表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/262

137_少女と警護と馬子にも衣装



 『さすがにそれは無くね……?』



 真新しい装備に身を包み、得意気にくるくると身を(ひるがえ)しはしゃぎ回っている本人以外の……それは総意だったであろう。

 言葉にこそ出さなかったものの――困惑したような、戸惑いを隠せないような、頬が若干引きつるような――そんな何とも言えない感想を抱いた彼らは……互いにこっそりと頷き合った。



 ………………………



 素材(ノート)自身の容姿は文句なしに、良い。良いなんて次元ではない。ぶっちゃけ最高レベルであることは疑い無い。

 身に纏う着衣も、それ自体は問題どころか素晴らしい品であったろう。

 リアの両親が手ずから裁縫を手掛けたというその作品は、活発さと可愛らしさのバランスが絶妙な……モデルの魅力を最大限引き立てる見事な作りと言えた。


 更に。

 作業の途中、尋常ならざる熱の入りっぷりと騒々しさを感じ取り、お隣の店舗からひょっこり姿を表した人物――動物革製品を主に取り扱う装身具屋の店主――をも巻き込み……午前中一杯をまるまる使っての壮絶な戦いは、ノートが空腹を訴えそれ以上の継続が困難となるまで続いた。


 その甲斐あって。

 服飾店の店主リア、お隣の皮革装身具店店主のおじさん、引率の青年兵士三名、臨時保護監督責任者ニドが――ある一点を除いて――会心の出来であると見惚れる姿が、そこには在った。



 上半身を飾る丈の短い半袖レザージャケットは大胆にも前を開き、その下に身に付けているのは大人びたチューブトップ。無駄な脂肪のない、それでいて健康的に丸みを帯びたラインのおなかとおへそがちらりと顔を出し、見るものの視線を総ざらいしていた。ただしおっぱいはちっちゃかった。

 加えてその下半身を飾っているのは、その場にいた者のほぼ総意でもあった可愛らしいミニスカート。………なのだが、非常に残念なことに余計なオマケが付いてきていた。

 身を翻せばふわりと舞い上がり、可愛らしい下着が姿を表すかと思いきや……残念なことにミニ丈のショートパンツが立ち塞がる。普段は着るものに無頓着なくせにこの期に及んでスカートに対して徹底的に抗ってみせたノートには、誰もが煮え湯を飲まされた気分であった。

 だが履かせただけでも、ノートにスカートを纏わせただけでもよくやったと思う。『洋短袴(しょーとぱんつ)を履いておるなら『すかーと』などただの腰巻き……飾り布であろ。御洒落(おしゃれ)に着飾る程度、誰でもやっておる。鮮やかで良いと思うがな』というニドのフォローには、その場の全員より称賛(いいね)の視線が飛んだ。


 しかしながら……スカートに余計なオマケが付いてきたとはいえ。子ども用に丈の調整された長靴下と、隣のおっちゃんのファインプレーによる同じく子ども用ロングブーツ。濃紺のショートパンツと胡桃色のロングブーツの境目、艶かしく滑らかな太ももがちらりと覗くその一点。

 健康的でありながら女性的な魅力を醸し出す肌色に、青年三人とおっちゃんはドキドキであった。ただしおしりはちっちゃかった。

 

 総じて。下着が拝めそうなスカート姿こそ逃したものの……おなかや太ももの一部分などは、白く滑らかな肌色が顔を覗かせ。今までは小さな胸を物理的に締め付けるように回されていた剣帯は、ポーチともども(たすき)掛けに回され。

 『天使』というよりは………敢えて言うならば『盗賊(シーフ)』系と言った方がしっくり来そうな装いではあるが、そもそも清涼感溢れるノートの容姿と精緻な作りの装備品によって、いわゆる『(ワル)』っぽいイメージは打ち消されており……結果的に非常に愛らしい装いとして纏まっていた。



 ―――ただ一点を、除いて。




 非常に愛らしく纏まったコーディネート、一体その何処に不満点があるのか。

 それは――真新しい衣装に身を包む少女の――白く煌めく髪の上。



 ノートの頭の上に……()()は鎮座していた。




 ()()の出所は、若干いたたまれない面持ちで顔を伏せる……皮革装身具店の店主(おっちゃん)

 分類としては革製品の軽防具になるのだろうか。見事な存在感を漂わせる……それは()であった。


 しかも。なんとただの兜ではなかった。


 意匠元として考えられるのは……いわゆる『三角帽子(トライコーン)』であろう。右前、左前、そして後ろと、(つば)の三ヵ所を折り曲げた形の帽子。鍔に三つの(カド)が形作られることから、『三角帽子(トライコーン)』。

 いや。ただの三角帽子ならばまだ良い。背伸びしている感が拭えない組み合わせではあるが……随所に革製品を纏った盗賊(シーフ)風の装いであれば、まあ納得できる範疇ではあるだろう。


 ――ただの三角帽子であるならば。



 いや、()()は確かに……紛うことなく『三角帽子』であった。


 前方と左右の側方に備わるのは、三つの『()』の意匠。根本は太く逞しく、伸びるにつれて鋭さを増しながら天を衝く()や、側面からぐるりと環を形作りながら同じく天へと向かう()

