138_少女と警護と特別報酬
食事を摂る店を探し、食事を終わらせ店を出るまで、紆余曲折こそあったものの。
非常に多くの人目を集めながらも幸いにして大きな騒動も無く、一行は食事を終えることが出来た。
しかしながらやはりというか、非常に目立つ白と黒の美少女ふたり。それも普段身に付けている無地の兵服などではなく、つい先程揃えたばかりの一張羅である。
リアの店は古着屋といっても、並んでいる商品はちゃんと洗濯・洗浄から細部の補修まで済まされており、そのため根強い人気と支持があるのだとか。
まあ、つまりは……『さっそく装備していく』ことが可能だったのだ。
むき出しの両腕と健康的なおなかやふとももが眩しい盗賊風の装いの白い少女と、ケープの内から時折顔を覗かせるたわわな膨らみと鮮やかに翻るスカートが目を引く黒の少女。
周囲を取り囲み、更に周囲に気を配りながら案内する青年三人組のお陰もあり、今のところ目だった騒動は生じていないものの――彼女らに対する好意と色欲に染まった視線、また彼らに対する憧憬や嫉妬の入り交じった視線に晒され続け――若手三人組の内心は少しずつやつれていった。
「……すまんの、ぬしら」
「え?」「ん?」「お?」
昼食後。ノートたっての希望により次の目的地が定められ、そこへと歩を進める最中。
案内役の三人、周囲の人波からの無遠慮な視線に絶えず目を光らせていた彼らに対し、ニドは労うようにそう切り出した。
「御前に代わり礼を言おう。吾らが悪目立ちするばかりに、ぬしらには気苦労を掛ける」
「そんな! オレらが好きでやってるんだし!」
「オレら充分良い目に遭ってっし! 見返りはもう充分受け取ってっし!」
「一緒に居られるだけで役得だし! 眺めてるだけで眼福だし!」
「そ、そうか。………うーむ」
とても本心を偽っているようには見えない、心からの良い笑顔をを向けてくる三人に戸惑いながら、ニドは少々面食らった顔を晒していた。
ニド自身は――能天気な鼻唄混じりに大通りを闊歩するノートとは違い――自分たちに注がれる多種多様な視線と、それらを防がんとしている護衛達の働きを、しっかりと認識していた。
自惚れる、というわけではないが………自身とノートの容姿がなかなか愛らしいものだということは理解していた。また護衛が未だ年若い面々であったこともあり……彼らがいわゆる『なんであんなガキ共が』『調子乗りやがって』などといった類いの悪意を注がれていることをも、しっかりと把握していた。
だからこその、謝罪とお礼。
実際ニドにとっても、数歩先で能天気にはしゃいでいるノートにとっても、彼らが企画してくれた外出はとても有意義なものであった。
そして――彼らの心労の原因が少なからず自分達にあるならば、彼らに適切な労いを掛けてやりたい、と思う程度には――ニドは彼らを気に入っていたのだった。
御父上の指示には時折不満を溢しながらもちゃんと従い、若々しく元気の良い応対は見ていて心地良く、色恋事に興味のある多感なお年頃らしいが………これ見よがしに胸や腿を見せてやると面白い程に取り乱す。
そんな彼らとの散策は、正直言って楽しい。
「のう、ぬしら」
そう、楽しいのだ。
主君と定めた少女を見守るためとはいえ……遠い遠い昔には見下し蹴散らし蹂躙していた相手である人族の身と成り下がり、自らよりも数段ひ弱であろうヒトの雄に周囲を守られながら、生まれて初めて見聞きするものに心を踊らせているのが。
……彼らと街の中を歩き回るのが。
呼び掛けに対し、何事かとこちらを見遣る三人。……こんなときでも先頭を歩むノートを気に掛けるのを忘れない。見上げた真面目さだった。
よし。……やはり、決めた。
彼らは充分に、労うに値する人間だ。
「やはり吾の気が治まらん。……詰まらんモノだが、礼を呉れてやろう」
「え……?」「礼、を……?」「いや、そんな……」
この期に及んで、生真面目にも辞退しようとする彼ら。……だが相手が悪かった。小狡く小癪な悪辣極まりない神蛇の思考に、たかが未成熟なオスごときが太刀打ちできる筈もなかった。
ニドはこの時点で、『自分が彼らに礼を授ける』と決めた時点で、自身の勝利を確信していた。
彼ら青年三名が、決して受け取りを拒めぬであろう報酬。
その目処は……既に付いていた。
「胸」
「「「ッ!!!」」」
たった一言で……空気が変わった。
