132_家と家族と一時の団欒
街や砦などに詰めている軍属の者たち……人々や集落の防衛を担う、いわゆる『兵士』『兵隊さん』などと呼ばれる職業がある。
領地を与えられた貴族に仕え、剣と命を捧げる『騎士』とは異なり、ここリーベルタ王国では平民の出の者が多い。腕に覚えのある者が堅苦しい儀式や規律無しに、ぱぱっと就ける職業なのだ。
立場としては『騎士』達の下であることが多く、装備品や馬具など華やかさでは数段劣るものの……絶対数が充分とは言えない騎士に代わって人々を守り、身分や立場に囚われず人々の助けとなる『兵士』は、王国にとって無くてはならない存在である。
そんな彼らであったが、一括りに『兵士』といえども幾つかの階級で分けられている。
まあ当然であろう。優れた技量や判断力を兼ね備えた人材は重用され、『兵士』の括りの中でも他を束ね指揮する『隊長』の立場を戴く者も居る。
街の人々と近しい立場でありながら、いざというときは非常に頼りになる。外敵に襲われたときは勿論、何かしら困ったときはなんでも一通り相談に乗ってくれる。
『騎士』とまでは行かずとも……そんな『兵士』『隊長』を代々多く輩出している家は、人々からなかなかに慕われているのだった。
そんな『慕われている』武家のうちのひとつ、アウグステ。
武家などと言われているものの、所詮は平民の域を出ない。とりたてて大きな屋敷というわけでもなく――平均よりかは確かに広くあるものの――実用性に則したサイズの一戸建てであった。
馬や馬車を付けられる程度の前庭と、剣を振ったり打ち合いが出来たりする程度の裏庭を備えた、その家。
王都アイナリー東岸の片隅、ほとんど僻地と言える街壁近くに構えられた彼らの家では……この家にとって、珍しい光景が繰り広げられていた。
「ほら、ノート! お口汚れてる!」
「んんー……? ん、んっ」
「メアもほら! 好き嫌いしないで食べなさい!」
「え……? あ、あの………はい」
目を輝かせながら食事に掛かるお客人に対し、小さい身体をめいっぱい動かして甲斐甲斐しくおもてなしを行う少女――今年で齡十となるリカルドの愛娘――エリゼ。
その様子を微笑ましげに、そして心底嬉しそうな視線で見守るのは……リカルドの愛妻、ヴィオレッタ。
男三人、女一人の子ども達。うち男二人は家を離れ、現在は長男が家を守っている。
普段は母と兄と、時折休暇の度に帰ってくる父に世話を焼かれっぱなしであった長女エリゼは、自分よりも年下――と思い込んだ――来客を一目で気に入り、ここぞとばかりに世話を焼いて見せた。
家長リカルドといいギルバートといい……家系的に世話焼きの血が濃いのだろうか。
「のおエリゼ。吾にも世話焼いてくれて良いのだぞ?」
「ニドは年上じゃない。わがまま言うんじゃありません」
「ぐ……なんという正論」
今まで母と二人きりだった女性陣が、一時的とはいえ増強されたのがお気に召したのだろうか。活き活きと女児(?)二人の世話を焼いてみせる長女の新たな一面を垣間見、またなされるがままの二名と放置を食らった一名の客人に対し――嬉しいようなもう少し場を弁えてほしいような――複雑な表情を浮かべる三名の大人達であった。
ともあれ、危惧していた事態は起こらなさそうで一安心。リカルドにしても保護対象と愛娘との不仲は望むところでは無い。……若干ニドに対する扱いが大雑把な点を除けば、問題無く打ち解けてくれているように見えた。
「……いきなり連れ帰ればどうなるかと、正直不安だったが」
「今まで一番下でしたから……可愛がれる相手が出来て嬉しいのでしょうな」
「何であれ……驚かせてしまったか」
「いえ、ご心配には及びません。……にしても、それ程までにお急ぎで?」
「正直予想だにしていなかったからな……勇者殿が連れ去られるなど」
「三日か四日は前でしたか。同輩達も驚いていたようです」
「……やはり……それ位は経っていたか」
なんでも……王都リーベルタの守衛隊に属するアードルフの同僚は数日前、帰還の途についた『勇者』ヴァルターを目撃していたらしい。
尤も、その帰還は凱旋などとは程遠いひっそりとしたものであり、事実アードルフでさえも伝聞でしか知らない様子だった。
リカルドに至っても、南砦での騒動は話を又聞きしていただけであり、てっきり『非常事態を解消するために勇者が召還された』と思い込んでいたのだが……であれば事態解決の有力手段である勇者の帰還を喜ばず、大々的に報じない理由が解らない。
そもそも。勇者を可及的速やかに連れ戻さねばならぬ程の、緊急事態。それが何であるのかさえも、未だに解っていないのだ。
「勇者殿が連れ戻された目的が何であったのかは解らんが……かといって此方の目的が変わる訳でも無い。休暇中に何とか勇者殿を探し、ノートを引き渡す」
「解りました。自分の方でも勇者殿の所在を探ってみます」
「すまんな。……頼む」
大人二人によってひっそりと執り行われた作戦会議によって、今後の方針が定められる中。
もう一人の大人によって微笑ましげに見守られていた食事が、惜しまれつつもその幕を閉じた。
「ご馳走さまでした!」
「ごちそ、さなめした」
「ご、ご馳走さま、です」
「うむ。馳走になった」
「はい、お粗末さま。……可愛いわぁ………このままうちの子にならない? 歓迎するわよ?」
「気が早い。落ち着けヴィー」
悪戯っぽい笑みを浮かべる妻の様子に苦笑を漏らし……しかしながら久し振りに手に入れた家族とのひとときに、リカルドは緊張が解れていくのを感じていた。
「ノート! 寝る前に身体拭いたげる! こっち来なさい!」
「ん……んい?」
「おっと………ならぱメアは吾が引き受けよう。ほれ早よう脱がんか」
「そう? じゃあ頼むわね」
「えっ? えっ? えっ!?」
「腹ァ括らんか。……年頃の娘子に相手されるよりはマシであろ。我慢せえ」
「っっ!? や、あの……!?」
拭布を抱え、あるいは引き摺られながら、少女(?)四人は水場へと姿を消した。
あの中でただ一人性別が異なる子が気の毒ではあるが……ニドが間に入ろうとした以上、彼女は上手くやるのだろう。ここ数日で芽生えたニドに対する謎の信頼感、ならびに活き活きとノートの世話を焼く愛娘に顔は緩み……リカルドは深く考えることを放棄した。
思えばここのところ数ヶ月。水竜の襲撃騒ぎに始まり魔殻蟲の大移動、廃坑攻略作戦からそのままアイナリー在駐となってしまい……家族の下へと帰れたのは本当に久しぶりだった。
当初は不安こそ多かったものの……幸か不幸か商隊の同行を得ることが出来た旅路は、思っていた程困難では無かった。歩みは迅速とは到底呼べぬものであったが、ともあれ王都まで辿り着ければ後少し……明日明後日にでも勇者殿の所在を探し、会いに行けば一件落着だろう。
そのためにも、今日は早く休もう。
彼女らにもそう言って聞かせ、明日に備えさせよう。
その行動計画が誤りだったと気づいたのは、それからすぐ後のことだった。




