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142_少女とお手伝いと騒乱の兆し



 「のう母君よ。洗濯の具合を見て欲しいのだが」

 「はーい。ちょっと待ってね。………あぁごめんなさいニドちゃん、代わりに皮剥いといてくれない?」

 「む? うむ。心得た」



 炊事場から扉を潜り裏口へ、今しがたニドの手によって揉まれていた洗濯物の仕上げに向かう夫人ヴィオレッタ。一方のニドは入れ違うように炊事場へ、水に浸けられた房から豆を取り出す作業へと移る。

 王都アイナリー東岸区の片隅に位置するリカルド宅は、小さいながらも裏庭が備わっている。長女エリゼの手で丁寧に世話された花々と、水仕事を行う小屋が設けられており………菜園の草花に惹かれたのだろうか。二匹の蝶が悠々と羽ばたいている。


 冬も近づき、肌寒さが気になり始める午前。今現在この家に残っているのは、ヴィオレッタとニドの二名のみ。

 リカルドはディエゴと面会を果たすために、長男アードルフは自らの職場へ、それぞれ朝早くから出掛けており………加えノートとメアはエリゼに連れられ、この街の兵員詰所へと顔を出しに行った模様。

 ………先日、観光中突如として勝手に塞ぎ込んでしまい、迷惑を掛けてしまったことを謝りに。リカルドの部下三名を訪ね、可愛らしい三人組は張り切って出掛けていったのだった。


 気掛かりであったノート本人には、昨晩きっちり()()()()()()やった。あの子自身はメアを撫で、掴み、吸い、扱くことには慣れているようだったが………反面自分が()()()()()()()()ことには慣れていないようで、とてもいい顔・いい声で鳴いていた。

 ただ……残念なことに。声を我慢することにも慣れていなかったらしく、途中で乱入して来たリカルドとアードルフにしこたま責められ、不完全燃焼気味の幕引きとなってしまった。

 責め立てるつもりが責められるとは……なんとも面白くない。



 「うーん……ニドちゃんごめんなさいね。まだちょっと汚れが残っちゃってるみたい……」

 「な、なんと!? ぐ……すまぬ母君よ、(ワレ)が至らぬばかりに」

 「いいのよ気にしないで! お洗濯って意外と力が要るのよね。慣れないうちは難しいから、ね」



 エリゼがノートの引率に出掛けるならば、と手伝いに残ったニドであったが………初めて試みる『洗濯』という重労働はどうやら厄介なことに、握力の殆どを喪ったニドの手には……少々余るものらしかった。



 「………重ねて、すまぬ。ならば此方(こちら)こそはこなして見せよう」

 「ふふ……お願いね。お洗濯は任せてちょうだい」



 しかしながら炊事場での作業、水に浸された豆の下処理程度ならば、ニドの手でも充分に行える。あくまで『強く握り込む』ことが困難であるだけらしく、『保持する』『摘まむ』程度の精密作業であれば問題なく行えるらしい。


 勝手口から入り込んだ蝶がひらひらと舞い遊ぶ中。そんなのどかな様子に目もくれず、名誉挽回とばかりに黙々とお手伝いに勤しむニド。

 傍らから見る者にとっては『そんなに必死な顔する程か?』と疑問を呈さずには居られない程に、鬼気迫ったものすごい形相で豆の皮を剥いていった。




 夫人ヴィオレッタが洗濯の仕上げ(やり直し)を二割ほど済ませ、またニドの豆剥きの熟練度もやっと人並みになった頃。勝手口が開き、一人の若い男が顔を覗かせる。


 唖然としつつこちらを凝視する気配に、何事かと視線を上げたニド。途端に顔を赤らめ取り乱しながらも、必死に弁明を試みる男。

 ……二、三言葉を交わすにつれ、どうやら夫人ヴィオレッタが贔屓にしている肉屋の(せがれ)であるらしいことが解った。

 ちょうど小休止に戻ってきたヴィオレッタと、親しげに言葉を交わす彼。なんでもリカルド一家はお得意さんらしく、今回も商品の配達に訪れたのだという。


 洗濯の残りを片付けるべく戻っていったた夫人に頼まれ、食品庫へと品々を運び入れる彼。その作業の合間合間にも、彼の視線はちらちらとニドの顔と胸と腰と尻を窺っていた。



 (………やはり若いモンには良う効くらしいの、この身体は)


