135_王都と今後とエスコート
ノートが肌身離さず引っ提げている武器――勇者ヴァルターのものと全く同じ形状の、白一色の長剣――『勇者の剣』。
それは聞くところによると、剣自体が極めて精緻な魔道具であるらしい。
自身の魔力を流し込むことで込められた魔法『能動探知』を自在に扱うことが出来、人の身でありながら高度な索敵魔法を行使出来るという。
事実として。アイナリーの兵員詰所に居候していた頃のノートは……『剣』による能動探知によって勇者殿に探り当てられた、という事例がある。
つまりは……勇者ヴァルターのものとほぼ同一の品を持つのであれば、ノートの剣で勇者殿を探り出すことが出来るのではないか。
その疑問に対しての答えはしかしながら……なんとも歯切れの悪いものだった。
「んいい…………ここ、ひと……いっぱい。……そなー、つかう、……いっぱい、はいってくる、から………わたし、こわれる」
「人が……多過ぎる? のか……」
「……んい。あるたー、まりょく………いっぱい、ちがう。………あるたー、おなじくらい、まりょく、な………ひと。……んい、いっぱい、いる」
「…………ううむ」
……確かに。
以前ノートが探り当てられたときは、探される側がノートだった。更には同じ場所に宮廷魔導師であるディエゴも同席しており、あの一画での魔力反応は相当のものであった……ということなのだろう。
一方で、今回のケース。勇者ヴァルターの戦果や評価こそ頭一つ抜きん出ているものの、肝心の本人の魔力含有量はそれ程逸脱しているわけでは無い。
長年培った戦闘センスを持ち合わせているとはいえ……魔力量自体は(やや高いではあろうが)人族としての範囲内。それはつまり『ヴァルターと同程度の魔力量を持ち合わせる人族が他にも存在し得る』ということに他ならず。更にはこの街は『王都』、リーベルタの中枢であり……そんな有力な人物が集まっていてもおかしくは無い。
「つまりは。御前と違い坊は没個性、というわけだの」
「? ?? んい、そう」
「……背丈とか、身体つきとか、顔とかで探ることは」
「無理だの。ヒトの数が多過ぎる」
はっきりと、ばっさりと……ニドは切り捨てる。
一家揃っての朝食にお邪魔し、和気藹々と食事を済ませ、今後の方針を決めようかとリカルドの部屋へと押し掛けた面々。
横一列に並んで寝台に腰掛け―明らかに眠たそうにしているメアを除く二人は――ああでもないこうでもないとリカルドに意見をぶつけていた。
「御父上に教えておこう。御前らの能動探知とやらだがの……魔力の波を吐き出し、跳ね返ってきたそれを捉え、それを基に捜し物の位置を割り出す、といったモノよ。……こんなヒトの群れで使ってみよ、跳ね返りが多過ぎて頭が爆ぜるぞ」
「む…………ちなみにニド。君が持ってきたその剣は」
「あんなえげつない代物と一緒にするで無いわ。只の棒切れよ」
「………そう、なのか」
理屈としては、理解できる。ニドが嘘を言っているような雰囲気も無い。
つまりは――能動探知頼みの勇者捜索は――不可能。
で、あれば。
「協力を仰ぐ………か。ディエゴ殿に」
「……そんなにも頼れる者なのか? 下々の民の声を聞く輩なのか? 其奴は」
「少なくとも……この子に関しては、な」
「…………肝心のこの子は嫌そうな顔なのだが」
「んいいいい……」
眉根を寄せ、呻き声を溢し、珍しく不機嫌な表情を見せるノートに不安は残るが……しかしながら他に手段は思い浮かばない。
そもそもの発端は、ディエゴよりもたらされた手紙である。ならば何かしらの助けにはなってくれるだろう、少なくとも助言程度はくれるのではないか。そこは疑い無いだろう。
………だが。問題は。
「…………どうやって……連絡取ろう」
「は? …………いや、御父上よ。……は?」
そう、相手は宮廷魔導師……リーベルタ王国の重鎮である。一介の兵士ごときがその連絡先を知っている筈も無く………つまるところ手詰まりであった。
「いや。……いや、大丈夫だ。知りうる限り当たってみよう。心当たりは幾人か居る」
「…………であれば吾が云うことは何も無いがの」
どこか憮然とした面持ちのニドと、特にわかってなさそうな面持ちのノート。
心配そうに見詰める二人の少女を見やり、リカルドは身支度を整え始めた。
ベルトを締め、コートを羽織り、籠手の代わりに手袋を嵌め。完全装備とはほど遠いが、どう見ても休暇を満喫する装いでは無い。
「………休みでは無かったのか?」
「まあ、な。だが本来の目的のため……ノートのためだ。苦では無いさ」
「……………吾らも付いて、は……行かぬ方が良さそうだの」
「……そうだな。済まん」
「馬鹿者。此方の台詞よ」
互いに苦笑し、やれやれとばかりに肩をすくめる二人。ノートはいまいちよく解っていない顔で、一人首をかしげていた。
「りかるの……おしごと?」
「ああ。……済まない、ろくに相手してやれず」
「んん……んい………かえって、くる?」
「勿論だ。夕飯までには戻る。……代わりにもならんが、これで遊んでくると良い。アイナリーよりも見るものはあるだろう」
