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134_島の異変と遅過ぎた後悔



 王都リーベルタを発ち、幾日かを街道沿いの小屋で明かし。

 やがて物々しい一団……鋼の剣を提げた勇者と旅装の近衛兵達は、『エーリル』と呼ばれる町へと辿り着いていた。



 「勇者様だ! また来てくれたんですね!」

 「ゆうしゃさま! おひさしぶりです!」

 「勇者様………あのときは本当に、ありがとうございます」


 ここの町はかつて、ヴァルターが勇者として剣を下賜された後……『魔王』を探すため出立した際に、最初に立ち寄った町であった。

 勇者としての第一歩ということもあって心身共に非常に張り切っていたヴァルターは……幾つかの(この町の人々にとって)厄介な依頼を受け、そして全く同じ数の依頼を成し遂げていたのだった。



 リーベルタ北門からほぼ真北へ。大河レスタとときに接し、ときに離れ、付かず離れずの距離を保ちながら北上するこの道は、北部中央街道(アイナリー行路)に次いで交通量の多い道……と言われている。

 アイナリー程ではないと言えども、火の町『オーテル』を目指す商人は決して少なくない。いかに多くの品物が集う交易都市とはいえ、こと鉄製品の流通量で言えばこちらの街道に軍配が上がるだろう。


 剣は、鎧は、盾や馬具の部品や(やじり)は、その殆どがオーテルで作り出され、王都へと運ばれる。

 金属製品の最大の生産地と、その最大のお得意先。その二点を直接繋ぐこの街道は『鉄の道』とも呼ばれ、ここエーリルはその宿場町の一つとして発展していた。



 ………………………



 「お久し振りです、店主」

 「勇者様! またお会い出来るとは!」


 今晩の滞在先として立ち寄った、とある一件の宿。

 ここは以前立ち寄った際にも利用し……またそのときに(この街の人々にとっては)厄介な討伐依頼の相談を持ちかけられた宿でもあった。



 ――曰く。

 『魔王の目醒め』に当てられ恐慌状態に陥った両生鯢(サラフランダー)が暴れており、街道が使えない。駆除しようにもすぐ河に逃げてしまうため、なかなか手こずっている。なんとかしてくれないだろうか。



 当時の同行者は、『自然環境』に類する魔法を使いこなす長耳族(エルフ)の少女。『視認し(視え)た獲物を逃がすワケ無ぇだろ』と得意気にふんぞり返る彼女によって一瞬で討伐され、その晩美味しく戴いたことは記憶に新しい。



 「今回もお役目ですか? 今日はネリー様はご一緒では無いので?」

 「あぁ………うん。少し……いや、そんな感じ。ネリーは別の任があってな。……それよりも、最近どうです? 気になることとか……」

 「あー…………いえ、………いや。……………勇者様には申し訳無いですが…………丁度良かった、と言うべきかも知れません」



 少々強引に話題転換を図っただけの質問であったのだが……意外な反応が帰って来た。

 次第に深刻さを帯びていく店主の表情に、知らず緊張が高まる。



 「………ウチ使ってくれる隊商の人らがね。……何人かが言ってたんですが………………(レスタ)の向こうの岩山あるじゃないですか、あの一番高い岩山。………いや、でもやっぱお忙しいでしょうし」

 「いやそこまで出たなら言ってくれ! 気になるだろ!」


 店主はうんうん唸りながらも、一度出掛かった話題を引っ込めようとした。頼み込んでは来なかった。

 ……ということは、実際に被害が出たり生活が脅かされたり、といった規模ではないのだろうか。それほど深刻な事態では無いのだろうか。


 ならば自分がしゃしゃり出て、他の『狩人』の仕事を奪う必要は無いだろう。

 店主の語りに肩透かしを食らったような苦笑を溢し、ヴァルターは出されていた水を口に含み……



 「……どう見てもサイズがおかしい『馬鹿デカい鳥』を見た、っつうんですよね」




 盛大に吹き出した。






 ………………………………




 