彼らの目線、顔付きが真剣そのものに一瞬で代わり、ノートを気に掛けていた彼でさえ此方に注意を割かれる程に……効果覿面であった。
「……吾の胸。『おっぱい』と呼ぶそうだの。………気になるのであろ? 吾のこの『おっぱい』が」
彼らの視線が、自らの胸に集中するのが解る。
孔の開かんばかりの注視。ごくりと生唾を呑み込む音が聞こえたかのようで……これ見よがしに腕で抱きすくめ左右から圧迫し、形成された圧倒的ボリュームを見せ付けてみる。
ニドとて『神話級』魔族の端くれ、脊椎動物の生殖手段やヒト型生物の生理的欲求など、それらすべての情報はしっかりと把握していた。
今現在の自身の身体……特に胸部や臀部を、そういう視線で見てくるオスが存在することも予測済であったし、いわゆる身内からもそういう目を向けられるであろうことも……当然考慮に入れていた。
しかしながら……今現在の身体の性こそ少女のそれであるが、ニド自身にとっては性別などどうでもよかった。
近くに侍らんとするノートが怯えぬように――またヴァルターを性的に弄べるように、あるいは褒美を与えられるように――そのためだけに選択したのが、この身体である。
オスの生理的欲求も理解している。
自らの身体の強みも、理解している。
そして……彼らはどちらかといえば、好ましい人族である。
であれば。
胸を揉まれるくらい、どうということは無い。頬をつねったり頭を撫でたりの延長線上……単なるスキンシップの域を出るものでもない。
……さすがに『やらせろ』の類であったならば、ここまで気乗りはしなかっただろう。
せっかくの切り札である。使い処はしっかり吟味せねばならない。
「お、お、お……おぱ、おっぱ……お」
「なぁに、気にする程では無いわ。頭を撫でられるようなもんであろ。吾もぬしらは嫌いではないし、な?」
「に、にど、ちゃ……お、おぱ……にど、ちゃ」
「多感な年ごろの男子が我慢などするでない。吾が『良い』と言っておるのだぞ?」
「わ、わ、わ、あわ、おっぱ、お、あわ」
彼らをからかいつつも、その更に周囲を観察してみる。……さすがに会話内容までは聞き取れなかったのであろう。
しかし突然として、護衛とおぼしき青年達が少女の胸部に釘付けになり、また当の本人がまるで見せびらかすように胸の膨らみをアピールしていれば。
また少女本人が得意気な……どこか挑発的な笑みさえも浮かべていれば。
そこに込められた『色』は、既に疑いよう無かった。
今やニドは……周囲一帯のオスどもの視線を総ざらいしていると言っても、恐らく過言ではないだろう。
(((おっぱい……にどちゃんの、おっぱい)))
(呵々々。解りやすい小僧共よ)
だが……しかし。
彼らの吟味と葛藤の時間は、非情にも、突如として終わりを告げた。
「? ? んい……? どうし、たの? ……にとー、どう、したの?」
後ろに続く足音、ニドと護衛三名の気配が停止したことを疑問に思ったのか。
先頭を行くノートはいつのまにかこちらを振り返り、悩みごとなど無さそうな顔に珍しく怪訝な表情を浮かべていた。
「……何でもないぞ。こやつらに感謝を伝えておっただけよ。何でもない」
「?? …………そう?」
「うむ。気にするでない。……もうすぐ着くのであろ? 楽しみだの」
「んい。わたし、たのしい。はやく!」
「呵々々! 解った解った」
ノートの手前、男子に乳を触れさせる様を見せるわけにはいかない。良くも悪くも純粋無垢な彼女に変な刺激を与えたくないし、恐らく長耳娘がブチキレる。
やや強引ともとれる話題の切り替えにも、然して気にする様子も無く。花の咲くような笑みを見せ、くるりと身を翻し掛けていくノート。
護衛の三名は毒気を抜かれたような、何処か呆然とした様子で……がっくりと項垂れていた。………やはりおっぱいに未練はあったようだ。
「ぬしら」
肩を落としながらも職務を全うせんとする彼らを、さすがに少々不憫に思ったニド。
若干含みを持たせた笑みと共に、自らの人差し指を艶やかな唇に当て……
「あとで………な」
「「「………!!!」」」
果たして。効果のほどは覿面であった。
顔を赤らめながらも瞳には闘志を湛え、気合充分に任務に望むその姿勢を眺め……
(……やはり………良い奴らよ、な)
彼らならば主の……ノートの為に尽力してくれるだろう。
ニドは満足げに一つ頷き、見るからに張り切って護衛に臨む三名の後を追った。




