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136_街とお店と特別任務



 王都リーベルタ東岸、通称『東平民街』。

 街壁ぎわの僻地から川岸方向へ……賑やかな方へと歩みを進める、五人組の姿があった。



 ここリーベルタは大きく東と西とに分断されているとはいえ、街としての機能さえもが二分されているわけでは無い。

 むしろ――東と西それぞれに、生半可な都市より整った都市機能を備えているため――東岸と西岸にそれぞれ都市が備わっている、と言ったほうが適切かもしれない。

 東岸に住まう人々は(王城区や貴族街等の例外を除き)東岸のみで一通り完結できるよう、街づくりが行われている。


 というわけで……今回の目的地も東岸地区内。そこまで遠い場所ではない。一行が目指しているのは、川沿いに広がる商業区の一角。巨大な川の水運を余すところ無く活用した活気溢れるマーケットの袂である。



 東の大河『ライザ』の川縁は白く煌めく石で護岸が成され、幾条もの桟橋が突き出ている堤防沿いの広い道路は、見渡す限り多くの人々で賑わっている。

 大型馬車が四台は余裕で行き交える幅の道路では、軒を連ねる店や露店商がひしめき……道行く人に声を張り上げ自慢の品々を掲げていた。


 そんな賑やかな通りを歩む、全体的に年若い五人組。

 仲睦まじげに手を繋ぐ白と黒の少女と、その周囲を取り囲むように続く三人の男子。


 「にと、にと! おさかな! おさかな!」

 「つい先刻(さっき)(メシ)を食ったであろ! 買わん!」

 「にと! あれなあに! なあに!」

 「食べ物だ! 御前の(おなか)には入らん品だ!」

 「わたし……おいしい、ほしい! にと!」

 「無理だと言うて()ろうが!」


 串焼きの川魚を、焼き立てのパンを、見た目も美しい蜂蜜菓子を、見かけた端から物欲しそうにねだる白い少女。リカルドからお小遣いを預かったのが自分でよかったと、ニドは心から安堵した。

 特に『何に遣え』とは言われていないものの――ノートの食に対する興味を満たすためとはいえ――食べきれないことが解りきっている食糧に遣うのは、さすがに無駄遣いと言って差し支えないだろう。

 それが全くの悪いことだとは言わないが、もっと優先すべきことがある筈だ。せっかく御父上が用意してくれたお小遣い、彼の心証を害さぬためにも無駄遣いは避けたいところだった。



 対岸さえ霞む程の巨大な水運、その中央に佇む白亜の城。リーベルタ王城を川向こうに望むこの通りは、眺めてよし買ってよし食べてよしの三拍子揃った、万人向けの名所と言える。

 そんな大河沿いの大通りから少し入り、両側を高い建物に挟まれたまた別の大通りへと歩を進める。人々の喧騒を背後に、騒がしさこそ若干下火となった一方、右も左も嗜好を凝らした建物が延々と続く。


 「ここは『ライザ(くだ)り三番通り』、通称『右下三番』。東平民街を横断するのが『ライザ中央通り』で、そこから下流がわに三本目の大通り、ってことな」

 「『中央通り』の角はさっき素通りしちまったけど、なんか豪華な門がある橋あったじゃん? あっこから。あの門の向こうが『貴族街』で、反対側方向が『中央通り』」

 「んで縦の通りは……今通ってきのが『護岸通り』。そこから街壁方向に向かって二番、三番、四番……って名前が振られてるんだぜ」

 「ほお………縦横の大通りとな。なかなかに凝って()るのだな」



 三人組の解説を耳にしながら、ニドは興味深げに街並を眺める。彼女自身このような大都市に――攻め入り蹂躙するのではなく――旅人として足を踏み入れるのは勿論初めてである。

 どこか楽しげに……満更でもなさそうに、人々の造り出した建造物を眺めていた。


 「『右下三番通り』は主に装備品やら宝飾品……防具とか服とか靴とか、身体に関するものの店が並んでる。隣の『四番通り』もだいたい同じ」

 「ほうほう」

 「さっき曲がった角にバカデカい建物あったろ? あれ『東岸闘技場』つってさ、あれの近くの防具屋と五番通りの武器屋は闘士の御用達なんだって」

 「ふむふむ」

 「その向かい側の四角ばった建物は、狩人組合の東岸本部。……オレらはよくわかんねーけど……なんかライセンス? とか配当? とか………なんか色々手続きするらしいぜ。強そうな人がめっちゃ居る。よくわかんねーけど」

 「んいんい」



 さすがは王都というだけのことはあり、アイナリーなどには無かった設備、初めて見るような建物が多いこと。

 当初こそ食べ物にしか見向きしなかったノートでさえも、次第に興味深げにぐるぐると見回していた。


 ……と思ったのも束の間。たまたま右下三番通りに店を構えていた喫茶店、その店頭の焼菓子を目敏(めざと)く見つけてしまったノート。今の今まで出歩いていた食い気が即座に帰還し、状況は少し前へと……食べきれない食べものを求める駄々っ子へと逆戻りしてしまった。



 「にとー、にとー……おいしい、たべたい……にとー」

 「のう小僧共。目的地とやらはまだか? (ワレ)とて何時(いつ)(まで)(とど)めらる自信は無いぞ?」

 「頑張れニドちゃん! もうちょっとだから!」

 「あと少し! もう少しだけ頑張って!」

 「………まぁ構わんが」



 愛らしい声と言動で食べものを物色する小さな白い少女と、そんな少女の手綱を握り世話を焼く、豊かな母性を湛える黒い少女。

 見目麗しい少女二人組は――三人ではなく二人ではあるものの――その姦しさもあってか非常に人目を集めながら、案内役の青年達のいう目的地とやらへ、歩を進めていった。





 ………………………




 「「「ついたぜ!!」」」

 「お、おう……」「んい……?」



 右下三番通りを進むこと、更に数分。……本当に『もう少し』だったらしい。

 案内のもと一行が到着したのは、とある一軒のお店。開かれた扉から中を覗くと……壁一面に設えられた飾り棚には様々な色の畳まれた布や帽子、壁際や通路際には着飾った人形什器(マネキン)、随所の柱には衣掛(ハンガー)に掛けられた多種多様な衣類や帽子が、所狭しと並んでいる。