 それぞれ一角犀(リノセラス)巻角羊(アレス)のものによく似た、それら三本の『ツノ(・・)』を備えた……異色の『三()帽子』が、そこには在った。



 なんでそんなものを、というほぼ全員の無言の圧を受け、革製品店のおっちゃんは申し訳なさそうに頭を下げ続けていた。

 何故と言われても、そこに深い意図は無かった。ついつい白熱していく衣服への興味を少しでも革製品寄りに傾けられればと、インパクトのある製品を持ち込みアピールしてしまったのが運の尽きだった。

 結果としてレザーブーツをお仕着せすることに成功したため、全くの無駄だったわけでは無いのだが……レザーブーツよりも気に入ってしまった三()帽子――当然子ども用では無いため顎紐で無理矢理固定されている存在感溢れる兜――を、頑なに手放そうとしない彼女に対して……



 『さすがに……()()は無くね……?』



 その場に居合わせたノート以外の全員は、言葉にならない呻きを溢さずに居られなかった。




 ………………………



 「のう、御前………その被り物は何なのだ?」

 「んひひ。つの、さんほん。……つの!」

 「………うむ。ツノだの」


 つい先程見繕った衣類一式に身を包み、上機嫌に歩みを進めるノートと、彼女に率いられる形で後に続く四名。その顔には先程までの暗い雰囲気は、もはや残っては居なかった。


 ノートのコーディネートにおいての、ただ一つの失点。そのことを気に病む一同を労うため、ニドは一肌脱いだ。……いや、着た。

 ノートと異なり、自身の身体が周囲からどう見られているかを正確に把握していたニドは……ノートと異なり、己の欲求を頑なに主張しゴリ押すこと無く、有り体に言えば周囲が『着てほしい』と思っている衣類を、すんなりと身に付けてみせた。



 まずは何よりも……男共の絶大な支持のもと薦められた、首もとのカットが大胆なノンスリーブのトップス。

 やはりというべきか何と言うべきか……男性陣はニドのたわわな胸元に興味津々の様子であった。薦められたトップスは谷間だけでなく両脇からもその重量ボリュームが見て取れる贅沢なデザインとなっており――三角形に近い形状の布地で左右の乳房をそれぞれ吊り上げ、首の後ろで結び固定するという――胸元の露出度だけで言えば水着に迫るほどの代物であった。おっぱいはおっきかった。

 にもかかわらず……ニドは然したる嫌悪感も示さずに快諾して見せ、先程のノートの一件で凹みつつあった男性陣は、見事に盛り上がりを取り戻した。


 ただし……『さすがにそれで出歩くのは止めた方が良い』との専門家のご指摘もあり、雰囲気を損なわない大人びたデザインのケープが追加され、艶かしい肩と脇の露出は控えられた。


 そしてもう一点。男性陣の熱い支持のもと推薦された、膝丈のスカート。

 激しい運動にも追従し得るように、脚の可動を妨げぬようにと提案されたフレアスカートは、元々富裕層に売り込むことをも視野に入れた品であった……らしい。

 魔道具とまでは行かずとも、魔力による防汚皮膜を形成することが可能。これによって見た目にそぐわぬ強度と、防汚性能を誇る優れもの……らしい。

 トップスの裾とスカートの裾とで、さながら二重のスカートのようでもあるその装いは、小柄ながら女性的な成長を遂げている彼女に、非常に良く似合っていると言えた。しかしおしりはそれほど大きくはなかった。


 彼女自身たっての希望により、精緻なハードレザーのブーツと頑強な脚甲(レガース)が設えられた以外は――その衣装の着こなしと他者の視線を意識した立ち振舞いは――どこからどう見ても淑女のそれであった。

 同行者の白い幼女とは雲泥の差であった。




 「……御前はつの(・・)が好きなのか?」

 「んんー………さんぼん、だから。すき」

 「………三本角が、か。………なるほどなあ」


 歩みに合わせてひらひらと(ひるがえ)るスカートを靡かせ、しっかり手を繋ぐ三角兜と盗賊(シーフ)服姿の幼子を見つめるニド。


 その視線は、とても暖かく………とても哀しげでもあった。



 『三本角(さんぼんづの)』と聞いて、ノートのような容姿の娘がそれに執着する様子を目にして、それでも黙して居られる程……神話級魔族としての意識は、落ちぶれていなかった。



 「……のう、御前よ」

 「ん? んい?」


 気のせいかもしれない。自分の思い過ごしかもしれない。ただの勘違いかもしれない。………だが、それでも良い。どうでも良かった。

 自分の考えていることがもし(・・)事実だったとしても。状況は何一つとして変わらない。()()()()()()()()()()ということは揺るがないし、むしろ大義名分を得るだけだろう。


 是でも非でも、やることは変わらない。

 だから、どうでもいい。



 「……おなか、空いたであろ。ごはん食べたいのであろ?」

 「!! やうす! ごはん!」

 「呵々々(かかか)! 愛いの。……ほれ案内人、起きんか。姫御前が昼食(ひるげ)を御所望だぞ?」



 見目麗しい少女二人をぽーっと眺めていた青年三人組は、やっとのことで再起動を果たした。

 彼らがちゃんと意を酌み行動してくれていることを確認し、ニドは満足げにノートを眺めていた。




 遠い昔に自らが主と崇めていた、三本角の緋色の魔族。

 その顔、その声、その哀しくも懐かしき姿を脳裏に思い描きつつ………眼前の幼い主を、微笑ましく見つめていた。

※にどちゃの服一式は南砦有志による寄付金(カンパ)、および三人のお小遣いと店主リアの協力によって、無事に(なんとか)賄われました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