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131_国と都と擦れ違い



 王都リーベルタ。その街を表すにおいて、二条の大河とそれに連なる水の道は欠かせない。



 王城の聳え立つ人工島『王城区』を中心として、時計盤で言うところの十一時方向から中央を経て六時方向へ。北は遠く中央大山脈を水源とするこの大河、通称『レスタ』。

 そして同様に、二時方向より中央を経て六時方向へと流れを運ぶ……北東の巨大湖を水源とする大河、通称『ライザ』。

 また十二時方向、レスタとライザを繋ぐように、横一文字に引かれた大運河『ノーザ』。


 王都リーベルタは、これら巨大な流れによって……大きく四つに区分けされていた。



 レスタの西岸ならびにライザの東岸は、有り体に言えば『下町』。他の町から訪れた人々はまずこの下町に足を踏み入れることとなる。

 堅牢な石造りの外壁と、重厚な門扉を潜った先。馬車の行き交う通りと軒を連ねる露店商、人々の喧騒絶えないこのあたりは、リーベルタの中でも活気の溢れる区画である。

 西岸と東岸にそれぞれ『下町』は存在しているものの、アイナリーへと至る街道の存在もあってか……東岸のほうがやや賑わいは大きい。

 とはいうものの……西岸と東岸は巨大な石橋で繋がれており、交流や物流が隔てられているわけでは無いのだが。


 そしてその『下町』の中でも、基本的に上流へ行けば行く程『位』が高い区画となる。主に平民の中でもそれなりの立場を得ている者……それぞれの区画の舵取りを任される者や、名の知れた商会の重鎮、また代々リーベルタへ貢献してきた有力な武家等の邸宅が並ぶ区画となる。


 ちなみに二条の大河と一本の運河に囲まれた中洲街は、いわゆる貴族街。上流下流など関係なく、あの中は『別格』である。

 入念な灌漑設備の整備と、魔道具の性質を秘めた取水結界により……どんな豪雨に見舞われようと、二条の大河が荒れ狂うことは有り得ないという。

 そんな流水の恩恵に護られた区画、たとえこの街に敵の手が迫ったとしても、文字通り対岸の火事として傍観できる距離にある中洲街は……生半可な身分では立ち入ることさえ許されない。