 よく見たところ、いやよく見るまでもなく。『着るもの』『身に纏うもの』を取り扱う商店、服飾店のようであった。



 「せっかく都会来たんだしさ。……せっかく素材はハンパ無い美少女なわけだし……ちゃんとした良い服を捜しても良いと思うんだ、うん」

 「それに……何ていうか、うん………みんな前々から思ってたわけよ。……『勿体ないな』って」

 「お姫だけじゃなくてさ……ニドちゃんもほら、何て言うか……良い感じの服、たしか持って無い……じゃん? ……だからさ」


 せわしなく視線をあちこちに飛ばしながら、歯切れの悪い口調で説明を図る彼ら。

 なんのことはない、田舎から出てきた垢抜けない(ダサい)装いの女の子二人に、王都のファッショントレンドに則った着付けを施してくれよう……という試みらしかった。



 言われてみれば確かに。素材としての評価は非常に高いものの、ノートは基本的に着飾りたがらない。……いや着飾るどころか、俗に言う『可愛らしい』服装を纏ったことが殆ど無い。

 普段着と言える服装は、無地のシャツとチュニックにショートパンツ。丈夫さと動きやすさしか視野にいれていないその格好は………街娘どころかもはや農村のイタズラ小僧であった。ある意味ピッタリだと言えるかもしれない。


 絹糸のような髪と水晶のような瞳、ふっくらした唇とふっくらとした頬。どこか眠たそうに下げられた(まなじり)は、少々気だるげな雰囲気を醸しているものの……言葉控えめな言動と合間って、儚げで愛らしい印象を振り撒くノートの容姿。


 で、あるだけに。

 無頓着(ダサ)さ極まる小僧ルックと着衣に無頓着すぎるその姿勢は、彼らを始め日頃周囲で見守っている者達にとっても……悩みの種であったらしい。



 「いらっしゃいませ………あら? あらあら。思ったより早かったのね」

 「おう。今日はよろしくな、()()()()


 物珍しげにきょろきょろと辺りを見回す二人へ、店の奥より掛けられた柔らかな声。一人の女性が暖簾をかき分け、姿を表した所であった。

 彼ら三人――ノースかルクスかウィルのうち誰か――の、()。ふわりとウェーブ掛かった蜂蜜色の髪を一つに纏め、優しげに細められた目許が印象的な彼女。

 この服飾店の主は柔らかな笑みをもって……文句なしに最上級と言えるであろう二人の素材に、熱い視線を注いでいた。



 ふと店の奥、今しがた女性が出てきたほうへと目を遣ると……暖簾の向こう側は作業場のようだった。

 無数の小さな引き出しや様々な色合いの巻糸が机の周囲をぐるりと取り囲み、針らや指貫やら鋏やらといった小道具が納められているであろう小箱が、口を開けている。

 つい先ほどまで、まさに作業を行っていたのだろうか。作業台である机の上には一着の服が――襟元や袖・裾など数ヵ所のほつれや、胸元の(ボタン)の歯抜けが見られるボロボロの服が――針と糸を通され、安直されていた。


 どうやら……衣類は衣類でも『古着屋』。前の主人から手放された衣服を仕立て直し、服の形を取り戻したものを売っているお店のようだった。



 「実は。ここは何を隠そう、オレの実家です! 親父と御袋は仕立てもやるんだけど……今日は手っ取り早くこの中から探そうかなって! なのでお客さん………お姫とニドちゃんの要望をしっかり聞きつつ! 魅力溢れるコーデをキメてこうと思います! 姉ちゃんが!!」

 「「おお――――」」

 「ふふ……はじめまして。いつもこの子がお世話になってます。……このお店を任されています、リアと申します。………よろしくね、お嬢さん」

 「んい。よろしゅく、おねがしゅます」

 「うむ。宜しうな」



 どこか得意気な顔でふんぞり返る彼――ウィルかルクスかノースのうちの誰か――と、にこにこ顔を浮かべるおねえさん。前もって話を通していたのだろう、どうやらこのおねえさんが服を選んでくれるということらしい。

 第一印象としては、とてもやさしそうな人。先の説明を聞いた限り、おまかせでもいい感じにしてくれそうだ。


 ノートとて、彼らが善意でお膳立てを整えてくれていること……自分のためにわざわざ時間と手間を掛けてくれていることは、至らぬ頭でも理解していた。

 そのことはとても嬉しいことであるし、リカルドの部下である彼らの言うことなら、それはつまりリカルドの意思でもある。言うとおりにして間違い無いのだろう。……彼らに対して絶大な信用を措いていたノートは、言われるがまま完全に任せることにした。

 また……安心しきったノートの表情からその心境を性格に推し量ったニドは、『とりあえず害意は無さそうだし、なんか楽しそうだし……まぁいっか』と極めて楽天的な心境で現状を受け入れていた。




 こうして。


 アイナリーだけでなく、王都リーベルタにおいても『天使ちゃんファンクラブ』が生まれる所以となった、ノート(お姫)着飾りプロジェクト。

 その第一弾が……ついに幕を開けたのだった。

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