144_少女と護衛と近郊派兵班
お世辞にも『綺麗』とは言い難い……埃や砂埃や塵による汚れが散見される、だだっ広い空間。
アイナリーでのノートの部屋が八つはすっぽりと収まってしまいそうな、広々とした一室。
長机と長椅子が一面に並べられ、壁際には給仕台と返却口が口を開け、兵服を纏った多くの人々が思い思いに過ごしているその空間は………守衛隊近郊派兵班詰所内の食堂。
そこは今、突如として現れた白銀色の幼女型傍迷惑生命体によって…………前代未聞の大混乱に陥っていた。
王国の中でも主に、王都リーベルタ以外の都市や集落を担当する部署、『近郊派兵班』。
この中でも担当地域ごとに細分化され、例えばリカルド隊は現・アイナリー班(元・湖南砦班)所属となっている。
組織は細分化されているが、王国各地に散らばる近郊派兵班全てを束ね、管理しているのは……王都の一角にある、この詰所。……守衛隊のいち詰所という扱いではあるが、近郊派兵班の中では『本部』という認識が強い。
その『本部』の食堂――少し早い昼食を求めて所属の兵士達が多く詰めかける広い空間――その片隅で。
意思の弱そうな目を細め、丸いほっぺをもごもごと動かしながら……微塵も遠慮するそぶりを見せずに『餌付け』を施される白い少女と、しきりに恐縮しながらも好意を無下にするのもまた失礼だろうと……控えめに振る舞いを受ける癖っ毛の少女(?)の、可愛らしい二人組。
なんとノートは………エリゼに連れられ足を運んだ『本部』の食堂にて、お詫びの挨拶に訪れた身であるにもかかわらず、ふてぶてしくも食事を振る舞われているという………ニドが聞いたら即おこお仕置き案件であろう、なんともいいご身分な体たらくであった。
貴重な引率役にしてストッパーであったエリゼは、もとより本部の敷地内に立ち入るつもりは無かったらしく……目を真ん丸と見開いている守衛にノート達を引き渡した後、おうちに帰ってしまった。
なんでも晩御飯の支度を手伝わなければならないのだとか。誰かと違って、とても良くできた娘であった。
斯くして。
ノートの常識の無さを甘く見ていたエリゼによって、よりにもよって多感なお年頃の健全な男子が多く在籍する守衛隊近郊班の本部に………幼女型傍迷惑生命体は解き放たれてしまったのだった。
「お姫これも! これも食えこれも!」
「おまっ……出しゃばり過ぎだろ! お姫こっち! メアちゃんもこっち食えこっち!」
「解って無ぇなお前ら! お姫が自分からおねだりする様が可愛いんじゃねぇか!」
幸いであったのは………ノートの取り扱いを多少習熟していた青年兵三名――現アイナリー班所属、現在臨時休暇取得中につき本部寄宿舎にて待機中であったノース、ルクス、ウィルの三名――彼らにノートの襲来が伝えられ、迅速な迎撃体制を敷くことが出来たことだろう。
ノートが告げた言葉………もとい、言葉の体裁を取っていなかったであろう単語の羅列を解読し、妥当な人材へと連絡を回すことに成功した守衛兵士の活躍は……まさに救世主と呼ぶに相応しい。
「んい………いっぱい、おいし」
「ご……ごめん、なさ……ぼく、も……うぷっ」
三名の監視役の協力を取り付けたことにより、ヒトの常識の充てはまらない獣が街に放たれるという……最悪の事態は阻止することが出来た。
『お姫さえ手懐ければ大丈夫』ということを充分認識していた三名により、すぐさま適切な対処が行われ………最も高い効果が見込める戦法であろう餌付けが行われていた。
メアは良い子なので何も心配されなかった。
時刻は(少し早いが)まさにお昼どき。隅っことはいえ人けの多い食堂であり、当然のように多くの兵士の姿が見られる。
男ばっかりの空間においてノートらは当然のように浮いており、なまじ見た目(だけ)は可愛らしいノートは当然のように注目を集めていた。
それもまあ……仕方の無いことであろう、普段から女っけの皆無な職場である。普段接する女性など、せいぜいが施設保全や事務管理のご婦人達や、気難しく近寄りがたいお偉いさんの一味である。
幼いとはいえ、比較的彼らと年齢も近く、かつ極めて可愛らしい少女(?)が二人……幸せそうに、満足そうに、兵士達の団欒の場でこれでもかと和やかな雰囲気を漂わせているのだ。
(誰だあの子ら……!?)
