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133_少女と保護者と夜の攻防



 予想出来た筈の事態だった。


 想定できた筈の事態だった。




 だが……防げなかった。




 ………………………………



 「や……やだ………っ! やだっ!」


 弱々しく、しかしながら必死さの滲み出る顔で……明確な拒絶の意思を示す白い少女。

 整った左右の柳眉は八の字を形作り、大きく印象的な水晶色の瞳には涙が溢れ……悩みごとなど無さそうな普段の表情とはうって変わり、その顔は絶望の表情に染まっていく。


 「やめ、や……っ、やぁ………っ!」


 小柄な彼女の身体は今やその自由を奪われ、背後から覆い被さるように伸ばされた手が、彼女の腰をしっかりと捕まえている。

 涙を溢し身をよじる少女を嘲笑うかのように……そのまま有無を言せぬ確固たる意思をもって、白い少女の細い腰を無理やり引き寄せ………



 「!! いやぁぁぁぁあああ!!!」


 未発達な少女の臀部に、覆い被さる者の腰が打ち付けられる。

 そのままがっしりと抱え込まれ、逃げ出すことも、身をよじることも許さんとばかりに力を加える。


 悲壮な悲鳴が、幼い少女の喉から絞り出される。

 苦しげに見開いた瞳から涙をぼろぼろと溢す様を視界に納め、背後の人物が口を開き……




 「わがまま言うんじゃありません!!」

 「やだぁ―――――――!!!!」



 だだっ子(ノート)を、叱り付けた。




 ………………………




 「やだ! わたし! ここ!!」

 「や、やだじゃないってば! こら、ノート! こっち来なさい! 女の子はこっち!」

 「やだぁー!! りかるのー!!」


 何のことはない。どの部屋で眠るか。……それだけの筈だった。

 久方ぶりの我が家で羽を伸ばし休もうと、自室へ向かうリカルド。その背後をさも当然のような顔をしながらひょこひょことついていくノート。

 呆気に取られるリカルド一家を尻目に……『わたし、りかるの、いっしょ』と高らかに宣言するノートに対し、いち早く立ち直ったエリゼが果敢にも立ち向かう。ちなみにこの時点でリカルドは半ば諦めの姿勢だった。


 「お父様はお疲れなんだから! ゆっくり休ませてあげなきゃダメなの! おねえちゃんの言うこと聞きなさい!」

 「や、やだっ! やだぁー……!!」

 「やだじゃないの! ……もう、ニド! 笑ってないで手伝いなさいよ!」

 「いフッ、いや………笑って、なぼッ…………ぐフフッ」

 「ひん……りかるの、りかるのぉ……」




 思えば。道中はことあるごとにリカルドを付け狙い、寝床を共にしようと画策していた様子だった。

 しかしながら今までは最後の一歩を踏み出すに至らなかったのだが、ノートのちっぽけな自尊心は今日に至ってついに決壊した模様。


 エリゼに世話を焼かれたことで……『甘えてもいい』『我慢しなくてもいい』といった方向に思考が向かってしまったのだろうか。

 羽目を外したノートは今までになく、いつにもなく……とてもしつこかった。



 そもそもノートにとってリカルドは、生まれ(変わっ)て初めて遭遇した『安全な』ヒトであった。

 あわや処刑される寸前だった(と思い込んでいる)ところ命を救われ、ことあるごとに世話を焼いてくれたリカルド、ならびに彼の子息ギルバートに対し……ヒトの温もりを知らず極限状態であったノートは、刷り込みじみた安心感を抱いていたのだった。