 そんな中洲街とは遠く離れた、上流街の片隅。

 有事の際は外壁を越え、攻め入るであろう敵を迎え撃てる位置には、貴族とまでは行かずとも有力な武家の邸宅が並んでいる。


 その中に……アウグステ家は在った。





 「お帰りなさいませ、父上」

 「ああ……ただいま、アードルフ。大事無いか?」

 「はい。母上もエリゼも、共に息災です」

 「そうか………手間を掛ける」

 「いえ、そんなこと」


 和気藹々(わきあいあい)と言葉を交わす、眼前の男性。リカルドが親しげな顔を見せ、互いに労い、労われる関係とおぼしき、その男性。

 ノートがぽーっと見つめる先。『ちちうえ』と呼んだリカルドに笑みを見せるその顔。……その顔に似た男を、同様にリカルドを『ちちうえ』と呼ぶ男を、ノートは知っていた。


 「……ぎる、まーと?」


 ぽつりと漏れた言葉に、彼は反応した。

 言葉を交わしていたリカルドから目線をこちらに向け、仄かに目を見開き、驚いたような表情でノートを見つめる。

 一方のノートもまた……自身を凝視する男性と、その隣で眦を下げている親しい男性を交互に見やり、その大きな瞳をしぱしぱと瞬かせている。


 「父上。………この子が?」

 「ああ」

 「? んい……?」


 ノートの思考は、どことなくリカルドにも……ギルバートにもよく似た眼前の男を、リカルドの血族であると判断を下した。

 自らが信頼を置くリカルドの……彼の息子なのであろう、彼。そしてその彼が口にした『おかえりなさいませ』という言葉。


 記憶が確かならば。学んだことが間違いでないならば。

 その言葉は、相手の帰還を歓迎するときの言葉。



 「タイチョー! お荷物それで全部っすよね? あと馬車(コレ)持ってきますよー!」

 「ああ。……済まんな、ウィル」

 「お安いご用っすよ! タイチョーも久し振りのお休みでしょ? ゆっくり休んで下さい!」

 「後で遊び行きますから! お姫見に行きますから!」

 「じゃあなお姫ちゃん! また後でな!」

 「あ? ちょ………お前ら……!?」


 言うが早いか軍用馬車を走らせ、東地区の兵員詰所へと去っていく兵士達。

 久方ぶりの帰宅にも関わらず、ゆっくり出来るのはもう少し先かと嘆息する父親を見て……アードルフは苦笑を漏らす。



 「相変わらず。若い子達に好かれますな、父上」

 「茶化すな。……喜ぶべきなのか、これは」


 大きく溜め息を吐く父親を尻目に、視線を愛らしい来客たちへと向ける。

 三人とも初めて目にする子たちであるが、そのうち一人はすぐに判った。

 幾度か送られてきた父親からの手紙、そこに度々登場する少女……妖精じみた真っ白な姿と、どこか眠たげな表情の彼女。


 彼女が、ノート。

 アードルフの父親を、そしてアイナリーを救った……幼い救世主。



 「ご挨拶が遅れました。リカルド・アウグステが子、アードルフと申します。……ようこそ、リーベルタへ。歓迎します」

 「え、えあ………よろし」

 「呵々々! なかなか良い男ではないか! ……済まぬな。(あるじ)共々、世話になるぞ」

 「よ………よろしく……お願いします!」

 「……………おねましゅます」


 可愛らしく頭を下げる三人(・・)の娘(?)。

 その様相に苦笑しつつ……傍らの父親を見遣る。


 「まさか……三人も拾ってくるとは思いませんで」

 「悪かったな、文も出せず。……急がねばならん事情が在った」

 「…………立ち話も何でしょう。お客人も居られます」

 「………そうだな」


 見れば……ノートやニドは気にする必要無いとして。ろくに身動きも取れない馬車の荷台に移動中ずっと押し込まれていたメアは、その表情に明らかな疲労の色が見て取れる。

 南砦からここまで、およそ一巡間。幼い彼女(?)にとっては、長旅であったことは間違いない。



 ふと、背後。

 僅かな音を立てて玄関扉が微かに開き、その向こうからこちらの様子を伺っていると思しき二人の気配が感じられる。


 小難しい話は後にしよう。

 まずはこの……小さくも愛らしい、三人のお客様を歓待するのが先だろう。


 「……長旅、ご苦労だった。ようこそ我が家(・・・)へ」

 「家族共々、歓迎します」


 リカルドとアードルフに率いられ、三人はぞろぞろひょこひょこと歩を進める。

 こうして……『勇者』を探すノートの旅は、ひとつの区切りを見せたのだった。









 惜しむべくは。


 ほんの一日…………いや、ほんの少しだけ。



 王都に到着するのが………また『勇者』の捜索を開始するのが、遅かったという所だろうか。




 『勇者』の旅立ちに間に合わせることが……出来なかったという所だろうか。