 自らの身体の及ぼす効果と、その有用性を再認識しつつ……ニド遅れを取り戻すべく、豆の皮剥きに没頭していった。





 洗濯の失敗を挽回すべく、与えられた作業に没頭するニド。その集中力は凄まじく、また徹底的であった。



 それこそ、『忘れ物』を届けに来たという肉屋の(せがれ)が再び顔を出しても――その様子と声色が、先程とはほんの少し異なっていたとしても………その顔面が蒼白であり、虚空を見据えるような虚ろな目をしていたとしても――彼の異変に気づいた様子も、気に掛ける様子も無かった。





 ………………………………



 ………………………………





 湧き出る気泡の音が、重苦しい機械音に満たされた空間に響き渡る。

 盛大に吹き上げられた気泡に全身を――脇腹や胸や臍どころではなく……剥き出しの脊柱や培養中の筋肉・臓器さえも――下から上へと撫で上げられる刺激に、不快さを隠そうともせず眉を潜める。



 『………むず痒いな』

 「ッ!! ………申し訳、ございません」


 冷や汗が吹き出るのを感じながら、ヴェズルフエルニエは作業を継続する。本来『魔王』の機嫌を損ねたとあれば一刻も早く平伏せねばならぬのであろうが………今は作業の手を止めるわけにはいかない。

 既に接続作業(オペ)は始まってしまっている。ここからは時間との勝負である。ヴェズルフエルニエに赦された施術時間は僅かに三百秒。余裕など在ろう筈もなく、一秒とて無駄には出来ない。


 『魔王』が浸かる培養筒の底板は左右に引き込まれ、真下に密着する別の培養筒と繋がっている。焦燥感に攻め立てられるヴェズルフエルニエによって状況は更に進み、底面……新たに繋げられた培養筒から()()()()がゆっくりとせり上がってくる。


 それは薄緑色に揺蕩う羊水の中にあって、それでも尚(まばゆ)く煌めく白銀色。紛れもない金属でありながら輪郭は滑らかな曲線を描き、硝子筒とその向こうのヴェズルフエルニエを歪めて映す。

 喪われた技術で造成された、魔白金(ミルノブル)製の()()。並外れた強度と靭性を備え、魔力伝導率も良好な……骨盤から先の、()()()


 含有する魔力濃度の差と『足』を運び入れたことによって、徐々に混ざり合う羊水。『魔王』の魔力に最適化された培養筒内環境が刻一刻と侵されていく中。主任執刀者たるヴェズルフエルニエは一心不乱に作業を進める。



 「…………っ、…………失礼、致します」

 『うむ。始めよ』

 「は………はっ」


 やがて『足』が指定された座標へと……魔王セダの剥き出しの脊柱へと、到達する。

 『足』同様に、下部に繋がれた培養筒から幾条もの機械腕が伸びる。極めて精緻で緻密な造りの機械腕はその先端を伸ばし、脊柱と『足』を纏める骨盤とを、繋ぎ始める。


 古の魔王の……少女の姿の上半身と繋がれていくのは、華奢で儚げな上半身とは全く不釣り合いな、物々しい異形の骨盤。

 それに繋がる『足』は、更に異様。少女には、どころか………人とは明確に異なるその構造。膝を抱えるような形に折り曲げられた『足』の骨格は、その足首の部分が異様に長い。


 (かかと)は地を踏む形状を成しておらず、いわゆる『爪先立ち』の体勢で治具に留められたその両脚は。

 骨盤から更に下へと伸びる、脊柱との繋ぎ目からそのまま延長されたような……尾のような背骨は。



 『なかなかに凶悪な見てくれだな。悪く無い』

 「は。御身のお力を示すに足る御姿かと」



 造りかけの臓器や筋肉が顔を出す、腹部から下。

 骨が剥き出しの下半身は………長大な尾を引っ提げた、()()()()()()