 ノートは、頭が弱かった。


 ついでに……思い込みもまた、激しかった。



 「呵々(かか)。……妬けるの、御父上。やはり(ワレ)より御父上が()いらしいぞ」

 「なら引き取ってくれ」

 「断る。御前には嫌われとう無い」

 「んいぃ…………りかるの……」



 ここへ至るまでの道中、旅の最初の数日は……夜独りでも我慢できたようだった。

 それよりも以前、アイナリーに滞在していたときは……勇者一行がすぐ近くに居たし、ネリーは日常的に抱っこしてくれていた。


 だから……不安はなかった。




 だが。心を赦した『お気に入り』であった勇者たちと、不本意な形で引き離され………とうとう不安に堪え切れなくなったとでも言うのだろうか。

 ここのところ数日はニドの寝床に潜り込み、(彼女にしては)思い詰めたような顔で眠りに落ちるのが常であった。



 旅の最中。リカルドは基本的に同じ部屋では眠らない。

 メアは自分の従者ではあるものの、寝床を共にすることは大好きなネリーに禁止されている。

 そういった消去法による選択ではあるが……ニドは何も言わなかった。彼女にしては珍しく軽口も皮肉も口にせず、どこか感慨深げな表情で……何も言わずに受け入れていた。


 だが。一応の目的地に到達したことで。普段は目の届かない処で休んでいるリカルドを、目の前にして。

 色々と辛抱堪らなくなっていたノートは、ついに爆発した……ということらしかった。



 表情こそ、口許こそ苦笑の形を取っているものの、ニドの眼は何かを訴えるようにリカルドを見据えている。

 形よく釣り上がり気味の、普段は厭らしい笑みを絶やさぬ瞳は……しかしながら今このときは、リカルドを真っ直ぐ見詰めている。


 「………………」

 「………………」


 エリゼに背後からホールドされたノートがのたうち回りつつ「んいー」やら「やだー」などといった奇声を上げるのを尻目に……二人の保護者は視線を交わす。

 時間にすれば…僅か一分足らずではあろうか。

 言葉こそ交わされなかったものの、視線に込められた真摯な願いを受け…………ついにリカルドは陥落した。




 「………エリゼ」

 「は……はい、お父様」

 「…………………離してあげなさい」

 「………わかったわ」

 「ぴ」


 幼女型傍迷惑生命体ノートを身体を張って阻止せんとしていたエリゼであったが……その行動の根本にあったものは、やはり実父への敬意であった。

 自分よりも小さな、幼い女の子が部屋に居れば………長旅で疲れているであろう父親の身が休まらないだろう、と。


 しかしながら……他でもないその父親が、直々に許可を出したのであれば。

 エリゼにとって、ノートを阻止する理由は存在しない。



 「ノート」

 「…………んい」


 思えば……無理もない話だ。


 史上稀に見る程の驚異と相対しながら辛くも生き延び、大山脈の地下遺跡の未踏区域を踏破し、やっとのことでヒトの領域に戻って来たと思えば………気を許していた筈の勇者一行と、ろくな挨拶も出来ぬまま引き離されたのだ。



 たとえ単独で都市を救う活躍を見せたとはいっても。


 たとえどんな兵士よりも巧く立ち回れるといっても。


 たとえ出自が不明の……得体の知れない存在だとしても。



 彼女はこんなにも小さく…………幼い。




 ノートのプロフィール、十という年齢は……正直なところ確たる根拠があってのものでは無い。

 自分の娘と同じくらいだろうと――恐らく、たぶん、なんとなく十くらいだろうと――それくらいということにしておこう、と騙らせていたに過ぎない。


 だが。エリゼよりも小柄な彼女はともすると……更に幼い可能性すらあるのだ。

 ここ連日の不安がついに堪えきれずに溢れ出したのであろう、そんな幼い(かもしれない)少女に頼られても尚無下に扱う程………リカルドの父性は枯れていなかった。



 「……好きな場所で、寝るといい」

 「…………!」


 一瞬遅れて意味を察したのだろうか。

 目元は未だ泣きそうなまま、しかしながら確かな安堵の表情を浮かべ……そのままとてとてと歩み寄り、リカルドの腰にしがみつく。

 その様子に、彼女の挙動不審っぷりを見守っていた周囲の者達は……一様に、やっと緊張を解いたのだった。




 「済まぬの。………恩に着るぞ、御父上」

 「誰が御父上だ」


 苦笑ぎみに交わされる言葉は、しかしながら確かな暖かみに溢れていた。

 これにて一件落着………と思われた騒動であったが、直後更なる波乱が幕を開けた。


 「じゃあ……仕方ないわ。メアは私と寝ましょ」

 「えっ!? ……………えっ!?」

 「さすがに三人は、お父様の寝台(ベッド)じゃ無理だもの。良いわね?」

 「あ、あのっ………あの…………!?」


 おろおろと救いを求めるようにご主人(ノート)へと視線を向けるが、一方のご主人(ノート)はリカルドの部屋着で鼻をちーんするのに忙しいようでそれどころでは無かった。

 絶望の表情を浮かべるメアであったが……生来の押しの弱さと体重の軽さが災いし、エリゼの申し出を拒否し切れずにあっさりと引きずられて行った。




 呆気に取られるリカルドと鼻をちーんして(かんで)いるノート、明らかに吹き出すのを堪えているニドの三人が残され………


 「あの小僧であれば狼藉の心配要らぬとは思うが……(ワレ)が見張ろう。先程の礼だ」

 「………すまん」

 「呵々(かか)。良い良い()の程度………御互い様よ」


 からからと苦笑し(わらい)ながら、ひらひらと手を振り去っていったニドを見送り……やっと静けさを取り戻した自室で、一つ溜息を溢す。

 メアの性格を充分知っているリカルドは、しかしながらメアの性別を知っているがために――メア(あの子)に限ってそんな心配は無いとは思うが――愛娘が異性と同じ寝床に入ることに、僅かな懸念を浮かべざるを得なかったのだ。


 悪戯っけの強い割には意外なところで義理堅い、出自から目的から全てにおいて謎の少女、ニドの申し出に感謝しつつ………




 「……寝るか」

 「んい」


 こちらを見上げ、へにゃりと脱力した笑みを浮かべる幼子と目が合い………リカルドは本日何度めかも判らぬ苦笑と、溜息を溢すのだった。

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