 『神話級』魔族が一柱、現存する元・魔王軍最高幹部にして最高戦力、フレースヴェルグ………その第一の眷族、ヴェズルフエルニエ。


 フレースヴェルグの尽力によって再起動を果たした魔王城の中枢で、主に連なる第二の眷族を製造しよ(産み出そ)うとしていた、彼。



 彼は今………焦っていた。




 いや……『焦っていた』などという生易しいものでは無い。


 焦燥感を感じていることは間違いないであろうが、今まさに彼が抱いている感情は………



 むしろ、『恐怖』の割合が高いであろう。






 『………どうした。……手が止まっているぞ』

 「……ッ!! も、申し訳……ございません」


 投げ掛けられた声に、弾かれたように反応を示すヴェズルフエルニエ。

 その顔を彩るのは『焦燥』『恐怖』、………そして『後悔』。



 あのとき。偶然手に入れたノートの血液サンプルの培養などを試みなければ。

 当初の予定通り、貯蔵された有機細胞を工面して製造を試みていれば。

 横着せず、こまめに知能パターンの形成を行っていれば。



 こんな『化け物』を………目覚めさせることなど無かった筈なのに。





 『くくく……構わぬ。どの道()()が仕上がらぬことには、俺とて何も出来ぬ』


 満足げに笑いながら、硝子筒に映し出された半透明の立体投影情報表示板(ディスプレイ)を眺める声の主。

 そこに映し出されているのは同じ区画……すぐ近くの別棟。魔王城中枢区錬成棟の中でも、主として金属系の加工を行う施設。


 ヴェズルフエルニエの戸惑いに染まった視線が、()()と呼ばれたモノへと向けられる。



 ()()()が目覚めてからというもの、手ずからずっと執心していた――今やその全容を窺い知れるまでに、完成へと近づいていた――()()

 天井や床や壁から伸び出た無数の細い腕によって、火花を散らすような音と共にせわしなく魔法の光を注がれている()()は………頭頂高五mに達しようかという、漆黒の巨大な全身鎧。

 大木のように太い腕、岩塊の如く堅牢な胴回り、巨人のように広い肩幅。鎧を構成する部品の一つ一つがとにかく大きい、極めてがっしりとした体格のその鎧。


 その頭に誇らしげに掲げられるのは……雄々しく天を衝く、猛牛の如き二本角。

 傍らには平行して製造が進められている得物、鎧の巨駆に相応しい……鈍器と見紛うほどに分厚い黒鋼の大剣。



 それらは――今まさに培養中の()()()の――この『化け物』の専用外部拡張端末(ユニークデバイス)


 見た目通り、極めて強力な武力を付与するための……紛れもない()()であった。



 『……工程は概ね予定通りよ。………貴様の主も、なかなか巧くやる。……『神話級』を名乗るだけある』

 「………は。有り難き」



 恭しく頭を垂れるヴェズルフエルニエ、しかしその顔には微塵も余裕が見られず、後から後から冷や汗が滲む。




 合成魔族(キマイラ)錬成用の硝子筒の中。羊水に満たされた培池の中で、上半身と片腕のみの身体で揺蕩う様は……まるで無抵抗、一見すると無力な出来損ないでしかない。


 だが……逆らってはいけない。逆らえる筈もない。



 現存する最高戦力であるフレースヴェルグ直々の、第一の眷族たるヴェズルフエルニエをもってしても……()()()()()()()()()()()()()()




 『………あの邪魔な雌羊も(ようや)く死んだ。この俺相手によくもまぁ舐めた真似を……随分と手間取らせてくれた。……まぁ良い、経緯はどうあれ()()()()が手に入るのだ。………貴様にも感謝しているぞ』

 「は。……勿体無き御言葉」

 『くくく。……この身体は良いな。……俺の望みを果たすにも丁度良い』

 「…………は」


 腹までしか存在しない、上半身のみの身体で……そいつは満足げに笑っていた。


 見た目に反し未だ幼いヴェズルフエルニエの胸中は………到底処理し切れぬ不安や懸念に染まりきっていた。



 ………………………




 ()()()は………突如として現れた。



 培養中であった指揮権限持ち(コマンダー)合成魔族(キマイラ)、まだ自我どころか思考さえも芽生えていない筈の、頭部と脊柱のみの状態で………突如として覚醒を果たした存在。


 フレースヴェルグが直々に、手間取りながらも行っていた一号炉の出力調整さえも……一瞬で支配を上書きして見せ、残存出力炉全てを安定稼働まで持っていって見せた存在。


 自らを『この()の奥底に封じられていた存在』と名乗り、瞬く間に『魔王城』を支配下に置いた存在。



 ヴェズルフエルニエの主、『神話級』魔族であるフレースヴェルグでさえ、()()()()()()()()()()()()




 当時まだ生首と脊柱のみであった()()()は――自らの身体こそ無力でありながら――魔王城内部の設備全てを支配下に置き、曰く『俺の野望を果たすため』に……精力的に活動を始めた。



 培養元の遺伝子サンプルがノートのものである以上、身体が完成したとしてもその膂力はたかが知れている。

 それを補うため、自らの武力を高めるために――錬成区画の工作機械を自ら操り――見るからに暴力的なこの鎧を組み上げ始めた。


 魔王城内部の監視設備も、侵入者殺害用の武力設備も、鎮圧用無人自律型兵士(オートマタ)達でさえも、今や()()()の支配下である。


 合成魔族(キマイラ)達の指揮官として産み出されたヴェズルフエルニエでさえも……奴の前では単なる()支配階級に他ならない。

 精神的にも、環境的にも、逆らうことなど赦されない。




 『……全ては順調。全ては俺の計画通り。……『()()セダ』の目醒めは……近い』



 愛らしい筈の顔を凶悪に歪め、憚らずに自らを『魔王』と名乗る……上半身のみの幼女の姿。


 その低く淀んだ笑いを止める者は……誰も居なかった。

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