(めっちゃ可愛い……なんだあれ……)
(畜生あの小僧共め羨ましい……!)
(あっ、やば……めっちゃ幸せそう……)
(尊い……美少女主従尊い……)
真っ白く煌めくノートの雰囲気が、どこか浮世離れしていたこともあるのだろうか……積極的に声を掛けてくる者こそ現れなかったものの、食堂内ほぼ全ての視線を総浚いしてた二人。
ノートは然して機にする風でもなく、一方のメアはしきりに恐縮しきり、いたたまれない気持ちに苛まれながら……彼女(?)の主が食事を堪能し終えるまで、ひたすら健気に耐えていた。
そんな彼女(?)の様子を機敏に察知した一人。
周囲から遠巻きに伺っていた兵士のうち一人が、控えめながら行動を開始した。
周囲ほぼ全ての注目が食堂一画の五人……少女二人と兵士三人に注がれる中。彼女らに夢中で未だ手付かずであった同僚の食盆から人知れず冷茶をかっ浚い、人垣を掻き分け歩を進め………ついに意を決して、控えめな少女(?)メアの席へ。
「……? えっ? …………あ! あ……ありがとう……ございます」
突然差し出された木製のカップと、そこへなみなみと注がれた冷たい香茶に……きょとんとした顔ながらも律儀にお礼を返す。
矢継ぎ早に薦められた食事と極度の緊張とで、よほど喉が乾いていたのだろうか。冷茶を差し出した兵士に対しぺこりと頭を下げると――目を細めながら両手でカップを抱え、妙に艷っぽく喉を鳴らし――それはそれはおいしそうに冷茶を飲み干してしまった。
――ほうっ、と小さく息を吐き目を細め……明らかに緊張のほぐれた様子のメア。無意識に綻んだ彼女(?)の笑顔は――冷茶を差し出した彼を含め――周囲の兵士達の心を鷲掴みにしていた。
それが呼び水となり、今まで興味深げに様子を伺っていた兵士達はおずおずと………やがて次々と、可愛らしい少女(?)二人に質問を投げ掛けていった。
「王都は初めて? どこから来たの?」
「んん? んー………あい、なり? です」
「二人はどういう関係? 姉妹?」
「し、姉妹……では………ないです。……主従……です」
「てか可愛いね、お名前何てーの?」
「んい………のーと、です。このこ、めあ……です」
「この三馬鹿とはどういう関係なの?」
「馬鹿とは何だバカ! 俺らがアイナリーから護衛してきたんだぞ!」
未だに食い意地を発揮しているノートも、戸惑いながら周囲に流されっぱなしのメアも、当初の『近寄りがたい』雰囲気はどこへやら。気づけば末端の若手兵士だけではなく、小中隊長格までもが輪の中へと加わっており……愛らしい部外者を興味深げに眺めていた。
質問攻めにされているノート自身もまんざらではなさそうで、お行儀悪くお口周りを汚しながら平らな胸を張り、得意気に自己主張に勤しんでいた。
「へー……じゃあリカルド隊長ん所に?」
「んい、りかるの! やうす!」
「リカルド隊長……南砦の?」
「いや、今アイナリーって聞いたぜ?」
「そういや長男が守衛隊なんだっけ? 警邏隊か?」
「東三番の中隊長だな。アードルフ隊長」
「ほへぇ……すげーな、あの一家」
気づけば既に、なかなか長い時間が経過していた。
兵士達のうち何名か……午後の業務がある者は、後ろ髪を引かれながらも食堂を後にしていき………かくして非番の者のみが残された。
王都での勤務となる警邏隊と異なり、近郊派兵班の面々は王都での業務は殆ど無い。この場に居る者の殆どは連絡文書や補給物資を輸送する任を拝する者たちであり、地方の拠点から王都の本部へ品々を輸送して来た者である。