………………………………




 「そんな……! もう発ってしまわれるなんて……」

 「…………申し訳ございません、殿下」


 左右に豪奢な彫刻の飾られた、真白い石畳の道。


 穏やかな流水の守りによって周囲と隔離された、荘厳な人工中洲……『王城区』。


 その中でも一際目を引く豪奢な建造物、その正門前にて……向かい合う若い男女の姿があった。



 「せっかく……せっかく戻られたばかりだというのに………あんまりではございませんか……っ」

 「しかし元はと言えば………自分の不手際が招いた事です」

 「で、ですが……! 勇者さまは最善を尽くされたはずです! 神話級の魔族だなんて、勇者さまお一人に背負わせるべきでは無い筈です! それなのに………っ」

 「その御心だけで……充分です」

 「……っ! ……勇者、さま………」



 白い鎧の兵士達の手により、今まさに連行されんとしていた青年……『勇者』ヴァルター。

 彼の行く末、言い渡された沙汰を聞き付け……周囲の制止を振り切り、言葉を交わすために飛び出てきたのは……まだ幼さの残る少女。


 陽光に煌めき風に流れる、黄金色の長い髪。

 今や涙を湛え深みを増す、翡翠色の優しげな瞳。


 歳の頃は今年で十六。リーベルタ王国国王アルフィオの第三子にして、長女。



 「……心配して、下さるのですね」

 「あ……当たり前ではないですか! 貴方さまは………(わたくし)の………っ」



 ―――マリーベル・ティア・リーベルタ。


 この国の『勇者』ヴァルター・アーラースと……将来を誓う立場の少女であった。



 「せっかく………せっかく、お会い出来たというのに……っ」

 「………申し訳、ございません。……なるべく早く戻ります」

 「わ……(わたくし)からも……っ、お父様にお考えを改めるよう、お願いしてみます……! ですから……」

 「……ありがとうございます。…………そう遠くないうちに……またお会いしましょう、殿下」

 「……………っ……! ガイウス!」

 「は」


 あとからあとから溢れる涙を拭うこともせず、王女マリーベルは一人の兵士を呼びつける。

 白に金縁の豪奢な鎧、王家直属の親衛隊。その中でも古株にあたる……王女の信頼する人物である。


 「あなた達がお父様から何と言いつけられているかは……知りません。…………ですが、お願いです。………勇者さまをどうか……できるだけ、助けてあげてください。………お願いします」

 「は。……御意に」

 「殿下………」



 マリーベルの『お願い』を聞き届け、近衛師団内でも屈指の実力と忠誠心を誇る彼らは……力強く頷く。

 彼らとてヴァルターのことを――この国の栄えある『勇者』のことを――本心から嫌っているわけでは無い。

 直接命令を下した国王の手前、逆らうことも異を唱えることも出来ぬ彼らであったが――神話級の驚異と相対しながらも何とか生還した勇者を、遠く離れた国境近くで終わりの見えない労役に処すこと――そのことに対し同情的な心境を示す者も……決して少なくは無かった。



 だが。彼らにとって王の命令は……命よりも重い。


 近衛師団とは王族の手足となるべき一団であり……ひとたび王命が下れば自らの意思を殺し、粛々と命令を遂行せねばならない。

 彼らに指示を下すこと、またその指示を撤回することは……王家に連なる者たちにしか出来ないのだ。


 無論、現国王アルフィオの下命は、王女マリーベルの『お願い』など比べるまでもなく……優先順位としては最上位である。

 しかしながら『復旧作業に手を貸すべからず』という命令(・・)と『勇者を可能な限り助けて』というお願い(・・・)は………全てにおいて反しているわけでは、無い。



 『勇者』に力添えする大義名分を得たことで………近衛師団の重鎮、勇者監督班長ガイウスは、力強く頷いた。








 ………()くして。


 ノート一行の到着と入れ違う形で、王都を発つこととなった『勇者』ヴァルター。


 今やその腰を飾るのはいつもの白剣ではなく……上質な業物ではあるものの、ごくごく普通の鋼の剣。

 目印となるであろう『勇者の剣』を持ち出すこと叶わず、また彼自信平均よりかは優れているとはいえ、しかしながらヒトの域を出ることがない魔力量の身とあっては……




 いかに優れたノートの能動探知(ソナー)とて……その動向を始終察知することなど、到底出来る筈も無かった。





 そのことは………ただただ不幸な境遇であったと、諦める他は無かった。



 割り切る他、無かった。

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