 『巻き(・・)で頼むぞ、ヴェズルフエルニエ。事態は思った以上にマズい。……勇者め、あんなにも脆いとは。何なのだ、巫山戯ているのか? よもや俺はナメられているのか?』



 でき損ないの身体で眉を潜め、忌々しいとばかりに吐き捨てるセダ。接続手術中の腰骨がずれぬよう細心の注意を払いながら、ヴェズルフエルニエは慎重に言葉を選ぶ。


 「…………お言葉、ですが」

 『む? よい。話せ』

 「……は。………あの鎧は、至高の『武』を授けるもの。あの鎧を下せる者など、存在し得ませぬ」

 『だがな、ヴェズルフエルニエよ。俺とて本調子では無いのだぞ? 操り人形さえも下せぬ『勇者』など、さすがに俺への冒涜ではないか?』

 「……遠隔による御技とて、強いて言えば反応速度に劣る程度。破壊力そのものは一切劣りませぬ。『落陽式(フィド・ゾイレ)』の行く手を阻むなど、叶うますまい」

 『む……そうか。……そうか、出力は()の儘か』



 『勇者』が弱いのではない。『落陽式(フィド・ゾイレ)』の名を冠する漆黒の大鎧が、企画外過ぎるのだ。

 直接立ち合い、剣を打ち合い見定めるならまだしも……遠隔操作された魔導鎧越しでなど、力量を把握できる筈もない。


 指摘はひどく尤もであった。現在帰還の途にある『落陽式(フィド・ゾイレ)』を収容し終えたならば、すぐにでも制約機構(リミッター)を設けようと心に刻む。


 ………まぁ、『時既に遅し』なのだが。




 『……少々、()()()()ことをしたか』

 「…………は」



 勿体無い。

 せっかく勇者(オモチャ)を見つけたと思ったのに、大して遊ぶことさえ出来なかったことが。

 もっともっと待てばあるいは強く育ったであろうに、その芽を摘んでしまったことが。


 『勇者』ヴァルターと、二度と戦うことが出来なくなってしまったことが………勿体無い。


 勿体無いが…………()()()()



 『うむ。仕方無いな。俺には優先すべき望み(コト)が有るのだ。……あの『勇者』めは残念だが………忘れよう。急げよ、ヴェズルフエルニエ』

 「は。間もなく……………っ、来ました!」

 『む。……む? ………お、お? ……おお』



 硝子筒の中、満たされた羊水の中。足の骨を支えていた治具が、抜け落ちていく。

 少女の上半身に繋がれた獣の下半身、魔白金(ミルノブル)製の骨格が――糸で吊られた操り人形のようなぎこちなさではあるが――動く。



 「……具合は、如何でしょう」

 『うむ。やはり尾があると落ち着くな』


 今や少女の脊柱と一体化し、身の丈を大きく上回るほどに延長された背骨。それをゆっくりと、ぐねぐねと……尾のように動かし、満足げに頷く。


 『間に合わせの骨格だったが……うむ。悪く無いな。この調子で頼む。……間に合わせよ』

 「はっ。……必ずや」

 『ちゃんと臍も膣も造れよ。……でないと貴様に抱かせられまい?』

 「………御戯れを」

 『ククク………良いな。その表情(カオ)は』



 にやにやとした笑みを浮かべながら、一仕事終えたヴェズルフエルニエに更なる指示を下す。

 下肢が『繋がった』とはいえ、まだ骨が剥き出しである。これでは仮想骨格で擬似的に動かせる程度、耐荷重など望むべくもない。培養筒から出されては立ち上がることさえ儘ならず、闘うことなど出来ようもない。


 それでは、駄目だ。

 目的を、欲望を果たすためには……こんな身体では駄目だ。



 『貴様の主の報告に依れば……()()()の進展は予測よりも早いらしいな。出来るか?』

 「…………ご期待に応えます」

 『ククク……貴様は良い従者よな。期待しておる』

 「………は。有り難き」



 骨だけの脚を器用に組み、魔王セダは仰々しく頷き……


 『目的』とやらを果たすため、その頭脳を回転させていった。

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