「……何から何まで済まんの」
ちゃり、と金属の擦れる音を立てる、小さな袋。ノートは手が届かなかったので、ニドが代わりに受け取る。
心なしかしおらしい……珍しくしゅんとした様子のノート。しかしながら――一晩リカルド分を摂取したことでいくらか落ち着いたのだろうか――ノートにしては聞き分けの良い様子で、こくりと頷いてみせた。
「わたし、だいじょうぶ。……りかるの、いってまっさい」
「…………ああ。いってきます」
「んい!」
ノートとニドの二人に見送られ、支度を整えたリカルドは部屋を出ていった。どうやら家族と話をしているらしく、そのまま職場へと向かってしまうのだろう。
ちなみにメアは眠気に耐えきれず、ノートの膝の上で寝息を立てていた。
………………………
「「「ごめんくださーい」」」
メアもすやすやと寝息立ててるし、これからどうしよう……と思っていた矢先。騒々しい声が階下から響き渡った。
顔を見合わせるノートとニドを知ってか知らずか、床の向こうから何やら話し声が聞こえてくる。
考えるまでもなく声の主……先程の挨拶の主はリカルドの部下、王都までの旅に同行してきた三名だろう。そういえば後で遊びに行くとか言っていた気もする。後で、っていうか実際もう翌日だけど。
まあいいか。とりあえず彼らが遊びに来たというのであれば……用があるのは恐らく自分たちなのだろう。
「降りた方が良さそうだの」
「んい。……めあ、ねさする」
「くく……そうさな。昨晩は良う堪えておった」
「?? んい?」
あどけない顔ですやすやと眠るメアを寝台に横たえ、ノートとニドの二人は家の主の部屋を後にする。
階段を降りリビングを覗き込むと、私服を纏った十代後半の青年が三人。夫人ヴィオレッタならびに長女エリゼと和気藹々と言葉を交わしていた。どうやらリカルド一家との付き合いは長いらしい。
「………あっ、お姫! おはよう!」
「んい………おは、よう」
一人が気づき、彼に迎え入れられる形でそのまま輪の中へ入り込む。
ふと周囲を見回してみると……非常に満足げな笑みを浮かべるエリゼと、その様子に笑みを浮かべるヴィオレッタ。そして……とても良い笑顔の兵士、もとい……青年三人組。
「メアちゃんは……おねむかしら?」
「うむ。御父………っと。リカルド殿の寝床でぐっすりと、な」
「あら……やっぱり。……この子一晩中ずっっとしがみついてたみたいで………寝苦しかったんじゃない?」
「ちょ、ちょっと! お母様……」
「呵々。……良く頑張っておったよ」
どうやら昨晩、ノートがリカルドを獲得した後。メアの身に何やら試練が降り掛かっていたようだが………ノートは深く考えることは無かった。さっき見たメアは相変わらず可愛らしかったので、特に問題もないだろうと判断したのだった。……それよりも、眼前の三人組の笑顔の方が気になった。
「いや……さっきそこでタイチョーと擦れ違って、さ。タイチョー用事あってお姫と一緒いられないっつって、それで……」
「たいちょ……りかるの?」
「よ、良ければ、さ。……俺らもさすがにこの街全部に詳しい、ってわけじゃ無いけどさ……」
「おれら、くわ……し?」
「リーベルタの街! 一緒に見て回んね? 案内すっぜ!」
「んい……あん、ない?」
訝しげに見上げるノートの表情を察知したのか……三人は意を決したような様子で口を開いた。どうやら隊長……リカルドに頼まれ、街の案内を引き受けてくれたらしい。
ノートとて、先程の作戦会議……今後の方針の話は理解していた。どのみちリカルドが知人とやらに話をつけるまで、また宮廷魔導師ディエゴからのリアクションが降りるまで、自分達に出来ることは無いのだと……ちゃんと理解していた。
何か忘れているような気がしなくもないが、何か別の手段があったような気もするが……きっとリカルドがああ言った以上は間違いないのだろう。深く考えようとしなかった。
それに何より。彼らの案内は、リカルドの指示によるものだと聞いた。
であればノートにとって……断る理由など、無い。
「んい。……まち、わたし、いきたい。……おねがい、しゅます」
「「「ヨッッシャ!!」」」
「まぁー良い反応だの……」
せっかくの機会なので、リカルドの言うとおり街をあちこち見て回ろうと………観光とやらをしてみようかと、ノートは決めた。
愛らしい寝顔を見せるメアを叩き起こすのも気が引けるので、家事と内職があるというエリゼ達に任せていくことにした。
『まぁ御前が行くなら吾も行こう』と同行を申し出たニドに対し、若干一名の青年は小さくガッツポーズを見せていた。
こうして……南砦所属の兵士三名による、突貫観光ツアーが幕を開けたのだった。
回線を繋いだ覚醒状態の『勇者の剣』どうしであれば、ごく低度な能動探知で位置が捕捉できるという事実があったこと。
ともすると魔力を用いる必要がなくとも、剣を握り『他方の所在を探ろう』と強く念じれば、なんとなく場所が解る仕掛けが施されていること。
お世辞にも記憶することが得意とは言いがたい知能の持ち主が、その裏技じみた事実を思い出すことは……やっぱり無かった。