帰路の輸送便が発つまではほぼ非番であり、大抵は束の間の余暇を満喫せんと街中に繰り出すのが常であったが………降って沸いた美幼女(?)への興味が勝ったのだろうか、街へ繰り出そうとする者は皆無であった。
よって。こと今回に限っては。
そのことは……極めて幸運であった。
「非常呼集! 警邏隊より代員要請! 各隊長は至急点呼を! 非番も掻き集めろ!」
近郊派兵班本部内を、連絡兵が駆け回る。
未だ多くの非番兵士が残っていたことを察したのだろうか。食堂にも駆け込んできた連絡兵は説明を求められ、彼が知りうる情報がその場の全員に開示される。
「応援要請です! 警邏隊員のおよそ半数が、何らかの事情により業務遂行不可能。事態を重く見たアードルフ中隊長により、当方に応援が要請されました!」
「内容は?」
「は。市中警邏の補助が主となります。現在警邏隊は一班あたり分担区域をおよそ倍割り振り警邏中とのことですが、不測の事態に備えることが現状不可能であるため、警邏要員として力添えを頼みたい……とのことです」
責任者然とした兵士と連絡兵とのやり取りを、唖然とした面持ちで聞いていた彼ら。警邏隊の約半数が業務遂行不可能……それだけで立派な異常事態である。
事態を重く見るのも、万一に備えたいというのも、確かに理に適っていると言える。何らおかしな話ではなかった。
「…………あー、のるふ……?」
聞き覚えのある名前を耳にし、不安そうな面持ちの少女が、呟く。
この僅かな時間ではあったが、この可愛らしい少女の魅力に当てられていた兵士達。何の因果か彼女の滞在先であるリカルド家、その長男からの応援要請である。
加えて……そもそも彼らは、現在非番である。強いて言えば遊びや買い出しに行く程度であるし、遊びは仕方ないといえ買い出しであるならば、それこそ市中警邏のついでで事足りる。
そして……なによりも。
(これは……この子の覚えを良くする好機なのでは!?)
多感なお年頃の若者らしい、ひどく正直な理由により……彼らは即座に宿舎へ戻り、兵服と装備を身に付ける。
ものの数分で準備を整え、我先にと臨時編成責任者のもとへと馳せ参じた。
その熱気溢れる様を、半ば呆然と見送った五名。
「いや……まあ、うん。俺らも気持ちは解る」
「だな。お姫もメアちゃんも半端ねーからな」
「で、俺らはどうするよ? 行った方が良い?」
「………お姫放置する気か? どうなると思う」
「「あー…………」」
「? ? んい……?」
あの人数が行ったのなら大丈夫だろうと、ノートの扱いに習熟しつつある三名は結論を下す。
市中の平和のためには一人でも多くの人員が必要なのだろうが……エリゼは既に帰宅してしまった。ここでノートを放置するとなると何を仕出かすか分かったものではない。素っ裸で王都を駆け回るなんてことも、この子ならやりかねない。
主に風紀的な騒動を回避するためには、彼女を野放しにするわけにはいかない。
この場に隊長がいない今、自分達がなんとかするしかない。
伊達に日頃から連んじゃいない。彼ら三人は口には出さずに目線を飛ばし合い、それら共通認識のもと……引き続きノートの護衛の任に就くことを決めた。
メアはなんとなく彼らの考えることを察しながらも、事実であるだけに特に異議は述べなかった。
幸いにして彼ら三名の見立て通り、緊急対応要員としては志願者多数でなんとかなったようだった。
近郊派兵班からの志願者は、周囲が驚く程の人数と熱意であったという。




