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13_勇者が救世主って誰が決めた?

 その日は、いつもと変わらない一日のはずだった。



 アイナリーの街は、リーベルタ王国の北部に位置する、交易の街である。東からは巨大な湖の恵みが、西からは良質な鉱物が、そして北からは山を越えて品々を売りに来る、北部諸国の商人が集う地である。

 そのため多種多様な品々が持ち込まれ、売られ、そして買われたそれらの多数はここから南へ、リーベルタ王国の王都へと運ばれていく。



 最初に『それ』に気付いたのは、鉱山で採れた鉱物とそれを加工した素材とを担ぎ、西門からアイナリーへ入ろうとしていた、商人だった。鉱山の麓からは通常の行程でおよそ三日から四日。今日の昼には、到着できる予定であった。

 彼はそれなりの大きさの馬車を牽き、護衛を連れ、馬車の上には見張りを立てていた。


 それが、功を奏した。




 『奴ら』は彼らの後方から、西の方角から表れた。



 「親方!後方!『蟲』です!!」


 その一言で、隊商の全員が理解した。

 全員がほぼ同時に加速し、尚も急かす声が飛び交い、一団は一刻も早く堅牢な街壁の中へと…アイナリーへと急ぐ。



 「『蟲』が来るぞ!急げ!!」


 道中追い付き、追い越さんとする別の商人にも声を掛け、そしてそれは広がっていく。


 やがてその騒ぎは西門へ詰める兵士の耳にも入り、やがて街へと拡がっていった。




 時刻を告げるものとはまた別の、甲高い金属音がけたたましく鳴り響く。この地に住まう者たちは長らく聞くことのなかったその音に戸惑い、やがてその音の示すものを思いだし、あるいは周囲に教えられ、大騒ぎとなっていった。



 ―――警鐘。

 街に迫っている危機を伝える、鐘である。




 「『蟲』だ!!弓ありったけ集めろ!!戦えそうな奴も片っ端から声掛けろ!!弓が使えりゃそれでいい!!」


 この街に詰める兵士たちも、俄に慌ただしさを増し、北へ南へと駆けずり回っている。戦えない者達は彼らの誘導に従い街の中心部に、こぢんまりとしながらも堅牢なつくりの聖堂や治療院と、その周囲の広場として整備された空間へと、避難させられていた。

 同時に戦えそうな者……隊商の護衛や、成人男性……有事の際に戦闘補助を行う取り決めの成されていた者たちに、声が掛けられ、臨時の動員が成されていく。



 「隊長殿とお見受けする。悪魔の手は入り用か?」

 「ああ!? なん…………マジかよ!? 助かる!!」


 一人の男が、陣頭指揮を繰り広げる隊長……ギムへと名乗り出た。その男は全身をすっぽりと、裾のところどころほつれた貫頭衣のようなもので覆い、頭には布を幾重にも巻いたような、独特の形状をもった帽子。


 そしてその下の、浅黒い肌をした顔に煌めくのは……()()()()()()を備える黄金色の瞳。


 「すまんが、お忍びでな。無礼と存じてはいるが、名乗りは避けたい。……単に魔法使い(マギウス)とでも呼んでくれ。他には居ないのだろう」

 「ああ、心得た。……済まねぇ」


 ギムは新たな指示を出すべく、街壁の上下へと駆け回る兵士に声を投げる。


 「………油壺だ!! それと投石機準備しとけ!! 魔法使い(マギウス)が出るぞ!!」


 心強い、予想外の助力も得て、彼らの顔に希望が広がる。






 しかしながら。


 その顔が絶望に変わったのは、暫し後のことであった。





 「……黒煙上げろ。全部だ!! 急げ!!」


 物見から入った報告に苦虫を噛み潰した表情で、ギムは指示を出す。


 「………なんだ……なんなんだアレは!? 多過ぎる!」


 遠見筒を借り受け、実際に目で見て、愕然とする。



 そこには、百……五百…………いや、千に届かんばかりの、薄気味悪い『魔殻蟲』が……



 およそ八千の赤い目が、街を見据えていた。

 



