く、『そんなことが起こりうる』などという危機感さえもが人々の心から風化していく最中。



 最悪の瞬間を狙い済ましたかのように………アラーカの努力を嘲笑うかのように、事件は起こってしまった。




 陸地と分断された船上とはいえ、接岸していてはどうしようもない。


 頑丈な錠を備えていたとはいえ、鍵を用いれば当然解錠は容易い。


 いかに屈強な狩人とて………意識を失っていては対処しようがない。





 「何故………どうして…………」


 事態を目の当たりにし、呆然と崩れ落ちるアラーカには……しかし最早どうすることも出来ない。

 まるで眠りに陥るように意識を失っていた狩人達を叩き起こしはしたものの、既に魔獣達は手の届かない場所へ………王都の街中へと解き放たれてしまった。


 狩人達と手下を魔物の駆除に向かわせ、しかしながら戦う力を持たぬアラーカ本人には………この後訪れるであろう責任追求と賠償の影に、茫然としながら怯える他無かった。





 ………………………………




 「はっ、はっ、はっ、」



 人けの無くなった路地を、二人の少女が脇目も振らず一目散に駆けていく。

 遥か背後や隣の路地等のそこかしこで悲鳴が上がる中、彼女ら自身も悲鳴を上げたい心境であったが………そんなことをしても何の解決にもならないことは、彼女たち自身がよく解っていた。



 「あ、っぐ………っ、………はっ、……はっ、」

 「メアリ! っ、頑張っ、て……!」



 本人たちの意思に反してこの街に連れて来られた彼女らに、行く宛など無い。はぐれの奴隷である彼女らに逃げ込める宛など無い。

 だからといって、(ぼーっ)と突っ立っているなどという選択肢は………当然存在しない。


 彼女らを売り子……あるいは客寄せとして利用していた流れの商人は、目の前で三体の魔狼狗(ハウンド)に食い殺された。

 彼に買われて早数年、感謝の気持ちなどろくに抱いたことは無かったが………人生の最後にそのふくよかな身を呈して、二人が逃げるための時間を与えてくれたことには――たとえそれが本人の意思に反していたのだとしても――一応は、感謝していた。


 しかしながら……その商人の捨て身の時間稼ぎも、ともすると無駄になるかもしれない。



 ――グゥルルルルァァッ!!

 ――ガフッ! ガフルルルルゥッ!!

 「ひっ……! メアリ! 早く!」

 「まっ、……ねえ、さま………っ!!」



 背後から追い縋る二体の気配、次第に近づいてくる死の予感に……二人の背中に嫌な汗が吹き出る。

 肉付きも薄く、体力も筋力も控えめな少女二人……しかも栄養状態は万全とは言いがたい。獲物に飢え、血に酔った魔狼狗(ハウンド)との追い駆けっこなど、結果は火を見るよりも明らかだろう。

 全力疾走を続けた身体と恐怖に染まった思考では、生き残るために必要な手段を考える余裕など残されておらず………刻一刻と近付いてくる獣の吐息に、もはや平静を保つことなど不可能であった。


 少女たちは既に満身創痍、恐怖に押し潰されそうな体を懸命に動かし、ほんの少し、ほんの数秒でも生き永らえようと足を動かし………






 「………んっ」

 ――ギャウン!!




 ………突如。


 全身全霊で終わりなき逃走を続けていた彼女たちの背後で、なにやら動物の悲鳴が上がった気がした。

 はじめは幻聴かとも思ったが――続けて響いた()()が倒れ伏すような音を聞き――姉は殆ど無意識にその悲鳴の正体を探ろうと振り向き…………しかしながら限界を越えて疲労が蓄積していた身体は、あっさりと平衡感覚を喪った。


 少女の足はもつれて絡まり、前のめりに倒れ込んだ頭は勢いそのまま石畳へと一直線に向かっていき………




 「きゃ……っ!?」

 「!! っ、ねえさま!」



 「ッッ()ェ! よっしゃナイスキャッチ俺!」

 「良くやったルクス! やっぱお前は(オトコ)だ!」

 「下がってろイケメン! ここは任せろ!」



 大怪我は避けられないであろう勢いで倒れ込んだ少女の身体は……間一髪、少女と石畳の間に割り込んだ青年によって抱き止められ、幸いにして無傷で済んだ。


 少女を抱き止めた青年と、少女らを庇うように立ち塞がる青年が二人。その更に向こうには、小さな拳でしゅっしゅっと空を打つ、真っ白く煌めく小さな女の子と………彼女を睨み、ふらつきながら立ち上がる魔狼狗(ハウンド)



 「……『任せろ』つってもなぁ………ぶっちゃけお姫の独壇場だろな」

 「だろうな。正直すっこと無ぇわ俺ら……」

 「なら安地(安全地帯)! 確保! 早く探せって!」

 「わーったって任せろって。お前はお嬢様方に専念しとけ? 粗相の無いようにな」

 「あソレひーめ抱っこ! ひーめ抱っこ!!」

 「ヨッシャ良い度胸だ覚えとけテメェら!!」



 緊張感の欠ける青年たちの会話をぼんやりと聞きながら、白い女の子があの恐ろしい魔狼狗(ハウンド)に殴り掛かるのをぼんやりと見ながら…………



 既に限界を超えていた少女の意識は、緊張の糸が切れると共に………ここでぷっつりと途切れた。

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