――――――――――――――――――



 勇者と魔王について語った、お伽噺がある。



 内容は至ってシンプルで、破壊と殺戮の限りを尽くす『魔王』を、人々のために立ち上がった『勇者』が、様々な困難の末に打ち倒す、といったもの。


 世界が滅びに瀕したとき、人々を救ってくれる『救世主』たる『勇者』は、人々の希望だった。

 力強く、凛々しく、そして逞しく描かれた勇者は、人々の憧れの存在だった。






 つい先日、国中の至るところで、不穏な魔力の波が感知された。

 魔法の心得があるものは当然として、魔法の使えない者でも違和感と寒気に襲われるほどの、魔力。



 ―――お伽噺の『魔王』が、現れたのではないか。


 ―――破壊と殺戮の権化が、目覚めたのではないか。




 そんな噂話も、当時は『何をバカな』と気にも留めなかった。

 しかしながらこれは。この異常事態は。


 魔王の復活と言われても、納得できてしまうような……俄には信じがたい光景だった。





 狼煙を上げて数刻の後。南中を一刻ばかり過ぎた頃だろうか。

 こちらを遠巻きに伺っていた『蟲』が、ついに動き出した。


 『喰える』と、判断したのだろう。



 「アンファ・アンルフ・メイクーア・クリードマス・ベーヴェ・マークズィーグ……」


 既に状況は動き出した。魔法使い(マギウス)は魔力を練り、狙いを定め、タイミングを見計らい……


 「……フラム・ベレー……イル」


 彼の指し示した、その先。

 押し寄せる黒い波の、先端付近。


 その地面が、爆ぜた。



 突如として上がった爆炎は、周囲に撒かれていたに引火し、みるみるうちに広がっていった。

 赤黒い甲殻を炎に照らされ、奴らの足があからさまに止まる。

 そのまま少しでも炎から逃れようと、炎から距離を開けようと、互いに押し合い迷走を始めた。



 これで、時間稼ぎ程度にはなるだろう。あらかじめ撒き広げておいた油と、そこへ放った炎によって、奴らの侵入経路をある程度、制限することは出来た筈だ。

 あとはそこを通ってくる蟲どもを、出た端から狙い撃ち続けるだけだ。


 そう、それだけの筈だった。





 筈だった……のだが。



 ……単純に、数が多すぎる。

 押し寄せる蟲の数に対して、こちらの迎撃手段はあまりにも手が足りない。なんとか押し留めているものの、既に何回か壁に組み付く蟲も出ていた。

 撒かれた油が燃え尽きたら、炎の壁が消え失せたら、文字通り終わりだ。矢の数も無限ではない。魔法使い(マギウス)の魔力とて、無尽蔵ではあるまい。…開幕の一撃から始まり、以降も突破しようとする蟲をこの距離から延々と狙い撃ち続ける彼は、今や炎の熱によるものではない汗を浮かべ、心なしか顔色が悪くなってきている。




 ……このままでは、いずれ……



 それから更に時間が経つも、戦況はいぜんとして好転の兆しを見せない。


 少なくない人数が、脳裏に最悪の結末を………自分が、知人が、愛する妻が、可愛い娘が、生きながらにしておぞましい蟲の群れに身体を貪り喰われる様子を想像してしまい、動揺によって迎撃の手は精細さを欠いていく。



 迎撃の手が、精度が、次第に落ちていく。


 「もう……ダメなのかよ……」

 「魔王の…復活……本当に……」


 手を止める間もなく動かし続け、……それでももはや、祈ることくらいしか残されていなかった。


 「勇者……様………」

 「……やめろよ、勇者様なんて……居やしない」

 「所詮はお伽噺、ってか……」


 無駄口を溢す兵士達を、咎めることも出来ない。



 ギム自身も、それこそ勇者様にでもすがりたい……『誰でもいいから助けてくれ』と、声を大にして叫びたい心境だった。






 まさに、そんなときだった。



 ―――駆け抜けた白光と共に、

 黒い蟲の群れが盛大に吹き飛んだのは。





――――――――――――――――――









 おぞましい魔殻蟲の撃退に成功し、歓喜に震え、抱き合う人々。互いの無事を、街の、家族の無事を確認し、人々が喜びに包まれる中。


 とある噂が流れ始めた。




 曰く―――魔殻蟲に襲われたこの街を救うため、天使が舞い降りたのだ、と。




 そんな馬鹿な、と一笑に付した者も、少なくはなかった。


 だがそれ以上の、多くの者が、その姿を目にしていた。



 傷だらけ、血まみれで、担架の上に横たえられた、儚げな姿を。

 その身をボロボロにして、この街のために脅威へと立ち向かい、生死の境をさ迷った……とある少女の姿を。


 真っ白に輝く髪をもつ……穢れなき天使のような、小さな姿を。


 天使の『姿』を目にしたという住人の後押しもあり、噂は瞬く間にアイナリー全体へと広がっていった。

 真偽を確かめに、あるいは病床に伏す『天使のような少女』にお礼を、寄付を、と詰め掛けた住人達によって、アイナリー兵員詰所は夜中まで喧騒に包まれたいた。

 またその後日、住人有志による兵員詰所の業務補助志望者数が跳ね上がり、受け入れ担当者は腰を抜かしたという。





 更に後日。

 なんとか外に出られる程までに回復した真っ白い少女は、


 この街の『救世主』として、道行く人々に盛大な歓待を受け……



 大いに、戸惑うのであった。

これにて、とりあえず一段落です。

至らぬところだらけではありましたが、

お付きあい頂き、ありがとうございました。

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